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私は仕事がしたいのです!  作者: 渡 幸美
番外編

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春、う・ら・ら? その12

それからまた日々は過ぎて行き。


明後日、いよいよ魔道具輸出第一便が、それぞれの国に向けて出発する。それぞれの国に数十名の担当者が付き、魔道具の使用方法や注意点などを納入先の商店へ説明にあたる予定。なかなかの大所帯だ。そしてもちろん、その国のトップへの挨拶も忘れない。


ミルは故国へ向かう楽しみと不安と、なにより初めての大きなプロジェクト参加に興奮気味だ。


「ドキドキして眠れないよ~!」

「そういうところ、ミルは昔から変わらないな」


笑いながら、昔は義兄で今は義父のレシオンに言われる。相変わらずの、優しい笑顔だ。

ミルは出発日まで実家にお世話になっていた。共に行けないカリンが、「しばらく会えないんだから、出発前はうちにいて!」と食い下がったのだ。愛がこそばゆい。


のだけれど。本当にレシオンはおチビの頃からのミルを知っているので、本当に兄で父なのだ。なので。


「うるさいなあ。仕方ないじゃん」


そんな事を思うと恥ずかしくて、可愛げのない返しをしてしまう。けれどそんなささやかな反抗に、レシオンは目を細めて嬉しそうにするのだ。そりゃあ、大きな反抗なんて、出来ないさ。


「レシオン、仕事は?」

「今日は早く上がったよ。ミルの壮行会だもんな。カリンがまたミートパイ作るって」

「やったあ、楽しみ!」


この何週間か、エトルのことを考えると何も手につかなくなってしまったが。おあつらえ向きに大仕事があったのは助かった。否が応でも前を向ける。長期出張前だし、家族に余計な心配をかけずに済んで良かったと思う。壮行会も楽しみに迎えられた。今カリンは、お祖父様と一緒に陛下に第一便出発の挨拶に行っているのだが、カリンが戻ったら、ミルも準備を手伝うのだ。他のきょうだいも集まる予定だし。


(なんて幸せな日。あの頃は自分がこんな日を迎える事なんて、少しも考えられなかったのに)


ミルは、改めて女神様と聖女様たちに感謝した。


(カリンを私たちの元に遣わせてくれてありがとうございます)




……なんて浸っていたのだが、予定の時間を過ぎてもカリンが戻らない。もうすぐ一時間経ってしまう。嫌な感じの不安が迫り上がってくる。


「カリン遅いね。何があったのかしら?」

「まさか。準備は万端だったろう?……でも、確かに遅いな」

「陛下たちとお久しぶりだから、話が長くなっているだけじゃない?時間がもったいないし、パーティーの準備を始めちゃいましょ!ほら、ミルもレシオンも!大丈夫よ!」


不安そうにしているミルとレシオンに、長女のメイが発破をかけてくれた。彼女はいつも元気をくれる、そんな存在。


「そうそう!なんせカリンだし、何か起きても解決してくるって!」

「それもそうだ」


他のきょうだいも、軽口をたたくようにメイに続く。みんながいてくれるって、幸せだ。


(そうよ、カリンだし!お祖父様も一緒だし、大概何とかしちゃうわよね!)


