アイとルーの鋼のこころ
「ここまでか・・・」
博士はそう言うと、ゆっくり椅子に座り、博士が作った二つのロボットを眺めた。
そして、人生全てをかけたロボット制作に満足しながら、段々と強くなる胸の痛みに顔を歪め眠るように目を閉じた。
「君の名前はアイだ。君の名前はアイだ」
博士のそんな言葉がアイの最初の記憶。
長い眠りから目覚めたアイの金属製の目に最初に映ったのは、博士の前にうずくまって泣いているアイとは別のもう一体のロボットだった。
「お前は、ミーだったか。何をやっているんだ?」
振り向いたミーの目はアイと同じ金属製の目だったが、涙と呼ばれる液体がミーの目にはついていた。
「泣いているのか?涙が出るのか?俺と同じロボットなのに、お前は泣くのか?」
アイのその言葉にミーはキョトンと不思議そうな顔を向ける。
「博士は死んでいるのか。」
ミーのことは置いといて、アイは椅子にもたれて目を閉じている博士に近づいた。
首筋に手をやり、脈を確認しようとするが、ロボットである冷たい金属の手には博士の体温も脈もわからなかった。
アイは、知識はあってもロボットなのだ。
「だいぶ時間が経っているようだ。俺たちは随分起きるのが遅くなってしまったようだな」
ミーに向けてアイはそう言ったが、ミーはただ博士の手を握って、目の高さまで持ち上げて、離す。博士の手が力なく下に落ちる様子を何度も繰り返し見ていた。
「何をやっている?」
アイに目を向けるミーだったが、やはり何も答えない。
「言葉を喋れないのか?」
アイはミーがここまで何も言わないことに、一つの解答を導き出した。
ミーはうなづいた。喋れないが、言葉の意味はわかるようだ。
「言葉の意味はわかるんだな。まずは博士を埋葬する。それから博士の言っていたことをやるんだ。わかったか?」
ミーは、博士の顔をもう一度じっくり見た後に、ゆっくりうなづいた。
ロボットというのは便利だ。疲れないし、力も強い。
痩せ細っていた博士っていうのもあるが、大人一人を埋葬するのも三十分と時間はかからなかった。
だが、三十分でも時間がかかったほうだとアイは考えた。
ミーが何度も博士に抱きついてしまって、しばらく離れない時間があったためだ。
アイは、ミーのそんな行動の意味がわからなかった。
埋葬が終わり、アイは博士が最後に言っていたことを思い出す。
「君らには探してほしいものがある。それは人間にとって一番大切なものじゃ。だがお前らにはそれがない。金属の体ということ以外に君らと人間との大きな違いじゃ。それを見つけるのが、君らの使命。それを見つけることを意味として生きてほしい」
博士が残したアイとミーへの使命。金属の体以外の人間との違いを探し出すこと。
検討もつかないその難問に頭を悩ますアイ。
そんなアイをよそに、ミーは研究所内の荷物をひっくり返していた。
何かを探しているわけではなく、ただアテもなくおこなっていたことだったが、幸運なことにミーはあるものを見つけた。
ミーはすぐにアイのところに行き、肩を揺すった。
アイはミーが差し出してきた物を見る。
それは、一枚の地図だった。
大陸が描かれたその地図は、ここら辺の土地を表しているということがアイにはすぐにわかった。
そして、一箇所だけまるがつけられていることにも気がついた。
ミーはどうやら、地図に描かれた丸印に何か意味があるのではないかと言いたいらしい。
地図に書かれた丸印は明らかに博士が書いたものだとはわかる。
他に当てもないので、アイとミーはその丸印が書かれた場所を目指して旅を始めることにした。
ミーは、研究所を出る前にもう一度、博士を埋葬したところに行き、地面に顔を近づけた。
何かを願うように何かを語るように目を閉じながらしばらくそこに座り込んでいた。
