第九十六話「里に向かおう」
一行は遭遇したステラの父であるウィロウに自己紹介を済ませるが、それでもウィロウの表情はこちらを警戒したまま。得体のしれない者達なので当然ではあるが、そこへ見かねたようにステラが口を開いた。
「ちょっと父様。わたしたちは世界樹様を植えられそうな場所を知りたくて、わざわざ戻ってきたのよ。ここで睨み合いをする為じゃないわ。邪魔するなら、力尽くで押し通るけど?」
「……あのねステラ。親として私も、色々と君に聞きたい事があるんだけど?」
親子だからこそか、早々に剣呑な雰囲気を醸し出すステラに、ウィロウも一歩も退く気はない。
「面倒だからパス。それは里長への報告と一緒にさせて貰うわ」
「幾ら君の頼みであり、貴き方の事と言えど、部外者を里に連れて行くわけには行かないよ」
「じゃあわたし達は引き返すわ。この貴き方だって、ユウリが一緒じゃないと連れていけないんだし」
「それはどういう……」
ステラが踵を返そうとすると、ウィロウも流石に焦った。それ以上に、彼女の言葉も到底聞き捨てならない物だったが故に。
『ゴチャゴチャうるせえぞ、エルフ!』
周囲を支配するような、強烈な威圧感と共に放たれた言葉。ウィロウが硬直し、ユウリ達も若干顔を引きつらせながら、声の正体の主の方を見つめる。
そこにはステラの背嚢からちょこんと首を出す、小さなテュポーンの顔があった。
『その世界樹の苗は、オレ様達のもんだ。協力する気が無いってんなら、貴様らに用は無い。とっとと失せろ』
「は……? な、なんだって!? い、いや、どうかお待ちください。大いなる力ある者よ、貴方様はどのような目的で、この地に参られたのですか?」
『何度も言わせるな。そこの苗を植えられそうな場所を求めて来た。邪魔をするなと言っている』
有無を言わさぬテュポーンの口ぶりに、目を白黒させるウィロウ。他のエルフ達が離れた場所で恐れ戦いているを感じながら、彼は毅然とした態度で相対しているのだが、ユウリ達から可哀想なものを見るような眼差しを向けられてしまっているのは、仕方がない事だろう。何もかもが理不尽極まりない。
ここまで訳の分からない状況でありながら、ウィロウはよく頑張っている方だろう。娘であるステラが殆ど事情を話さず、だからこそ彼女が言う仲間たちを通す訳にはいかないのだが、何故か理解してもらえない。
彼の視点では部外者がこちらの領地に勝手に入ってきた挙句、自分達にとって特別な意味を持つ存在をちらつかせ、その上で愛娘を人質に取り、何故かその人質が自分に対して敵対的なのだから、どこまでも理不尽で不憫な話である。
「あんな存在とも一緒だなんて、何で教えてくれないんだいステラ!?」
「だってしょうがないじゃない。どうせ父様はあーだこーだと理屈を並べるだけで、話が進まないんだから。会話するだけ時間の無駄よ」
「なんでこんなに反抗的な、お転婆に育っちゃったんだろう……すっかりイリスみたいな事を言う様になっちゃって」
「父様が優柔不断過ぎるのよ。母様を見習うべきだわ」
結局ステラとテュポーンに強引に押し通される形で、ウィロウは彼らを里に案内する事になった。というよりもする他ないと言うしかない。ここでみすみす自分達にとって特別な意味を持つ存在を、見逃すような真似だけは絶対に出来なかったのだ。
それに愛娘のしでかした事だ。その責任を持つのも親の務めというもの。ユウリ達に対しては相変わらず警戒を続けているものの、ウィロウは自分達やこの森そのものに、大きな変化の兆しを感じ取っていた。
里は一見穏やかなように見えて、不気味なほどに静まり返っている。誰も家から外に出ておらず、しかし里の入り口、かなり手前側には、多くの戦士たちが木々に紛れてその身を隠しているのだ。
「その報告は、確かなのだね?」
「はい。他の戦士たちも、直に確認しているそうです」
未だに信じられない報告に、シーオドアは小さく溜息を吐いた。侵入者が現れたと言う第一報からここ数日は、特に森の木々が騒がしく、しかしどこか浮かれているような、畏れているような不思議な様子を見せている。
それは里の奥に聳える聖樹も同様だったのだから、警戒しない訳にはいかなかった。
「……強大な力を持つ魔物と、聖樹と同等かそれ以上に貴い存在、か。これは天啓、なのやもしれんな」
「どういう意味でしょう?」
「その貴き存在を植える事が目的であるなら、我々がきちんと見極める必要こそあるが、わざわざ断る理由も無い。お陰でこの森で増え続ける不届き者たちを、追い出す理由としても十分なものを得た、と言うことだ」
シーオドアは、そう力強く語る。聖樹と同等以上という同胞たちの言葉は甚だ疑問でしかないが、この里の若葉がそれに近しい存在に選ばれ、この森に持ち込んで来てくれたことは吉兆そのものであろう。
自身がきちんとその存在を見極めた上で判断せねばならないだろうが、同胞たちさえも、とても貴い存在であると口にするのだから、間違い等ではないはずだ。
何故なら精霊たちも、どこか浮かれたように飛び回っている。だが同時に、どこか怯えにも似た振る舞いをしている点が、気にかかった。恐らく同行している者達が連れていると言う、魔物が原因だと思われるが、正体が分からないと言うのが非常に気掛かりで、だからこそ戦士たちを配置し、万が一の時はこの場でその魔物を仕留めるつもりなのだ。
