やっつめ 〜あのおかた〜
「グッ…!うぅ…!」
左手で放った銃弾は、オベールの左肩…守護刻印を貫いた。彼はそのまま、床に倒れ込む。魔力の礎である刻印を壊されれば、魔術師はもう魔術を使えない。
「おのれ…おのれサクラ・ナ・スフォルツァ…!貴様…!ヘイムダル様だけでなく…!クソがぁ!」
オベールは撃たれてなお叫び続ける。
「オベール…私はあなたを殺さない。ヘイムダルも、殺してない。意味がないもの」
「貴、様ぁ!よくもぬけぬけと!」
「私はね、普通に生きられればいいのよ。こんなことも、本当はしたくないんだよ」
「ぐ…ぬぅ…!だったら…何故ヘイムダル様を…!」
「だからそれは私じゃないよ?私はただの発見者。その場にいただけ」
諭すようにそう言うと、彼は少し落ち着きを取り戻したようだ。
「ならば…ならばなぜ『あのお方』は…お前を…お前が犯人だと…?」
そう、そこだ。その人っていうのは、誰なの?
「『あのお方』っていう人が、あなたをけしかけたと、思う。きっとヘイムダルを殺した本当の犯人は…」
「……そうか…。そういうことか…。サクラ…済まなかった…俺が鵜呑みにしたばかりに…」
「うん、いいよ、もう。それより、『あのお方』って、誰なの?」
『術式の発動を確認。解析を開始。』
私は頭の中に響いたその言葉を無視して、彼の言葉に耳を傾け続ける。
「『あのお方』はな…影の力を俺に与えてくれた…。自分を『影の御使い』だと、そう言っていたんだ…。確か名前は……。グァッ!」
オベールは突然頭を抱えて苦しみ始めた。何が、いや…術式…!?一体どうなって。
「あぁ…!グッ…ウァァ!!!…あの、『あのお方』の名は…!!アァアアアア!!!!!」
パァン!…という音がして、オベールの頭が弾け飛んだ。驚いて飛び退く。なんで…!どうして…!?すると、頭の中にまた声が響いた。
『解析を完了。該当…『影魔術』と断定。契約者の言語をトリガーとして発動する契約魔術と推定』
契約…魔術…?聞いたことはあるけれど、こんな…酷い魔術だとは…。でも、一体誰が?
◆ ◆ ◆
目を覚ましたルイン課長とギル爺に、私は状況を説明した。まぁ、話すより先に、ギル爺には治癒魔術を施したんだけど。さすがは神たちの王だ、あっという間に回復した。…大事にならなくて良かった…。
ギル爺とルイン課長、それに私は、オベールの遺体を確認する。それは、ヘイムダルの亡くなった状況とほぼほぼ一致している。やはり犯人は『あのお方』、ということになるらしい。
「サクよ、とりあえずは…あれだな…。よく頑張った。褒めてやろう」
と、ギル爺は私の頭をくしゃくしゃと撫で回す。
「えぇ、残念な結果にはなってしまいましたが……。サクラ殿、よく頑張りましたね。ありがとうございます」
なんて、ルイン課長は深々と頭をさげた。
「サクよ、それにしても、あの頃のリアにそっくりだな。…はは、懐かしいわな」
「えぇ…そうですな。あの頃のリアークによく似ています。こう見ると、彼の子どもだと…実感がわきますね」
と、ギル爺とルイン課長が私に言う。性別違うからあんまりいい気もしないけど…まんざらでもなく私はつい頬が緩んでしまう。
「しかしだな…さすがにもう…それはしまっても良いのではないか?」
私の両手には、まだ銃も、装甲も展開されたままだった。
「あ、うん。そうだね…忘れてた。……術式終了…」
装甲はフッと光の粒子になり、私は元のコート姿に戻る。両手の銃は腰に戻した。
「しかし…こやつはなぜこんな姿に…影の契約魔術…そいつは…」
謎は残るばかりだ。
事後処理も済み、さすがにその日はもう何もする気も起きず。明日また、という話になり、3人は各々帰宅するのだった。
…まぁ、返り血まみれでまーぁ母さんに心配されたよ。それはもうこれでもかってくらい。
◆ ◆ ◆
『カナタも元気そうで何よりだな…。』
ベッドに入るなり、頭の中で声が響く。あの時は無視しちゃったんだった。…目を閉じて、頭の中でその声に耳をすます。すると、瞼の奥からすぅっと白い世界が広がり、夜のようなコートを着た男がこちらに歩いてきた。
「サクラ、私が誰だか分かるかな?」
その姿は、写真で見た父さん…リアーク・ナ・スフォルツァに他ならなかった。
「うん、分かるよ。父さん。助けてくれてありがとね」
そう告げると、父さんははにかんだ。
「はじめまして、だな…サクラ。俺は銃の中にある、記憶の残滓だ。あまり長くは話せないかもしれない」
真面目な顔をして、父さんは続ける。
「まずは、だ。カナタではなくお前がこの銃の所有者になった。それはわかるな?」
うん、分かってるよ。
「あれは俺が残した。まぁ、死んだ時に母さんに託したんだ。ふたつの拳銃と2本の刀…それは俺が戦士になった時に、この世界の創造主から与えられたモノだ。『世界を救うのはお前だ』…なんて言われてな」
「当時はギルガメシュ王と、魔王と戦った俺だが、あいつは俺と契約するのを拒んでな。『創造主だか誰だか知らんが、そんな物騒なモノを持ってるお前なぞ』…なんて、酷い話だよな全く…」
