撃退せよ!!学園に迫る謎の黒い影!!01
もしかしてネット小説には転生者ヒロインがマッチョだった場合の話もあるのでは?と探したが、そんなものは無かった。
何かヒントが見つかればと思っていたゆえに落胆した士郎だったが……危惧していたような出来事が速水百合香に起こることもなく、学園生活は驚くほど平穏であった。
今日も無事に授業を終えた士郎は、優斗と猛とともに生徒会室で長机を並べて、役員の仕事をこなしている。
面倒くささが先に立つのか、残念ながらあまり生徒会役員には立候補者もいなかった。
そのため士郎は書記、優斗は会計、猛は庶務係にライバルを蹴落とすことなく就任することが出来た。
ちなみに今期生徒会長は前任の推薦で、去年の女子副会長である。
役員選挙など、月城学園ではあってないようなものだった。
「やっぱり僕の杞憂だったのかな?夢がお告げをしてくるなんて……」
生徒会広報誌の記事をまとめながら、士郎はふと隣にいる優斗へ耳打ちする。
各部から受け取った伝票を整理していた優斗は己の言葉を聞き、「いえ」と悩まし気に首を横に振った。
「安心するのは早いですよ、士郎さん。悪女断罪ものならここらへんで何かイベントが起こるはずです」
「イベントか。四月のイベントなら、健康診断とか体力測定とか?」
「いえ、そういうのじゃなく」
広報誌に記載されている『今月の予定』を読み上げる士郎に、優斗は再び首を横に振った。
まあ、こういう行事は色気が無いから省略されているんだろうなと、士郎は今まで見てきた様々な作品の内容を思い返していた。
短期間で読むことが出来た小説はごくわずかだが、この時期、特に学園ものの作品内で起きた特殊なことと言えば……学年を超えたオリエンテーションだろうか?
月城学園にもオリエンテーションと呼ばれる新入生歓迎イベントはある。
あるにはあるが、吹奏楽部が演奏を披露したり、希望者は料理部とともに料理を作ったり出来るなどの、ごく小さなものだ。
何か特別なことは起きそうにない。
生徒会長の趣味が磯釣りであるという謎の記事を眺めながら、士郎は少し悩んだ。
(ほかに考えられるようなイベント。修行?とか……?)
いや、流石の桜小路みやびも士郎のような一般人とともに修行を開始するはずない。
───やはり何か起きるとすればオリエンテーションの場。
その考えが一際強く頭の中に浮かんだとき、生徒会室のドアががらりと開く。
記事の印刷をしにいった生徒会長が帰って来たのか、とそちらを見る前に、部屋を揺らすのではないかと思うほど大きな声が響いた。
「士郎様!不詳この日比野猛、仕事を終え、今戻りました!!」
「日比野君、うるさいですよ」
クールどころか極寒の眼差しと声で優斗が出迎えたのは、名乗った通りの日比野猛である。
士郎は校内の備品を抱えて部屋に入る彼……の背後にいた生徒会長と目を合わせ、少し笑った。
「会長。お疲れ様です。猛はご迷惑をかけませんでしたか?」
「うん、大丈夫だよ。鷹司くんたちもお疲れ様」
印刷した記事のファイルを持った生徒会長は、士郎の前の席に腰掛ける。ちなみに猛は士郎の右隣に座った。
そのまま一同は各々の仕事に没頭し、士郎も生徒会長と生徒会広報誌全体のレイアウトを考えていた。
「ねえ、鷹司君。一年の女子生徒に興味がある子がいるって、ほんと?」
「え?」
作業の最中、疑問の声を落としたのは生徒会長だった。
疑問符を浮かべながら顔を上げると、彼女はわずかな興味を浮かべた目でこちらを見ている。
「女子の間で噂になってるの。鷹司君のお眼鏡に適った女の子が登場したんじゃないかって」
ひっそりと耳打ちされた言葉に、士郎は思わずぽかんと口を開けてしまう。
お眼鏡に適った女の子、というか心を奪われた女の子なんて、速水百合香以外にいないがどういうことだ。
それも相手は一年の女の子……と、ここまで考えてふと思いつく。
(桜小路さんのことが、変な風に伝わっているのか?)