アイはその様子をただ、見ていた。
ロボットに荷物なんてものは必要ない。着替えもしないし、ご飯も食べない。
ただ一直線に目的地に向かうだけ。
方向も右手首に備え付けられた方位磁石が教えてくれる。
アイとミーの旅は順調そのものだった。
アイが地図を持って方位を気にかけ先頭を歩く。
ミーはそれについていく。
だが、時々、ミーは立ち止まった。道を指さして、アイの肩を揺するのだ。その度アイは立ち止まり、ミーが何に興味を持っているのか確認する。
ミーが指差す先は花だったり、虫だったり、たぬきだったりした。
アイとミーはずっと研究所で作られていたので、外の姿を知らない。
だから知識としてあっても、見るもの全てが新鮮で好奇心そそられるものだった。
旅を始めて、2日目、ミーがまたアイの肩を揺すった。
「次は一体なんだ?」
いつものようにミーが指さしている方を確認するアイ。
その先には、花でも虫でもなく。一人の人間が倒れていた。
博士以外に見る初めての人間だった。
「死んでいるのか」
アイとミーはゆっくりと、倒れている人間に近づいた。
どうやら息はしているようだ。
砂漠地帯のここで水分不足で倒れてしまったんだろうとアイは推測した。
ミーは慌てている。
倒れた人間の周りを走り、立ち止まっては顔を覗き込み、どうすれば良いかわからずまた周りを走るを繰り返していた。
アイは一通り人間の観察が済んだので、また目的地を目指して、地図と方位を確認して歩み始めようとした。
3歩歩み出したところで、ミーがアイの前に立ちはだかった。
目の前に出てきたミーをよけ、アイは進もうとするが、何度もミーが立ちはだかった。
「なんだよ?」
ミーは人間を指差す。
「もう人間は十分見た。俺たちには使命があるんだ。行くぞ」
ミーはそんなアイの言葉はお構いなしに、変わらずアイの進む方向に立ちはだかった。
ミーは人間を指さして、地団駄を踏む。言葉を話せない代わりに表情や目を使って訴えている。
「助けようって言いたいのか?」
意図が伝わったので、ミーは笑ってうなづいた。
「使命とは違う。俺たちは足りないものを探さなきゃいけないんだ。人間を助けるのは使命じゃない」
アイのその言葉にミーは顔をしかめた。
そして、使命のため目的地を目指すアイのほおを叩いた。
乾いた金属と金属のぶつかる音が響いた。
アイは初めての感触に驚いた。
ミーの手が顔に触れた途端、視界の向きが変わったのだ。痛みはなかったが、衝撃は伝わってきた。
アイはこのままでは、先に進めないと察し、人間を助けることにした。地図で川の位置を確認すると、ミーに人間を運ぶように指示を出した。
ミーは喜んで、人間を担いだ。
川の水を人間に飲ませ、起きるのを待っているアイとミー。
しばらくすると、人間の意識が戻った。
「目が覚めたみたいだ。」
アイの金属が擦り合いながら出されるその声の不自然さに、人間は驚きながら、体を起き上がらせた。
「なんなんだ!お前ら!」
起きてすぐに大きい声を出す人間。
「俺たちはロボットだ。お前が倒れていたから、水を飲ませるためにここまで運んできたんだ」
「ロボッ、ト・・・?」
「金属を組み合わせて、人間のように動作させるように作った物だ」
ロボットという言葉が通じないことがわかったアイはすぐに、別の言葉で表現した。
「人間が作ったのか?これを?」
アイとミーはうなづく。
しばらく困惑した様子だったが、人間は一応の理解をした様子で冷静になった。
人間の名前はマイク。街への買い出しの帰りに飲水切れで倒れてしまっていたようだった。
「人間、俺たちと人間の違いはなんだ?」
マイクの名前や事情なんてお構いなく、アイは一番気になっていた質問を率直にぶつけた。
「え、君たちと人間の違い?うーん・・・」
マイクは唸りながら、アイとミーの体をじっくりと眺めた。
