よっつめ 〜かくご〜
「やっと帰ったな、ノア」
家に帰り玄関を開けると、親父と出くわした。
「ふん、余程の事があったと見える。とりあえずはご苦労…と言っておいてやろう」
「親父…ただいま…遅くなってごめん…」
昔から堅苦しい話し方の親父は、正直苦手だ…。僕は気まずくなり目を逸らした。
「いや、良い。それよりも話がある。しかしまずは風呂にでも入って来い。修練場で待つ」
そう言うと親父は、廊下の奥に消えていった。
◆ ◆ ◆
風呂から上がり、軽く身なりを整えてから、修練場に入ると、親父は神棚に向かい正座をしていた。隣には座布団が置いてある。自然と僕は隣に座る。
しばらくの沈黙が続いた後、親父は唐突に口を開いた。
「お前は、この世界をどう思う」
世界?また唐突にスケールが大きい話をする。
「……正直、質問の意味が分からない」
「ふん、そうだろうな。つまらないお前には、このつまらない質問にも答えられまい」
グサッと来る言い方だなぁ…。
「いや『思ってた』だからね…?さっきも…」
「知っている。お前のことだ、また誰かの為に力を使ったのだろう」
えぇ…見透かされてるのか…?
「ふむ…そうだな。何故知っていたか伝えるべきか…」
顔は神棚を向いたまま、顎に手をあて思案をしているようだ。
「実は昼間にな、カナタ様がいらっしゃったのだ。曰く、魔王が復活をしたらしい…とな。我が流派に護衛を依頼したい…とのことだった」
依頼…そうか、もうそこまでの事態になっているのか…。なら親父は、これからサクラのお母さんの護衛をすることになる。
「いや、私は丁重にお断りさせて貰った」
「え…!?どうして?」
てっきり受けると思っていた。何故だ?
「私は…いや、俺はな…この平和な世界が好きなのだ。過去の事件を忘れたいとすら思うのだ」
そんな事を…。
「え、でも…ならなんで僕に鍛錬を積ませてたの?平和に生きたいなら、僕には何も教えない方が良かったじゃないか…」
「いいや……ふむ、まぁ…それとこれとは話が違うのだ。…そうだな……」
いつになく歯切れが悪い。
「お前にはな、俺の技を伝えた上で…今のこの世界がどう映るのか、ということを問いたかったのだ。俺が願ったこの世界をどう思うか…と、いうことかもしれん」
あまり褒められた話じゃあないが、とも言っていたが…。ここまでストレートに自分の気持ちを言ってくる親父は、何故か少し小さく見えた。
「…正直、とてもつまらなかったんだ…。教えて貰った技を使う機会すら限られてて、なんの面白みも無いなって思ってた…」
僕も素直に言葉にする。
「でも、うん。今は少し楽しくなりそうな予感があるんだ。サクラとも久しぶりに会って、今日から一緒に仕事をすることになったんだ。でも……」
魔王を倒す覚悟は、まだ決まらないままだ。
「ふん、その話も聞いている。あれはギルガメシュ様の指示らしい。あのお方も剛毅ながら、中々の事をやる」
そうだったのか…。
「だがな、今の軟弱なお前が魔王を倒せるとは到底思えん。『覚悟』と言えば聞こえは良いが、それを貫く事は簡単なものではない」
しかし…と続ける。
「魔王を倒す覚悟は、本当に必要なのか?」
ハッとして親父の顔を見る。親父もまた、僕の顔を見ている。
「俺はカナタ様とリアークの、最期を見ていた。俺も左腕を失ったが…。リアークはカナタ様を死んでも守り抜いた。だがその後の彼女は正直見ていられなかったのだ。確かに魔王はあの時倒されたが…その後残された者の痛みは計り知れない」
魔王を倒すことと、死んでも守ることは違う…ということかな…。
「『覚悟』の先にあるものは、自分だけのものではない、ということでもある。覚悟を決めた所で、それが分からない様であれば、待つのは多くの悲しみだけだ」
なるほど…そうか。
「…僕には、魔王を倒す覚悟はないよ。死んでも倒す、なんて事も思えない。でも…」
思い浮かぶのは、サクラの笑顔。あの笑顔を守りたいとは、思える。
「ふん、覚悟の形などどうでも良い。だが確かめねばなるまい。…立て、ノア」
親父は立ち上がると、壁にかかった短い木刀をこちらに投げ渡す。親父もまた、それを構える。
「え、親父…?」
「問答無用…刀で示せ…」
言うが速いか一息に首を狙う木刀を紙一重で躱し、後ろに大きくさがる。
「ま、待ってくれよ親父!」
「うるさい!」
カァン!と音が響き、激しく打ち付けられる木刀を、必死でさばく。本気だ…!
