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世界のヒロイン!桜小路みやび見参02

 桜小路みやび。

 その存在感……山のような体躯や盛り上がった筋肉から、彼女の名は一躍私立月城学園で有名になった。

 一年生はもちろん、二年、三年、生徒問わず教師までも桜小路みやびの話題で持ちきりだ。


 そりゃそうだよな、と士郎は思う。


 詳しく話を聞いてみれば、特に運動部からの注目が高いらしい。

 飛んできた野球ボールを素手でキャッチする彼女の卓越した運動神経。

 それに目を付けた各部部長が、ぜひうちに入部して我が部を全国大会へ導いてくれ!と彼女を勧誘しているらしい。


 いや注目するのはそこだけかよ、と士郎は思う。


 桜小路みやびへの注目度が上がった入学式を終え、生徒たちの混乱が収まらないまま始業式もつつがなく(?)終了している。

 鷹司士郎もまた脳裏に今だ残る巨大な筋肉の面影を封印し、上級生としての学園生活を送ろうと努めている。


 表面上は、だが。

 内心は夢の中で見た桜小路みやびと現実にいる桜小路みやびのギャップに悩まされながら、いったいどうすればいいのかと頭を抱える日々を送っていた。


(……世界のヒロインとは?)


 膝の上に置いた弁当箱を眺めながら、士郎は胸中で独り言ちる。


 ふんわりと黄色い卵サラダとみずみずしいレタスが挟まった、ライ麦のパン……大好物のたまごサンドが優しい顔でこちらを見つめていた。

 腹の音が鳴りそうなほど暖かなサンドイッチの姿でもしかし、士郎の心は穏やかになりそうにない。


 ため息をつきながらそれをつまんで口に運ぶ。もぐもぐと咀嚼するがあまり味わう気分にもなれない。


 思考をまとめるためクラスメイトの誘いを断り、昼休憩を中庭のベンチで一人で過ごしている。

 が、なかなか『世界のヒロインとは?』に対する答えらしきものが見つかりそうになかった。


「みやびちゃん!こっちこっち!」


 ふと聞こえるはつらつとした声が聞き逃せない名前を呼んで、士郎は思考の森から帰還した。

 視線を転じて中庭の隣に設置されているテニスコートを見れば、見間違えるはずもない巨大な影がその入り口に立っていた。


 中庭にもコートにも人は多くいたが、その巨影は皆の視線を集めている。

 遠目で見るだけでもわかる独特の存在感と威圧感に、士郎の背筋が何故か粟立つ。


 周りにいる女子生徒よりも、男子生徒よりも背が高く筋肉粒々で酷く目立っている彼女は、間違いなく桜小路みやびその人だった。

 見つめる生徒らを尻目に、体育着にはちきれんばかりの筋肉を包んだみやびが、フェンスのドアを開けて中に入っていく。


「みやびちゃん、テニス初めて?」


 桜小路みやびを出迎えたのは、丸眼鏡でおさげ髪の少女である。

 自分よりずっと大きい姿に物怖じする様子も無い少女に、みやびは少し気恥ずかしそうに口ごもったあと頷いた。


「うむ、実はそうなのだ。我が母校ではこのような小洒落たスポーツは流行っていなかった」

「へえ~、中学校でもいろいろあるのね。みやびちゃんの母校では何が流行ってたの?」


 問う少女にみやびは「ふむ」と唸ったあと、すぐに懐かしそうに目を細める。


「イノシシ狩りであるな。旬の時期には皆で競って山を駆けまわったのが懐かしい」


 ───申し訳ありませんが、お過ごしの中学校はマタギ養成学校ではありませんか?

 年頃の少女らしく朗らかに笑うみやびたち以外の心が一つになった瞬間である。


 動物園のフェンス越しにしかイノシシを見たことの無い都会っ子たちを置き去りに、更に楽しそうに会話は繰り広げられていく。


「すごい!私はそっちの方が知らないわ!みやびちゃんはイノシシ狩り得意なの?」

「うむ。母校では一番の猛者と呼ばれておったわ。いずれゆみこにも我が捌いたイノシシを食わせてやりたいものよ」


 ───捌けるんだ、イノシシ。

 そもそもイノシシ肉など食べたこともない一同の心が、また一つになった。


(……世界のヒロインとは??)


