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私は一般人(モブ)である。  作者: 雨空 雪乃
第二章 〜一般人をやめた僕〜
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みっつめ 〜やみとやいば〜

 怪我をしたサクラを放っておくわけにもいかず、今僕は彼女の家に来ている。子どもの頃に来た時と変わっていない。暖かな雰囲気がある家だ。玄関に入るとすぐに、サクラのお母さんとギルガメシュ様が出迎えてくれた。怪我をしているサクラを見るや大慌てでリビングへと連れて行った。ひとり残された僕は、玄関に立ち尽くす。ナイフは元の形に戻り、僕の手に鞘ごと持たれたままだ。纏っていたナニカも、いつの間にか消えていた。…しばらく待っていたが、誰も戻ってこない。ナイフを靴箱に置いて、扉に手をかける。と、

 「おい待て、あがっていけ、坊主。お主も疲れたであろう?」

振り返るとギルガメシュ様が立っていた。いつの間に。

 「い、いえ。大丈夫ですよ、ギルガメシュ様。僕は帰りますから」

 「まぁそう言うな。気付かなかったのは済まんな。お前さん昔っから影が薄いからの」

グサッとくることを言いますね、おうさま。まっすぐ過ぎるのもキツイですよ?

 「まぁまぁ、ほれ。あがっていけ。怪我の治療もしてやる。それに、話も聞かなければなるまい?」

 「…そうですね。じゃあ、お言葉に甘えます」

そう言って僕は靴を脱いだ。

 リビングに連れられると、サクラはお母さんから治癒魔術を受けている。こうして並んでいると、あまり似ているようには思えない。髪色も身長も違うからだろうか。

 「そこへ座れ、坊主」

促されて、ソファへと座る。と、ギルガメシュ様は僕に治癒魔術をかけながら続ける。

 「知っているとは思うが…その刃はな、サクラの父リアークの使っていた武器だ。あやつは刀として使うことに拘っとったが、お前さんはまた不思議な使い方をしとったそうだな」

 「そ、そうですね。僕はまぁ…一族の技を使おうと思って…。でもこれなんで形が変わったのか分からなくて」

 「なんと、そこは話しとらんかったのか?サクよ」

ギルガメシュ様に振られ、サクラは答える。

 「いやいやギル爺、それは仕方ないでしょう?緊急事態って奴だったんだから」

 このナイフは元々は白い刀だった。心のままに姿を変える刃。そう説明された。確かにあの時、ナイフは刀に変わった。僕はもう一度ナイフを握ってみる。心のままに…。念じるとナイフは短刀に変化する。ほぉ…。もう一度念じると2メートル程の長刀に。一瞬で変化するそれを見て、僕は興奮を隠せなかった。

 「魔力を込めてみろ、ノアよ」

 そうギルガメシュ様に言われて、僕は闇の魔力を注いでみる。

 「おぉ、黒くなるか」

短刀に変化させたそれは、輝くような白から、闇の様な漆黒へと変化する。術句を唱えなくてもどうにでもなるらしい。そのまま長刀へと変化させてみる。すると漆黒だった刃はまた白へと戻ってしまった。力を込めて魔力を注いだが、白から変化することはなかった。

 「なるほどな、どうやらそいつは使用者の得意な形状でないと効果が出にくいらしいの。魔力は確かに感じるが、長刀はお前さん向きではないらしいの」

 ふむ、確かに一族には、長刀の技は少ない。刃術(じんじゅつ)とひとくくりに言っても、その技には向き不向きもあるし、限界もある。立ち上がって構えてみる。逆手に持った短刀の柄を左胸の下辺りに当て、左手のナイフを左腰の陰へ。蹲るように腰を低くして構える。攻式壱ノ型『宵闇(ヨイヤミ)』。魔力を込めると、ナイフだけが黒くなる。短刀は輝くような白のままだが、鈍く発光しているようだ。…なるほどな。この構えはナイフ術がメイン、短刀はいわばブラフで目眩まし。発光する事によってその効果も上乗せされることだろう。

 右手を少し前に伸ばし、刃を下向きに構える。守式壱ノ型『帳闇(トバリヤミ)』。今度は短刀が黒くなり、ナイフは白くなる。少し短刀を振ってみると、残像の様に魔力の軌跡を描いた。残像には質量が残っている。なるほど、守りに使える。

