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不確実性への旅立ち

挿絵(By みてみん)


第9話


その日以来、アメリアはあらゆる人間関係を断ったように見えた。

アナやマウロが何を問いかけても、ただうっすらと作り笑いを浮かべるだけで、向き合おうともしない。

避けられていることは明白だった。

あれほど毎日楽しくおしゃべりした彼女は、もはや別人のように冷たく、意思を持たない土人形に思えた。

迎えの馬車もアナの元へ来ることはなくなった。

アナは居ても立ってもいられず、強行策(きょうこうさく)に出た。

アカデミー正門前に到着した馬車から、アメリアが降りてくるのを見て、彼女は友人の前に立ちはだかった。

「アメリア、話があるの。」

「無断でお迎えをやめたことなら、ごめんなさい。

でも、もう無理なのよ。」

アナをかわして歩き始めようとしたが、再びその進路はふさがれた。

「そんなことじゃない!

なぜあなたはアタシたちを避けるの?

アタシが知りたいのはそれだけよ!」

その問いに、アメリアは(かす)かなあざけりを含んだ笑顔で

「私の痛みはあなたには分からないでしょうね。」


挿絵(By みてみん)


そう言って押し通ろうとしたのを、三度(みたび)アナが遮った。

「そうね。完全に理解することはできない。

でもね、だからこそ、力になりたいの。

マウロがあの夜言ったことを覚えてる?

“君が悪魔に魂を売らない限り、たとえ君が僕たちを拒絶しようとも、僕たちは常に君の友達。”って。

…聞いて。」

アナはアメリアの細い手首を掴み、訴えかけた。

「アタシたちのパパはアルディ出身だけど、ヴェントゥムで医者をしていた人なの。

パパとママは任務中に知り合ったと聞いているわ。

でもね、パパは貧しい人を救いたい一心で王国を離れ、リコリス諸島へ渡ったの。

もちろんママも後を追った。

アタシたちはそこで生まれた。

でも、王国でのママの立場を心配したパパは、自分だけ島に残ってアタシたちをヴェントゥムに返した。

アタシたちはパパが年に1回戻ってくるのを楽しみにしてた。

だけどアタシが12歳の時、パパが凶賊に殺されたという知らせが来た…。

何も悪くないパパを…理由もなく…。

アタシが今ここで強く生きていけるのは、ママやマウロがいたから。

支え合える人がいたからよ。」

そこまで一気にまくし立てた後、アナは大きく深呼吸をした。

頬を涙が幾筋(いくすじ)も伝っている。

涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔でアメリアをしっかり見据えて、これまで以上に通る声で

「だから、アタシはあなたの支えになりたいの!

苦しみや悲しみに寄り添いたいの!

これがアルディの流儀!悪い!?」

怒鳴るように吐き捨てた。

アメリアはしばらく無言でアナを見つめていた。

アナの大声に驚いた他の候補生たちが足を止め、2人の動向を静視(せいし)している。

時が止まったように感じた。

アメリアはフッと笑うと、何も答えることなくアナの脇をすり抜け、正門をくぐった。

やがて行き交う多くの候補生たちに(まぎ)れて見えなくなった。


-------------------------------------------------------------------------------------


午前の講座が終了した昼休み。

候補生たちは思い思いにその時間を過ごしている。

アメリアはバジリオ教官の執務室に呼び出されていた。

部屋は騎士団首席参事である彼にふさわしい重厚感ある調度品が備え付けられており、執務机の奥の壁には古い時代の地図と、聖騎士ロタリアの名を世に知らしめたアルクザの戦いのワンシーンが描かれた大きな絵画がかけられている。

その机に肘をつき両手を組んだバジリオが、(いかめ)しい目つきでアメリアを見ている。

「さて…メルカン候補生、

非常にセンシティブな問題ではあるが、教官として君に尋ねなければならない。」

「なんでしょう?教官。

遠慮は無用です。何なりとお尋ねください。」

机の前で直立したアメリアが感情のない声で(こた)える。

その様子を観察するかのように、しばらく無言で彼女を見ていた首席参事は、

「まず兄弟を失った君にお悔やみを申し上げる。

その後はどうだね?

