表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私は一般人(モブ)である。  作者: 雨空 雪乃
第一章 〜一般人に憧れた私〜
5/35

よっつめ 〜かげ〜

 なんてことはない。魔王の噂は、管理局の中()()じゃなかったって話だ。あんな事があった翌日、だけども仕事は仕事。少しだるいけどやる事はやらないと。と重い腰をあげて、家を出る。さすがに局長のギル爺は、昨日の件の対処とやらで早くに出かけていったらしい。だから今日は私1人だ。久しぶりの1人。

 電車を降りて、局へ向かう。昨日の快晴が嘘だったみたいな灰色が空を覆っている。傘持ってきてないけど、大丈夫だよね…?なんて暢気に考えていた私は、突然背筋が凍るような感覚に襲われる。あたりを見回すと…いた。こんな殺気のこもった視線を浴びせられる覚えは無いんだけど。冷たい。まるでナイフで心臓を撫でられているような…冷や汗まで出てきた。私とそれとの目が合う…いや、目が合っているかどうかも分からない。なにせそれは、姿かたちがよく分からない。影のような、何となくシルエットがあるかなくらいで、怖い。恐怖を感じずにはいられない。今すぐ逃げたい。けど、動けない。動いてはいけないと本能が感じ取っているようだった。視線も合わせるべきではなかった。そう感じた。

 ()()は、ゆったりと動き出した。何となくこちらを指さしているようにも見える。そしてフッと消えてしまった。

 「っ…はぁっ…はぁ…」

思わず膝をつく。あんなもの見たことがない。まだ心臓がバクバクいってる…。何あれ…なんなの…。

 「サク!おいサク!どうしたそんな所で、大丈夫か?」

 驚き混じりでキョロキョロと声の主を探すと、局の方からギル爺が心配そうに駆け寄って来てくれていた。

 「あ…ギル爺……」

涙まで出てきた。安心した…怖かったよ…。ギル爺にとびついて顔をうずめる。

 「お、おぉ…サクよ、ま、まぁ落ち着くがよい。よ、よしよし…なぁ、よしよし……」

慌てながらも優しく背中をさすりながら、ギル爺にしがみついたままの私を慰めてくれたのだった。

 しばらくして、ようやく落ち着けた私は、ギル爺にさっき見た影のような()()の話をした。

 「影…とな?そやつは何か…話したりは…しとらんのか。指をさされたような…?ふむ…」

と、口元に手をやり何やら考え始めたギル爺。

 「心当たりがあるの?」

 「うむ…。いや、あり得んことだ。あれがこの時代に残っておる筈がない。あれはわしが全て滅ぼした筈だ…」

 「って事は…魔王と関係が?」

 「そうだ。しかしあれはわしがこの手で滅ぼした。復活などあり得ん。サクは気にせんでもよいわ。わしの方で調べてみるでの」

 あれがもし20年前の生き残りとか、復活したものだったとしたら。国を巻き込むほど大事件になる。今のこの平和が一気に崩れてしまうだろう。ギル爺のこの対応は、この時代に生きている私への、せめてもの気遣いなのだろう。

 「そっか…ところでギル爺。なんで外に出てきてたの?心配で見に来てくれたわけじゃないでしょ」

 「お、おぉ!そうであった!いつまでも外で話している場合ではなかった。サクよ、今すぐ捜査課に行ってくれ。昨日の件でな、急ぎであったのだ」

 「あ、そうだよね…昨日の今日だもんね。ちょっと…いや、大分キツイけど…うん、そしたらすぐに行くね。心配かけないように準備してから行くから、ギル爺は先に行って待っててよ」

 「そうであるな。よし、あいわかった。捜査課には少しやる事があるからと言って待たせておこうぞ」

 「ごめんね、ありがと。また後でね」

 ギル爺と別れ、私は休憩室で必死に顔を洗うのだった。昨日のヘイムダルの事馬鹿にできないじゃん。恥ずかしい。

 ◆ ◆ ◆

 捜査課に顔を出すと、会議室に通された。部屋には既にルイン課長とギル爺、それに管理局局長のガリス局長も座っている。ガリス・シーベルト。青みがかった短髪の好青年に見えるが、「海の一族」の長であり管理局長、見た目通りの歳ということはないだろう。