…そんな過去があったんだね…。
「俺はその時な、『この銃は貴様とともにある。魔力をよこせ』なんて高飛車でさ。なんだかんだ契約した後も、まぁよく大喧嘩したもんさ」
「そうそう、お前は所有者だから聞こえただろう?銃の声…俺は『管理者』と呼んでるが…アレは創造主の力の一部なんだ。それにな」
父はサラリと、割と重大な事をこともなげに続ける。
「俺の元の名前は『リアーク・スフォルツァ』これに『ナ』の名前を贈ったのも創造主だ。名前には魔力が宿る。創造主の名は『ナハト』…夜の魔法使いだ」
…魔法使い?この世界には魔術師と神しかいない筈だ…。
「お前の疑問も分かるぞ。この世界の歴史には、『魔法使い』という言葉自体がない。そりゃそうだ。『この世界にたったひとりしか存在しない』しかもそいつは『世界に干渉しない』からな。誰も存在自体知らないだろうよ。俺たち以外はな」
父さんは更に続ける。
「それにカナタ…母さんもな、この世界を救うためにナハトに召喚されたんだ。俺を助けられるように。もし俺が死んでも、未来を創れるように、ってな」
「お前が生まれたのも偶然じゃない。それもナハトの意思がはたらいているだろう。未来に生きる所有者…世界を救う者…まぁこんなところだな」
「待って、待ってよ父さん」
私は我慢できずに、言う。こんな…覚悟はしたけれど…それじゃ私は最初から…?涙をこらえられずに、言ってしまう。
「…私は…私は普通に生きたかった…!…『一般人』で良かった…!物語の主人公に憧れる…普通の人でいたかったよ!でもこんな…こんなことってないよ…!なんで私なの…?私じゃなきゃダメだったの…!?」
…父さんは少し、悲しそうな顔で
「……いや、サクラ…俺もな…いや、母さんも…そう願っていたんだよ。俺が死ぬ時に、ナハトが現れて言ったんだ。『カナタは失敗だった。お前の子どもを次の…』ってな。自分が召喚しておいて、失敗って何だよって怒鳴ったさ。でも愛する女を遺して死んじまった俺には、どうすることもできなかった…。済まない…本当に…済まないサクラ…」
キラキラと、父さんが光を放ち始める。姿も少しずつ透けていくようだった。
「いいよ…!もういい……分かったよ…!銃を持った時覚悟を決めたんだ…。父さんの遺志も、母さんも、未来も、全部守るって…」
でもね、父さん。せっかく会えたんだからさ…。私は手をのばす。
「だから、さ。父さん…。全部いいから…やるからさ…」
父さんは私にゆっくりと近付く。
「あぁ…そうだな…。済まない……いや…」
お互いの存在を確かめるように、私たちは抱きしめあった。
「ありがとう…頑張れよ…サクラ…」
白い世界の中、私はまどろむ。決意を胸に抱きながら。
◆ ◆ ◆
翌日の話。
捜査課の会議室の中。私とギル爺、ルイン課長とガリス局長が向かい合って座る。
ガリル局長は、席に着くなり私に深々と頭をさげた。
「済まない!…あんな事が起きると知っていたならば…局を空ける事などしなかった…。君を守れず、申し訳ない」
私は慌てて手を振りながら
「い、いえいえ!頭をあげてください局長!見ての通り私は無事ですから!それよりも、今回の被害者は、やっぱり…」
すると、ルイン課長が口を開き
「サクラ殿…ヘイムダル様とオベールさんは…『あのお方』という何者かに殺害された…。犯人については現状…手がかりもない状態です。…この世界にリアークの銃以外に、神を殺せる武器なぞないと思っていましたが…。どうやら『あのお方』というのは相当な力を持っているようですね…」
「そのようであるな…ルインよ。オベールもヘイムダルも同様に頭が弾けておった。魔術については…」
ギル爺に続けるように。
「影の魔術…一種の契約魔術だったようです。私の銃には、解析能力もあるらしく…そのような痕跡があったようです」
ガリス局長は目を丸くした。
「なんと!あの銃を使った…いや!使えたのか?サクラ。アレはリアークのみが使えるものとばかり…」
「そうですね…。私は父さんの『次の所有者』に選ばれたようです。アレが使えたのも、父さんのお陰なのかもしれません」
「そうか…サクラが…なるほど…。分かりました」
ガリルは悩ましげに呟いている。
「それで、サクラ殿。この前お話した、『捜査課配属』の件はいかがでしょう…?私としては、この一連の事件だけでも…ご協力いただければ、と」
ルイン課長はおずおずと聞いてくる。
「サクよ…ルインはこう言っておるが…お前さんはどうするよ?」
ギル爺は私に問う。いつしか3人とも、私の顔を食い入るように見つめている。
…父さん。私は頑張るよ…。
「えぇ…。そうですね。この事件は、ギル爺にも、それに皆さんに因縁があります。私にも…もちろんありますよ」
私は出来る限りの笑顔を向ける。
「やりますよ。捜査員」
ただ、その為には1つだけ…。と、私は条件を出させてもらうのだった。