さまざまな方面で話を聞く限り、以前の君とはずいぶん様子が違うそうだが。

学課中も心ここにあらずといったふうだし、実習ではひどく攻撃的な態度を見せるそうではないか。」

と、静かに尋ねた。

バジリソは責任感が強く実直な人物として知られている。

60歳をゆうに超えてはいるが、若き時代は百戦錬磨の騎士として王より勲章を授与された強者。

顔に刻まれた痛々しい傷跡は、かつて激戦を経験した証であろう。

その堂々とした声や物腰は、騎士団第3位の地位に相応しい威厳に満ちている。

アメリアは、そんな教官に対して一歩も気おくれする様子もなく、生気のない表情で淡々と答えた。

「教官、たいへん失礼とは存じますが、わたくしの個人的な件について、お話しする道理はないかと。」

「ほう。

では、君は君の抱える問題を誰かに話したことはあるかね?

ご両親、もしくは親しい友人などに。」

「いいえ。ありません。」

やはり彼女の返答には感情の欠片すらない。

「…そうか。」

そう言って、机の脇に立てかけておいた杖を手に取り、おもむろに立ち上がった教官は、若き候補生の脇を通り抜け、彼女の背後で足を止めた。

「我々は国の法に(のっと)り、等しくプライバシーを保護されている。

しかし、このアカデミーにおいては、時にそれを反故(ほご)にせざるを得ない場合もある。」

「おっしゃっている意味が分かりかねます。」

アメリアは教官に向き直ることもせず、ただ真っ直ぐ壁の古地図を見つめたまま答えた。

バジリオから彼女の表情をうかがい知ることはできないが、相変わらず声に生気はない。

「君が個人的な問題と呼ぶものは、すでに個人的ではすまないものになってきている。

学内での君の態度は、教官や候補生たちに何かしらの影響を与え始めているのだよ。

たしかに君は国の定める法に触れることはしていない。

しかし、統率を重んじる騎士を育成する我がアカデミーにおいて、君は重大な違反を犯そうとしている。

分かるかね?君は非常に危険な存在として注視されているのだよ。」

「わたくしはアカデミーで定められた規則を犯してはいません。」

「それは違うな、メルカン候補生。

君は稀に見る才能の持ち主だ。

そしてエレメンタル操者として一級の人材である。

しかし今、君の中の抑圧された感情は負のエネルギーとなり、君のエレメンタル・パワーに甚大(じんだい)に影響を及ぼし始めている。

もはや手の付けられない時限爆弾のようにね。」

バジリオは無表情のアメリアの横顔に一瞥くれながら、杖の音を響かせ執務席まで戻ってゆっくりと腰かけた。

「わたくしは一切身に覚えがありません。」

候補生は、かたくなに答えたが、バジリオは()るような眼差しでアメリアを見据え、

「私はこのアカデミーで、もう30年以上教鞭を()っている。

その間に、さまざまな問題を抱えた候補生を見てきた。

反抗的な者、トラブルメーカー、落伍者(らくごしゃ)…。

だが、脅威となる者はただ1人だけだった。

私が知る限り。

君を除いての話だがね。」

そう言って、軽くアメリアを(ゆび)さした。

「わたくしを退学処分になさるのですか?」

若き候補生は口元を(ゆが)め、皮肉な笑みを浮かべた。

「いいや。君のような逸材をただ除籍するほど私も馬鹿ではない。

最も重要なのは間違いを犯させないことだ。

危険な爆弾は、強固な蔵で厳重な監視下に置くことが大切。」

バジリソは椅子を反転させると、壁のロタリアを感慨深そうに見上げ、重いため息をつくと静かに語り始めた。

「かつて、このアカデミーにとても優秀な男がいた。

私の教え子でね。君と同じ特待生として迎え入れられた候補生だった。

彼はアカデミーを卒業し、誰もがそうなると信じたとおり、立派な騎士となった。

いずれは騎士団を率いる大人物になるだろうと期待されていた。

だが、彼の心は暴走した。

正気を失い、騎士の精神を捨て、ヴェントゥムに反旗を(ひるがえ)した。

その男の祖国に対する裏切り行為を、我々は止めることができなかった。」


挿絵(By みてみん)


