辺境伯様からの申し出
「私と婚約してくれないだろうか」
彼のその言葉に、私は舞い上がる思いだった。
彼の次の言葉を聞くまでは。
私は、ミリュエラ・テイラー。
テイラー侯爵家の養女である。表情筋が死滅しているのか、表情が動かない私は、氷の毒華と呼ばれることもあるけれど、養父である侯爵も侯爵夫人も私を愛してくれている。
だから、別に哀しくも苦しくも寂しくもないわ。
駆け落ち同然で、お家から勘当されていた、両親の死と共に私を引き取り、ここまで育ててくれたのですもの。
感謝の念しかないわよね。
そして、私の目の前に座っている彼。
シュトラウス辺境伯様。お名前は、ユミナさま。
ユミナ・シュトラウスさま。
女性のような名前が少しコンプレックスだと、伺ったことがあります。
眉目秀麗で、読み物に出てくるような、麗しの美男子様。
それでいて、辺境の治安を守る為、最前線に身を置いている。
そのためか、線が細く見えるにも関わらず、弱々しい印象を受けない。
うん。結論から言おう。私の好みど真ん中!である。
え?私の趣味なんて知らない?知りませんわ!そんなこと。
「テイラー嬢?」
っと、そんなこと考えている暇はありませんでしたわ。
私は、少し震える手を叱咤しながら、目の前の紅茶を一口口に含む。
それから、歓喜に暴れる心をどうにか、落ち着けると口を開いた。
「シュトラウス辺境伯様。私でよろしいのですか?」
だって、私はテイラー侯爵家の養女。たとえ、侯爵様とは血縁関係であったとしても、養女は養女ですもの。
「そうだね。少しいきなりすぎたかな。」
シュトラウス辺境伯様は、苦笑をされると、少し私の話をしようか。と、ご自身の話をされました。
それは、要約すると
一向に婚約者すらいない、辺境伯に焦った国が王命として、結婚をさせようと水面下で動き出しそうなこと。
辺境伯という役割柄、ヘタなご令嬢と懇意に出来ないこと。
それでいて、あまり好ましくないご令嬢方から、熱心にアピールされて辟易しているということ。
そんな話でしたわ。一部、私が聴いても良いのか悩ましい、冷や汗ものの話しもありましたけれど。
「だから、テイラー嬢。私と婚約してくれないだろうか」
彼は、再度そう言い、そして私の歓喜をどん底に貶める、一言を付け足されました。
「一時的に」
私は、ぽかんとしました。おそらく、表情も若干間抜けなものとなっていたでしょう。
そんな私を辺境伯様は、困ったように見つめ、また来ます。その時にお返事きかせて下さい。そう言って、帰って行かれました。
一人取り残された私は、震える手で、冷め切った紅茶を一口飲むと、先ほどの話を整理していきます。
要は、辺境伯様は、私に虫除けとして、一時的に婚約してくれとおっしゃったわけですわよね?
なんて、冷徹で非道な・・・と、そこまで考えて、少し冷静になる。
いえ。辺境伯様は、なるべく誠実であろうとはされていたのだわ。
辺境伯様にとって、私のような令嬢は取るに足らぬはず。いくらでも、丸め込めたでしょうに。
でも、残酷な方ではあるのかもしれないわ。
さて、どうしましょうか。