ひとつめ 〜わたしがきたせかい〜
「ここ…は…?」
私はいつも通りベッドで寝ていた筈だ。しかしここは今、私の家ではない。微睡みの中にこんな声がした。
『来い』
ただそれだけ。目を開けるとそこは、夜…暗い闇に包まれた草原だった。
「夢……かな…?」
そう呟く私の声は、少し肌寒い夜風に消える。見渡しても見渡しても、見えるのは空に輝く満月と満天の星空だけ。…だと思ったら、遠くの方に小さく灯りが見える。
「…行くしかない、かな」
裸足のまま。寝間着のまま。私はその灯りを目指して歩く。幸い、というかなんというか、小石などは踏まずに済んだ。しかし…。
「しっかし遠かったなぁ…。夢にしては距離がおかしすぎるって…」
気付けば、夜の闇は朝焼けの空に変わっていた。小さな家…というか、小屋?の扉を叩く。…返事はない。
「人がいないのか、それとも寝てるのか…うーん」
もう一度、少し強めに扉を叩く。
「…鍵なんざ掛かってやしないよ。お嬢ちゃん」
突然後ろからしゃがれた声がした。
「ヒェッ…!」
驚いて振り返ると、星空の様な紺色のマントを羽織ったお婆さんが立っていた。見るからに魔女…といった風体だ。
「ヒヒヒ…後ろでずっと見てたよ。…お入りな」
と、お婆さんはドアを開け、私を促した。おずおずと中に入る。小屋のように見えた外観とは裏腹に、部屋の中は随分と広い。なるほど、やっぱり夢だ。
「いんや、夢じゃあないよ。お嬢ちゃん」
と、ソファに座りながらお婆さんは言う。…ってあれ?私声に出してた?
「まぁお座りな。ヒヒ…ほぅら、お茶だよ」
お婆さんの正面の椅子に促されるままに座る。出されたお茶は湯気がたっている。…いつの間に入れたのだろう。
「お、お婆さんは…?」
「あぁ、あたしかい…?そうじゃなぁ…ヒヒ…今はただのババァで良いかの」
そうケラケラと笑うお婆さんは…なんというか不気味だ。私の目を覗き込むように、お婆さんは続ける。
「お嬢ちゃん。あんたぁ…あれじゃな。召喚されおったな?」
「え、それって…どういう事ですか…?」
おずおずと聞き返す。
「なんじゃ。自分から来たとでも言うのかい?ヒヒ…だとしたら大した物好きじゃろうて」
「まぁ…そうですね。確かに『来い』って聞こえたら…」
と、私はここへ来た理由を話した。すると。
「ヒヒヒ…まぁそういう事もあるじゃろうて。…どこから話してやるべきかの…。まずは…」
と、お婆さんは話し始める。この世界は『終末の世界』と呼ばれていること。もうすぐ滅びる運命を背負った世界だということ。魔術を使い剣が舞う、戦争の世界だということ。私が召喚されたこと。そして…ここはどうしようもなく、私にとっても現実だということを。
「まぁしかし…呼び出されたとあっては。…お嬢ちゃんにも何がしかの使命があるのじゃろうて…。しかし一体誰に…いや『何に』呼び出されたんじゃろうな…」
顎を撫でながら、思案顔で言うお婆さん。私も考えながら、話す。
「…そこは本当に分からないんです…。分かったのは声だけで…。私が何をしたら良いかもさっぱり」
「ふぅむ……まぁどちらにせよ。『ここに来た』ということは…いや、『連れてこられた』と言った方が正しいじゃろうが…。のぅ?お嬢ちゃん」
と、思案していた顔がこちらを睨むように覗き込まれる。…怒らせる様な事は言っていないはずなんだけど…。
「な、なんですか…?お婆さん…」
ビクビクしながら聞き返す。
「お嬢ちゃん…あたしに魔術を習いたくはないかの?」
「え、あっ。え?」
「まぁそうビビるでないわ…ヒヒヒ…このババァに、魔術を教えられたくはないか、と聞いておる」
確かに…。あ、いやでも私は、元の世界に帰りたい…そう思っているのだけど。…はっきり言っても大丈夫かな。
「い、いや…私は元の世界に帰りたいですね…。…なるべく早く…今すぐにでも…」
そう言うと、お婆さんの顔は一転して、大笑いをし始めた。
「カカカ!ヒヒ…ヒヒヒ。そうじゃろうなぁ!ヒヒ…」
いや、笑い事じゃあないのだけれど。
「ヒヒ…いやすまんの。…そりゃあそうじゃな。しかしなお嬢ちゃん。…戻るにはある場所に行かにゃあならん。それに、今のお嬢ちゃんにはその旅は耐えられんよ」
じゃから…とお婆さんは続ける。まぁ…そういう事情なら…。
「なら…そうですね。旅が出来るようになるまで、お世話になっても良いですか?」
そう聞くと、お婆さんは。
「ひひ…まぁ、お嬢ちゃんはそういう『運命』じゃろうからの。…あたしの教えはちと厳しいぞ?」
なんて、ケラケラと。
「あ…はい。…お手柔らかに……」
私も笑った。
「そうじゃ、お嬢ちゃん。名前はあるのかの?」
そうだった。自己紹介もまだだった。
「私はヒトトセ トウカと言います。お婆さんは?」
「ほぅ、そうか…なるほどのぅ…。あたしの名はね」
タメを作るように、ヒヒ…と笑う。
「あたしの名はナハト。この世界じゃあ『魔術の神』なんて呼ばれてはいるが…ただのしがない魔術好きのババァだよ」