この事件こそが25年前に起きた国内最後の内乱であり、イスクロの命を削った原因となった忌まわしい戦いである。

バジリオはやや悲しみをにじませた表情でアメリアに向き直り、机の上に組んだ手を置くと刑の執行を言い渡すかのごとく無感情な声で、

「二度とそのような事態をおこさせないため、私に与えられた使命は”危険分子の摘発”、なのだ。」

そう言った。

「では、わたくしをどうなさるおつもりで?」

全く興味のない話にアメリアはわずかに苛立ちをみせた。

「まあ、話は最後まで聞くものだよ、メルカン候補生。」

そう言って再び立ち上がり、バジリオはロタリアの絵画脇の壁に埋め込まれた金庫を開け、白金(はくきん)のメダルを取り出した。

「これは君の暴走を食い止めるための道しるべ。

柄の無い危険な刃を上質な剣に変える場所。」

そう言ってアメリアの手にそれを握らせた。

王章を表す剣と槍、そして十字を描く星座が刻まれたメダルは大きさの割にずっしりと重みがあった。

「…クルクス。

これはアカデミー内では参事以上の階級者しか知らない部門だ。

しかし、クルクスに所属するものは、あらゆる場所に存在する。

王宮、国境基地、外国、そして街の中にもね。

彼らは我が国のため、非常に複雑かつ重要な任務にあたっている。

表立っての地位は与えられないが、その権力は国王公認の絶大なものだ。」

「それをわたくしに?」

「いやいや。勘違いしないでくれ。

クルクスの一員となったとしても、君は候補生だ。

これまで同様、トレーニング・フェーズを経る必要がある。

無事に乗り越えられた(あかつき)には、君は正式にクルクスとして認められるだろう。

しかし、そうではなかった場合、我々は君の冷たく固まった手から、そのメダリオンを奪うだろう。

意味するところは…分かるね?」

バジリオは一片の悔恨の念もなく、さらりと答えた。

表情には薄ら笑みさえ浮かべて。

アメリアはメダルを握りしめた。

「では、わたくしはいつからその部門へ?」

死など恐れない。

もはや騎士となった自分の未来を喜ぶシロはいない。

アメリアは挑戦的な視線を教官に向けた。

「君はクルクスがこのアカデミー内にあるとでも思っているのだろうが、それは違う。

アルファゼマ南端の町、ファド沖の島へ君は送られる。

“果ての島”と呼ばれる極地に近いそこは、あらゆるエレメンタル・エネルギーの渦巻く地。

濃密な超自然エネルギークラスターで満たされた、まさに地獄だ。

…総長には私から伝えておく。

さあ、旅立つ準備をしたまえ。メルカン候補生。」


挿絵(By みてみん)


