ひとつめ 〜わたしのいるせかい〜
「この世界以外にも、いくつもの世界があるのよ」
子どもの頃から母はよくそんなおとぎ話をした。
神が人を守護する事もなく、見る事も出来ないそんな世界。彼女はどこかの世界の社長令嬢だったらしい。ある日突然こちらの世界に来てしまった、そんな話をよく聞いていた。
電車とか車とか飛行機とか、そんな科学技術が発展していて、魔術も魔法もなく平凡な世界からやってきたそうだ。
「この世界にもある電車とか、車とか、私が教えたものなのよ」
と、彼女は嘯いてみせる。子どもに語るにしても夢見がちすぎると、当時の私は感じていた。
父はいた。母から見たら異世界の住人。彼は魔術使いで戦士だったらしい。魔王を倒すなんて夢を抱えて、母と一緒に世界を救った。彼女から伝えられた技術を使って、母と仲間とともに戦い、魔王と刺し違えて亡くなったという。遺影の前に供えてある2つの拳銃と2本の刀。今はもうしまい込まれている黒くて長い丈のコート。それが父の形見だった。亡くなってからもう20年もたっているらしいそれらは、その時を感じさせない程にきれいで、大切に保管されているようだ。
父が亡くなった後に身重だって分かったらしくて、私もまた父の形見みたいなものらしい。
さて、ここからは私の話をしよう。私の仕事は魔術管理局の職員…一応は公務員。魔術師の登録や。違法な魔術の取締とか、魔術に関する事を管理する。その中でも私は局の魔術師のサポートや登録をする部署にいる。
「冒険者ギルドのようなものよね」と、就職した時の母は言った。ギルドって…なんぞ?とも思ったが、私が生まれる前にはあったらしい。
魔王とやらの支配から逃れる為に、魔術師やら戦士やらが冒険者となって魔王軍や魔族と戦ったりする組織だったらしい。その時代に生きられたなら、もしかしたら私も主人公になれていたかもだな…。いや、それもまた妄想に過ぎないよ、私。
母がもたらしたという電車に乗って、今日もまた私は職場へ。今日はまたどんな偏屈な事を言われるのかな、そんなどんよりとした心とは裏腹に、憎たらしいくらいの青空を見て、またため息を吐くのだった。
駅に着く。このレーヴェンには登録の為に国中から魔術師がやってくる。派遣支部はあるけど登録支部なんてないからね。作れば私ももっと楽できるのに…。だから、電車を降りると色んな格好の魔術師が歩いている。魔女っぽい格好から派手な髪色の派手な格好をした人、普通にスーツの人もいる。主要都市とは名ばかりの、格好だけ見れば無法地帯。目が痛くなるよまったく。
「…まぁまぁそう言わずになぁサクよ。毎日の事なのだからいい加減慣れろ」
隣を歩きながらそう声をかけるのは、私の守護神。背が高くて筋肉も割れてて快活そうな中に渋みもある壮齢の男。
「そうは言ってもさぁ…ほんともうちょっと落ち着きのある服装で来いよって話じゃんか…ガラ悪いだけだよあんなの」
「はっはっは、まぁそうよなぁ…お前さんに比べたら皆どうしたって派手に見えるだろうの。今どき黒髪に黒縁メガネで黒のスーツとはな。20年前だろうとここ数年だろうとお前さんほど地味な格好の奴もそうそういないわな」
「うるっさいなぁ!地味でいいんだよ地味で。私は一般的なただの公務員なんだから、ギル爺だって格好は地味じゃん!良いんだよこれで!」
「いやいやそうは言ってもな、局の連中もそこまで地味じゃなかろうよ。お前さん局内でも浮き気味であるぞ?」
「であるぞ?って……良いんだよ、母さんや父さんの子どもだってだけでも色メガネ何だからさ…こんな地味な奴がアレの子どもだとは誰も思わないでしょ?」
「まぁ…うむ、確かにそうであるな。こんな地味な奴がカナタとリアの子どもとは誰も思わんて。しかしなぁ………」
「い、い、の!さ、着いたからまた後でね!」
「おう!また昼飯時に会おうぞ」
そんな会話を交わしながら、局の中に入る。ギル爺は守護神管理局の局長だ。どんな仕事してるかは知らないけど、私と似たようなものなのかな。局長ともなれば、また違うか。
守護神…。各一族につき最低でも1人は配属される神。かつて人と共に魔王と戦ったという種族。家柄…というか一族はその守護神によって得意とする魔術の分野が決まるから、家名を聞けばその分野が大体分かるようになっている。もちろん例外もあるけれど。
私の一族は、もう私一人になってしまったけれど、ギル爺…ギルガメシュ・ウル・ギルシュタリアが守護神となっている。彼は今でこそあんな性格ではあるが父と母と共に他の種族を纏め上げ魔王討伐に多大な貢献をしたらしい。流石は守護神界最古にして最強の王。つまりは守護神管理局ってことなんだけど…種族統治国家って感じだよね。まぁ守護神達は家につくから国は持たないんだけど。
まぁいいか、とりあえず今日も登録の為の事務作業だ。支給されたノートパソコンを開いて登録に来た魔術師の身元を確認する。オベール・ハイディール…守護神は…ヘイムダル・ノース・アスガルド…光の守護神で、オベール本人も光属性…と。チラと窓口に目を向けると、金髪長髪のスーツ姿の男が見えた。眩しい…眩しすぎるぜ旦那…。スーツ姿似合ってますなぁ…地味でよしよし。…っと、守護神管理局にもデータを送って、と。お、今日も返信が早いな。どんだけ仕事早いんだあいつら、暇か。とか何とか思っている間に管理カード発行も出来たし、それを窓口に渡してっと。はい次。えーっと今度は…フラディール………。
こうして、20人ほどの手続きを終えて昼休みになった。今日はちと多めだなぁ…疲れた。今日のお昼も近くの公園でギル爺と。
「おぉ!今日は生姜焼きか!お前さんの作るのは絶品だからのぉ!カナタの作るのもさぞ美味いがお前さんには敵わんてぇ」
などと言いながらもごもごと頬張る、母さんの真似してるだけなんだけどなぁ…。美味い美味いと言いながら頬張る姿を見て、私も食をすすめる。
「そういえばお前さん、最近局内で妙な噂を耳にするんだが…」
「噂?」
心当たりはない。ギル爺がこんな風に話をするのは初めてかもしれない。
「あぁ、近頃魔王を名乗る輩が現れたらしくてな。昔を知る皆は笑い話くらいにゃなってる様な、本当にただの噂話なんだがな」
「魔王って、父さんと母さんと倒したっていう、あの魔王?」
「いや、あやつではないの。あの時の魔王も魔王軍も、ほとんど全滅させたからの……生き残りはおるがわしが徹底的に管理しておるしなぁ…まぁ、ただの噂でしかないからの。気にするほどでもなかろうて」
「ふぅん…」
噂、噂ねぇ…。最低限しか交流がないとはいえ、同僚からもそんな話聞いたことがない。帰ったら母さんにも聞いてみようかな。もうすぐ昼休みも終わるし、と私達は局へ戻る。午後もたくさん来るのかな、建物の前には少し行列が出来ていた。待たせすぎるのもマズいし、急ぐか。と、それを避けるように建物に入ろうとしたその時。
私のすぐ後ろに人が落ちたのだった。