第1話「走馬灯」
「知恵とは経験の娘である」
これは、イタリアのルネサンス期を代表する芸術家レオナルド・ダ・ヴィンチが残した名言である。
まぁ、簡単に言えば、人生においては、経験こそが財産であるという類の言葉で、アイデアは経験からしか生まれないという意味になる。
まぁ、僕には関係ないけどね・・・
青い空を飛び回る一羽の鳩は、今日もお気に入りの電信柱に止まる。
・・・自己紹介が遅れた。
僕は鳩である。人間が大嫌いだ
鳩は、電線から垂れてきた一粒の雫をパクリと口に含んだ。
「ん?なぜ人間の言葉がわかるかって・・・?」
・・・・・・
僕にもそれはよくわからない。ただ、生まれた時から人間の言葉がわかったし、文字も読めた。どうやら他の鳩たちは、人間の言葉というものに関心もないみたいだけどね・・・。
先程の通り雨を建物の庇の下で過ごした後、一羽ばたきしてからここに止まった。
現代日本に生まれて、10年。
鳩としては、年々住みづらくなっている。地上にはコンクリートで造られた建物、日を避ける軒や庇には、トゲトゲが付けられた。地面はアスファルトで固められ、夏は火傷するほど暑く、冬は壊死するほど冷たい。餌を探すのにも一苦労である。
人間はそのトゲトゲを「鳩避け」と呼ぶわけだが、なんとも不愉快だ。
ひと昔は、ゆっくり休めていたはずのお気に入りの建物の庇下にもトゲトゲが付けられた。数年前に始まったレオナルド・ダ・ヴィンチ展で来客者が増えたことが影響しているようだ。
そればかりか、空も飛べない種族であるくせに僕たちを邪険にもする。
「あっちに行け!!」
大声で怒鳴られることは日常茶飯事、暴力を振るわれることだってある。
レオナルド・ダ・ヴィンチですら、空を飛ぶための翼をスケッチしたと言うのに、どうして人間は、僕たちを負の存在にするのだろうか。よっぽど人間の方が地球にとってはマイナスな存在なはずなのに。
まぁ、そんな生きづらい世界ではあるが、なんとなくマシな気がする。
おそらく現世より前。銃が応酬し生きることすらままならなかった。
その恐怖感だけは忘れることはない。
上手くは思い出せないが、僕には前世の記憶があるみたいだ。
だから、人間がこの世にいるという以外は、今の環境には比較的満足している。今日もこの青い空を飛び、昼寝をして、公園で木のみをつつく。
大きな木の枝の上、木陰に座りながら、この白く美しい羽を毛繕いをする毎日好きだ。
鳩は、そう考えながら、自慢の羽を毛繕いをする。
しかし突然。
大きな音とともに、あっさりとその豊かな鳩性は崩れ去ることになる。
『パァッーーーーンッ!!!!』
公園に響く甲高い銃声。
その大きな音ともに鳩は左羽を打たれ地面に落下した。左羽に激痛が走る。
動かそうとしても動かせない。もちろん空を飛ぶことなんて出来なかった。
(・・・くっ、くっく!!)
苦しい。痛い。熱い。
自慢の左羽からは、熱くドス黒い液体が流れ、羽を真っ赤に染めている。
(一体何が?起きた・・・?)
鳩は分からずに、痛みを紛らわすようにもがく事しか出来なかった。
すると、笑い声と共に人間が掛けて来た。
「やりー!凄いよかんちゃん!一発!」
「だろ?」
誇らし気に話す太った人間の子供。憎らしい顔。ガキ大将だろうか?
「ははっ!!この鳩動けずにいるぜ!」
鳩は、懸命に気に入らない声の方を向くと、精一杯の力で人間の子供達を睨むと、そのガキ大将の手にはエアガンが握られているのが見える。
そう、鳩の左羽はエアガンで撃ち抜かれたのだ。
(・・・なんと酷い。僕が何をしたというのだ・・・)
「この鳩汚ったねー!」
ガキどもは笑いながら続ける。
「母ちゃんが言ってたぞ、鳩にはバイ菌がたくさんあるから、触ったりするなって!」
目の前にいるのは、人間の子供ではあるが、鳩にとっては怪物である。
飛べないはずの種族は、なんとも恐ろしく見えた。それに、対し何もできない自分が悔しく思えてならなかった。
(僕に力があれば、こんなクソガキ・・・)
鳩は頭の中で憎しみを囁く。
すると、
《・・・・・ピ・・・・・》
確かに何かシステム音のようなものが聞こえた気がしたが、今はそれどころではない。
・・・・・・
ガキ大将は、左羽を鷲掴見にすると、鳩を持ち上げた。
鳩は最大の抵抗をするように、残された羽で暴れて見せた。
「は?なんだこいつ!」
ガキ大将は、鳩を地面に叩きつけた。思いっきり、手加減なしに。
そして、、、
「鳩なんて、この世にいらねんだよ!!!!」
パァン!!パァッン!!パァァン!!
パァン!!パァァン!!パァン!!パァッン!!パァァン!!
数発の音とともにエアガンは放たれた。
右羽に3発、腹に2発、足に1発当たった。
この人間絶対に許さん!殺してやる!頭の中で鳩は叫ぶ。
《・・・・・ピピ・・・・・》
またもや聞こえる音だったが、クソガキの笑い声でかき消される。
「まだ生きてやがる!もっと打て!」
パァン!!パァッン!!パァァン!!
その一発は、目に1発当たり、鳩は失明した。
(くそが、絶対忘れない!いつか殺してやる)
再び鳩は頭のそう叫ぶ。
《・・・・・ピピピ・・・スキル申請を受領しました・・・・・》
そして、
「死ね」と声と共にガキ大将は鳩の頭に銃口を当て、そのままエアガンを放つ。
パァァン!!
鳩の頭蓋骨は粉砕した。
(その顔、その声、一生覚えてやる、)
鳩は最後にそう呟くと意識を失った。
・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・
《・・・・・スキル申請内容を確認。承認準備中です・・・・・》
・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・
身体が暖かい。
春の日差しの下で昼寝をしてる時の感覚に近い。
それか、もしかしたらよく見ていた人間のお風呂に近いのかもしれない。
(これが、走馬灯というやつか・・・?)
鳩の脳裏には、今までの鳩生の記憶が巡る。
気持ちよかった日の光。
戦場で戦った醜い人間。
自由な空。
首に巻かれた金色のメダル。
大好物だった公園の木のみ。
そして、あのガキ大将の顔。
良い記憶も見たくない記憶も見境なくフィルムに羅列され、映し出される。
(・・・・・・?)
そのフィルムには突然「大きな城壁」が映し出された。そして「深く青い水の中」の映像も。
(あんなのを見た記憶はない・・・でも、なんだか懐かしい記憶な気がする)
朦朧とする意識の中でも鳩は思考を保てていた。
すると、三度聞こえてくるシステム音に鳩はやっと気づいた。
《・・・・・スキル付与に成功しました・・・・・》
(ん?何か聞こえたような・・・?)
《・・・・・ユニークスキル『記憶を司どる者』を取得しました。・・・・・》
(なんて言ってるんだ・・・?)
薄れゆく意識の中でシステム音が鳴り響く・・・。
《・・・・・ユニークスキル『記憶を司どる者』の効果により、前世の記憶の引き継ぎを行います・・・・・》
そして、鳩は死んだ。