アメリアはバジリオの目を見つめたまま、力強くうなずいた。

「幸運を祈るよ、メルカン候補生。」

その声を背に受け、彼女は部屋を出た。


午後の講座の始まりを伝える鐘が鳴る中、1人アカデミーを出て寮に帰ったアメリアは、準備を整え、バジリオが用意させた馬車に乗り込んだ。


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その日の夕方のこと。

すべての講座を終え、アナとマウロは2人並んで家路についているところだった。

「アメリア、今日は休みだったのかな?」

と、マウロがつぶやく。

「そんなはずないよ。

だって今朝彼女に会ったもの。」

「おかしいな…。

午前は特科実習だったから、会わなくても不思議じゃないけど、午後はずっと学課だったのに、アメリアはいなかったよ?」

マウロが首をひねる。

その後は終始無言だった。

大通りの角を曲がって小路に入ったところで、姉弟は家の前に停まっている1台の馬車を目にした。

「アメリア…?」

アナが駆け寄ったが、キャビン内にアメリアの姿はなく、御者(ぎょしゃ)席に座る男が身を乗り出し、

「お嬢様がこれを。」

そう言って、アナに1通の封筒を手渡した。

アナは焦る気持ちを抑えて封を開けた。

淡いピンクの紙に、たおやかな文字でただ1文、『さようなら。』と記されている。

アナは顔色を変えた。

立ち去ろうとする御者(ぎょしゃ)を制して、

「お願い!私と弟をアカデミーまで運んでほしいの!」

と、懇願した。

姉の動揺を察したマウロが尋ねる。

「何かあったの?なんて書いてあったの?」

手紙を握りしめたアナは、不安そうな顔を向ける。

「心当たりがあるの。

ちょうど昼休みが終わるころよ。

廊下でアメリアのことをコソコソ話してた候補生がいたの。

バジリオ教官の執務室に呼ばれたとか言ってた。

だからアタシ、問いただそうと思ったの。

でも、始業の鐘が鳴ったから…。」

「じゃあ彼女はバジリオ教官に呼び出されたんだね?」

「きっとそう。

そこで何かあったのよ!」


アカデミーに到着するや、転がり出るように馬車を降りた2人は、御者(ぎょしゃ)への礼もそこそこに駆けだした。

アナには心当たりがあった。

昼休み、アメリアが首席参事に呼び出されたらしい、という話をしていた候補生がいたことを思い出した。

一目散にバジリオの執務室へ向かう。

マウロは訳も分からず、その後を追った。

騎士団上層部のオフィスは他の教官たちとは違い、アカデミーの中庭を挟んで最奥の塔にある。

一般教官ですら、あまり立ち入らないエリアなだけに人影はない。

「アナ、まずいよ…。」

マウロが小声で姉に注意したが、彼女は聞く耳を持たない。

バジリオの執務室の前まで来ると、扉を勢いよく押し開いた。

書類にサインをしていたバジリオは、2人に目もくれず、

「ノックも無しに入室とはな。

それもアルディ流かね?」

と、ひどく嫌味をはらんだ言葉を発した。

そして、ペンを置くと顔を上げ、椅子の背もたれに体を預けて足を組んだ。

射貫くように鋭い視線を姉弟に向ける。

「何事だ?オコロ候補生。」

「メルカン候補生はどうしたのですか?」

開け放たれたドアの前に立ったまま、アナは怯まず問うた。

「もう彼女はここにはいない。」

「それはどういう意味でしょう?

退学させた、ということでしょうか?」

「フン、…まさか。」

バジリオは鼻で笑った。

2人のやり取りを危うく感じたマウロが、割って入った。

「教官、姉が失礼をいたしました。

すぐに連れて帰ります。」

アナの腕をとるが、彼女はそれを邪険に振り払い、

「では、彼女がどこへ行ったのかを教えてください。」

毅然(きぜん)とした姿勢で問い詰める。

「アナ・オコロ。

君がメルカン候補生と非常に懇意なのは知っている。

君が彼女を心配する気持ちも分かる。

だが、彼女が君に何も告げずここを去ったのなら、それは彼女の意思。

個人の考えは尊重すべきではないのかね?」

「何を隠しているのですか?

秘密にしなければならないような事でも?」

アナは更に詰め寄る。

「それに答える義務はない。

君がこの件に関わる道理もない。」

たかが学生となめてかかるようなその態度に、アナは激高した。

「アカデミーから理由もなく1人の候補生が消えた。

そう知ったら、他の候補生はどう思うでしょう?

しかもただの候補生ではない。

特待生であり、名門メルカン家出身の彼女の失踪は、さぞ興味をそそるでしょうね。

いずれ世間が嗅ぎつけるのも時間の問題かも。

あることないこと、面白おかしいニュースが世間に流れるのが待ち遠しいわ。」

アナの目が辛辣な光を放つ。

「ほう。私を脅しているつもりか?」

「いえ…いえいえ、待ってください、教官。」

慌ててマウロが口を挟む。

「姉は友を案じすぎて、我を忘れているだけなんです。

さあ、アナ、帰ろう。」

だがアナは耳を貸さない。

首席参事は落ち着いた態度で姉弟それぞれに視線を送りながら、

「忘れてはいないかね?オコロ候補生。

私には君たちを退学させる権限があるということを。」

そう言って、ニヤリと口元をゆがめた。

「覚悟の上です。」

アナは決然と答えた。

「ふむ。…では、教えてくれ、オコロ候補生。」

バジリオは机に肘をつき、身を乗り出すように座り直した。

「なぜ君は、会って数か月の者のために、そこまで必死になる?」

それはただ純粋に好奇心からの質問だった。

「彼女は大切な友人です。

そして彼女は今、自分自身を見失っている。

道を踏み外しかけているのです。

このままでは、彼女は間違った決断をするでしょう。

私はそれを止めたいのです。」

「なるほど。」

バジリオは指でトントンと机を打って、しばらく思案する様子を見せた。

「君たちは実に興味深い。才能もある。」

そう言って立ち上がる。

手で合図を送り、2人を呼び寄せ、執務机の前に立たせた。

「アメリア候補生は”死”に最も近い地へ向かった。

彼女がそこで耐え抜き、生きて帰ってくる確率は五分五分だ。

だが、君たちは彼女ほど強くはない。

彼女を追えば、君たちを待っているのは、ただの犬死にという未来だ。」

「教官、あなたは私たちを過小評価されているのでは?

