ここのつめ 〜僕のいる世界〜
幾度かの季節は巡り、春。僕はスフォルツァ家のお墓の前に来ていた。
「お久しぶりです、ノアです。お父さんもお元気ですか?」
言いながら、お花をそなえる。手を合わせて…祈る。
「おう、おぬしも来ておったか」
振り返ると、ギルガメシュ様がいた。
「はい。なんだかお久しぶりですね、おうさま」
僕が笑いかけると、おうさまは不思議そうにしていた。
「いや、おぬしと会うのは1週間ぶりだろう?そこまで久しぶり…と言うほどでもないであろう」
言いながらも、手を合わせて祈るおうさま。
「ふふ、確かに」
「はは、だが…そうだな。かなり時が経ったのも事実であろうな。おぬしの勇姿も耳にしておるぞ?勇者らしくしておるようだな」
そう言って肩を叩くおうさまに、少し照れながらも否定する。
「いやいや、やっぱり勇者ってガラじゃあないですよ。出来ることをしてるだけです」
「そうかぁ?ふむ…まぁ、そういいたくなる時もあるわな」
「はい、そういう時もあります」
そう言ってふたりは、しゃがんだまま遠くの景色を眺める。夕暮れに風が流れ、満開の桜が空を舞う。
と、突然背中にドンッと誰かがもたれ掛かってきた。
「なぁ〜に黄昏てんのさ、ノア。ってうわっ」
バランスを取りながらも背負い、立ち上がる。耳元にかかる息が少しくすぐったい。
「びっくりさせたお返し!」
「きゃっ!ノア〜!」
僕は、そのまま少し走り回った。
しがみつきながら笑う、サクラを背にしたまま。
◆ ◆ ◆
時は、影の遣いを倒した直後に遡る。
『なにを泣いているのですか?ノア』
影の遣いを殺し…その消滅を見届けた後、ぐったりとしたサクラを抱きしめて泣き崩れていた時、そんな声がした。
サクラが…死んで……。
『だから、なにを泣く必要があるのですか?ノア。あなたは生きているではないですか』
僕が生きていても…サクラが死んだら意味がないんだ…!
『あぁ、そういう…。ですがノア、ならばより理解できません』
なんだって…?人の心が無いのか?
『あなたが今生きているのなら、サクラもまた生きているのですが…』
え、何…どういう事?
『はぁ……では回復術式を使用しますか?安心は出来ると思いますけど』
あ、はい…。
『では、回復術式…起動』
と、ナイフが柔らかな光を放ち、たちまちサクラの傷が塞がり、元の綺麗な肌になった。
『まぁ、これならサクラもあなたも大丈夫でしょう。魔力も動ける程度には残してあります。』
あ、ありがとうございます…。と、ここまで自然に話していたけど…あなた結局何なのですか?
『え?あぁ、私ですか?ただのシステムですが?…というか…接続の事を忘れてるのですかあなたは』
あ、そうか…いやそれは…。って、いやいや…流石にもうシステムと言い張るには苦しいです…無理ですって…!
『……まぁ、それは確かに…。…教えるのは、まぁ別に構いませんが……サクラ以外の誰にも知られないと…約束できます?まぁでももし口外したら、あなたもサクラも命を落として貰いますけど』
冗談交じりに、しかししっかりと凄むその声に、若干の恐怖を感じながらも静かに頷く。
『ならば…まぁ…良いでしょう…。私の名はーーーーー』
…え……?と、聞き返した頃には、声はもう聞こえなくなっていた。
「う、んん………?」
腕の中で、サクラがもぞもぞと動き、目を開けた。
「あ…………へへ…。おはよ、ノア」
微笑みながら言う彼女に、僕はまた涙をこぼす。
「サクラ…良かった…よかったよぉ…………」
ぎゅうと強く抱き締める…生きてる…!
