むっつめ 〜かみがみとのであい〜
救護所のベッドで目が覚めた。…まだ魔力切れを起こすとは情けない。頭痛に頭をおさえながら身体を起こす。すると…。
「おう、起きたな」
すごく高い位置から声がした。声のする方を見上げると、筋骨隆々な男が腕を組み、仁王立ちで立っていた。
「…んん…?」
何故か後光のようなモノが見えた気がして、思わず目を擦る。
「はぁ…。この街を救った英雄がいると言うから来てみれば…なんじゃ、ただの小娘ではないか」
仁王立ちのままで、彼はため息を吐く。
「えっと……あなたは…?」
と、おずおずと聞く私に、彼はふん…と鼻をならした。
「おぬし、わしを知らんのか。珍しいこともあるものだな。わしはギルガメシュ・ウル・ギルシュタリア。神々の王である!よぉく憶えておけ!」
と、ギルガメシュなる人物は、太陽の様にニカッと笑ったのだった。
「して、おぬしの名はなんという?」
そうだった。…オーラに気圧されてた。
「あ…私はナハト・ウェルトと言います…。すみません、無知な小娘で…」
私はベッドに座ったまま、なるべく深く頭を下げた。…苦手なタイプだ、このおじ様…。するとおじ様は、意外そうな顔をした。
「ほぅ?ナハトの名を継いだのか。さてはあのババァ…とうとう死にでもしたのかの?」
と、さも当然のように。知り合いだったのかぁ。
「え?あ、いや…。全然ピンピンしてますよ?」
もう1年は会っていないけれど。
「はは、そうか。まぁあのババァはしぶといからのぅ。そうそう死ぬタマではないわな」
カカ、と笑うおじ様。
「ははは…確かに…」
「それに、わしを知らんのも納得がいったわい。はは、おぬし召喚者であろう?」
ガハハ、盛大に笑うおじ様に、少し驚いた。召喚者はこの世界ではほとんどいないと聞いていたのに。
「えぇ…仰る通りです。それで…?」
「うん?あぁ、そうであったな。…単刀直入に聞こう」
と、おじ様は笑っていた顔を正し、膝を落としてグッと私の顔に近付く。
「おぬし…あの影の正体を知っておるな?」
あっ…本当に単刀直入だわ…。
「はい、知っています。というより…」
と言いながら、私は気まずさから目を逸らす。
「私が創っちゃった…というか…」
「なに、貴様が…?詳しく聞かせて貰うぞ…?」
と、肩を掴まれ射殺すように睨まれてしまった。慌てた私は、言い訳でもように早口で事の顛末を話した。
「ふむ…まぁおおよそは理解はできたぞ」
落ち着いたのか、おじ様はベッドの傍にあった椅子に座り。
「…しっかしまた厄介なものを創造してくれたな、おぬしは」
責めるように私を見ていた。
「はい…すみません。あの時は無我夢中で…」
と、私は再度頭を下げた。おじ様は声を低くして言う。
「だとしたらおぬしは、自分の尻ぬぐいの為に旅をしている。ということかの」
「はい…そうです。私がしたことは、自分で片付けないと」
「ふむ…まぁ、創造したのは確かにおぬしだが…そう責任を重く捉える必要もあるまいて。あの神はな、わしが過去に天界に追放したのだ。戻ってきてしまったのは、あの時殺しておかなかったわしの責任でもあろう…。さぁてだとすると……」
と、思案顔なおじ様。私も何を言えば良いのか分からなかった。しばらくの沈黙が続いた。と、突然おじ様は立ち上がり、
「まぁ、今は休むがよい。纏まったら、また来るからの」
と、救護所から出て行ってしまった。聞くだけ聞いて出て行くなんて、さすがはおうさま…といった所か。まぁでも、影がちゃんと神だったというのが知れたのは、まぁ…収穫と言ってもいいかもしれない。
「おねぇちゃん!起きたの〜?」
そんな事を考えていたら、ルインが入ってきた。
「あ、ルイン。おはよう」
「おはようおねぇちゃん!…からだは大丈夫?」
そう言いながら、椅子に座るルイン。
「うん、大丈夫だよ。心配かけちゃってごめんね…あと、ありがと」
頭を撫でると、照れたようにはにかんだ。…やっぱりかわいいな、うん。
「ねぇルイン。私ってどのくらい眠ってたのかな」
「え~っとねぇ…おとといからだから…みっか!」
得意げに3本の指を立てて、私に笑いかけた。3日…3日か…魔力を回復するにしても、ちょっと時間がかかり過ぎだ。一晩もあれば治っていたはずなのに。
「そっか…ありがと。お父さんは大丈夫?」
「うん!あの後お母さんが回復魔術で治してあげてたの!今はお片付けに行ってるよ!」
街の復興作業をしてるのかな。…私も手伝わなきゃね。と、立ち上がる。
「お、おねぇちゃん?大丈夫?」
ルインが心配そうに私に手を伸ばす。
「うん、大丈夫だよ。いっぱい寝たから動きたくなっちゃったの」
左側が少し痺れるけれど、動けないほどじゃない。…私も手伝わなきゃ。
「ルイン、皆の所へ連れて行ってくれる?」
と、私はルインに左手を差し出した。
「うん!こっちだよ!」
ルインは私の手を掴み、昼下がりの街へ連れ出してくれた。
◆ ◆ ◆
広場に着くまでの間、ルインはこの3日に何があったのか話をしてくれた。街全体の影が消えて、怪我をした人が目を覚ましたこと。2日前に、王都からの援軍が駆け付けて、復興を手伝ってくれたこと。それと…今朝、神様たちが来て、私を探していたこと。
「そっかぁ…私、なんかしちゃったかなぁ…」
広場のベンチにふたりで座り、ボヤくようにそう言うと。
「ううん!違うよ!『こんな大魔術…人間に使えるとは思えん!』とか言ってた!」
と、ルインは答えた。うーん…目を付けられたとしか思えないなぁ…。
「でね!神様がね!こんなの描いてくれたの!」
と、左脚の裾をまくって、太ももを見せてきた。
「これは…?」
何かの紋章の様に見える。何かの術式かな…。
「えっとねぇ…。たしか、『まもりのしるし』って言ってた気がする…。よく分かんなかった!」
と、元気よく返事をしてくれた。…よくできました。
「はぇ〜…。ごめんね、ちょっとよく見せて?」
と、私は太ももに指を触れ、解析魔術を起動する。うーん…紋章はルインの魔力に直結してる…?いや、むしろこれは増幅装置みたいだ…『まもりのしるし』…?