 「サクラ、おはようございます。朝から呼びだてしてすまないね。座ってくれ」

ガリス局長は私を促す。

 「いえ、大丈夫ですよ。ガリス局長、ルイン課長も、おはようございます。それでルイン課長、お話とはなんでしょうか?ガリル局長がいらっしゃるのにも関係が?」

ギル爺の隣に座り、話を促す。

 「えぇ、そうなのです。昨日の事件のを一応とガリルさんにも報告させて頂きました。あなたの『事情』を知る彼ならばと、協力してもらった次第でございます」

 「サクラ、ギルガメシュ様、昨日の件…少々気にかかる事が多いのだ。2人の意見も聞きたい」

 ガリル局長はゆっくりと語りだす。

 「オベール・ハイディールなる人物は、数日前から行方不明になっていた、というのはヘイムダル様から2日ほど前に伺っていたんだ。また、昨日登録に来ていた。それもデータを見て確認している。しかし、ヘイムダル様からは昨日にもまだ見つかっていないと連絡が。これはと思いデータを再び調べてはみたが…確かに情報はオベール本人と一致している。そこへきて件の死体…何やら企てがありそうな気がするのだ。これについてサクラ、何か思うところはあるか?」

 「いえ…特には…昨日話していたのは…」

 私は昨日3人で話していたことをガリル局長に話した。

 「そうか…」

 「ガリスよ」

と、今度はギル爺が口を開く。

 「もしや、他にも誰か行方不明になっている者がおるのではないか?お主の口ぶりから思うに、大方『次』がありそうな予感がしておるようだが、どうか?」

 唐突にそんな事を言い出したギル爺に驚いたようで。

 「え、えぇ…実はそうなのです。他にも3件ほど神様方から相談を受けているのです…局に登録する前の者ばかりなので、私としてもなんとも言えず…例の噂もあるので気がかりで…」

 「魔王がどうとかいう奴か?あれはただの噂話だろう?なぜ今更そんな話が出る。笑い話にしかなっておらぬであろう?」

 「えぇ…確かにそうなのですが…私としては繋がりを感じずにはいられないのです…他のものならとにかくとして…魔王となると…」

 「そりゃあの…しかしお主もあの場にいたではないか。奴は確実に滅んだであろう?」

 「えぇ…しかし噂はそれだけではないのです、ギルガメシュ様」

そう語るガリスに、ギル爺は眉根を寄せる。

 「ほぅ…?」

 「実はここ2日程前、影のようなモノを見たのです…あれは恐らく…」

影?さっき見たアレをガリス局長も見ていた…?私も…と言いかけたが

 「いや、ありえんだろう。確かに魔王は影を操る者ではあったが、断じてあやつではない。お主も分かっておろう?」

ギル爺に遮られてしまった。そこまで断言するなんて、よほどの事がありそうなので、私は口をつぐむ事にした。

 「そんな与太話よりも、今はオベールが何故死んだのか、それの方が肝要であろう?」

 「えぇ、その話でお呼びしたのですよ」

と、今度はルイン課長が口を開く。

 「局長とも話をさせて頂きましたが、サクラさん。あなたに1つ、指令がございます」

 そう続ける課長は、何か覚悟でも問うかのようにまっすぐと私を見ている。え、何怖い。そんな改まって何ほんと、こわ。

 「サクラさん。あなたには本日から、捜査課に加わって頂きます」

 「なっ!?」

驚くよ!そりゃあ驚くよ!!なんでさ!管理課の一般人だよ?捜査員だってそれなりに人はいるでしょうよ!なんで私が?

 開いた口が塞がらない私を横目に、局長が続ける。

 「サクラ、あなたの能力を見込んでの事だ。今後もあのような事件が起きれば、捜査課の…いや、管理局そのものが危うくなってしまうだろう…これまでは君自身の希望をできる限り叶えられるよう、管理課に配属していたが。今回ばかりはそうも言っていられないのだ」

いやいやいやいや、私はそこまで有能じゃないよ?勇者の子どもってだけだよ?知られざる能力が…とか全然ないよ!

 「まぁ待て2人とも…サクもさすがに動揺しておる。そう判断を急ぐことでもあるまい?」

見かねてギル爺が反応してくれた。さすがのギル爺も驚いているようだ。

 「いえ、しかし……」

 「くどい!ここはサクラを待つのも、お主らの器の見せ所ではないかシャキッとせぇ!」

一喝された2人は少し慌てた様子だが、さすがに性急過ぎたのが分かったのだろう。

 「そうですね…いやはや、失礼た。サクラ、今日はもう帰ってゆっくり休むと良い。答えはまた明日聞くことにする」

そう言って局長は席を立ち、課長もまた後に続いたのだった。

 ◆ ◆ ◆

 「ありがと、ギル爺」

 「いやなに、あんなに怯えたお前さんを見るのも初めてだったのでな。気にする事ないわい」

 ギル爺はわざわざ家の前まで送ってくれた。自分じゃ気付かなかったが、ギル爺に心配されるくらいには酷い顔だったらしい。

 「では、わしは仕事に戻るぞ。昨日の件もまだ片付いてはおらぬが、なるべく早く帰るようにしよう」

 「ん、いいよそんなに気にしなくても。ギル爺も大変だもんね」

あまり気を遣わせるのも嫌なので、少しだけ強がって言ってみる。

 「はは、その分なら問題はなさそうだの。しかし、先の影の件も気になるからの。今日は家を出ん方が良いであろう、な?」

 「ん、分かった。母さんもいるだろうし。大丈夫だよ。さ、行ってらっしゃい。ありがとね」

手をひらひらと振ってみせる。私の最大限の強がりだ。

 「おう!ではまた後でな。行ってくるぞ」

快活に笑ってみせて、ギル爺は局へと戻っていった。私も家に入る。

 「ただいまー」

返事がない。いつもなら母さんが出てきてくれる筈なのに。妙に胸がざわついて、リビングにかける。いない。出掛けてる…?まさか…!