「そうよね!準備を進めちゃいましょ!」

「だな!」

「テネばあ様、準備始めちゃうね~!」

ミルは隣の部屋でベルタとリアンの面倒を見てくれている、テネばあ様に声をかける。

「はあい。お願いできるかしら?ベルちゃんたちを湯浴みさせちゃうわ」

「テネばあ様、リアンも?それなら、俺も手伝うよ。久しぶりに仕事早く上がったし。こっちは大丈夫だよな?」

「もちろんよ!パパ頑張ってね」


ミル達はそれぞれ分担して、準備を進める。きょうだいも多いし、みんな慣れたものだ。


あっという間、と言ってもいいくらいの時間で、準備が整ってくる。


「ただいまー、遅くなってごめんね。あら、みんなさすがね!準備ほとんど済んでるじゃない」

「おかえりー。あとはカリンのミートパイだけだよ。本当、遅かったわね?」

「あら、ほんとに早いわ!分かった、着替えてさっそく取りかかる!遅くなったのは……あとで話すわね」

「分かった」


ひとまず、カリンが無事に帰って来て良かった。それにこの様子だと、商会のミスで何かあったとかではなさそうだ。ミルはホッと息を吐く。




「ミルの安全を祈って!乾杯!!」

「かんぱーい!」

「ぱーい!」


レシオンの乾杯に合わせて、きょうだいでグラスを合わせる。パーティーの開催だ。ちなみに、マーシル家は皆ビール好き。ベルタはりんごジュースで乾杯。きょうだい全員が揃うのは久しぶりなので、かなりご機嫌な様子だ。リアンはテネばあ様が抱いてくれているが、そろそろ寝そうになっている。


「はあ、美味しい……幸せだ~!」

「美味しい物を食べれるのって、幸せよね」

「うん、本当だ。ありがたいよな。俺たちは行けないけれど、ミル、あの国の子どもたちを頼むな」

「任せて!頑張って来るから!」

「魔道具、凄いよなあ。侯爵夫妻にも感謝だな」

「うんうん」


きょうだい達と、魔道具やら明日への希望やらで盛り上がっていると、そろそろとカリンが困り顔をしながら右手を上げた。


「カリン……?」

「その……盛り上がっているところ、大変申し上げにくいのですが、えっと……私の帰りが遅くなったのには、訳がありまして…………」


カリンが珍しく言い淀む。最近はエトルの話の時だったなとか、余計な事を思い出す。嫌な予感しかしない。


「…………コンバル皇国への輸出は、今回見送りになったの」


シン。と場が静まる。


「……なぜ?」


頭の隅に過ったものを考えないように、ミルは震えた声でやっとそれだけを言った。


「……数日前に、またクーデターが起こったらしいわ。強硬派がまた出てきたようよ」


瞬間、ミルはカッと頭に血が上る。もう!もう!!もう!!!


「何で?何であの国はそうなの?!何で民のことを考えられないの?!力だけで、得るものなんて……!」


ミルは叫びながら悔しくて泣けてきた。カリンがそっと抱きしめてくれる。


「カリン。それなら逆に行かないと。私は行くわ。子どもたちが、また」

「ミル。気持ちは分かるわ。でも今回は堪えて頂戴。……デザルト国は遠いわ。新しい情報もすぐには入らない。そんな所に貴女を送り出せない」


カリンの気持ちは嬉しい。


「でも!」

「ダメよ、許可しないわ、ミル。……今回は流れても、輸出が完全に中止になった訳ではないのよ。落ち着いた頃にまた行けるわ」

「…………」

「今回、デザルト行き予定だった者たちは、それぞれ他の国に振り分けるわ。……ミルはどうする?」


カリンの言うことは分かる。心配してくれていることも。でも、でも、なのだ。


「……私は……少し、考えさせてください」

「分かったわ。でも出発は明後日だから難しくても明日には決めて貰うわよ?」

「……はい」


コンバル皇国は、グリーク王国から遥に西だ。移動には数ヵ月かかる。理解している。それでも。


「グリーク王国の……女神様のご加護が……あの国にも届いたらいいのに……」


そんな風に思わずにいられない。


「ミル姉さま、痛い痛いなの?ベルタがよしよししてあげる」


悔し涙が止まらないミルを心配して、ベルタが一生懸命頭を撫でてくる。幸せ過ぎて、また涙が溢れる。


「ベルタ~~~!」


ミルはまた、ベルタをぎゅっとする。


「ね、姉さま、くるしいの~!」


ジタバタするベルタ。


「ほら、ミル!少し離せ!」

「お前は相変わらずだなあ」

「ベルタは天使より可愛いから分かるけどね」

「でも加減しないと可哀想だろ?なあ、ベルタ」

「ベルタ、今度はメイ姉さまを抱っこして~!」

「いいよぉ」

「メイずるい!」


可愛い可愛い末妹に、もはや壮行会の体もなくなっていたパーティーが救われる。


このまま……ずっとこのままでいたい、幸せな光景だ。


……幸せ過ぎる、光景だ。



分かって、いるんだ。

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