「それはあなたには解析出来ませんよ」
声のした方向に、私たちは目線を向ける。燕尾服のような灰色のスーツに、細い出で立ちの男がいた。
「えっと…あなたは…?」
「あっ!この人だよ、描いてくれたの!」
ルインが男を指指すと、
「人、ではなく神です。お間違えのないように」
男はこれまた細い指でクイッとメガネをなおす。
「神様…ですか。はじめまして。さっきギルガメシュさんとお会いしましたよ」
私がそう言うと、
「ふん、我が王がお会いになられたのなら、あなたが?」
「あ、はい。ナハト・ウェルトと申します」
軽く頭をさげると、彼は少し表情を和らげた。
「私はヘルメスと言います。以後お見知りおきを」
と、ヘルメスさんもうやうやしくお辞儀をしてくれた。
「ルイン、私はナハト殿と大切な話があるのです。お母さんの所へ行って待っていてください」
「えぇー…。うん…分かったよ…。おねぇちゃん、後でね」
と、ルインは歩いていった。
「それで、話とは?」
私が聞くと、ヘルメスさんは少し悩むように目を逸らしながら、
「えぇ…。お隣失礼します」
私の隣に腰掛ける。
「ナハト殿、影魔術をお使いになられていますか?」
「え?いや…使っていませんけど…」
と、私は左手を見ながら答える。
「なるほど…。それは、使うこと自体は可能、ということでしょうか」
「そう言えば試したことなかったな…。使ってみましょうか?」
「えぇ、そうですね。もしも暴走するようであれば、私が」
と、ヘルメスさんは立ち上がって、私に右手をかざした。
「じゃあいきますね。…影魔術」
黒い影が、掌に広がる。あ、出来るんだ…。
「ふむ…やはり」
と、ヘルメスさんもどこか納得したようだった。私は影魔術を止める。
「今できるのは、このくらいですね」
「ありがとうございます。なるほど…」
と、ヘルメスさんはまた私の隣に座った。
「ナハト殿、ひとつお伝えしておきます」
と、彼は私の目を見つめる。
「あ、はい。なんでしょう…?」
「影魔術を使用できるのは…いや、創造魔術も含めてですが。使える人間は、ナハト殿と、先代のナハト殿だけなのですよ」
…へ?ヘルメスさんは続ける。
「えぇ、もちろん神にはいます。創造神と影の魔王が。ですが現在は、どちらともこの世界から追放をされております」
さらに。
「ナハト殿は召喚された身、先代様も同様…この世界の人間ではありません」
「え、えぇ…確かにそうですね」
「しかしあなたは、ウェルトを名乗っている。…これは、何か運命的なものを感じずにはいられません」
運命…私が1番大っ嫌いな言葉だ。その雰囲気を察したのか、少し慌てた様子のヘルメスさん。
「あ、いや…大丈夫です。運命って言われるのが嫌なだけで…」
「失礼を…。ですが…」
「えぇ、もしも『運命』なんてものがあるのなら、それをどうにかするのが、私の」
運命…と言いかけたから、やめた。
「はは、では改めまして…。私たち、神はこの世界の人間に『守護刻印』を入れる事を決めました。この世界と天界、ふたつの世界は互いにバランスを取っています。人間が減ってしまうと、神もまた力を失うのです」
「あぁ…なるほど。ルインの脚の印って、そういう意味だったんですね」
「えぇ、守護刻印があれば…神がこの世界に縛られる代わりに、人間を守ることにもなります」
それが私たちの覚悟…。そう言っていたヘルメスさんは、どこか寂しそうに見えた。
「分かりました。では、私はあの影を必ず」
私はそう言って立ち上がり、ヘルメスさんに右手を差し出す。
「えぇ、よろしくお願いします。ナハト殿」
握り返された右手は、力強く振られるのだった。