 なんてことはなかった。テーブルに書き置きがあった。「調べたい事があるので、一度お屋敷に戻ります。夜には帰るから、先にご飯は食べてね カナタ」だって。お屋敷に戻るって事は、母さんも魔王の噂が気になっているみたいだな、なんて思ったけれど。寂しい、というか…。

 緊張がほぐれたからか、身体が震えている。あんな事があったんだ。ソファにもたれ、膝を抱え込む。恐怖…不安…色んな感情が私を巡る。また涙が出てきた。思い出すのはあの影。暗い、暗い影。確かにこちらを見ていた。指をさすようにこちらを…。

「っ……」

あんなもの、この世にある筈がない。あって良い訳がない。絶望そのものみたいな(アレ)の事が頭から離れない。

 どれほどの時間そうしていたのだろう。玄関が開く音で目が覚めた。どうやらソファで寝てしまっていたらしい。外はもう暗くなっていた。母さんかギル爺が帰ってきたのかと思い、電気のスイッチに触れる。

 ………電気が点かない。扉が開いた音は確かに聞こえた。でも足音がしない…。リビングの扉へ目を向ける。

 「っ…!?」

 開け放しだった扉の前に、暗い中でもはっきりと分かる、より一層暗い影。私は一瞬で凍りついた。…逃げなきゃ。あの影は今朝の…!

 影はまだこちらに気が付いてない様子で、右に左にと揺らぐ、私はなるべく静かにソファを降りようとして…。

 「いっ…!」

 テーブルに足をぶつけてつんのめる。途端、影がギョロリとこちらを向く。気付かれた…!私は慌てて体勢を整え…そのまま激しく壁に叩きつけられた。

「ガッ…!ハッ……」

息が出来ない…苦しい…!影は私を壁に押さえつけながらギリギリと首を絞め上げる。

「ぐぅっ……このっ……!」

 私は影に右手をかざす。影に対抗するなら…!

 「リヒト(光よ)!」

暴発するくらいの魔力を注ぎ込んで、魔術を放つ。本来ならただあかりを程度の補助魔術でしかないそれは、爆発的な閃光を放つ。強烈な閃光にさらされた影は、私の首元から掻き消える。

 しかし、途端にまた別の影が伸びてきて、今度は私の頬を殴り飛ばした。私はまた壁に…いや、今度は仏壇に叩きつけられた。ごめんね父さん。なんて考えてる場合じゃない!本気でマズい、効いたけど一瞬しか効かなかった!殴られた衝撃で私の魔術も切れてしまった。マズい、マズいよ。このままじゃ…殺され…!

 ゴトリ、と落ちた何かが私の右手に触れた。父さんの銃だ…。……使えってこと……?慌てて拾い上げて構える。引き金に指をかけると、魔力が銃に流れ込んでいくのを感じた。何もせずに死ぬのなんかゴメンだ…せめて一度だけでも…そう願いを込めて、引き金を引き絞る。ガァンッ!という轟音とともに放たれた弾丸はさっきの閃光と同じくらい輝きながら人間でいう左肩のあたりに当たった。

 「ーーーーーー!!!!!」

何とも形容し難い悲鳴をあげる影、左肩は影が消えて…あれ、左肩だ。揺らいでいて形が分からなかった影が、今でははっきりと人の形をしているのが分かる。影が消えたそのあたりに、見覚えのあるものがうつった。

 不意に影が視界を外し、今度はまたこちらを睨みつけるようにして、そのまま闇に紛れるように消えていった。どうやら殺されずに済んだようだ、と少しほっと息を吐く。と、今度はバタバタと音がして、またも私は息を呑む。パッとあかりが灯り慌てた様子でギル爺と母さんが駆け込んできた。

 「サク!おい!大丈夫か!?」

 「サクラ!サクラ無事!?」

と、ふたりして大声を出して駆け寄ってくる。良かった…母さんとギル爺だ…。やっと緊張が解けた私はそのまま脱力して横になってしまう。

 「おい!サクよ!おい!」

 「サクラ!サクラ…!大丈夫…!?」

ん…大丈夫だよ…ふたりとも…。私は生きてるよ…。そう口にして、私はそのまま意識を失った。

 右手に父さんの銃を握りしめたままで。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