ふたつめ 〜かげふたたび〜
翌日、デスクに着くと、パソコンのキーボード上に何やらメモらしきものが置いてあるのを見付けた。
『7H 6A 3F 8G 9M』
…何かの暗号か?いや、これは確かサクラの…ふむ、そういうことか。だけどあそこは書庫しかなかった筈だ。不思議に思いながら、僕はメモにあった通り地下への階段を降りていく。たどり着いた先には、やはり書庫の扉があるだけ。僕は首を傾げた。
「やぁ、来たねノア」
と、耳元で突然声がした。
「うひぁっ!!?」
驚いて飛び退くと、にやにやと笑うサクラの姿があった。
「にっしっし、驚いたかね?」
なんていたずらっぽく笑う。こんな表情豊かになったのかこの娘は。
「そりゃ驚くよ!あー…心臓止まるかと思った」
早鐘のように脈打つ心臓は、驚きだけではなかった。
「そんな事より!何だよあのメモ」
「いやぁ、ノアなら分かると思ってさ。ちゃんと会えたからいいじゃない?ほら、こっち来て」
と、手招きをする。僕はため息を吐きながら、はいはい…と彼女についていく。書庫を通り過ぎ、壁の前に止まる。
「ナハト・スフォルツァ」
彼女がそう言うと、目の前の壁が奥へとさがった、そのまま左に壁が流れると、その奥に部屋があらわれた。
「え…!?なにこれ?どういうこと!?」
驚いた僕に、変わらぬ調子で先に部屋に入り手招きをする彼女。まるでドッキリ大成功とでも書いたプラカードでも持ち出す勢いだ。恐る恐る入ると、そこには5つほどのモニター、そばの棚には黒い拳銃がふたつ、それに輝くような白いナイフがふたつ飾ってある。
「ここはね、これからの私たちの仕事部屋だよ。魔王探し専門の、ね」
「こんな部屋…管理局にあったなんて知らなかった。こんな場所がどうして…」
「うん、ここはね。父さんが使ってた部屋なんだって。局長と、課長と、あとはギル爺と母さんと私たちしか知らないんだよ」
いやいやいや驚き以外の何物でもないよ、これ。僕じゃなかったら多分気絶してる。その表情を見て取ったのか、いつにも増して上機嫌なサクラは、僕を席へと案内してくれた。斜向かいに座った僕は、置かれていたパソコンを起動する。普段使っているものよりかなり高性能のようなそれはすぐに立ち上がり、画面に文字が表示される。
『覚悟は決まったか? Yes/No』
僕は首を傾げる。覚悟…覚悟ねぇ…。正直突然の事で事情もあまり良く理解していない。それなのに覚悟を問われても…と、僕はNoをクリックした。するとまた文字が表れる。
『さすれば、未だ与えられん』
文字はすぐに消え、普通の画面へと戻っていった。とりあえず作業には支障ないらしいので、僕はカタカタと情報を調べていく。サクラの方も調べているようで、画面を食い入るようにみつめている。幼い頃を思い出しながらついつい顔を見てしまう。短く揃えられた黒い髪、長いまつ毛に縁取られた夜のような黒い瞳、可愛らしい顔立ちに凛々しさを足したような…頬を少し赤らめて…赤らめて?
「……さすがにそんな見つめられると照れるんだけどな?ノア」
気付かれてた…!
「あっ!ご、ごめん!」
慌てて目を逸らしてカタカタと作業に戻る。くぅ…。
◆ ◆ ◆
いつもの様に、特にこれといった収穫もなかった。サクラも今日は終わったので、僕らは久しぶりに一緒に帰ることになった。段々と冷え込み、すっかり暗くなった街を歩く。
「夜道はやっぱり怖いねぇ…。何かあの事思い出すよ…」
ポツリとサクラは呟いた。
「あの事って、襲われたって話?」
「そそ。あの時も暗かったなぁって。家にいてさ、寝ちゃってたんだよね。ふと起きたらすぐ襲われたんだよ。これが無かったらほんと、死んでたかも」
と、彼女は腰から拳銃を取り出した。夜道でもはっきりと形の分かる黒い拳銃…たしか親父さんの形見だったっけ。
「そうそう。父さんの形見。これ使ったあとにさ、覚悟を決めたなって夢で父さんに言われたよ。ちゃんと使った時はなんかよく分からないけど、声まで響くしさ。あ、今もだ」
目を閉じてうんうん唸り始めるサクラに、
「いや、え?喋るのそれ?」
と僕は的はずれな事を聞いてしまう。
「そうねぇ、持ってみる?」
はい、と僕に拳銃を差し出した。受け取ってみると中々に重い。あーこれは子どもの頃に夢見たロマンですねぇ…。ながめていると、横に文字が浮き出てきた。文字だと認識できたのは、昔サクラのお母さんに教わった物によく似ていたからだ。『別の世界から来た』だって聞いた僕は図々しくも好奇心から色々と聞きまくっていたのだ。
「ん?『Qualified person has appeared. I entrust my other destiny to you.』だって」
「え!?嘘!?」
驚いた彼女は僕にくっつくようにして食い入るように拳銃を見る。…近い…!近いよ!あっ…やば…いい匂い…。
「これ…!資格者にしか出ないよ?嘘…ほんとに?」
目を丸くした彼女が僕を見つめる。近い、ほんと近い。思わず目を逸らす。
「い、いや、待って!ほんと待って!ちゃんと読ませて!」
これ以上近くなる前に、僕は少しだけ彼女を押して、しっかりと読んでみる。文章は変わっていた。
