みっつめ 〜ははとちち〜
「ただいまぁ…」
やっと家に着いた、いつもならとっくに夕飯も食べ終わってゆっくり紅茶でも飲みながら本読んでたのにな…仕方ないけど。
「おかえり~。今日は随分かかったのねぇ。初めてじゃない?こんなに遅いの」
「だってさぁ…んー…とりあえずシャワー浴びてくるね…お腹も減ったよぉ…」
「はいはい、とりあえずいってらっしゃい。ご飯準備しておくからね。私ももうぺこぺこよ」
母さん、夕飯食べないで待っててくれたんだ…。心配かけたかなぁ…あとであやまっとかないとなぁ…あ、そうだ。ただいま、父さん。遺影に小さく呟く。子どもの頃の習慣、今でも忘れてないよ。
熱めのお湯を頭から浴びながら、今日の事を何度か振り返る。何かが引っかかるような気がして、でも何か分からなくって。初めてオベールを目にした事を思い出す。金色の髪…黒いスーツ…穏やかな瞳…うーむ…大層なイケメンって感じだったよな…男に敵は多そうだ…うーむ……何が引っかかるんだ……?と、考えてハッとする。いやいや、私はただの発見者。一般人。どこぞの探偵でもなければ主人公でもない。普通だ、私は。
シャワーから出ると、食卓にはギル爺もいた。なにやら母さんと話していたみたい。
「サクラ、聞いたわよ…大変だったわね。ギル様がついていてくれたとはいえ、遅かったのも心配したわ……」
どうやら事情を先に話してくれていたらしい。
「ほんとだよぉ…あんなに驚いたのも久々だよ…」
3人で夕飯をつつきながら、話は続く。
「…でさ、そのヘイムダルって神もさ、守護人見た途端に号泣しちゃったらしくてさぁ」
「まぁまぁサクよ、わしもお前さんがぽっくり逝っちまったら、あのくらいは取り乱すかも知れんぞ?」
「あは…ギル爺に限ってそれはないって」
「ふふ、案外涙もろいのよ?リアが亡くなった時なんか、もう海でもできるんじゃないかってくらい」
「なっ、カナタよ。あの時は仕方がないではないか、仕方が」
と少し照れている様子のギル爺。そんな号泣してたのか、見てみたかったな。まぁ、号泣シーンだけじゃ嫌だけどね。夕食を終え、片付けをする。これは今日の私の当番。
「そういえば母さん。その、父さんってどんな最期だったの?」
「そうねぇ…魔王が最後の力で放った攻撃から、私をかばってくれてね…。魔王はね『この我が、この我が人間ごときにぃ…』なんて言いながらしっかり滅んでいくし。リアもリアで、『死に場所を求めていた』とか格好つけてね、必死に笑顔を作るのよ。最後には、『未来を頼む』って、最後まで自分勝手な人だったわ…。私の事だけ置いていって、一人でどこかに行っちゃうなんてって随分落ち込んだわ…」
「そうだったなぁ…あそこまでふさぎ込んだカナタを見たのは、アレが最初で最後だったの」
「ふふ、そうね。でもふさぎ込んでた時にサクラがお腹の中にいるのが分かってね。『未来』ってこの子の事かって思ったの。この子が幸せに生きられるような世界をって考えたら、もうやるしかないかなって」
「それで色んな技術とか学校とか私が生まれるまでの一年で全部やったって言うの?ありえないって」
「そこはいつまでも信じぬのだな…サクよ…」
「いやいや誰だって信じられないって。これだけの事たった一年でって、それこそ20年くらいやってやっと基本的な事が決まってくるレベルじゃない?」
「そうよね…今の私には、そんな力かけらも残ってないものね…。できる事と言っても、この世界の人の域は出ないものね…刻印はギル様に刻んで貰ったけれど、それでも信じられないでしょうね…」
当時の世界に召喚された母さん。召喚術式で人間は呼び出せない筈だった。ギル爺と父さんは突然現れた人間の召喚獣…流石にどう見ても人間だったので戸惑いながらも保護したっていうのが始まりらしい。「召喚獣は人間ではない」というこの世界のルールに、世界を救った本人が例外というのは何というか、皮肉な話だ。
「そうそう、私が生まれる前の話で信じられるのは、母さんが異世界人で召喚されて、父さんが魔王と戦って死んじゃって、平和になりましたって話くらいだよ。さて、明日も仕事だからそろそろ寝るね」
「おう、サクよ。明日もよろしく頼むぞ」
「えぇ、今日もお疲れ様。おやすみなさい、サクラ」
「うん、母さんもギル爺もおやすみ。」…父さんも、おやすみ。
寝室への階段をあがり始めた所で
「あ、そうそうサクラ」と、母さんに呼び止められる。
「魔王が出たって言われたからって、見に行っては駄目よ?」
…え?