桜小路みやびが速水百合香を悪女として断罪する夢と可能性のことは、優斗にしか伝えていない。
それが噂になっている原因として考えられるのは、先日廊下で猛と交わした話だ。
自分たち以外にも生徒はいたから、誰かにの耳に不完全な情報が入ってしまったのだろう。
(あの時、大きな声で話してしまったからか……)
これは猛だけが悪いわけではなく、注意しきれなかった士郎にも責任がある。
さっと顔を青くして眉間にしわを寄せた己に、生徒会長は何かを察したのか先ほどよりも優しい声で告げた。
「真偽はともかく鷹司君、ファンが多いじゃない?だから殺気立ってる女の子もいるから、ちょっと気を付けた方がいいと思うよ」
「あ、それは、そうですね。ご忠告ありがとうございます」
会長の忠告に粛々と頭を下げて、士郎は作業を再開させる。
その様子を心配そうな優斗と、話の内容を理解していない表情の猛が見つめていた。
やがて空はすっかりと夕焼けの赤に包まれたころに、生徒会の仕事は終了する。
施錠をしっかりして生徒会長と別れ、士郎たち三人は家路へとたつために校庭を横切っていた。
しばらく無言でとぼとぼ歩いていたが、やがて顔を上げた士郎は優斗に語り掛けた。
「優斗、もう桜小路さんについてあれこれ考えるのはやめよう……」
「……士郎さん」
その言葉が来るとわかっていたのだろう。十年来の友人はしょんぼりした表情で、目を瞬かせる。
「変に怖がって、桜小路さんに迷惑がかかっちゃ駄目だよな。僕が見たのはただの夢だし、彼女は何もしていないのに……」
速水百合香……己の初恋の女性に何かあったらと言う恐怖で、他者に対する思いやりが欠けていた。
何の証拠もないことで疑われては、桜小路みやびも気分が良くないはずである。
「もし本当に百合香に何か起きそうなら、ちゃんと話し合おうと思う」
「そうですね。何かあれば僕もご助力します」
優斗は微笑んで同意してくれる。
ほっとして微笑む士郎たちの横で、会話に取り残されていた猛が口を挟んだ。
「士郎様、先日から桜小路を気にしておいでですが、彼女に何かあるのですか?」
「何でもないよ、猛。ただ僕が気にしすぎてしまったんだ」
だからお前も気にしないでくれ、の意味を込めて、士郎は猛の肩を軽く叩く。
後輩は納得しきれない顔をしつつも頷き、三人は再び帰路へ着いた。
やがて三人が校門の前にたどり着いたときだった。にわかに目の前を…巨大な影がぶわりと横切る。
走っていたらしいその影に驚き、ぎょっと目を見開く。影も士郎たちに気づいたらしく、ぴたりと止まった。
「む、うぬらは……あの時の先輩、鷹司殿と瀬名殿…」
「あ……」
夕日に照らされるその巨影は、鋭い視線で士郎の方をぎろりと睨みつける。
いや、本人は睨みつけているつもりはないのだろう……が、妙に険しい顔のせいか、邪眼に見えてしまった。
思わず硬直する三人の前で巨大な影、桜小路みやびは深々と頭を下げる。
「すみませぬ。急いでいたもので……」
「さ、桜小路さん、どうかしたんですか?」
三人の中で真っ先に冷静になれたらしい優斗が、おずおずと彼女に問う。
みやびは顔を上げ、険しい顔をさらに険しくし、深くため息をついた。
「はい。実は友人を探しておるのです。我に来た手紙を間違えて持って行ったらしく……」
「手紙?」
「友人?宮村ゆみこのことか?」
士郎と猛の疑問は同時に声になったが、みやびは二つをきちんと聞き届けたらしく「はい」と頷き説明を始める。
「クラスメイトが上級生から我宛の手紙を預かったらしいのですが……」
うっかりなのかそのクラスメイトは、みやびの隣席の友人、宮村ゆみこの机の中に入れてしまったらしい。
間違えたことに気が付き取りに戻ったが手紙は既になく、慌ててみやびに相談に行ったそうだ。
それを聞いた優斗が、眉間にしわを寄せた深刻な表情で訪ねる。
「桜小路さん、その手紙と言うのは、まさか……」
ごくり、とつばを飲み込む一同の前で、みやびは重々しく頷き、ゆっくり口を開いた。
「恐らく、我に対しての果し状であるかと……。能力は隠しておりましたが思いのほか目立ってしまったようで」
「やはりか……」
「そうなの?」
士郎が首を傾げるが、それを放って話は進む。
「このままではわが友ゆみこの身が危ないやもしれません。先輩方、どうかゆみこを共に探していただけませんか?」
重々しく懇願するみやびに、同じく重々しい顔の優斗と猛が「わかった」と承諾する。
ていうか桜小路さんは能力は隠しているつもりだったんだなあと思いながらも、士郎もまた頷いた。