 構えを解き、僕はナイフに戻ったそれを見つめる。

 「ほほぅ…まさかこれ程とはな…」

ギルガメシュ様は感心したように呟く。いや本当にこのナイフは凄い。使い手の意思を汲み、特性すら変化する。ヤバ…興奮してきた。手斧、ダガー、両刃剣、鎌…。刃のある物には何にでも変わった。ハハ…すげー。

 「ノ、ノア…?悪い顔してるよ……?」

思わずニヤついてしまったらしい。

 「あ…いや…。はは…すごいね…これ。ありがとう、返すね」

鞘に納めて、サクラに渡そうと手を伸ばす。しかしその手を握り込むように、サクラの両手が制した。

 「んーん、ノアが持っていて。きっと役に立つ筈だから。ね、ギル爺もそう思うでしょ?」

 「お、おう。そうであるな。うむ。こやつならこいつを使いこなせるであろう。サクは結局持っていただけで、使わず仕舞いだからの。うむ、リアもそれを望んでいる筈だわい」

ギルガメシュ様の言葉に、サクラは僕に微笑みで促す。

すると、今まで黙っていたお母さんが口を開いた。

 「ノアくん、サクラを助けてくれてありがとうね。でも…それを使い続ける為には…ノアくんは覚悟を決めなきゃいけないのよ?」

 「えっと、それは…?」

 「まず、そのふたつはリアの…サクラのお父さんの形見。魔王を倒した勇者の剣と言ってもいいかもしれないわ。それをあなたが持つ、ということはどういう事か分かるでしょう?」

勇者…?僕が…?いや、そんなつもりは無い。そんな覚悟を決めろなんて言われても…。

 「そう。その覚悟がまだないのなら、今は使うべきじゃないわ。でも…そうね。分かって欲しいのは、私があなたに使って欲しくないと思ってるって事じゃないの。持っていても良いのよ、でもね…」

と、サクラのお母さんは、まっすぐに僕の目を見て続ける。


 「あなたには、魔王を倒す覚悟があるのかしら」


魔王を倒す覚悟…なんて言われても…。覚悟…覚悟…と、思考はグルグルと回る。いや、違うんだ、きっと。サクラが前に言っていた、お父さんの事。きっとそれがお母さんの問う覚悟なんだ。僕は…。

 「正直…魔王なんて倒せるかどうかなんて分かりません…。さっきの影でさえ苦戦したんだ…。でも…!」

サクラの目を見つめて、僕は言う。

 「サクラ…君の事は、僕は君を死んでも…ッ」

 「このバカもんがぁ!」

強い衝撃とともに僕は壁まで飛ばされた。驚いたサクラとお母さんを遮るように、僕の前にギルガメシュ様が立つ。

 「ノアよ、貴様…貴様今何を言おうとした!貴様が死んだらリアの二の舞ではないか!それで覚悟が決まったと言えるのか!」

あぁ……くそ……

 「…そんな訳ないじゃないですか!僕が…僕なんかが魔王に太刀打ち出来るわけないじゃないですかっ!覚悟…覚悟って…そんな無理なこと…!」

 「ええい小さい!小さいぞ小僧!男なら『倒してみせる』くらい言えんのか!」

なおも殴りかかろうとする拳を前に、僕は目を閉じた。

 「………ギルガメシュ…」

ピシャリ、と空気が凍った気がした。

 「あなた…少しやり過ぎよ…?少し黙りなさい」

目を開くと、ドスの効いた声で、しかし満面の笑みを浮かべたサクラのお母さんがいた。

 「お、お、お……」

ギルガメシュ様は口をパクパクさせながら恐怖に震えている。サクラも目を白黒させてわなないている。…マジですか…お母さん…。

そのままの顔で僕を見据えるお母さんに、僕は慌てて正座をした。

 「ノアくん…。私が言っているのはそういう事ではないの。あなたになら分かるわよね?」

射抜くような視線に背筋が凍る。

 「ハイ!すみません!」

 「…サクラの為に死ぬとか言う人に、そのナイフを渡す訳にはいかないのも、分かるわよね?」

 「ハイ…!本当にすみません…!」

土下座した、それはもう深く深く。めり込むくらいに。

 「はぁ………………………。今日はもう、それを置いて帰りなさい。また日を改めて、落ち着いて話をしましょう」

大きなため息を吐いて、彼女はナイフを取り上げた。

 「ハイ!本当に申し訳ございませんでした」

…あぁ、逃げたよ。そりゃあ逃げた、過去ないくらいの速さで逃げたさ。顔を見たら確実にチビリそうなほど怖かったんだ…。

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