ふたつめ 〜しゅくふく〜
ばぁさんとの修行は、それはそれは過酷だった。…うん。最初は優しかったよ…最初だけ。
「トウカ、まずはお前の属性を調べないとねぇ。そのためにはまず、魔力の使い方を知らないといけないよ」
魔力の使い方を学んで、属性を学んだ。ナハトは全属性、全ての魔術を使えるらしい。そりゃあ『魔術の神』なんて言われるだろうね…。私にはふたつの魔力適性があった。でも。
「お前には、属性としての適性は無い。というより…かなり特殊な適性じゃな。お前がその魔術を使うには…まずは純粋な魔力のみを扱う術を身に着けてから、じゃな」
と、お預けをされてしまった。そこから3年…。ナハトが言うには、ようやく1人前になった…くらいのものらしい。その間はひたすらばぁさんと戦う日々。『回復魔術』なるものがあるお陰で、私は毎回瀕死にさせられた。毎回毎回よくもそこまで…。というか、年寄りの筈なのに身のこなしが軽すぎるのだ。私が放った魔術をなんでもないように躱したり、弾いたり…跳ね返してきたり。
そうして、やっとの事でばぁさん食いつけるようになった頃。
「そろそろ…お前の属性について教えてやるべきじゃな」
そう言ったのだった。やっと、やっとだよ。
「お前の属性はな。陰陽の2属性となる。これはじゃな…」
陰と陽の属性…魔術の分類としては、『影』と『創造』…というものらしい。『創る魔術』と『奪う魔術』ということらしい。
創る魔術…創造魔術は、文字通りに材料を用意することなく、魔力のみで物を作れるという魔術だった。創る対象がイメージさえ出来ていれば、制限なく作れるということらしい。
「さすがに、食料などは無理じゃがな」
とばぁさんは笑っていた。それはそうだ。もし作れたのだとしても、自身で放出した魔力をただ循環させているだけだ。私はとりあえず、小さな木の包丁を創ってみた。確かにイメージ通りの見た目をしている、材質も選べそうだ。
「影魔術は…そうじゃな…。見せた方が早いかの」
と、ばぁさんが近くの岩に左手をかざす。すると徐々に黒い影のような魔力が伸び、やがて岩に当たる。影は岩を包み込んでいった。
「…包んだ…だけ…?」
「いや、まだじゃ…」
影に包まれた岩が徐々に小さくなり、やがて小石程度の大きさになった。
「ばぁさん…これって…」
「そうじゃ…。『奪う魔術』とはよく言ったものじゃな」
魔術が解かれ、岩だったものがあらわれる。
「嘘…岩が干からびてる…」
そうとしか表現出来ない。まるで軽石のようにスカスカになった小石があったのだ。
「まぁ、無機物に使えばこんなものもじゃな。影魔術は有機物と無機物、それに奪う対象によって効果が変わるのじゃ」
それは例えば、無機物の組成を奪うこと。動物の魔力や意識を奪うこと。そして…。
「魂ですら、この魔法の対象となる。ということじゃ。…この意味が理解できんお前ではあるまい」
そう、か。これが…。
「そうじゃ…。影魔術が人間相手には禁術とされている理由が、ここにある。じゃからな…」
人間にだけは絶対に使うな。そう言うように、私を覗き込む様に見つめたのだった。
◆ ◆ ◆
アレから2年。私は2つの魔術をほぼほぼ無意識に使えるようになるまで成長していた。ばぁさんとの修行の日々は相変わらず。でも少しずつではあるけれど、互角に戦えるようになってきた気がする。しかし、5年も続けたんだ。そろそろ勝たせてくれても良いだろうに。…なんて。
「ばぁさ〜ん!水汲んで来るよ〜!」
部屋の奥にいるばぁさんに声をかけ、私は草原に踏み出す。創造魔術を使って、自分で作った服と靴。この世界の雰囲気に合うように、白地のワンピースにした。ばぁさんの勧めで、襟口から縦に装飾を入れる…ばぁさんが言うには。
「この紋様はな…まじないでもあるんじゃ…。『その者を守り給え』というな」
幾何学な…なんとなく中華っぽい装飾…ラーメン丼…?
「らぁめん…とはさっぱりじゃが…まぁ、それも恐らくはまじないのようなものじゃろう」
ということで、白地ワンピースにおしゃれな中華柄ができましたよ〜っと。……絶対後で変えてやるんだ。
川に着いた。創造魔術で作った…竿で繋げた大きなふたつのバケツに水を汲む。体力作りと魔術の練習の為に始めたけど、5年も経てば楽な仕事だ。
「よい…しょっと」
バケツを担いで踏み出した足は、草原を踏みしめてはいなかった。
「ありゃ…?」
石だ…いや、石畳?あたりを見渡すと、見慣れた草原ではなく石の積まれた壁に囲まれていた。
「……前みたいな雰囲気、かも。あれ?」
1つだけ通路がある。…行くしかないかぁ…。私はバケツを降ろして、通路を進んだ。奥まで進むと、中央に…何だろう像?のような物がある部屋へ辿り着いた。青白く光る部屋。なんだこれ…?
