淑女のお出掛けには付添い人が必要
思い立ったら吉日、父は私にそう教えた。
だから彼は母と駆け落ち婚をしてしまったし、当時は破産の方が確実だという投資に持てるお金を全部継ぎ込んで大金を手に入れて、そのお金を元に破産しかかっている商会を買い取ってクーデリカ商会として再生出来たのだ。
そんな父だからか、私が弟達の散歩に男装して出掛けても怒るどころか機転が利くと褒め称え、その延長で学校に通い出しても何も言わなかった。
いいえ、幾つか質問はしてきたわね。
「学校の男の子達とお友達になったのか?」
「いいえ。弟みたいに大はしゃぎする子ばかりだもの。」
「そ、そうか。女の子だとバレて虐められていないか?」
「バレたはずだと思うけれどおかしいの。帽子は室内では脱がなきゃでしょう。先生に注意されて帽子を脱いだのですけど、私の長い三つ編みを見ても誰も何も言わなかったわ。私は女の子には見えないのかな。どう思う?お父様。」
「絶対に女の子です。ええと、多分女の子だと分かった上でだな、可愛い君の為に男の子達は黙っているんだと思うよ。ええと、君が学校に通えるようにね。」
「まあ!優しい子ばかりだったのね。ではお友達になってもいいわね!」
「それはだめです。」
「どうして?」
「親しくなったら君が女の子であることを認めないとでしょう。だからね、このままのままで、……ああ。何かあったらすぐにお父さんに言うんだよ?」
「何だそれは!そこでどうして行くのを止めろと叱らない!野郎達の黙っていてやろうの紳士的精神は評価するが、凄く可愛いんだからこそ危険だろうが!」
「私の頭の中の回想録を勝手に読んで騒がないでよ!」
デュラハンは私の向かいのベッドに足も腕も組んで座り、まるで私に注意をする父親みたいな雰囲気を出している。
授業も終わった昼下がり、私達は絶賛喧嘩中だ。
今日は昨日の鼠事件が影響しているのか、学友達は病欠だったりが多く、私への無視は同じだが積極的な攻撃はお休みになっていた。
いいえ。
汚れたドレスに泣いていた子達の中の一人が、私にぶつかるふりをしながら私にメモが付いたクッキーの小袋を押し付けたのだ。
ありがとう、そして、ごめんなさい。
ええ、いいのよ。
あなた達にはデュラハンが付いていないのだもの。
虐められたら怖いって気持ちはよくわかるわ。
だから、たった一日で私の状況を好転させてくれた人に対して私は感謝の気持ちだけがむくむく沸き上がり、私は彼の為にお出掛けを画策した。
なのに現在その彼と揉めているのは、彼は私が提案した事こそ全く許せないという姿勢だからである。
「凄く良いアイディアだと思うの。外出許可をわざわざ取らなくてもいいし、付添い人を探さなくても良いでしょう。」
デュラハンは私の黒板を手に取ると彼の意見を書き出して、それをとっても威圧的な雰囲気を醸し出しながら私に向けた。
男装も付添い人をつけない外出も絶対禁止
彼は私に見せつけた黒板をすぐに下ろすと、再び文字を書き直してから私の目の前に翳した。
我こそ首なし騎士亡霊だ、どよよよ~ん、という雰囲気を出しながら。
死にたくなければ言うことを聞け
だが、私はぜんぜん怖いと感じなかった。
何故かと言えば、私が彼の姿に慣れ切っているという事と、彼が私を守るばかりで私に意地悪なんて何一つした事が無いという私の実体験によるものだろう。
大体、母親の小言みたいな文章を掲げている時点で、あ、優しい人なんだな、ぐらいにしか考えないと思わないのか。
あ、だから彼は黒板に文字を書いているのね。
意識を私に読まれたら、本気で怒っていても私には優しいってわかるから!
「俺は優しくありません。女のお尻を叩くぐらいいつでもできます。」
それはやりそう!
ベッドに座っているから自分のお尻は大丈夫なのに、私は反射的に腰のあたりを両手で押さえていた。
「わかったな?じゃあ話は終わりだ。」
「ま、ままま待って!一度だけよ。私が入り込めた場所ならば、あなたは何度でも行けるようになるのでしょう?」
デュラハンは再び黒板に文字を書いた。
そして掲げたそこには、この女学院がある町、このリーブにある王族ゆかりの建造物や公営の施設名の大体が書かれていた。
リーブ自然史博物館
国営植物園 リーブ市庁舎 大聖堂
リーブ町立図書館
あとはなんだ? 全部を一日で巡るのは無理だろ?
「そんな小さな黒板にチョークでよくそこまで書けるわね。凄いわ。」
デュラハンは黒板を乱暴に放り投げると、再び腕を組んで私を見返した。
うん、頭はないけれど、あったら絶対に私を睨んでいるはず。
「君が言いたい事はそれだけか?」
「だって、少しでも早くあなたの頭を見つけてあげたいもの。ここに無かったら別の土地だわ。首都は大丈夫よね。私はたくさんの施設に足を運んでいるわ。」
「で、俺を首都に追い払って、その隙に君の身の上に悲劇を呼ぶのか?」
「そうはなりませんし、男装して町を巡ってもあなたが付いているのだもの。私の安全は保障されているでしょう?」
「君の安全は保障されているよ?もちろん。俺が言っているのは女性としての評判だ。君が破滅してしまう可能性がある行為など到底許せるものではない。」
なんて紳士!
いいえ、そもそもデュラハンは騎士様だったわ。
これでは絶対に私が男装して町に行く事など許さないどころか、私が男装して出掛けた場所に彼こそ探りに行かないかもしれない。
そのぐらいの戒めを自分に課しそうな人だ。
もしかしたら、そのせいで彼の頭がある場所を知らないままになってしまったとしたら、私こそ彼を苦しめる結果を生んだことになる。
「わかりました。とりあえず付添いとなる人を探すわ。それで、どうしても見つからなかったら、男装してもいい、かな?」
デュラハンはしばし動きを止めた。
私は息を止めて彼の次の行動を見守った。
ジーと、頭があるだろう場所を上目勝ちになるだろうけど、私は願いを込めて見つめたのである。
頭がない彼であったが、大きなため息を吐いただろうとわかるような動きをして見せた。
それから、重々しい感じで私に言葉を返したのである。
「いいだろう。」
「ありがとう。早速声掛けをしてくるわ。」
思い立ったら吉。
学園内で私の付き添いをしてくれる人を見つけられなかったら、私は今度の日曜日は男装して町に出ていく。
お出掛けよ。
すっごい楽しみ!




