閑話 やれやれ、だけど
「リーオー!おはよう!」
「エマ様!おはようございます。お早いですね」
「あ、また様をつけるぅ。昔みたいにエマ姉ちゃんでいいのに……」
「俺も大人になりましたので。本来は奥様とお呼びするところですし」
「真面目になっちゃってぇ」
「そんなお顔をされても譲りませんよ?俺は公爵閣下と格好いい大人になる約束をしましたからね?……おはようございます、旦那様」
「おはよう」
俺はリオ。今年、聖エミール学園農業科の薬草研究クラスを卒業し、シェール公爵領の薬草園に就職することができた。まだ仕事を始めて一週間だけど。
そして下っぱなので、誰よりも早く来て仕事の準備をしているのだが。お二人の仕事の予定が少ない朝は、早い時間にも関わらず必ず顔を出して下さるのだ。
エマ様はもちろん、ラインハルト殿下にも子どもの頃に恩義を受けた俺。お陰様で母はすっかり元気で、エマ様のお母様の手芸店のお手伝いをしている。俺も自分の出来ることで、精一杯の恩返しをしたいと思っている所存だ。
「くくっ、エマもリオも毎度折れないね?」
「ハルトもいつも笑ってないで、助太刀してよう」
「エマの気持ちも理解できるけど。リオがせっかく頑張っているのに水を差すのもね」
そうだ、旦那様の言う通りだ。実はこの一週間、こんなやり取りをしている。そもそも普通に公爵夫妻が、いわゆる使用人に声をかける方が珍しいことを理解していないのか。グリーク王国は平民にも優しいけれど、それでもさ。
このお二人は、目線を合わせようとしてくれるんだよな。
「……まあ、確かに、私とエマの婚約後に治療院で再会した時、『やっぱり、でんかはエマ姉ちゃんの彼氏だったんじゃん!!』と言い放ったリオがいなくなるようで寂しいが」
「~~~!それは忘れて下さい……!」
俺をフォローすると見せかけて、結局は溺愛する嫁味方をするお方だけれどね。しかも今日は爆弾を投下してきたし。確かに言いました、当時九歳の俺。
そして旦那様は真っ赤になって慌てる俺の頭をぽんぽんと軽く叩く。
「忘れないよ。その後に、『エマ姉ちゃんを泣かせたらただじゃおかないからな!』と、言ってくれたことも含めてね。リオが約束通りに頑張ってくれていることも嬉しいし、エマもそうだろうけれど、私も弟のように思っているから」
「……ありがとうございます。勿体ないお言葉です……ハルト兄ちゃん、エマ姉ちゃん」
そして何だ。朝から二人して泣かせる気か。
こっちが折れるしかないじゃないか。
恥ずかしくて、目を擦りながら後ろを向く。
もう、これでいいんだろ?!変わり者たちめ!
「リオ~!」
エマ姉ちゃんがそう言って、後ろから羽交い締めしてくる。
「ちょ、止め…!し、仕事の時はちゃんとするからな!あと、ハルト兄ちゃんが怖いから離して!!」
「なぜ怖がる?可愛い弟よ」
「だから、その笑顔がね!昔からね!」
「ひどいなあ」とか言いながら、ハルト兄ちゃんまで抱き締めてくる。
「ちょっとー!本当に仕事!!仕事したいの!離してよー!」
俺はじたばたもがいて、ようやく二人の腕から逃れる。
二人はものすごく楽しそうだ。全く!!
「さすがにエマの弟だな、仕事熱心だ」
「あら、人のこと言えないでしょ?」
とか宣いつつ、イチャイチャしている。この無意識さも相変わらずだよな。やれやれ。
「あ、ハルト兄ちゃん、先輩方来たから戻すからね!二人もイチャイチャしてないで、仕事戻りなよ」
「い、イチャイチャとか……!」
「してる。毎回。昔から。俺の前で。慣れてるから気にしないでいいよ。ほらほら、終了、終了」
エマ姉ちゃんが動揺してる。ふふん、やられっぱなしは悔しいからな。少しは仕返しだ。
ハルト兄ちゃんは全く動揺せずに、嬉しそうに笑っているけどね。これも相変わらずの光景。
何度も言うが、本来はこんな身近で見られるはずのない光景だ。
あの治療院で二人に出会えた俺は、なんて果報者なんだろうと思う。
できることは小さいけれど、俺もこの領地を…グリーク王国を支える1つの力になりたい。
そしていずれは、二人のように仲のいい夫婦に、誰かとなれたらいいな、とか思ったり。恥ずかしいから、絶対に言わないけど!
「じゃあ戻ろうか、エマ。リオ、彼女が出来たら紹介しろよ?」
「はーい!リオ、楽しみにしてるね!」
「うっさいわ!兄姉に言うか!そんなこと!」
絶対にバレるんだろうなと頭の隅で思いながら、せめてもの反抗を試みる俺。
「~~~もう、早く戻りなよ…」
就業前から疲れた俺を楽しそうに見ながら、ようやく二人は本邸に戻っていく。
本当にやれやれなんだけどさ。
まあ、なんだかんだ、幸せということで。
長期間のお付き合い、皆様ありがとうございます。
番外編も、この辺で一区切りでしょうか。
もし、もしも気になるその後ですとか何かございましたら、感想欄でもマイページからでもどこからでもリクエスト下さいませm(_ _)m




