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世界のヒロイン、桜小路みやび見参05

 とりあえず悪役令嬢ものについて知識を深めようと、士郎は古今東西ありとあらゆる悪役令嬢ものを読み込んだ。

 と言っても昨今漫画内には悪女と呼べるライバルは出てこず、乙女ゲームにも意地悪キャラは数少ないらしい。


 悪役令嬢ものは主にネット小説での流行だった。

 そこには士郎が気になっていたもう一つのワード、『転生者』も存在していた。


 曰く転生者と言うのは、前世の記憶がある(この場合現代日本のことが多い)キャラクターのことらしい。


(悪役令嬢ものだと悪役令嬢が転生者だったりして危機を回避していくのが多いな。ヒロインも転生者だったりするけど)

 

 夢では桜小路みやびは転生者で破壊者と言われていた。

 ……破壊者と言うか、見た目は覇王の貫禄があるが。


 だったら彼女は、ここではない別の世界の住人で、別の世界の理でもって士郎たちを見ているのだろうか?


(そんな、まさかそこまで行くわけないよな。前世なんて……)


 ぞくりと背筋に冷たいものを感じながら、士郎は首を横に振る。

 たがそれでも、何となく嫌な予感は止まらないのだ。


 夢のお告げのせいだろうか?

 あの女性らしき声は、士郎が桜小路みやびに魅了されると言っていた。


 しかしそれだけは絶対にないと断言できる。

 誠に勝手ながらがっしりした女性は好みではないし、士郎には幼少期から心に決めた女性…速水百合香がいるのである。


 そう簡単に己が心変わりするとは思わないのだが。


(それともやっぱり、夢は間違いだった?僕の気にしすぎなのか……?やっぱりたかが夢ということか……)


 しかし現実に、桜小路みやびは現れている。

 士郎は夢を見る以前から彼女の名を知っていたわけではない。

 偶然にしては気味が悪い。


 うんうん悩みながら士郎は職員室に向かう廊下を歩いている。

 腕の中にはクラスメイトから集めたプリントの束を抱えていたが、考えに集中しすぎてそのことを忘れかけていた。


 二年生になってから初めての日直の仕事で、プリントは担任教諭に提出しなければならない。

 しかし悩む士郎は廊下を歩き続け……やがて、職員室を通り越したと気づいたときだった。


「士郎様!!お疲れ様です!!!」


 背後から割れんばかりの大声が響き渡り、思わず抱えていた提出物を落としかける。

 「あ、え、うわ」と声を上げてその場でたたらを踏む士郎に、声をかけた少年は慌てた様子でかけよってきた。


「士郎様!!大丈夫ですか!?」

「あ、うん。大丈夫だよ、(たける)。ていうか廊下だからもう少し声小さくしような」

「それはっ!!!大変失礼しました!!!」


 言葉のわりに大声が治っていない少年は、ぺこりと士郎の前で頭を下げる。


 腰は直覚、90度だ。

 サラリーマンのお手本にしたいほど完璧なお辞儀を、真新しい制服に身を包んだ男子学生がしている。


 彼の声と言動に生徒たちがじろじろと注目し始めたのを感じ、士郎は何となく気が遠くなりそうだった。


「猛、僕に何か用か?」

「はい、お荷物が大変そうなのでお声がけしました!」

「いや、大丈夫だぞ、このくらい……」


 昔から変わらぬ後輩に、士郎は少しだけ眉をたれ下げる。

 彼…日比野猛(ひびのたける)は常々こうして己を気に掛ける。


 瀬名優斗と同じく鷹司コーポレーションで父親が働いているためか、幼少期から己を慕ってくれているのだがどうにも方向性がおかしい。


 きりりとつり上がった眉と意志の強い目の凛々しい美少年で、口を閉じていればさぞ女性が注目しよう。

 しかし彼の言動を目の当たりにした大半の人間が引いてしまう。女性だけでなくもれなく男性もだ。


「お手伝いしてもよろしいですか!?」

「大丈夫だ。職員室に持っていくだけだからな」

「……職員室はあちらですが?」

「……わかってる」


 来た方向に顔を向ける猛に、気恥ずかしくなりながら士郎は踵を返した。

 その後ろを、お供しますとでも言わんばかりに猛がついてくる。


 気にしなくていいと再度告げようとしたところで……ふと思いついた。


(そう言えば猛もあの夢に出てきた。桜小路さんとは同じクラスなのだろうか?)