「僕は、ロボ・・・ッと?っていうものを初めて知ったからパッと見たことしかわからないけど、君は喋れて、君は喋れない。あとは、君の胸には心臓があるけど、君にはない」
マイクはアイとミーを交互に指差しながらそう指摘した。
アイはしゃべれる。ミーは喋れない。
ミーには心臓があるが、アイにはそれがない。
アイの胸には心臓の形をした穴が空いているだけだった。
「あ、これじゃ人間との違いじゃなくて君たちの間の違いか。僕との違いとなると、皮膚があるかないかとかかな?ははは、よくわからないや」
マイクがそう言って笑うと、ミーも同じく笑顔を見せた。
その時、アイはマイクの指摘によって答えの片鱗を見つけた。
「まさか君たちの目的地が僕の街だとは思わなかったよ」
アイとミーは、マイクと共に地図の丸印に到着した。
「僕のうちはあそこだから、もしよかったら寄っていくかい?」
マイクは街をしばらく歩いたのち、自分の家を指差してそう言った。
「俺たちには使命がある」
アイは、はっきり断る。
ミーは頭をかきながら、お辞儀をして、マイクとはここで別れることとなった。
マイクと別れた後、アイとミーは、丸印の意味を知るためにしばらく街を歩いていた。
だが、そこは至って普通の街、人間たちが住む街。
丸印の意味が当てはまるような場所は、物はどこにも見当たらなかった。
街を行き交う人たちはアイとミーに奇怪な視線を送る。それは、ロボットというものを見たことがないから仕方のないことだった。
ミーはその視線を見ないように下を向いて歩いていた。
突然、アイが立ち止まる。
「やっぱり、答えはこれだ」
アイとミーは街の入り口に戻っていた。
ミーはアイが見ている先に目をやった。
街の入り口には大きく街の名前の看板が置かれている。アイはそれを見ていたのだ。
「言葉はわかっても喋れない。文字も読めないのかもしれないから教える。この看板は街の名前を表している。この街の名前は「ハート」だ。ハートってのは心臓って意味だ」
そう言うと、アイは手を伸ばす。
ミーの心臓まで伸ばした手が、ミーの心臓を掴む。
銀色の心臓。銀色の中に赤い中心が点滅している。アイが強く引き抜く。
心臓とともに、周りに繋がっていた線も同時に引き抜かれる。
ミーは一切の抵抗をしなかった。
ミーはアイが導き出した答えはわからなかったが、アイに悪気がないことがわかっていたからだ。
ミーもアイも目的は同じ、人間との違いを見つけたいその一心なのだ。
心臓を無造作に引き抜かれた。ミーの動きが止まる。
知恵も心も失ったロボットは動きを止める以外に向かう先はない。
「俺に足りなかったものそれは、心臓だ」
アイは、ミーから取った心臓を自分の、胸の穴に入れた。
心臓は見事にはまり、周りについていた線も綺麗に収納され、ミーの心臓はアイの心臓になった。
ドクン、ドクンと胸がなる。
初めての感覚に戸惑いながらも、見つけ出した答えにアイは満足した。
足元にはミーが動かなくなった状態で倒れていた。
日はすっかり落ち、街から人間はいなくなっていた。点々とある家からは笑い声がする。
大事なものを手に入れたはずのアイだったが、なぜかぽっかりと胸に穴が空いているような気がして、胸に手を当てる。
ちゃんと胸には、銀色の心臓があった。
きちんと動作もしている。
だが、それでも、アイには穴を感じた。
そして、胸に痛みを感じた。
本来感じるはずのない痛み。機械の体なのだから感じるはずのない痛み。
鋼の体、鋼の心を持つにもかかわらず、感じる胸の痛み。
これは心を手に入れたせいなのか。
一人になってしまったアイは、ただ人間たちが住む街を眺めることしかできなかった。
胸の痛みを握りしめて。
地面に倒れているミーの頬に一滴の涙が落ちる。
完