みっつめ 〜つぐな〜
酷い夢を見た。私は影魔術で…。頭をおさえながらベッドから起き上がる。
「なんだ…これ。こんな夢を見るなんて……」
どうかしてる、と思った。でも、何故だか胸がざわつく。嫌な夢を見ただけの筈なのに。なんで、こんなに。
『はは、夢じゃあ無いかもねぇ?私』
頭の中に声が響く…私の声?そんな、分割思考は昨日確かに解除したはずだ…。
『いんやぁ?されてないよぉ?というか、させないよぉこんな面白い魔術』
またも声が響く。どういうこと…?
『はは、ははは。なら見せてあげるよぉ?わ・た・し』
と、私の意思とは関係なく身体の左が動き始めた。
「えっ、えっ?えぇ!?」
『ははは、何をそんなに驚いてんのさぁ?私の身体だよぉ?動かせるに決まってるじゃぁん!』
抵抗しようにも、左側に引き摺られる。完全に行動を奪われているような。…うん?"奪われて"いる?
『はっはぁ!さすが私。よく気付いたねぇ!で・も』
もう遅い。と言われた時には、私の身体は急に力が抜け、私は濡れた床の上に転がるように倒れてしまった。
「いっ…たぁ!何すんのよもう!」
思わずそう叫ぶ。しかし。
『叫ぶんなら自分の手を見てから叫んでよぉ!こんなん序の口じゃんかぁ!』
と…手?…なにこれ、真っ赤だ…え、これって。
『そうそう、そういうのを待ってたんだよぉ!次はこっちだよぉ!』
と、頭だけが勝手に動く。無理やり向けられた視線の先には…。
「ばぁさん…!」
真っ赤な血の海に沈んだ、ナハトの姿があったのだった。
「ばぁさん!ばぁさん…!」
駆け寄って頭を抱きかかえ、ナハトに叫ぶ。嘘…うそ…。
『うそじゃあないよぉ?私がやったんだよぉ!』
うるさい、うるさい!首をぶんぶんと振り回して、声を遮る。
「ト…ウカ……」
今にも消え入りそうな声で、ナハトがうっすら目を開ける。
「ばぁさん…ごめんね…ごめんね………」
涙を流しながら、謝罪をし続ける。でも…。
「な…にを……言うとるか……バカ弟子め…」
そんな風に、いつものように言ってのけるのだ。
「トウ…カ…今は…お前じゃな…?」
浅い息のまま、ばぁさんは言う。
「うん…うん……ごめんね……」
私がまた謝ると、ばぁさんは私の右腕を掴んだ。
「謝罪…など、良い…聞け………」
その言葉に目を見つめる。
「お前…祝福を受けたな…。それに…。…やはり…あのバカ神に…呼ばれた…のじゃな…」
ばぁさんは続ける。
「ならば……お前には…あのマントを使う…資格を得た。…ということじゃ…」
資格…?どういうことなのか。
「トウカ…お前だけが使える…マントと、言うことじゃ…」
影に隠れたモノには使えんよ。と、ニヤリと笑ってみせた。
『何だよバレてやがるなぁ…!やっぱりやって正解だったよぉ!』
と響く声を、無理矢理に無視をする。
「なんで…ばぁさん…どういうこと…?」
私が聞くと、ヒヒ…と乾いた声で笑う。
「それはな…分割思考などではない…そのモノの名はスカディ…影の神…じゃ」
『ババァ…名まで知ってんのかよ…。ケッ、まぁ良いさ。どうせこの娘もオレにゃぁ抗えねぇさ』
声…スカディの口調が変わる。本当に私じゃないんだ。
『おい娘。お前の身体…貰うぜ…?』
と、また左側が勝手に動き始める。…しかもこれは…。
『おうよ、このオレの影魔術で全て奪ってやるよぉ!』
と、左手の魔術がみるみる肩の方へ侵食してくる。え、こ…怖い…。どうしよ、どうしよどうしよどうしよ…!