私にいたってはメルカン候補生より経験があります。

戦闘には能力もさることながら、経験がモノを言うと習いました。」

アナの過剰なまでの自信に、バジリオがクックと笑い、これまで以上に厳しい目つきで2人を見据えた。

「ほう…。ずいぶん自信があるようだな、アナ・オコロ候補生。

では君たちに問おう。

超自然エネルギーを操る能力、その能力は4つの階級に分類される。

それらのカテゴリーを簡単に説明してくれないか?」


挿絵(By みてみん)


「テストですか?」

と言いつつ、マウロが答える。

「エネルギー操術のレベルによって4つの階級に分類されています。

ピラミッド状のヒエラルキーであり、もっとも人口が多いのがオメガ。

ナディアレベルとも呼ばれ、これは潜在的にエネルギーを有しているものの、その力は微細であり戦いには向かない。

多くはその能力を職業で活用しています。

その上がシグマ。

ホライズンレベルとも言い、この階級に属する者は、ある程度のエレメンタル・エネルギー操作が可能で、訓練次第では上の階級を目指すことが可能です。

シグマの上位がオミクロン。

別称をアジマスレベルといい、民兵や傭兵の多くがこれに当たります。

最上位はラムダ。

別名をジネスレベル。

戦闘のスペシャリスト、つまり騎士がこれに該当します。」

「その通り。

では、今の君たちはどのレベルかね?」

「シグマかと。」

マウロが答える。

「そうだな。

逆に言えば、まだシグマレベル。

しかし、メルカン候補生は君たちの上を行くオミクロンレベルだ。

分かるかね?

アナ・オコロが言うように確かに経験は大切。

だが、能力と知識の欠如は死に直結する。

それでも君たちは彼女を追うかね?」

試すような問いかけに、アナはためらうことなく「はい。」と答えた。

だが、マウロは難色を示し、ためらった。

地獄と呼ばれる地で、姉が傷つき倒れる姿を見たくなかったのだ。

弟の躊躇する姿を見たアナは、彼の手を取って静かに、だが強い意思を(もっ)て訴える。

「5年前のあの日、アンタは危険を顧みず私たちを助けにきた。

なぜ?

危険と分かっていても、知らない土地であっても、困っている人を救うのは正しいことだからだ、って父さんが言ったことを誇りに思っていたからよね?」

アナの言葉にマウロはまっすぐ姉の目を見つめたまま無言でうなずいた。

その瞳には強い決意が宿っていた。


-------------------------------------------------------------------------------------


