ななつめ 〜かげとなまえ〜
親父とサクラ、僕で料理を作り終えた頃、ギルガメシュ様が訪れた。しかし、ツクヨミ様はまだ来ていない。しばらく待ってはいたけれど、みんな何かおかしいと感じはじめている。
「…えぇい、なんだ!遅いではないか!」
と、待ち切れなくなったのか立ち上がるおうさまを、サクラがまぁまぁ、となだめている。でも…。
「ふむ、確かに遅いな…。ツクヨミ様がこの日を忘れる筈はない。…何かあったのかもしれんな…」
先に口を開いたのは親父の方だった。
「だよね、親父…。僕もそう思ってた。探しに行くよ」
と、立ち上がる。親父も一緒に行こうと立ち上がる。
「「「「…………ッッ!」」」」
瞬間、全員の顔が強張った。何だ……この気配…いや、魔力…?総毛立つとはまさに、こんな強大な…震えるほど恐怖する魔力は感じたことがない。でも、この雰囲気は…。
「な、なな…なんだ…これは…!魔王の…」
「ギル爺…!これって…!」
「おう、恐らくそうであるな…」
一筋の汗を流しながらしかし全員に覚えがあるようだ。そうだ…確かに…。…影の魔力と同じだ…!
「ギル爺!行くよ!」
「おうともさ!坊主も来い!」
「は、はい…!」
各々が外へと急ぐ。しかし親父は狼狽え、立ち尽くしていた。
「う…嘘だ…まさかそんな…」
「親父!しっかりして!」
僕はそんな親父の肩を揺さぶる。
「あぁ…ノア…これは…」
涙に溢れた親父を抱きしめながら、優しく言う。
「あぁ…分かってる。…分かってるよ、親父。だから僕、行ってくるよ。親父は待っていて…?」
「ノア…ダメだ…!行ってはダメだ…!頼む…ここに居てくれ…!」
強く抱きしめ返す親父の身体は、ひどく震えていた。…でも。
「親父…!でも僕は行かなきゃダメなんだ!」
「ダメだ…!イヤだ…お前まで失いたくない…!」
離れようと抵抗する僕を逃すまいと、親父はより強く僕を抱きしめる。あぁ…そうか…こんな一面もあったんだね…。
「……………大丈夫だよ、ブラム」
僕は、泣きじゃくる親父の頭を撫でながらそう言った。
「大丈夫…大丈夫…。ちゃんと帰ってくるから、ね?必ず帰るから…。ブラムはここで、私の帰りを待っていて」
驚いたように目を見開き、僕を見つめてくる親父は、
「お前…それは…」
その顔を、僕は両手で包みこんで言う。
「うん、そう…母さんが言ってた言葉だよ。…でも、僕は母さんと同じには絶対に、ならない。サクラも、おうさまもいる。ちゃんと生きて帰ってくるから。…だから親父はいつも通り、待っていて」
出来る限りの笑顔を作って、そう言った。親父はまだ頬を伝う涙をそのままに。
「あぁ…あぁ…分かったとも…。気を付けて行って…帰って来い…ノア…!」
笑顔でそう言って、僕の背中を押したのだった。
◆ ◆ ◆
「くそ…魔力が濃すぎる…位置が掴めんぞ…」
全速力で走りながら、ギルガメシュ様は苦々しい顔をした。
「ギル爺!方向はこっちで合ってる?」
サクラも、探知がしきれていないようだ。
「うむ…分からんが、近付いてはいるようだぞ!坊主!お前の方はどうだ?」
聞かれつつ、僕はモノクル状に展開した拡張術式のゲージを追う。
「大丈夫、そのまま1kmくらい…!」
「おうさ分かった!先に行く!お前らは後で来い!」
と、おうさまは更に加速して駆け抜けていった。完全に取り残された僕らは、歩きながら少し息を整える。
「ハァッ…ハァ…しんど…ノアは…?」
