第九十話「英雄」
あの日の出来事から、暫らくが過ぎた。人々はあの混乱の衝撃が抜けきっておらず、またインプは未だに数多くが残されている事が分かって、どこもかしこも大忙しなのである。
インプはデムルの森に住みついたらしく、冒険者や貴族たちの新たな頭痛の種となった。
そんな中、人々の希望として持ち上げられたのが、勇者アルベルトとその一行なのである。実際にあの戦いでは大きな働きをして、人類の勝利に貢献したのは間違いない。
あの巨大な黒いドラゴンは、勇者の手助けの為に現れた、神の使いと言うことにされていた。真実を知る者達は明後日の方を見ながら、そうだと乾いた笑いを浮かべるしかない。
あのドラゴンがどこから現れ、何故あの悪魔を倒す為に力を貸したのか。全ては謎のままだ。
「謎なのは謎なんですが、あのユウリと言う冒険者の少年と黒いドラゴンは、切っても切れない関係……らしいんですよね」
王城のとある一室。国王に報告する為に登城していたロドルフォは、豪奢な衣服に身を包む勇者アルベルトと会談していた。
今日はユウリとドラゴンに関する報告を纏めた物を、提出する為に登城したはずなのだ。何の因果かアルベルトと鉢合わせ、このような場を設けることになってしまった。聴けば彼もあの時の戦いについて詳しく説明する為に来ていたらしく、丁度良いからと情報交換することにしたのである。
まさか亜人も多い冒険者ギルドに所属する自分が、亜人嫌いのローヴィス教が崇める勇者と、こうして言葉を交わす日が来るとは夢にも思わなかったのだから、人生とは分からないものだ。
「テュポーン、とユウリは呼んでいました。恐ろしく強力なドラゴンで知性は高く、魔法も使いこなせるのだとも」
「こちらの情報も、そう大きく変わりません。それで、悪魔を討ったと言う光の正体については……」
「ユウリのスキル、だったように思えます。ただ見た事も聞いたことも無い上、彼の剣そのものが輝いていたようにも見えたので……」
「隣国フィンダートで起きた、ロクセイル山での不死身の魔獣討伐の際にも、激しい光が魔獣ごと山を切裂いた、という話がありましたが……見事に一致してますね」
二人は呆れたような、諦めたような乾いた笑いしか出てこない。調べれば調べる程、知れば知るほどあのユウリという少年が、何者なのか分からなくなる。
悪魔の攻撃を盾があるとはいえ、その小さな身体で受け止め続け、被害の拡大を抑えた功労者であり、勇者と力を合わせて悪魔にトドメを刺すと言う、大きすぎる戦功を挙げたのだ。
彼と共に居た「巨人殺し」のクレストやヘルガのような、実績のある腕利きの冒険者ではない、カッパープレートの冒険者がだ。無論冒険者としての階級だけで、真の実力を測る事は出来ない。
それでもあの若さでは、あり得ないほどの実力。その上、姿を現しただけで闘技場を恐怖と混乱の渦に叩き込んだ、黒いドラゴンを連れている。
だからこそ彼らによって、悪魔討伐は成ったのだ。下手をすると勇者アルベルトの助力すら、必要が無かった可能性の方が高い。
「あの瞬間のユウリは、まるで自分が陽光神様から啓示を受けた時のような、神々しい気配を纏っていました。彼は……本当に人間なのでしょうか?」
「どうでしょう? ここ数年、新たに境界神と呼ばれる神を信仰する神官が増えて来ているとも聞いていますし、現人神が現れたと言われても……まあ驚きはしますが、納得も出来ます。聖者ローヴィスという、実例が存在するのですし」
もっと南の国々で増え始めているとされる、境界神と言う聞き慣れない神への信仰。近頃はその神から奇跡を授かり、神官となる者が増えていると言うのだが、まだまだマイナーな神でしかない。
噂では神の座に至った者が新たに現れた、という荒唐無稽な話も伝わっているのだが、今回の一件を考えるとあながち嘘とも断定できないだろう。
ユウリと巨大な黒竜と言う、信じられない実力者の組み合わせを、目の当たりしたのだから。
「ただ彼らは、特別な使命を帯びていると聞いています。だから今回の事件に居合わせたのは、ただの偶然ではないのかもしれませんね」
「特別な、使命。……それは、俺が勇者として魔王と戦う事よりも、難しいものなのでしょうか?」
「内容を知らないので、判断できませんね。ただ少なくともあの強大な力を誇るドラゴンが、自ら同行しなければならないほどの使命ですから、容易くはないのでしょう」
思わず零れた、そんなアルベルトの言葉に、ロドルフォは小さく肩を竦める。若き勇者は、小さく息を吐いた。
「……なんだこりゃあ。手間が省けたのはいいが……なんて酷い有様だ」
捨てられ通りの奥にある、人買いギルド所有の建物。一見何の変哲もない建物だが、ここ数ヵ月ほどヒトの流れがおかしいと、密かに内偵を進めていた。しかし流石に相手も用心深く、金に物を言わせたのか強固な魔法の守りをあちこちに仕掛けていたのだ。
お陰で一筋縄ではいかず、調べは遅々として進まなかった。それ故に奴らの暴挙を見逃してしまっていたのだ。
商品とは言え、ヒトをおぞましい儀式の生贄にする、と言う暴挙を。
