第3話「三つ巴の世界」
長く短いような眠りから、元鳩の脳は覚醒した。
暗い闇の中。薄く水平に伸びた隙間から微かに光が漏れている。
目はまだ上手く開かない。
しかし、今までに感じたことのない感覚、左羽が何かに触れる感触。
それと同時に、光の先で声が聞こえてきた。
「奥様、おめでとうございます!!元気な男の子です」
「キュレネ、よくやった」
明るい女性の声と太く逞しい男性の声。
(よく人間のドラマで流れていたお決まりのセリフか・・・)
元鳩は冷静にツッコミを入れる。
覚醒後少しして、嗅覚が冴えてきた。
薪が燃える匂い。
はるか昔何処かで嗅いだことのある匂い。そう思いながら身体の動かし方を試すように、元鳩は力を込めてみた。
(これは・・・?なんだろう?)
何かを掴むことができた。
「可愛い。ほら見て、あなた、私の手を握ったわ」
「あぁ、俺たちの息子だ」
甲高く心地よい女性の声が、目と鼻の先から聞こえてくる。
元鳩は今まではなかった「指」が新しい身体についていることに気が付いた。
やっとの思いで目を開いてみると、目の前には涙を浮かべた屈強な男。
男の奥にはオレンジ色に光る豆電球と元鳩を抱き抱えながら覗き込む美しい女性。
男は毛深くゴツゴツとした手で軽々と元鳩を持ち上げると、ボロボロの小さな部屋に歓声と拍手が巻き起こった。
そうして、 元鳩は異世界に新たな生を受けたのだった。
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そんな小さな赤子の誕生と時を同じくして。
亜人国のとあるボロ屋から数百キロ離れた人族領ベネトア王国王都カステル城。
大きな湖に囲まれた小高い丘の上に建つこの城は、《人族》の王が暮らすバロック様式の城である。城の正門は円形の門で作られ、多くの騎士が警備にあたっている。
小高い丘の周りには、侵入できない堀のようになっており、周囲を囲うように楕円状の橋がかけられ、楕円状の橋には四方に約1kmと長い橋で街と繋がっている。
カステル城の最上階、王の間。
ーーーコンコン。
長髪で丸眼鏡でタキシードを着こなす一人の男が王の間の扉を叩いた。
「あぁ、入れ!!」
声だけで恐怖さえ感じるような声。王の声とは威厳と貫禄があるものだ。
だが、男は恐れることなく扉を開け、王の前に片膝を着くと先ほどの異変の報告を始めた。
「国王様。先ほどスキルクオーツが反応致しました。どうやら《オリンポス十二神》以外のレジェンドスキルが誕生したようです」
大きな剣を杖のようにしながら右手に持ち、深々とソファに腰掛ける黒髪を後ろで結ぶ人族の王は、歴代最強の王と称されている。
胸には黄金に輝く盾を身体に纏い、腕や足にも大層高そうな防具を身につけている。
「そうか」
深くかけた体を一瞬だけ起こすと一言だけ発言した。
レジェンドスキルとは、その系列スキルを極めて唯一無二のレベルまで到達した者にしか与えられないスキルである。相当のセンスや鍛錬がなければ、開放は不可能とされており、国宝クラスの武人しか会得していないスキルでもある。
ましてや、《オリンポス十二神》以外のレジェンドスキルの誕生となると、150年前に誕生した魔王以来であった。つまり、長い歴史の中で《神》の名が付くレジェンドスキルはこれまで13種類しか確認されていない。
それが今夜、14番目のレジェンドスキルが誕生したのだった。
慌てふためく状況なわけだが、丸眼鏡を掛けた長髪の男は冷静に続ける。
「人族領での発現ではないことは確かかと」
・・・・・・数秒の沈黙だが、ひりついた空気感が漂う。
「ふぅ。お前ですらそこまでしかわからないとは」
一呼吸置いた後、人族国王は立ち上がると、力強い声で国王は発言した。
「敵対する亜人族、ましてや魔族にレジェンドスキルが生まれたとすれば、戦力の均衡が脅かされる恐れがある」
そして、より声を大きくして続けた。
「この日この時刻を持って命ずる!!何としてでも我ら人族の中でレジェンドスキルを開花させるのだ!!当てはある」
その発言を最後まで聞き入れると、長髪の男は、かぶっていたシルクハットを胸の前にかざすと、答えた。
「承知しました。《伝命神ヘルメス》を持つ者として、王の期待に答えて見せましょう」
伝達の神のレジェンドスキルを持ち、普段は冷静な丸眼鏡の男は、王に合わせて精一杯の力強い声で答えてみせた。
「よろしく頼む」
「お任せください」
そう言いと、長髪の男は一礼し、部屋を後にした。
・・・・・・・
・・・・
ーーーガチャ。
長髪の男が部屋を出て行った後、国王は深いソファから立ち上がり窓に近づいた。
ここ人族領は、未開拓地区を除けば、この世界の約3割の面積しかない。
150年前、世界大戦の際、魔族から突然変異的に13種類目のレジェンドスキルが誕生し、人族は敗れた。
人族のトップ戦力である勇者5名でさえ、新たなレジェンドスキルには敵わなかった。
戦争を終結に導いた魔族の少年は、魔王となった。
戦争に負け領地が縮小した人族のかつての王族たちは、自分たちの権力剥奪を恐れ、保身のために民の食糧難を救うという名目で、大戦の敗因を共闘していたはずの亜人族に全責任を押し付け、奇襲を繰り返し残虐した。
多くの犠牲を出した亜人族は、人族の卑劣さに怒り、「今後一切共闘することない」と宣言し独立国家を立ち上げたのだった。
それが、人族、亜人族、魔族の三つ巴の世界となった理由である。
(戦力の均衡が崩れれば、再び戦火と化し多くの犠牲者が出る。戦争は起こしてはならん・・・)
人族国王は朝焼けに向かって、そう誓いを立てた。