 同じクラスでなくとも、あの巨体はさぞ目立つだろう。

 士郎は猛に、少し探りを入れてみることにした。


「猛。同学年に桜小路みやびさんっているだろう?彼女どんな人なんだ?」

「ああ、桜小路ですか?クラスで、いえ学年中で一目置かれている存在ですね」

「だよな」


 色々な意味で一目置くだろう。置きたくなくても置くだろう。

 うんうん、と頷きながら、士郎は次の質問をした。


「クラスではどんな感じなんだ?同じクラスか?」

「はい、そうです。桜小路は……基本的にあまり喋らず、席でじっとしていることが多いですね」


 一般的な女子学生がこう語られれば「大人しい子なのかな?」という印象を抱く。

 しかし相手が桜小路みやびだと「瞑想して気を高めているのかな?」という感想しか出てこないのは何故だろう。


(偏見は良くないな……)


 小さく首を横に振って、士郎は三度訊ねる。


「色々な部活から勧誘されているようだけど、彼女はどの部に入ったんだ?」

「運動部には入らなかったようですよ。友人と一緒に茶道部に入部したみたいです」

「さどうぶ……?」


 果たしてそれは未開の奥深くの村に伝わる武術、『SADOUBU』とでもいうのだろうか?

 一拍置いてようやくそれを『茶道部』と脳内変換出来た士郎は、また再び首を横に振った。


 偏見を振り払っても新たな偏見が出てきてしまうのが人間というものである。

 僕もまだまだだなと内心でため息をつきながら、士郎はふと呟いた。


「茶道部ってことは、柳谷先輩のところか」

「ああ、そう言えばそうですね。ところで士郎様、何故そんなに桜小路のことを気にしておられるのですか?」


 問い返され、士郎は「あれ?普通気にならないかな?」と少し思った。

 あれだけ目立つ人物を気にしない人間のほうが少ないのでは?と考えながらも、一応用意していた答えを告げた。


「入学式のとき、野球部のボールが当たりそうになっただろ。そのお礼を改めて言いたくてな」

「おお!流石士郎様、なんと立派なお考え!!しかしよくも士郎様の頭を……野球部め!許せん!!」

「いや、野球部はいいよ。後であやまってもらったし」

 

 お礼参りうんぬんとあの時は優斗と心配していたが、どうやら桜小路みやびは普通にボールを返しに行っただけらしい。

 ただその際に気を付けて練習するようにとよくよく言い含められたらしく、野球部一同は少しだけ怯えていた。


 本当にお礼参りに駆け出しそうな猛を止めながら、哀れな野球部の皆さんのために心の中で合掌する。

 そんな話をしている間に、二人は職員室の前に到着していた。


「猛、付き合ってくれてありがとう。ここからは一人で大丈夫だ」

「しかし……」

「ほら、そろそろ予鈴もなるだろ。授業に遅れるぞ」


 そう告げると猛は叱られた犬のようにしょんぼりとしたが、言うことを聞いて踵を返す。

 しかしふと何か思いついたのか顔を上げ、「そう言えば」と振り返る。


「士郎様はまた生徒会の仕事を続けるおつもりですか?」

「ん?うん、そうだな。去年は会計をやらせてもらったんだけど、割と楽しかったし」


 問われ、去年の生徒会での仕事を思い出しながら士郎は頷く。

 進みたい大学への内申点のため、と立候補した役員だったが、これが意外と自分の性にあっていた。


 去年世話になった先輩もいるし、出来るなら来年も続けたいと思っている。

 そのことも含めて告げると、猛の顔がぱあっと明るくなった。


「なら、俺も生徒会に立候補します!ぜひ士郎様の隣で働かせてください!!」

「え?まあ、それは自由だけど。お前、他にやりたい委員はないのか?」

「士郎様がやりたい委員です!!」

「僕は委員じゃない」


 ぱっと言い返したが、猛はめげない。目をきらきらと輝かせたまま士郎に詰め寄った。


「俺の目標はいずれ鷹司コーポレーションのトップに立つ士郎様の片腕になることです!だからそのための予行演習がしたいんです!!」

「え?」

「士郎様!その時はぜひよろしくお願いします!」


 目を見開き固まってしまった士郎をよそに、猛はまたサラリーマンも真っ青のお辞儀をする。

 そしてこちらが彼に声をかける前に、踵を返して戻っていってしまった。


 去りゆく後輩の背中を見つめ、士郎はしばらくぼんやりとしたあとぽつりと呟く。


「猛……そんなところまで、付いてくるつもりなのか?」


 無論その呟きは誰にも届くことなく廊下に消えて……、否。

 士郎たちのやりとりを物陰からじっと見つめていた者が、その声を拾っていた。


 つり上がった切れ長の目と冷徹そうな表情。

 ウエーブのかかった艶やかな髪の少女は、ため息一つ落として職員室に入っていった士郎の後姿を、何処となく不安そうに見つめていた。

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