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プロローグ

 二階席まである私立月城学園の講堂は、一般的な高等学校のそれよりも立派で、まるで演劇場のように大規模だ。


 スポットライトの当たるその壇上には、女生徒が二人と男子生徒が四人。

 険しい顔の男子生徒たちと一人の女子生徒は、もう片方の女生徒と対峙するように立っている。

 講堂の席には同じ制服を着た生徒がずらりと座っており、固唾をのんで成り行きを見守っていた。


 男子生徒の中の一人が一歩前に出る。

 ふわふわと色素の薄い髪の毛、すっと通った鼻筋にぱっちりとした目と長いまつ毛。

 物語に出てくる王子様のような容姿の少年は、柳眉をつり上げ一人立つ女子生徒を見た。


速水百合香(はやみゆりか)、君は卑怯な手でみやびを陥れた。それは許しがたいことだ」

「士郎様、それは本気で言っておりますの?わたくしがその女生徒に危害を加えたと?」


 相対する女子生徒は美しいが気の強そうな外見をしている。

 つり上がった切れ長の目と冷徹そうな表情。

 ウエーブのかかった黒髪の艶やかさも、彼女の迫力を増す要因になっていた。


 五人に詰め寄られるという不利な状況にも関わらず黒髪の少女は飄々としており、王子のような少年はぐっと顔を歪める。


「百合香さん、どうか罪を認めてください。貴女がやったことの証拠はもう揃っているんです」

「貴女のお父上もこれ以上は看過できないと言っている!私情で社員を使うような娘はかばえないと!」


 次に彼女の前に立ったのは賢そうな眼鏡の男子生徒と、凛々しい顔立ちの男子生徒だった。

 彼らはそれぞれ厳しい目で少女を見つめ、罪を問うている。


 少女は眼鏡の少年、次に凛々しい顔の少年を見て僅かに顔を歪めた。

 彼らの台詞に気になるところがあったのか…その隙を逃さず、残っていた穏やかそうな男子生徒がかたわらにいる女子生徒の背を押して、前に出る。


「一番の証拠はみやびさんの証言です。彼女は階段からつき落とされたあの日、走り去る貴女を見ている」

「!」


 黒髪の少女の片眉がぴくりと跳ね上がった。そしてさらにつり上がった目を、ぎろりとかばわれる少女へ向ける。

 きつい眼差しを受けた少女は少し体を震わせるが、すぐに意を決したように口を開く。


「百合香さん、もうやめましょう。こんなことをしても誰も幸せになりません!」

「うるさい!貴女のような庶民が何を……!」

「百合香!」


 怒鳴ったのは王子様のような容姿の少年だった。

 彼はさっと怯える少女のもとに歩み寄ると、その肩を優しく抱く。


 少年を見上げる少女は、愛らしい顔立ちをしていた。

 くりくりぱっちりとした目に、小さな鼻と桜色の唇。ボブカットの髪の毛は栗色でふわりと内巻きにされている。

 まるで小さなリスを思い起こさせる雰囲気だった。


 小リスと王子が見つめ合ったことに動揺が深まったのか、黒髪の少女は「あ」と小さな声をもらす。

 腕の中に抱く少女を見つめていたときとは違う冷徹な目で彼女を振り返ると、少年は断言した。


「速水百合香!もう我慢できない、僕は君との婚約を解消する!」

「なっ……!」

「そして僕は……桜小路みやびさん。貴女と新たに婚約を結びたいんだ。どうか僕とこれからの人生を歩んでくれないか?」


 その言葉に少年の腕に抱かれた少女の頬は薔薇色に染まり、黒髪の少女は目を見開く。

 彼女の切れ長の目には涙が浮かび、やがてがくりと力なく膝から崩れ落ちて行った。


 血の気を失ったその頬を、宝石のような一粒の涙が伝う。


 ───「百合香!!」


 あまりにも哀れなその姿に思わず彼女の名前を叫んだ。

 なんだこれは?これは現実なのか?何故こんな酷いことになっている?


 ───「やめろ!何をやっているんだ皆!もっと百合香の話を聞くんだ!やめてくれ!!」


 叫ぶ、が不思議なことに壇上にいる少年少女どころか、席に座る生徒たちからも反応が無い。

 無視されている、否、気付かれてすらいないのではなかろうか?


 声が届いていない?

 混乱しながらも、さらにぽたぽたと流れる速水百合香の涙に焦りを感じ、再度叫んだ。


 ───「ゆり、」

 ───「届かないよ、これは君の夢なのだから」


 己を遮った不思議な声に、「誰だ!?」と表情を強張らせて振り返る。

 しかし背後にはこちらに気付かない生徒たちが座っているのみで、己に声をかけただろう人物は見当たらない。


 空耳ではなかったはずだがとあたりを見回していると、再び不思議な声は己に囁いた。


 ───「確かにこれは夢。しかし未来に起こる現実なのだよ」

 ───「なんだって……?どういうことだ?」


 少しだけ幼さの残る、女性の声のように聞こえる。

 あたりを観察しながらも問い返す己に、声は切々と訴えるように続けた。


 ───「全てはこの世界のヒロイン、桜小路みやびのせいだ。彼女は転生者にしてこの世界の破壊者。君たちを魅了し、速水百合香を滅ぼす者……」

 ───「転生者……?桜小路みやび……?」

 ───「彼女を止めるんだ。そうしなければいずれ君たちも恐ろしき破滅の道に向かうだろう……」


 どういう意味だ?そう問い返そうとしたとき、にわかに世界が黒に染まった。

 ふわり、と足元の感覚がおぼつかなくなり……その瞬間、速水百合香の婚約者にして、夢の中で彼女を追い詰めていた一人、鷹司士郎は夢から覚めた。

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