春、う・ら・ら? その6
さて、あのエトル一人爆笑から一ヶ月ほど。
エトルとミルは、いつもの長官執務室で草案の最終チェックを行っていた。
優秀な二人と周りの皆様のお陰で、初期段階でほぼ完璧になっていたが、やはり細部の確認と調整は必要だ。反対派に突っ込まれた時の対処法も含めて。
「うん、ここまで押さえれば大丈夫だろう」
「……ですね!」
二人は確認が済んだ書類を机に置き、どちらかともなくハイタッチをした。
「はっ、すみません、つい」
「何を今さら」
「そうですけど」
ミルはしみじみと振り返る。始めの頃に言われたように、ミルはかなり自由に仕事をやらせてもらえた。意見もしっかり受け止めてくれて、とてもやり易かった。
「エトル様、改めてありがとうございました」
「いいよ、礼なんて。ローズ…王妃様も進めたがっていた案件だ。国内優先でなかなか手を出せずにいた所だったし、こちらが助かったくらいなんだから」
「それでも、です。……こんな、駆け出しの若造の意見を取り入れて下さって、感謝しております」
「ああ。確かに君はうら若き乙女だけれどね。年齢や……まして性別と能力は関係ないと、嫌と言うほど知っているからね」
エトルは微笑みながら、また遠くを見るような表情で話す。
(あ、またあの顔、だ)
この一ヶ月でも度々あった。懐かしさの中に、なんだろう、後悔の念が入っているような、そんな顔。
(でも、最初の頃の……泣きそうな顔とは違うかな。しっかし、カリンの周りのご学友の方々って、男性もみんな綺麗よねぇ)
窓から入る太陽の光に、エトルの緑の髪がキラキラ反射して、エメラルドみたいだ。なんて、草案が完成して安心したのか、余計なことまで思ってみたり。
「ん?なんだ、ミル嬢。ジッと見て。おじさんの顔に何かついてるかい?」
「え、あ、すみません、考え事を、いえ、エトル様をおじさんなんて言ったら大変です!今もとってもお綺麗です!」
慌てたミルは、余計なことも口走る。
「何だ、それ。おじさん喜んで真に受けちゃうぞ」
「受けて下さい」
あはは、ありがとう、と、エトルは本当にちょっと嬉しそうだ。でもエメラルドどうこうまで口に出さなくて良かった。恥ずかしすぎる。
二人でわちゃわちゃしていると、ドアがノックされる。
エトルが返事をし、入室を許可した。
「ごきげんよう、エトル、ミル。草案が無事に纏まると聞いて、お邪魔したの」
「王妃様!ご無沙汰致しております」
「これはこれは。ようこそ、王妃様」
入って来たのはローズマリー妃だった。本日も癒しの微笑みを湛えていらっしゃる。
そして立ち上がろうとした二人を手で制し、何の躊躇いもなくミルの隣に座る。
「二人とも、いつものようにしてちょうだい。護衛もリックだけだし、気にしないで」
リックも二人を見て軽く会釈する。彼はドア付近に立ったままだ。
「了解です、っと。さっき終わった草案。見る?ローズ」
「ありがとう。少し借りても?」
「どうぞ。会議に挙げるのは明後日だから、それまでにジークにも確認しておいてもらえる?」
「ええ、分かったわ」
「ちょ、エトル様、いくらなんでも少し軽すぎやしませんか?」
義母たちがご学友なのは認識していて、自分もローズに何度も会っているが、さすがにエトルの気安さに慌てるミル。
「ふふ、大丈夫よ、ミル。エトルは幼馴染みだし、いつもこんな感じよ。ジークもお世話になってるし」
何だか後半に少しの刺を感じて、友人夫妻の顔を思い出したが、ミルは口に出すのは控えて、「そうですか」と微笑んだ。人様の機微に敏いのも、商人には大事。うん。
「コホン。お茶でも淹れようか。ローズも時間ある?」
「ええ。先の公務が早く終わったから」
「あ、では、私が淹れますね!今日は彩国のお菓子をお持ちしたんです」
ミルがいそいそと立ち上がる。最初の頃はお城付きの侍女に頼んでいたが、今はセットだけ頼んで自分たちのタイミングで休憩していたのだ。水の魔石もあるから、お湯の準備も楽だし。
「あら、ミル、ありがとう。彩国のお菓子、楽しみだわ!」
両手を合わせて、嬉しそうにはしゃぐ王妃様。本当に可愛いらしいわ……とミルは思った。今日、持ってきて良かった。
「手伝うよ、ミル嬢」
「エトル様も座ってて下さい。お茶も彩国のもので、コツがいるんです」
「えっ、そうなのか、見てみたい」
「興味あります?それでしたら、是非!」
「茶器まで準備したのかー」
「そうなんです。ローズ様がいらっしゃるなんて、ちょうど良かったです」
何だかんだで、一緒にお茶を準備する二人。珍しいお茶とお菓子を囲んで、とても楽しそうだ。
(ドアの外にいても、わちゃわちゃしているのが聞こえて来たけれど)
(このひと月で、ずいぶんと打ち解けたようね)
ジークに言われた時は、そんな感じだったかしらとも思ったけれど。こうしてみると、確かにエトルの楽しそうな顔を見るのは久しぶりだとローズは気付く。
「お待たせ致しました、ローズ様!」
ミルがキラキラした笑顔で、ローズの前にお菓子とお茶を置く。
「まあ、ありがとう」
「ゲッペイって言うんだって。うまいよ」
エトルは立ったまま、ひょいっとお菓子をつまみ、口に運ぶ。
「エトル様、食べるの早い!立ち食いお行儀が悪いですよ!」
「ごめん、ごめん、美味しそうだったから。ミル嬢結構厳しいんだよなあ」
「当たり前です!商人たるもの、礼儀は大事!」
「俺、商人じゃないけどね」
「あ、そうでした!って、魔法省長官でしたら、もっと大事なのでは?!」
「……バレたか」
なんだか、またわちゃわちゃし始める二人。
「………………」
この二人は私がいるのを覚えているのかしらと思いつつ、無言を決め込んで珍しいお茶とお菓子を堪能する王妃様。
「ふふ、美味しいわ」
そっと一人言る。
(これは、余計な心配だったかもしれないわよ?ジーク)
ミルが自分のお茶をようやく淹れて振り返り、ローズの存在を思い出して慌ててお菓子の感想を聞かれるまで、王妃様は二人を黙って見守っていましたとさ。
流行り風邪になってしまいました……。仕事柄、ワクチン4回も打ったのに(ToT)
思ったより、連休中に進められないかもです。でも、頑張りたいなあ。
皆様もご自愛下さい。