彼らは精霊の力で不可視となり、何時でも不意打ちを仕掛けられるように構えている。例えどのような魔物であろうとも、精霊魔法を受けて無傷で居られるはずが無いと言う、長年の経験に裏打ちされた自信が彼らにはある。
「ちょっと里長っ、シーオドア! 私は家に居ろって、どういうつもり!? あの子は、ステラは私とウィロウの、大切な若葉なのよ。出迎えくらいさせなさいよ!」
そんなところへ、イリスが物凄い剣幕でシーオドアの下へ現れ、彼に食って掛かる。里を守る為と言う理由で、大切な愛娘を迎えに行くどころか留守番をさせられ、現在も里を守る戦士たちに加われずにいたのだ。
不当な自宅待機を命じられた事を不服として、彼女は我慢の限界に達し、完全武装で姿を現したのである。
「……イリス。いい加減に君は大人としての、落ち着きというものを弁えたらどうだね」
「納得のいく理由を説明しなさい、シーオドア! 幾ら貴方が里長だからって、他の長老たちの了解は得ているの!?」
静かに窘めるように言うシーオドアの態度に、イリスは一歩も退く気が無いらしい。周囲のエルフの戦士たちは、微妙な表情をしつつも我関せずと、見て見ぬふりを決め込んでしまう。
「他の長老たちも、当然了解している。君のような暴れ猪を野放しにする方が、どうかしているだろう」
「まあっ、なんて酷いヒト! こんなにもか弱いレディを、ロックコングと同列で語るなんて!」
「猪だと言っているし、そこまで酷いことを言った覚えはないのだがね? あと君の語るか弱い淑女とやらがどこにいるのか、是非とも教えて貰いたいものだ」
呆れるように溜息を吐くシーオドアには、どこか疲労が滲んでいる。イリスは一般的なエルフと比べてとても優秀なのだが、同時に非常に扱い辛い性格をしている。
それというのも彼女はエルフとしての常識に囚われず、突拍子もない判断を平気で行うのだ。そんな者を里の外に出せば何をしでかして来るのか、想像するだけで胃が痛む。
だがそれでも認めざるを得ないほどに優秀なのだ。本人は。
暫し平行線の言い合いが続いていたが、どちらともなく口を閉ざす。明らかに空気が変わった。これまで感じた事のない、しかしどこか懐かしい気配。胸の奥が温かくなるような、木漏れ日の温もりにも似た感覚を、エルフの誰もが感じ取っている。
そんな気配の心当たりなど、一つしかない。里の若葉がこちらに運んで来ていると言う、聖樹にも似た何かだ。
「チッ、もう来てしまったか」
「ステラ、ウィロウ!」
里長が珍しく舌打ちをしているが、イリスにはそんなことお構いなしである。獣道の先に目を凝らせば、自身の存在を隠すことなく、がさがさ草を分け入ってくる影が見えてきた。彼女はそれが自分の大切な宝物であると、確信するのに時間は要らない。
「母様!」
向こうもこちらを確認したのか、大きく手を振りながら、ステラがウィロウと連れ立って歩いてくる。後にも何人かいるが、二人が問題ないと判断して連れて来ているのだから、気にする必要はないとイリスは彼女たちの下へと向かって走って行く。
そのまま駆け寄って、ステラをぎゅうぎゅうと抱きしめる。彼女が大切に抱えている苗木など、お構いなしとでも言わんばかりの勢いだったので、隣でウィロウが顔面蒼白になっているが、周囲の者は傍観するだけで助け舟は出ないらしい。
「あ~もう、お母さん心配したんだからね!? シーオドアが意地悪を言って、私の可愛い若葉を迎えに行かせてくれないんだもの!」
「イリス、シーオドアの判断は間違っていないと思うよ。って言うかステラの抱いているお方に、もっと気を使ってくれないかな!?」
「そうよ母様。世界樹様はまだ苗木なのだから、優しくしないと……」
苦しそうに言うステラは、母親に抱きしめられながらも、必死に世界樹だけは死守していた。イリスは今気付いたとばかりに、彼女が抱えている存在に目を丸くする。
「まあ! なんて可愛らしい苗木なのかしら。昔のステラみたい。それにそっちの可愛いエルフの幼子も」
「いやイリス。そう言う事じゃなくてだね……?」
どこまでもマイペースな彼女に、ウィロウの苦労が偲ばれる。思わず周囲の面々の視線も、可哀想な者を見るようなものが含まれてしまっているのも、仕方がない。
「なんか、物凄く個性的なお母さん……だね?」
「あれじゃあステラと、どっちが年上なのか分からないねぇ」
「物騒な格好の割に、随分とテンションのたっけえお袋さんだな」
ユウリ達もそれぞれが、イリスに関する感想を零しながら苦笑しているのだから、彼女の勢いは相当なものであったようだ。
「それで、貴方たちは? 外から来た異種族さんたち」
「ユウリ達は、わたしの仲間よ。一緒に冒険者をしているの」
「冒険者? まあまあ、何時の間に森の外に出ていたの!? お母さん全然気付かなかったわ!」
名乗ろうとしたユウリ達より先んじてステラが説明すると、イリスは大袈裟に驚きながらも、どこか嬉しそうにしていたのは意外でしかない。
少なくともウィロウのように、警戒した素振りを見せないので、逆にユウリ達が困惑する羽目になるのであった。
マイペースなハイテンションお母さん。反抗期の娘も居て、夫の苦労が偲ばれますね。
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