アメリアは小さな宿の窓から荒れる海を眺めていた。

俊足のゴーレムを駆っても、ここ、王国南端の街ファドへの到着には2週間かかった。

極地に近いアルファゼマ州は王都に比べ、格段に気温が低いが、年間を通して乾燥した地域のため、雪が降ることは稀だ。

どんよりとした鉛色の空を見つめるアメリアの吐く息が白い。

果ての島への定期船は存在しておらず、月に1度、食料や物資を島へ運ぶための特別な輸送船のみが唯一の連絡手段である。

その船が島から戻ってくる夕方まで、ここで足止めをくっていた。

ほどなくして、船の到着を知らせる鐘が曇天の下、高らかに打ち鳴らされる。

アメリアはコートを羽織り、宿を出た。

そこへ猛烈な勢いで走り込んでくる馬車が1台。

降りてきたのはアナとマウロだった。

「間に合った…!」

と、駆け寄る2人の姿に、アメリアはわずかに戸惑いながら尋ねる。

「どうしたの…?」

「アタシたちが、あなた1人を死地に行かせるとでも思った?」

「何の役にもたたないかもだけど、僕たちは君を見捨てないよ。」

興奮気味の姉弟を静視しながら、

「あなたたちは、島へ渡るという意味を理解していない。」

「例え理解できてなくても、一緒に立ち向かうことが正しいことだって信じてる。」

自信たっぷりに胸をトンと叩いて、アナは軽くウインクして見せたが、港に停泊した3(そう)の巨大な帆船(はんせん)を目にしたとたん、体を震わせ始めた。

「…ヤダ、これに乗っていくの?」

「…?」

アメリアは怪訝そうにその様子を傍観している。

「アナはね、昔、父さんに会いに行くときに乗った船でゲーゲー吐きまくっちゃってさ。

それ以来、船を見るだけでこのありさまなんだよ。

おまけにカナヅチ。」

「うるさいわね!」

アナのゲンコツがマウロの頭に落ちる。

その様子を、アメリアは相変わらず冷ややかに静視していた。


「よし、じゃあ行こう!3人でね!」

マウロが威勢よく声を上げて船に向かう。

桟橋から船にかかる連絡橋のたもとにいた男が手を出した。

「免状を見せなさい。」

アメリアが胸ポケットからメダルをチラリと見せる。

「先頭の船へ。」

舟守の男は帽子に手をやり、かるく会釈(えしゃく)をした。

そしてアナとマウロに同じく手を差し出し、

「免状を見せなさい。」

そう言われ、2人はバジリソから受け取った封書を渡した。

男はその内容にざっと目を通すと、アメリアの時と同様に「先頭の船へ。」と指示した。


舟守は3人が乗船したのを見届けると停泊所脇の小さなオフィスへ向かい、大型伝送装置のキーを打った。

ランドネットワークシステムと呼ばれる大型伝送装置は、地下深くに張り巡らされた通信結晶体ケーブルを介してヴェントゥム各地を結んでおり、現在は国内の大都市のみを中継しているが、セリス2035年までには世界中を網羅(もうら)するワールドレベルの計画が進行している。

官民共有システムの中でも、このダイブラインは騎士団占有(せんゆう)ネットワークであり、通信にはヴェントゥム騎士団独自の暗号が使用されていた。


——3名収容しました。

しかし首席参事殿、なぜ正式に任命をされていない2人に渡航許可をお与えになったのです?——

執務室で暗号を受け取ったバジリオは、窓の外の冬景色を見つめた。

舟守もまたクルクスの一員。隠すことはない。

バジリオは返信暗号を打つ。

——メルカンはもはや心の制御を失った危険な存在だ。

自身で感情をコントロールできなければ、たとえ我々がどのような手を打とうとも、彼女はいずれ暴走する。

オコロ姉弟は必ずその道標(みちしるべ)になると私は見込んでいるのだ。——

——その予見が間違っていたら、どうするおつもりで?——

批判的な問いにバジリオは答えなかった。

ただ、

「私は過去に過ちを犯した。

その失敗から学んだのだよ。

もう二度と同じ間違いを犯さないとね。」

そう(ひと)()ちただけだった。


「…本当にそうかね?」

執務室の戸口に立つ人影が低く尋ねる。

「はい。

彼ら姉弟は進化の可能性を秘めているのです、総長。」

「…ほう、そうは思えんがね。」

総長はバジリオの椅子に腰かけると、机の上に並べられたアナとマウロのファイルを手に取った。

バジリオは立ち上がり総長に向き直ると、居住まいを正した。

「5年前に西海岸の町でトレディシム教団がおこした集団拉致事件を覚えておいでですか?

あの時、憲兵部隊が到着するまでの間、凶賊たちに1人で立ち向かい、被害者たちを守り抜いた少年がいましたね。

それがマウロ・オコロなのです。

当時の記録では、彼はわずか11歳という若年でありながら、狂信者集団と戦い、連れ去られようとしていた少女たちを解放しました。

たしかにマウロ・オコロは現段階では、まだ未熟です。

しかし彼の驚異的なエネルギー発動の持久力は常人の域ではない。

アルディ人との混血でなければ、すぐにでもクルクスに加えるつもりでした。

今回が良い機会だったのですよ。」

それを聞いて、総長は厳めしい表情を向けた。

そしてファイルを机の上に置き、椅子の背もたれに体をゆっくりと預け、

「ほう。では君はどうして、アナ・オコロも島へ行かせた?」

と、尋ねた。

「力のあるものは、時として感情のコントロールを失い、暴走する。

…彼女は(いかり)なのですよ。

アメリア・メルカン、マウロ・オコロ両名の精神を制御する(いかり)

私は、そうであると信じているのです。」

バジリオは毅然(きぜん)と答えた。


挿絵(By みてみん)


「なるほど…。

しかし、もし今回の件で不測の事態が起こるようなことがあれば、首席参事、軍法会議どころでは済まないが…。」

「もちろん、覚悟はできております。」

バジリオは胸に手を当て、深々と一礼をした。

窓の外に小雪が舞っている。

ヴェントゥムに本格的な冬が到来した。


                            第9話 おわり


挿絵(By みてみん)


書きました。アブサロン


イラストはこちら ペイやん



おまけイラスト


挿絵(By みてみん)


また、こんにちは。


ここで、小説の第9章を紹介します。


来週も新しいコンテンツでお会いしましょう

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