第6話「日本刀」
ウルは扉を開け、ノックして来た男を家に招き入れた。
「先ほどはありがとうございました」
先ほど会ったばかりの賢者は、ウルの挨拶にぶっきらぼうな返事をすると、ずけずけと家に上がって来た。
「ローク様、何か御用でしょうか?」
父が銀髪の老人に尋ねる。
「用がなければ、こんなとこには来ない」
そう言うと、賢者は父へ茶封筒を手渡した。
「これは?」
「国王様からの依頼書だ」
父は賢者ロークから依頼書と開封用のナイフを手に取ると、封を丁寧に切り、依頼書を読み上げた。
《武器作成依頼書》
ドワーフ鍛治職人に命ずる。
《折れない剣》を5本、15日後の満月の日までに作成し、王国へ納品せよ。
下記条件を満たせた場合のみ依頼完了とし、報酬銀貨20枚を使いの者より手渡すこととする。
条件は下記の通り
・期日内に規定本数を納品すること
・武器レベルが10を超えること
・2万回の打診検査で折れないこと
以上。
父は依頼書の内容を読み上げると、心の中で絶望した。
(不可能だ。まずレベル10の武器を打てる鍛治職人もホルム国にも数人しかいない。ましては2万回の打診検査を耐える剣なんて、この世に存在するのだろうか。しかもそれをこの納期・・・)
「むっ・・・」
(無理だ)と言い掛けた父の言葉を遮るように、賢者は話始めた。
「いやね、王国では近々遠征を控えておりまして、そのために模擬試験が行われてるのですが、どうも鈍ばかり。剣がすぐに折れてしまうのです。そこで王国にも名の通るあなたへ依頼すると言うのが国の決定事項なのです」
賢者は不敵に笑う。確かに《職人》としては、この上ない仕事のように思う。挑戦するだけでも価値がある。
だがこの依頼を受けるかどうか迷う理由には外せない問題がもう一つある。
報酬が安すぎる。
銀貨20枚とは、この難しい依頼の対価として見合っていない。無理だとわかってはいても、父は聞かざるを得なかった。
「賢者様、ここまでの業物を期待するにしてもさすがに報酬が安過ぎませんか?」
そんなことは賢者だって分かりきっていた。
「技術のない鍛治職人ばかりで困ってまして、藁をも縋る思い出あなたに依頼しているのです。これは、名誉なことと思って欲しいですな」
(これが、やりがいの搾取というものか・・・)
「息子も技能系のスキル《創作》だったようですし、手伝ってもらったらようのではないですか? それにこの依頼が成功すれば、ドワーフの名誉も回復すると思いますよ。 きっとそれは息子さんにも良いことだと思いますがね・・・」
(戦闘に使えない民族らしく、王国のために奴隷として働くしかないんだよ)
決して言葉には出していないが、賢者ロークは鋭い眼光で父を睨みつけた。これは全く依頼側の態度ではない。
父はしばらく考え込でいたが、
「分かりました。お受けします」と答えた。
「っふん」
賢者は、吐き捨てるように答えると、帰っていった。
なぜドワーフ族と言うだけで蔑まされ、こんな不当な賃金で働かされるのだろうか。
仮に戦えない民族だとしても、高品質の武器を生産できることを考えれば、決してこんな扱いを受ける民族ではないはずだ。ウルにはその理由が分からなかった。
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・・・・・・
・・・・
依頼が来てから3日が経った。
5本分の生産を考えると、遅くても明日にはアイデアを固めなければならない。
(折れない剣とはなんだ・・・棍棒のように厚くしてしまえば、簡単に折れることはないあろうが、果たしてそれは剣と呼べるのだろうか・・・だからと言って普通の剣では2万回の打診検査をクリアすることなど不可能だ・・・それに剣と呼べないものなど鍛冶職人として作るわけにはいかない・・・それこそ、ドワーフが無能と言われてしまう・・・)
父が頭を悩ませているのを、ウルは後ろから眺めていた。
それからさらに5日後。
(なんとかしなければドワーフの未来が・・・)
あれから数本剣を打って見たが、依頼を達成できるような業物は、未だ1本も完成していない。
(依頼として達成するのはもう不可能か。しかし・・・)
父はもう丸3日は寝ていなかった。
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・・・・・・
「父さん!!」
そんな極限状態の父にウルは話かけた。
「なんだ?ウル、どうした・・・?」
振り返った父の顔は見たことないほどやつれていた。
そんな父を見かねて、ウルはとあるものを見せた。
「こんなのを考えてみたのですが、どうでしょうか?」
ウルはこの3日間で《創作》した剣を父に渡した。
父はその剣を手に取ると、物珍しそうに剣先からゆっくりと見回した。
(見たことない形だ、反りがある。確かに剣だが、見るからに折れてしまいそうだが・・・)
「変わった剣だ。だがウルすまない。折れてしまうと思うのだが、、、」
と父は答えた。しかし、ウルの返答は驚くべきものだった。
「はい。確かにこの剣は折れます。ただ、、、」
(それではダメなんだ・・・)
「折れる時は、横から力を加える場合で、垂直方向にはいくら叩かれても折れることはありません」
父はもう一度その剣を眺めた。
(た、確かにこの形状であれば、理論上可能かもしれない・・・)
ウルは続ける。
「王国兵は優秀です。余程力の差がなければ、真横から剣を受けないルールがあったとしても使いこなしてくれると思います。これは、王国兵程の強い方が使えば折れない。そういう剣なのです」。
(な、なんと、、!!確かにこれなら・・・)
父は自分の経験の全てと技能系スキル《鑑定》を使ってこの剣を事細かに分析した。
(イケる!! イケるぞ!!)
今までの疲労感など吹き飛んだような鋭い眼光。
目の奥の輝きを取り戻した父は、ウルの頭を撫でながら答えた。
「ウル!! お前はもう一人前だ!! この剣を5本《創作》する。手伝ってくれるか?」
「もちろんです。父さん」
こうして、ウルと父は協力して依頼の品を作り上げたのだった。
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わずか3日でその剣は完成してしまった。
「ウルは凄いな。どうやってこんな剣を思い付いたんだ?」
「父さんの本をヒントに考えて見たんです」
とウルは答えたが、本当は違った。
鳩だった頃、お気に入り電信柱から見えた美術館に展示されていたものを見たことがある、なんて言っても信じてくれないだろう。
「この剣は、なんて呼ぼうか、剣とは違う武器なようだな」
(言っても大丈夫だろう・・・)ウルはそう思って、
「か・た・な、にしませんか」
「かたな? それはなかなか良いセンスだ」
父はにっこり笑うと再びウルの頭を撫でた、
そして、翌日依頼品を受け取りに来た賢者ロークに「日本刀」を自信満々に納品したのだった。
賢者は驚いた顔をしていたが、一瞬だけ嬉しそうにした。
それがなんとも不気味だったが、取り敢えず今は依頼成功を喜ぼうとウルは考えていた。
気づけば、ウルのスキル《創作》はLv.7まで上がっていたのだった。