悪魔との死闘が繰り広げられていた頃、盗賊ギルドは元凶が人買いギルドであると断定し、本部を襲撃。悪魔がどれほど強大かは不明だが、勇者と例の冒険者一行がいるなら問題ないと、上層部は判断を下したのだ。
しかし全員を捕えようとしたものの、いざ内部に雪崩れ込んでみれば、主要なメンバー全員が不審な死を迎えていた。
何かが腹の中から突き破ったような、そんな無惨な死を迎えていたのである。この場所にはヒトの気配が、全くしていなかった。使用人の類も全て死んでいる。お陰で真相は闇の中だ。
隠されていた地下には怪しげな祭壇があり、夥しい血の跡と肉片が散らばっていた。この時になって初めて、彼らの儀式が明るみになったのである。
「手間が省けただと? 馬鹿を言うなっ、これでは奴らの目的も今回の騒動の原因も、何も分からないままではないか!」
「そうは言うが薄汚い商人相手と言えど、仮にも相手は神官の集団だった。逃げられる訳にはいかなかったとはいえ、刃を交えずに済んだのは幸運だよ……あの悪魔みたいなのを再び呼ばれでもしたら、困るだろ?」
「少なくとも奴らは自分達の商品を使って、怪しい儀式を行っていたんだろう。その結果が悪魔だとするなら……奴らはその力を利用しようと、考えたのかもしれないな」
悪魔の力を使って国家転覆か、その力を売りつけて中枢に食い込むつもりだったのか。彼らの真意はわからないままだが、とりあえず相手の目論見は脆くも崩れ去ったであろう、と言うのが不幸中の幸いだ。
官憲もそう遠からずやってくる事だろう。と言っても早くても今夜か、明日の朝であろうが。遅ければ数日はこのままだ。事が事とは言え、実に動きが遅い。
だからこそ先んじて役人の懐に入るだけの金品を回収し、彼らよりも先に証拠を集めておくのだ。そして自分達と繋がりを持つ貴族に高く売りつける。貴族は労せずして功績を手にし、自分達の懐も潤う。
「ひとまずは報告に戻る。何人かは残って隠し部屋などがないか、確認するように」
「了解」
そして彼は見る。街からゆっくりと真上に飛び立つ、巨大な黒き竜の姿を。この世の終わりだと、全身の毛が逆立つと言うのはこの事だと、彼は後に語った。
それはとても華々しい舞台だった。多くの者が詰め掛け、悪魔を滅ぼした勇者を一目見ようと、誰もが色めき立っている。
王城前の広場、城門の中に入る機会など滅多にないため、そう言う意味でも人々はこの特別な時間を大いに楽しんでいた。
楽団による華やかな演奏が始まると、人々は徐々に静まり返る。役人が声を張り上げ、国王の訪れを告げた。
「我がセタジキス王国の民よ。今日この日を迎えられたことを、余はとても嬉しく思う。先日、この街に強大な力で人々を襲った、悪魔が現れた」
三階ほどの高さにあるバルコニーから姿を現した、国王アレハンドロ・カサノバス・セタジキス四世が語る悪魔と言う言葉に、人々は息を呑む。あの恐怖を体験したものは多く、未だ拭い難い悪夢として記憶に新しい。それ故か、誰もが静かに王の言葉に耳を傾けている。
「ここに居る者の多くが、それを目撃した事だろう。余も実際にその場に居て、あのおぞましい光景を直に目に焼き付けている。……しかし! 多くの兵が悪魔に立ち向かい、冒険者や神官たちは、か弱い民を護るために力を尽くしてくれた」
心弱き者が神々から授かった奇跡を悪用した結果、神の怒りに触れてあのような事態を起こしたのだと、国王は説明していく。既にその者はこの世に居らず、また今回の騒ぎを起こした首謀者たちも、既に処断された事を伝えた。
「悔しいことに、相手は我々だけでは力及ばぬほど、強大な悪魔。多くの犠牲を出してしまった事は、慙愧に堪えぬ。しかしそんな中でも、神々は我々を見捨てはしなかった。ローヴィス教が伝える伝説の勇者は、我々と共に力を合わせ、見事に悪魔を討ち滅ぼしたのだ! 皆も待ちくたびれたであろう。勇者アルベルトとその仲間たちよ、皆の前にその勇姿を見せてやって欲しい!」
王の言葉に促されて一行が姿を現すと、割れんばかりの歓声が巻き起こる。その功績を称え、自分達に降りかかった危難を打ち払ってくれた恩人として。
人々の声に応え、勇者一行は穏やかな表情で国王が居る同じバルコニーから、手を振っている。距離も十分にあった。だからこそ誰も気付く事は無かっただろう。同じ場所に居たアレハンドロ・カサノバス・セタジキス四世ら以外には。
真実、悪魔を討ち取ったのはユウリと言う名の冒険者と、その者が連れていると言う黒いドラゴンの力あってのことである。しかし彼らは悪魔を討伐したまま、ドラゴンに乗って何処かへと飛び去ってしまったのだ。
他者の功績を横取りするような、卑劣な真似をしているのだから、内心穏やかではない。それでも人々の心の安寧の為には仕方がないのだと、勇者アルベルトとその仲間たちは、必死に作り笑いを顔に貼り付け続けるのであった。
くしゅんっ、とくしゃみを一つ。真に英雄と持て囃されるべき少年は鼻の下をこすりながら、今日の夕飯はなんだろうと暢気に過ごしていた。
第二章、これにて完結。
閑話を二つくらい挟んだ後、第三章開始予定です。