 先ほどまで頭の中を占めていた疑問が、再びぐるりと回りだす。

 士郎がもやもやと考えているうちに、少女たちはテニスをすることに決めたらしい。

 みやびと眼鏡の少女はラケットを片手に、ネットを通して向かい合った。


「まずは軽く打ち合いしましょう!みやびちゃん、私がサーブ打つから、打ち返してみて」

「やってみよう」


 みやびに愛らしく声をかけた眼鏡の少女が、ラケットを振りテニスボールを打ち上げる。

 軽快な音とともに黄色い球が、弧を描いて飛んでいく。

 狩人のように鋭い目でボールを見据えていたみやびが、大きく腕を振り上げた。


 その瞬間彼女の肩から下が消えたように見え、突風が巻き起こる。

 きゅごっ!と、普段の生活では絶対に聞かないような音がした。


「……え?」


 呆気にとられた声を出したのはこの場にいる誰だったのか。

 巻き起こった風が体にぶち当たったと思ったあと、視界に映ったのは腕を振りかぶって停止するみやびの姿。


 しかしその太い腕の先にラケットは無い。

 ついでに言うと、打ち返されたはずのボールもどこにもなかった。


「あれ?みやびちゃん、あれ?」


 ネットの向こうで眼鏡の少女も困惑している。

 きょろきょろと周りを見回す彼女とともに、士郎も四方を確認して……ふいにその後ろにあるフェンスに違和感を感じて目を瞬かせた。

 ……見間違いか?否。


「あれ、フェンスにボールめり込んでね?」


 誰かの声が耳に届き、どうやらそれが士郎の見間違いではないらしいことがわかった。

 ぞっと背筋がわななく。


 改めてフェンスを見ると、黄色い何かがその網目をへこませて入り込んでいる。

 焦げているのか僅かに煙が上がっているそれが、潰れたテニスボールだということを理解するのに時間はかからなかった。


 桜小路みやびが打ち返したボールが目にも止まらぬ剛速球となり、フェンスにぶち当たった。

 つまりそういうことなのだろう。


(……あんなの漫画以外で見たことない)


 呆然とする一同の視線の中、みやびは妙に申し訳なさそうに眼鏡の少女に歩み寄る。


「すまぬ、ゆみこ。我のせいでボールが潰れてしまった。ラケットも」

「え?ああっ!ラケットが曲がってる!」


 みやびが差し出した手には、何かひしゃげた枝のようなものが握られている。

 眼鏡の少女曰く、どうやらそれがテニスラケットらしい。


 みやびはさらに申し訳なさそうに、「強く握って振ったらこうなってしまった」と頭を下げた。


「ううん、いいのよ。でも先生とテニス部の先輩に謝りに行きましょう」

「ああ、そうだな。我にテニスは向かないらしい。すまぬ、誘ってもらったのに」


 見るからにしょんぼりしてしまったみやびの顔を眼鏡の少女は見上げると、安心させるように微笑む。


「大丈夫よみやびちゃん!人によって得意なことって違うのよ!私もイノシシは狩れないし捌けないもの!」

「ゆみこ……」

「テニスが必要な時は私が助けるから、イノシシが必要な時はみやびちゃんが私を助けてね!」


 ───めちゃくちゃいい話になっている。

 少女二人が笑い合うきらきらとした光景に、何とも言えず士郎は首を傾げる。

 周りにいる生徒たちも、「どういう顔をしていいかわからない」という顔をしながら二人を見つめていた。


 青春を具現化させたかのようなやり取りを繰り広げた二人は、笑い合いながらテニスコートを去っていく。

 最後に桜小路みやびが、呆然としている生徒たちに頭を下げたのが印象的であった。


(世界のヒロインとは……???)


 その疑問はやはり解決されない。

 今度は考えることを放棄してしばらくぼうっとしていたが、時計を見ると昼休みが終わりそうなことに気がついた。


 サンドイッチを口に運ぶのを忘れていたので、士郎は慌てて食べ始める。

 急いでいたせいで、大好物のその味をじっくり堪能することが出来なかった。 


(桜小路さんは、僕が見た夢に何か関係があるのかな……?)


 夢に出て来た名前との奇妙な一致が再び頭を過ったとき、ふと視界の端に見覚えのある姿を確認して動きを止めた。


(……え?)


 テニスコートのフェンスのそば。ちょうど桜小路みやびが打った元ボールがある場所を見つめる、姿勢の良い女子生徒。


 艶やかな黒髪はゆるやかなウェーブがかかり、太陽の下で光る。

 目は切れ長で冷たい印象があるが、凛々しく美しくもある。


 見間違るはずもないその姿に、士郎は目を瞬かせた。


(百合香?どうしてこんなところに?)


 つり上がった目はへこんだフェンスから、校庭に移りさらに強い光を宿す。

 そちらは桜小路みやびが去った方向…彼女の後を追うように見つめる己の婚約者の姿に、士郎は胸をかきむしられるような嫌な予感を感じた。

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