「痛い…痛いよノア…大丈夫?」
そう言って僕の頭を撫でる彼女の手を握り、僕は言う。
「やっぱり、僕。サクラの事が好きだ。大好きだ…。ずっと…ずっと一緒にいたい…」
唐突にそう言われた彼女は、キョトンとした顔をして…そして今度はにやにやとし始めた。
「……な、なぁにぃ〜?私が死にかけたからってそんなこと言って〜」
と、冗談めかしてうやむやにしようとしている。だけど僕は、真面目な顔で続ける。
「いや、ごめん…。ホントに好き…ずっと…」
顔が熱くなるのを感じて、俯いてしまった。ちらと目をやると、サクラも顔が真っ赤になっていた。
「え…ほんと…?そういう好き…?」
俯いたまま、頷く僕。
「でも…私たち…」
「うん、そうだね…でも…」
「…そか…うん…そうだね」
「さ…サク…」
言いかけると、サクラは俯いたままの僕の頬を両手で挟んで持ち上げる。視線が重なった。
「……私も好き。大好きだよ、ノア!」
そう言うと、抱きついてきた。僕もそれに応える。…強く強く、決して離れないように。もう二度と…と、心に誓うように。
◆ ◆ ◆
背負ったままのサクラと、その横を歩くおうさまの前に、1台の車が停まる。
「ふ…お前たちは本当に…」
降りてきたのは親父とカナタさんだった。ふたりはあの後、なんたらの巡り合わせというやつなのか、再婚していた。
「ふふ、ふたりとも仲良しさんねぇ。ちょっと妬けちゃうわね、あなた」
なんて、微笑みながら言うふたりに少し気恥ずかしさを覚え、僕はサクラを降ろす。サクラはズボンのシワをなおしながら、僕は左目のレンズをなおす。
「しかし、ノア。いつまでも慣れんな、その姿は」
僕は今、ずっと隠していた左目をモノクルで覆い、腰ほどの髪を三つ編みに束ねて後ろに流している。
「もう、いい加減慣れてよね、親父」
「いや、済まないな…。はは、なんだかカナタの若い頃を見ているようでな」
なんて、目を逸らしながら頬を掻く。その癖もまだ治る気配はない。
「まぁ、良いじゃないの、美人さんってことでしょう?あなた」
「いや…そういうわけじゃ…」
と言いかけた親父に顔を向けたお母さん、途端に親父の顔が強張った。…あぁ、やってしまったね、親父…。
「ところで母さん、もう終わったの?」
サクラも雰囲気を察したのか、苦笑しつつ話題を変える。本題はこれだった。
「えぇ…。これであなたたちは正式に、勇者の名を継ぐことになるわ…」
親父も口を開く。
「お前たちふたりが勇者になる、ということは決まったが…しかし改めてもう一度だけ、お前たちの口から聞かせてくれ。……大丈夫か?」
少し心配そうなふたりの顔に、僕とサクラは顔を見合わせる。
『大丈夫か?だってさ』
『まぁ、そうだろうね。お父さんも心配だと思うよ?ノアのこと』
『えぇ?サクラのことを心配してるんじゃないの?』
『はは。まぁ、どっちもだろうね』
くすくすと笑う僕らに。
「サクラ?」
「ノア?」
怪訝そうな顔をするふたり。それがまた面白くなって笑い合う。
「大丈夫か?だって…?」
「今さらそんな事聞くの?」
最上級の笑顔で。
「私はもう、いつでも覚悟は決まってる」
「僕はもう、サクラを守ると決めている」
そう、僕たちは。
「「もう勇者だよ!」」
ふたりは嬉しそうに微笑むのだった。
◆ ◆ ◆
この世界は、平和だった。
僕は常々思っていた。平和…なんて退屈な日常なんだ、と。
僕の守護神は言った。過去に大いなる戦いがあった、と。その時代に生きたかったと、何度思った事だろう。『刃の一族』である僕は、戦いの中でこそ生きていると実感できる筈だ。だというのに、この世界は平和に満ちている。一族の者は皆、証である刃を捨て、のうのうとこの平和を享受している。
クソくらえだ、こんな世界。
でも僕は今、新たに"平和な世界"を創ろうとしている。サクラのとなりで、勇者となる道を選んだ。未知を選んだ…と言ってもいいかもしれない。この世界の平和の先に、あの言葉の先に何があるのかを知りたくなったから。
『私の名は、ナハト・ウェルト。…この世界の創造主…とされているだけの、ただの…人間の意識体です』
これは、この言葉の真実を探す、物語だ。
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夜の闇の中、混沌とした世界の中に、ふたつの人影があった。
「今回も、楽勝だよね?ノワール」
ひとりは2丁の銃を腰に提げ、白く輝く装甲と、黒いコートに身を包む、スラリと背の高い淑女。
「大丈夫だよ、必ず僕が守るよ。チェリー」
その隣には、2振りのナイフを腰に提げ、星の輝く紺色のマントを纏う、風体に似合わない眼帯をつけた、幼さの残る麗しい少女。
ノワールとチェリー…このふたりは、2代目となる伝説の勇者として、語られる事になる。
しかし今はまだ、彼女らの旅は始まったばかりである。
なんてね…。
さぁ…今日も、一緒に生きよう。
僕らは今日も、一緒に踏み出す。
「「術式展開!」」