「って…魔力の気配…?」
中央の像が妖しく光る。と…。
『来たな』
頭の中に声が響いた。あれ、この声…。
「…あなたが私を呼び出したの?」
そう問いかけると、再び声が響く。
『そうだ、トウカ。お前を呼んだのは我だ』
「一体何の為に?」
『お前には、この世界を救ってもらう』
「え、どういう事…?」
像は語る。この世界の滅びは運命…しかしこの世界ではない者の力で、繋ぐことは出来る。私を呼び出したのは、他世界の中でも『陰と陽』の適性を同時にもつ者が必要だった…ということらしい。
「理解は出来たけど…納得はできない…。急に呼び出して世界を救え…なんて」
『お前の都合など、知らぬ。この世界のためだ』
なんたる理不尽…!
「私は!帰りたいの!」
思わずそう叫んだ。
『ほぅ…?どこに帰ると言うのだ?それに、お前の運命は…』
「運命なんて知らない!いや、確かにこの5年は楽しかったよ?でもさぁ!」
と、今までの鬱憤を晴らすように文句を吐き続けた。
『あ、あぁ…トウカよ…済まなかった…』
…像がしおらしくなるくらいには。だが…と続ける。
『この世界に渡るのは、理論上一方通行なのだ…お前の世界には魔術がないであろう…?』
「え?う、うん…無いけど…」
『だから、なのだ…。いや、帰せるならば帰してやりたいとは今は思うが…。お前の世界で呼び出せる者がいなければ…な』
えぇ……マジですか…帰れないの?本当に…?私はキッと像を睨みつける。
『あ、あぁ…申し訳ない…』
「…はぁ。まぁ……あぁ…」
と、頭を抱えながら、無理やり納得しようと努めることにした。
『い、いや。しかしな…本題に入ろう』
なにさ、本題って。
『お前をここに呼び出したのは、祝福を授ける為なのだ』
「祝福ぅ?勝手に呼び出しておいてぇ?」
『あ、あぁ…。我の祝福を受け取っては貰えんか…?』
像は動いてもいないのに、何故か正座しているような雰囲気を感じる。…まぁ、もういいか。
「それで?その祝福ってのはなぁに?」
なるべく笑顔を作ったつもりが、もの凄く引きつってしまった。
『まぁまぁ、そう怖い顔をするでない…。お前に与える祝福は…』
像が輝き始める。すると『ナニカ』が私の中に入ってきた。
『祝福の名は"世界"そして"分割"…これは我からの詫びだと思ってくれて構わん』
"世界"と"分割"…?どんな祝福なんだろう…そう聞くと像は。
『分割は文字通り、私の持っているものを分割する。思考…魔術…お前のことなら何でも。試してみるがよい。術式符号は…』
…私は意識を集中させた。
「…分割思考」
確かに…分割されている。私は右手に創造魔術を発動してみる。岩を創造した先から影に呑み込ませてみる。これは凄い。
『便利だろう?』
何故か得意げな像の声に、私は魔術を解除した。
「そうだね…ちょっと頭の中がうるさいけど」
慣れていけばどうにかなりそうだ。私は分割思考も解除した。
「それで、祝福の方は?」
『世界の祝福を授けた。今後は"ウェルト"と名乗るが良い』
ウェルト…?どういう意味だろう。
『後々分かる。ウェルトを名乗っておけば、な』
ふぅん…?まぁそういうものなのか…。
「まぁ、わかったよ。アリガトネ-」
『なんと感謝の無い礼だろうか…まぁ良い。それでは世界を頼むぞ』
まぁ、はい。やれるだけのことは。……あれ?
『ではな、トウカ』
そう言うと、また像は輝いて…私は眩しさに目を閉じる。目を開けると、家の前に戻っていた。日の傾きからして昼くらいだろう。扉を開け、入る。ちょうど昼食の準備をしていたばぁさんが振り返る。
「ただいま、ばぁさん」
「おぉトウカ、おかえり。随分かかったのぅ…。」
「ほんと、ごめんね。遅くなって」
「まぁそれは良いんじゃが…。して、水はどこかの?」
「え、あれ…?」
えぇ、怒鳴られました。怒鳴られましたとも。大急ぎで逃げるように水を汲みに行きましたよ。
あの時に感じた違和感のことなんて、忘れてしまうくらいには。




