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児童文学

インダストリアルねこ

作者: 空見タイガ

 お父さんはショーウインドウにはりついているぼくを引きはがして「来てみなさい」と店内までひっぱりました。そこはおもちゃの楽園で、いたるところに箱がありました。箱の中身は最新のゲーム機や自分で組み立てるロボット、お人形の家、簡単にあみものができる仕組み、ビーズセットなどでした。箱は中身によって柄や大きさが違いましたが、箱をならべて置いてある棚はどれも同じ高さと長さでした。

 ぼうっとしているぼくをふりかえって、お父さんは両腕をいっぱいに広げました。

「たくさんあるよ、どれがいい」

「わかんない」

「そう、わからないんだ。なんでもあるからね」

 ぼくの手をひいて、お父さんは棚のひとつに近づきました。同じではないけれど似たような柄の箱が縦と横に並んでいます。大きさはどれも同じようで、中身は紙や木でできたみんなで遊べるゲームのようでした。

「なら、ここから選べるかな」

「ううん」

「そうだね。まず、これがいいと思うには知る必要がある。さらに、ほかのものを知らないといけない。だって、ひとつしか知らないとよいのかわるいのかわからないからね」

「ぼくは、さっきの大きな窓にかざられていたものがほしい」

「そうだね、あれはとても楽なんだ。なにをとりあえず知っておけばよいのか教えてくれる。お店の人が売りたいもの、みんなに人気のあるもの、有名なもの」

 お父さんは棚の左はしにある箱のすみを指さして、そのまま横にすっとすべらせました。となりの箱のすみにはふしぎなことに同じしるしがありました。

「このふたつのおもちゃは同じ会社が作ったものなんだ。もしここからひとつを選ぼうと思ったら、簡単だろう」

「うん。こっちの赤いのがいい」

「ただの色違いだからね、好きな色を選べばいい。同じ会社で作られたものだから、もしおもちゃで困ったことがあっても同じように助けてもらえる。なら、色がもっといっぱいあったらどうする」

「いっぱいってどれぐらい」

「赤、青、黄、緑、紫、白、黒、茶、灰、金、銀、虹色」

「虹色がいい」

「さらに、大きさが違ったらどうしようか。とっても小さい、小さい、中くらい、大きい、とっても大きい」

「うーん」

「そして、ひとつひとつの中身が少しずつ違ったらどうするだろう。こっちのおもちゃはゲームで使うコマが三角で、あっちは四角」

「ぼくはもう、いやになる」

「そう、いやになるね。それに、会社の人だっていやになる。もしも、おもちゃにだめなところがあったら直さないといけない。そのための部品が何百種類もあったら、作るのも持ちつづけるのもたいへんだ」

 ほかの家族が来たから、お父さんとぼくはその棚からはなれました。広いお店のなかには違う箱の入った同じ棚がどこまでもどこまでも並んでおり、ぼくは歩きながらくらくらとしてきました。

「限りがないように見えるだろう。ところが、そうではないんだ。なんにでも限りはある。この広いお店にも四つの方角に壁があって、上には天井、下には床がある。壁、天井、床の向こうにはおもちゃを置けない。工場だって同じだよ。ひとつの工場で作られるものは決まっている。あとから増やすなんて簡単にはできないんだ。違うものをいっしょに作ることもね。そんなことをしていると、たくさん生産できない」

「いろいろなものを少しずつではなくて、同じものをたくさん作る」

「そのとおりだよ」

 ぼくはお父さんに認められて、つないでいた手をにぎにぎとしました。だけど、お父さんがどうしてこんな話をするのかは、まだわかりませんでした。

「いろいろあっても選べない。だから、種類は少ないほうがいい。そして、どんなものにも限りがある。たとえば、おもちゃはいつかこわれてしまう。使えなくなったり動きがおかしくなったりする。修理がいつも同じやり方でよいなら職人はいらない。大量に生産していれば部品もたくさんある。なにより、修理ができなくても同じものに交換できる」

 店の奥に進むにつれて、大小の背中がいっぱい見えてきました。はしゃいだ声がどんどん聞こえてきます。ぼくは楽しそうなほうへ走り出しそうになりましたが、お父さんは「あせらずに、あせらずに」とゆっくり歩きます。

「考えてごらん。だいじに大切にしてきたおもちゃが壊れてしまったら悲しいだろう。だけど、もしも新品の同じおもちゃに取りかえられたら、ちょっとのあいだは悲しくても、まるでおもちゃがピカピカになって生きかえったようで、うれしくなるだろう」

「うん、そうかもね」

「ねこも同じなんだよ」

 いつのまにか、お父さんは急ごうとしたぼくより前に出ていました。だから、見上げても表情はよくわかりませんでした。

「野生のねこはとても個性的だ。柄も種類もそれぞれ違うし、好きな食べもの、心地のよい温度、必要な運動量、成長のはやさ、性格、なにもかもが違う」

 ぼくは家の近くで野生のねこを何匹か見たことがありました。野生のねこはぼくの知っているねことはいろいろと違っていました。

「だけど、人間はねこの個性を愛していながら、ねこの個性に無関心なんだ。だから、だれかのやり方をまねて、同じ育て方をする。すると、どうなると思う。ねこは病気になるんだ。ねこはもともと生きられるはずだった年月を生きられなくなる。とても苦しむんだ。人間のせいでね」

 知っているねこと違うだけではなく、野生のねこはとなりの野生のねこと柄も大きさも違っていました。それをみて、ぼくは野生のねこがほしくなりました。みんながもっていないねこを手に入れることで、えらくなれる気がしたのです。

「しかも、ねこはあらゆる病気にかかる。同じ薬を使っても、治るねこと治らないねこがいる。薬がまだない病気にかかるねこもいる。あるねこだけ病気にかかりやすいこともある。そして、野生のねこはこの世にたった一匹しかいないから、けっして新しいねこに取りかえることができない」

 そうでした。ぼくは今になって、お父さんに「野生のねこがほしい」と頼んだことを思い出したのです。

「だから、ある人はこう考えた。野生のねこを原料に加工してみたらどうだろう。同じ柄、同じ大きさ、同じ好み、同じ性格にして売ったらどうだろう。同じねこは同じ育て方をできる。同じ病気にかかって、同じやり方で治すことができる。もしも、治すことができなくなって限りある命がつきたとしても、同じねこにとりかえることができる」

 背中の集まりが、はしゃぐ声が、どんどん大きくなります。「で、でも」ぼくはそれに負けないぐらいの大きさで、お父さんに言おうとしたのに、続く言葉はどんどん小さくなりました。

「ねこはおもちゃと違うよ。たとえ同じねこに見えても、ほんとうに同じねこでも、いっしょにすごしてきた時間がちがう。家族なんだよ。交かんなんてできないよ」

「そうだね、わたしも家族はとりかえられないと思うよ。おまえがいなくなったからといって、新しい子どもをほしいとは絶対に思わない。だけど、ねこはそうではないんだ。ちょっとのあいだは悲しくても、また新しいねこをほしがって、飼って、うれしくなるんだ。ねこは家族ではなくて、人間の生活をゆたかにするためのものにすぎないんだよ」

 同じ棚のならんだ通路をぬけて、広い場所に出ました。たくさんの人のすきまからぼくが見たものは、壁一面に並んだ同じケース、そして、同じケースのなかで同じ動きをしている、同じねこでした。

「たくさんあるよ、どれでもいいだろう」

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