「落ち着け…トウカ…」
と、ばぁさんの静かな声。
「分割思考自体は、お前の技術として使えるはずじゃ…それで、な?」
そ、そうか…。私は深く、呼吸を整える。少しだけ頭が冴えてきた。そうだ、確かにあの時は言っていなかった。
「…術式展開…分割思考」
すると、私の中にもうひとりの私があらわれた。意識の仕方によって、発動中なら自動でオンオフが切り替えられるらしい。…頭が痛いけど。…うん、正常だ。
私はまず、左腕を包んだ影に私の影魔術を繋げる。
『ケッ…まぁ気付くよなぁ…!だがいつまで保つかなぁ!』
ふたつの影魔術は互いを奪い合う、でも発動させているのは私の魔力なのだ。何か策はないか、私。
「あ…」
と、私はふと気付く。創造魔術なら…。
『あぁ?何するつもりだ?』
まだ話すつもりのスカディを無視して、私は右手を前に構える。
「術式展開…創造。…刃」
なるべく鋭く…一撃で終わる様に。なるべく長く…一直線に裂けるように。魔力は大太刀へと姿を変える。
『おいおいおい!テメェ…まさか!』
切っ先を私の頭の上へ。…覚悟は良い?
『う、うぉぁぁぁあ!!!!』
スカディは左手を動かそうとした。けどそれは、私の影が許さない…!
ストン。大太刀は、頭の先から一直線に斬り裂いた。
バランスを崩して倒れる私。意識が遠のく…けど、まだやれる。分割思考ふたり分の力で、創造しよう。…半身創造……。
私の半身は、イメージ通りに創造される。けれどまだ、中身までは追いついていないようだ。左半身の方は…。
「テメェ…よくもやってくれたなぁ!」
私の魔術が切れたからか、ソレは全てが影に包まれ、ゆらゆらと揺らいでいた。
「クソ…まぁいい…。ようやくこの世界での肉体を手に入れたからなぁ」
私は魔力が切れた身体を無理矢理動かして、影を睨む。
「はは、ははは。………テメェはいずれ、殺す。必ずだ」
揺らぐ影は、床に染み込むように消えていった。
「よく、やったの…トウカ」
倒れたままのナハトに這い寄る私は、未だ左側は動かない。
「ばぁさん…ごめんね…」
そう言いながら涙を流す私を前に、ナハトは笑う。
「ヒヒ…いいさね…。お前の完成は…見届けられたからのぅ…」
完成…?
「そうさね…。自身を創造することこそが…この魔術を使う者の完成なのじゃ…」
これで…。と、ナハトは息を吐く。
「お前はあたしの名を継ぐことになる…。これからはお前が…ナハトじゃ…」
「え…。嘘、世襲制だったの…?」
思わずそう聞いてしまった。
「創造主はこの世界に、ただひとりだけじゃ……。それは、いつの世においても変わらぬ」
よっこいしょ…とでも言うように、ナハト…いや、ばぁさんは立ち上がる。…血まみれのままで。
「え、待って…さっきまで死にかけだったじゃん…」
戸惑う私を見て、ばぁさんは笑った。
「ヒヒ、ヒヒヒ。なぁにをそんなに驚いておる?創造魔術を教えたのはこのあたしだよ?お前に出来ることがあたしに出来ない道理はないわ」
じゃが…。と続ける。
「自身創造は2回のみしか使えん…ということを、よぉく憶えておくのじゃ…。2回目に使った時、創造魔術は二度と使えなくなる。…今のあたしのように、な」
そうか…まぁそうだよね。こんな凄い魔術、リスク無しで使えるとは思えなかった。
「しかしトウカよ。お前いつまで寝ておるつもりじゃ?」
そう言われて、立ち上がろうとする。左手に力を…あれ?
「なんじゃ?まだかかるのか。…マヌケな弟子じゃのぅ…」
と、ばぁさんは動けない私に回復魔術をかけ始める。やがて痺れるような感覚がなくなり、立ち上がる。
「あ、ありがとう…ばぁさん」
「ヒヒ、まぁの。…左側をまるっと創造したとなれば、時間もかかるというものかの。3日ほど経てば動けるようになるじゃろうて」
そう言って、わざと凄むようにこちらを見る。
「…昨日までの身体に、すぐに戻してやるからのぅ?」
と、ばぁさんはニヤリと笑った。
あぁ…また地獄の日々が始まるようだ。




