世界のヒロイン!桜小路みやび見参03
月城学園のテニスコートの中に、三人の少女とそれを取り囲むように傍観する生徒たちがいる。
少女のうち一人は険しい顔、他二人は不安げな顔をして向き合っており、周りの生徒たちはどうすればいいのかわからず見守っている。
うららかな春の日差しが差し込むコートには、似つかわしくないざわめきとぴりぴりとした空気が漂っていた。
剣呑な目つきをしている艶やかな黒髪の少女は、相対する二人の少女たちを頭からつま先まで眺めた後鼻を鳴らす。
「ずいぶんお粗末なウエアを着ていらっしゃるのね。お里が知れますわ」
「そ、そんな、これはお母さんが作ってくれたものです」
眉間にしわを寄せて反論したのは、栗色の髪の小リスのような少女だった。
隣で震える眼鏡の少女をかばうように前へ出て、黒髪の少女を真っ直ぐ見据える。
「悪く言わないでください!私たち誰にも迷惑はかけていません!」
「迷惑です。貴方たちのような庶民が我が月城学園のテニスコートに足を踏み入れるだけで気分が悪いわ」
小リスのような少女の訴えを、黒髪の少女は一蹴する。
冷ややかな眼差しで二人をねめつけながら、彼女は手に持っていたラケットをすっと前に掲げた。
「月城学園のテニス部は歴史と伝統がありますの。貴女がたのような庶民は敷居をまたぐことは許さなくてよ」
「そんな……!同じ学園にいる以上、身分も何もないでしょう!?」
他を見下す発言をきっぱりと跳ねのけた小リスに、黒髪の少女の美しい眉毛が持ち上がる。
見るからに不機嫌とわかる表情が、周囲の生徒たちの恐れを誘った。
「この速水百合香にたてつくなんて度胸がおありね。いいわ、徹底的に潰してあげる」
ぎらりとつり上がった目に、意地悪な光が宿った。
小リスのような少女は少したじろぎ、しかし決して視線をそらさなかった。
士郎はその寸劇のような場面を、何処か遠くから眺めている。
声を上げても周りは誰も反応せず、ここが先日見た夢の中と同じような場所なのだと気付くのに時間はかからなかった。
テニスコートの中で険しい顔をしている黒髪の少女…速水百合香が徹底的な悪役の流れになっている。
やりきれない気持ちを持て余しながら百合香と少女たちのやりとりを眺めていると、ふいに何処かから声が届く。
───「これは本来あるべき時間の形。だが現実ではどうなったんだい?」
───「貴方は!?この前の!!」
聞き覚えのあるそれに、士郎は慌ててあたりを見回す。が、気配と声はすれど、姿は見えず。
慌てる己に気配は「落ち着いてよ」と笑い、話し続ける。
───「現実でも桜小路みやびはテニス部でトラブルに巻き込まれたんじゃないかな?」
───「え?あ、うーん。確かに。百合香は出てこなかったけれど」
士郎が唸りながら答えると、気配は感心したように「ほう」と声を出した。
───「君が速水百合香をトラブルにならないよう導いた、ということだね。流石は婚約者……と言ったところか」
───「え、いや。僕は何もしていないんだけど」
───「謙遜しなくても大丈夫だよ。君はそのまま速水百合香を守ってあげればいいんだ」
いや違う。何か勘違いしている。
何処かから感じる気配にそう弁解しようとした瞬間、士郎の意識は現実世界に引き上げられていった。