「くっ……」
一撃一撃が重い…これが親父の覚悟…?
「ほら!打ち返してこい!お前の力はこんなものか…!!」
あぁ待ってそれは流石にカチンときたわ、クッソこの…!
「ハァッッッ…!!!」
怒りに任せて打ち払う。上にかち上げたその隙を、逃す僕じゃない。体勢を低く、そのまま胴薙ぎに…!
「ッ…ハァッ…ハァッ………」
息を絶え絶えに体勢を整える僕を、親父は木刀をさげ、深くため息を吐いた。
「……自覚を持て、ノア。…お前は強い。もう既に今の俺より強いのだ。技術は全てお前の中にある」
あとは…。と続ける。
「お前はサクラ殿を、幸せにしたいと思わないのか?」
ハッとして顔を見ると、親父は少し寂しそうな笑顔で、僕を見ていた。
「それは………」
「お前は、リアークと同じ運命を望むのか?残されたカナタ様の様に、お前もサクラ殿を…?」
いや、違う。違う。そうじゃない。
「覚悟って…それでも良いのかな…」
「良い悪い、の話ではない。どの様な形であれ、覚悟は覚悟だ。」
そう、か。なら、僕は…。
まっすぐに親父を見据える。
「僕は…僕は、ーーーーーーーーー!」
僕が叫ぶように言うと、ふっ…と親父の顔が綻んだ様に見えた。
「…ならばその覚悟…示してこい!」
「うん!ありがとう親父!」
宵闇の空に、僕の『覚悟』はこうして決まったのだった。
◆ ◆ ◆
翌日、休日だった僕は、サクラの家の戸を叩く。
静かに開いた玄関には、サクラのお母さんがいた。
「いらっしゃい。来ると思っていたわ」
「…はい!」
今、家にはカナタさんしかいないらしい。リビングに通されて、テーブルを挟んで、カナタさんの正面のに座る。
しばしの沈黙…気まずい…けれど。
「あの…昨日は申し訳ありませんでした…」
僕は深く頭を下げて謝罪した。
「い、いいのよそんな…。私の方こそ、辛いことを言ってごめんなさいね…」
と、少し慌てたように彼女も頭を下げる。
「いや、そんな…不躾な言い方をしてしまいました…」
いやいやそんな…と、堂々巡りになりそうだったので、僕は顔をあげて言う。
「今日は、僕の覚悟を伝えに来ました。サクラがいなくて…ほんの少しだけ良かったと思います」
彼女も顔をあげて、僕の目を見る。
「えぇ、聞くわ。聞かせてちょうだい?」
少しだけ深呼吸をして、心を落ち着かせる。
「僕は、魔王を倒す事は出来ないと思います。でも…」
そうだ、僕は。
「サクラには笑顔を…幸せになって欲しいと、そう思います」
黙ったまま僕を見ている彼女に、続ける。
「そのために、僕は力を使います。必ず生きて、彼女を守ります。彼女の隣にいることが、僕の望みで…彼女と生きることが、僕の願う未来です」
「ふふ、あははっ」
笑われてしまった…。
「いえ…ふふ…ごめんなさいね。それじゃあなんだかプロポーズみたいで…はは…ふふふ」
涙が出るほどに笑っている彼女とは裏腹に、僕の顔が赤くなっていくのが分かった。
「い、いやいやいや!そんな、あぁっ…!恥ずかしい………」
ひとしきり笑った彼女は、小さくなった僕に
「ねぇ、もっとよく顔をみせて」
と、優しく微笑むように言う。向き直ると、少し悪戯っぽい顔で真っ直ぐに見つめられていた。
「………いい顔になったわね…。そう…魔王は倒せないけどサクラは笑顔にできる、と」
問うような声色に、僕は
「はい、サクラがどう思うかは分からないけれど…これが僕の覚悟です!」
「ふふ、そうね。それなら…ついてきてちょうだい」
ついていくと、リアークさんの仏壇の前に止まる。そこには2振りの刀も一緒に納められていた。
「リア……今のこの子になら、渡しても大丈夫よね…」
と、彼に語りかける様にしながら、刀を持ち僕を向く。
「さぁ、受け取ってちょうだい」
差し出されたその刀を受け取ると、またナイフへと変化した。前の時よりも手に馴染む感覚に少し戸惑う。
ー心に決めたようだなー
そう言われた気がした。