サクラは肩で息をしながら、こちらを見ている。いや、僕はまだ全然大丈夫なんだけど。
「なぁんで息上がってないの…えぇ…?」
「いやぁ…だって鍛えてるし。ほら、水」
なんて、なるべくいつもの調子でいようとしているんだ。と、そろそろだ…。
「近いよ、サクラ」
小声でそう伝えると、サクラの雰囲気も変わる。腰から銃を取り出すと、弾倉を確認し、スライドを引いた。僕も鞘に納めたままのナイフを、小太刀に変える。ここは…。
「第三公園の森だね…ちょっと懐かしいかも」
子どもの頃に、よくふたりで遊んでいた公園の森の中だった。奥の方から何かがぶつかる音がする。きっとギルガメシュ様がもう戦っているんだ。
「急ごう!サクラは先に!」
「うん!」
僕はマントに魔力を注いだ。マントは周囲の景色と同化するように透明になった。そのまま風に乗るように駆ける。銃声が聞こえ、サクラとギルガメシュ様が見えた。オーグも影を捉えたようで、機械音とともにカーソルが動く。
「起動…いけますか?」
僕は唱えながら、声を待つ。
『はい、ノア。術式展開を開始します。宵闇の刃…展開済みです。いつでも』
「ありがとうございます…!」
グッと脚に力を込め、ひと息に…滑るように跳ぶ。そのまま腰だめに構えた小太刀を抜刀しながら振り抜く。
「闇疾風…!」
抜かれた漆黒の小太刀は、影を横薙ぎに斬る。そのまま通り抜けるように、振り抜く…!
「ーーーーーー!!!!!!!!」
影は形容しがたい叫び声をあげる。裂けた所からは、モヤのようなものがダラダラと零れ落ちている。しかし数秒もすると元通りになってしまった。
「ノア…!ダメ!効かないの!すぐ回復しちゃう!」
影の攻撃を躱しつつ銃を撃ちながら、サクラが叫ぶ。僕はマントに魔力を注ぐのをやめ、実体化する…あれ?
「おうさまは!?」
そうなのだ、ギルガメシュ様の姿がない。
「ギル爺はもう一体と戦ってる!私たちはコイツを!」
「…分かった!…術式接続…!お願いします!」
魔力がナイフと小太刀に流れ込む。
『承知しました。接続開始…術式拡張展開…』
と、術式が左目を覆い、機械的な眼帯の様な形になる。
『完了…宵闇の瞳•弐型。暗視術式を起動しました。』
視界が白黒になり、影の形がよりはっきりと映る様になった。…いける。
「サクラ!援護を!」
「…ッ!分かった!」
サクラはサッと後ろへさがり、僕は影と彼女の間に入るように滑り込む。
「闇疾風…弐式…!」
白く輝いた小太刀を逆手に抜きながら、交差するように切り裂く。
「…今!」
「うん!」
右に躱した僕の後ろからガンッガンッ、と2発ほど撃ち込む。後退りする影を逃すまいと、体勢を低くした僕は追い打ちを駆けるように。
「…宵闇…壱式!」
小太刀は影の首元を切り裂いた。
「サクラ!魔力を…!」
「分かってる!」
ガァンッと放たれた銃弾は、影の胸あたりを正確に貫き、
「ーーーーーーー!!!!!」
と劈くような悲鳴をあげ、影は掻き消えるように…包まれていた人物が倒れ込む。落ちた頭は、苦しんだような顔で転がっている。
「え……この人…!」
サクラはその人物に心当たりがあるようだった。
「この人…まさか…オベール…?」
オベール・ハイディール…サクラが捜査課に転属するきっかけとなった男。…でも、彼はもう亡くなっていたはずだ。
「なんで…あ、そうか…!ノア!ギル爺の所へ!何か分かるかもしれない!」
「そうだね…!急ごう!」
更に深い森の奥へと、僕らは駆けていった。