「えと…。『Fill your blade with darkness that is darker than a shadow. and cut through the shadows』…刃?影を切り裂く?闇の力…?」
何故だろう。この銃は僕の属性も、得意分野も知っているような気がする。考え込んでいると、サクラが突然僕の腕を掴み強く引っ張った。驚いて銃を取り落としてしまった。拾おうとしたけれど、強く引っ張られた腕のせいでかがめない。彼女に目を向けると、何か先の方を見て少し震えているのがわかった。
「あ…あれ……!」
つられて僕も彼女の視線の先に目をやる。何だあれは。モヤモヤとした黒い塊が蠢いている。丸いようで、ヒトガタのようで…形が分からない。
「もしかして……あれか…?」
僕は小声で聞く。小刻みに頷く彼女。…マジですか。
「……僕が注意を引くよ。その間に、ね?サクラ」
掴まれていた手を軽く触り、安心させるように。夜なら僕に分がある、そう思った。
「隠す闇よ、来たれ」
僕は闇魔法でサクラを覆う。対象を取り囲む壁を作るイメージだ。僕はジャケットを脱ぎ、影の様子を見る。何だあれはほんと、実体があるのかどうかすら分からないな…。もやもやもやもやもやもやもやもや。ウザ。ていうかキモ。などと考えていたけれど、突然影が伸びてきた。結構速い。軽く仰け反るように躱す。影はそのままサクラを隠す壁にぶつかり、影を縮めた。嘘だろ…ヒビ入ってるよ…。結構頑丈なんだけどなこれ。マズいなぁ…早く片付けないと。僕はぐっとかがみ込み、影へと駆け出した。再び伸びてくる影は、今度はちゃんと僕を狙っているようだ。躱して、電柱を蹴り、加速する。
「『闇よ、破壊せよ』!」
右手に魔力を込めて、影に打ち付ける。これは物理的な物なら問答無用で破壊できる。魔術で覆ってようが関係ない!黒い光が影の表面を駆け巡り、激しく弾ける。数度蹴り込んで、その攻撃の反動を利用して僕は影から飛び退いて距離を取る。ひび割れのようになった影は硬直しているようだ。効いてる…!そう思ったのも束の間、みるみる光が影に吸収されてしまった。ほんと何なんだよこれ…!ちっとも効いてない。
「ノア!」
叫び声に振り向くと、サクラを守っていた壁が消えている。躱した時に破られたのか、いや本当にマズい!
「サクラ!逃げろ!」
そう叫んだが、彼女は動けずにいる。ひと息で駆け寄ると、彼女の右腕から血が流れている。
「お、おい…!大丈夫か!」
慌てる僕を見ながら、彼女は気丈にも微笑んでみせた。
「大、丈夫…。それより、これ使って」
差し出された左手には2本の白いナイフが握られていた。
「いや、俺の魔術でも効かなかったぞ!こんなものでどうにかなるわけないだろ!」
思わず怒声を浴びせてしまう。
「大丈夫!持って!ほら早く!」
押し付けるように手渡される2本のナイフ。
「くっ…!分かった!うまく行かなくても文句言うなよな!」
僕はそれらを受け取り、構える。右は逆手で顔の前方に軽く腕を伸ばし、左は順手で胸元に。久しぶりに触るというのに、構えは身体に染み付いている。覚悟を決めるように、深く息を吐く。
『認証開始』
突然頭に声が響いた。けれど何故か僕は落ち着いていた。目の前の影を見据えて、声を聞き続ける。
『認証完了、識別開始。展開符号を』
コールサイン?あぁ、そうか。僕のふたつの名前。それは闇と刃、それぞれの適性を持つ事の証明。本当は、刀とナイフの一本ずつが良いんだけどな。そんな呑気な事を思えるくらいには落ち着いた。さて、かっこつけますか。
「……展開。宵闇の刃」
『展開符号認識。使用者を確認…特定。属性指定…闇と刃、2種を確認。緊急拡張術式展開を開始』
魔力がナイフに流れ込んでいくのを感じる。右手のナイフは、輝くような白から夜よりも暗い黒色へと変わり、刀身が伸びて脇差し程の長さになった。左手のナイフはまるで月のような銀色で、鈍く輝く。と、左目が何かに覆われて一瞬暗くなる。やがて機械的な目盛りなどが視界に映り込み、影の姿をしっかりと認識できるようになった。もやもやした影の形がはっきりと分かる。これはすごい。
『展開完了。宵闇の刃及び拡張術式宵の瞳』
僕にとって丁度いい長さの武器、しかもこの刀もナイフも驚くほど手に馴染む。いける。少し思い出すようにして、僕は左手を腰に隠すようにさげる。逆手に持った右の刀は鋒を相手に向け、体勢は深く沈み込む…。『刃の一族』の技術中でも、最速の技。深く息を吸い込み、ひと息に駆け込む。カウンターを仕掛けるように影も動く…!だが遅い!
「『宵闇弐式』!!」
伸びてきた影を刀で切り払い、ナイフで影の首を切り裂く。防御と攻撃を同時に行える二段構えの刃はどちらも影を切り落とした。
「ーーーーーー!!!!!!!」
何とも形容し難い叫び声をあげ、影は跡形もなく消えていった。ふぅ、何とかなったな。僕は振り返ってサクラに近付く。
「大丈夫か?サクラ」
「ん…大丈夫…。ありがと」
立ち上がろうとするサクラに手をかす。けれどペタンと座り込んでしまった。
「あは……。腰抜けちゃった」
照れたようにはにかむサクラを、どうしても可愛いと思ってしまう僕なのだった。




