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第七十三話「偶然の出会い」


 屋台のある広場の中を歩き回りながら、ユウリは次は何を食べようかと見て回っていた。麦粥や串焼き肉以外にも、肉入りの饅頭のような物や具沢山のスープなどがある。

 余り種類は多くないが、そこそこの味で空腹を満たすだけなら十分なものばかりだろう。出来れば世話になっている万神殿の皆にも、差し入れとして持って帰れれば尚よい。特に孤児院の子供たちは常にお腹を空かせているから、大喜びしてくれるに違いない。

 あとでヘルガ達と相談しようと考え、とりあえず自身の腹を満たすことに考えをシフトさせ、少しでも美味しいものを食べようと、じっくりと吟味を始めるのであった。


 補給もそこそこに、強行軍気味にセタジキス王国の王都メイージュへと無事に到着した、ローヴィス教が喧伝する当代の勇者アルベルト率いる一行。この街のローヴィス教会へと向かう前に、とりあえず少しでも何か食べて行こうと言うことになって、冒険者ギルドにほど近い、屋台が集う広場へとやって来ていた。


「腹減った~。流石に干し肉を齧りつつ、朝からずっと歩き詰めなのはしんどかった……」

「皆ゴメンな。俺の我儘で、無理させちゃって……」

「い、いえ! アルベルト様の考えは、間違ってないと思ってます!」


 フィルという名の大きな斧を背負った少年が、鳴り響く腹の虫の音を押さえるように、とぼとぼと歩いている横で、アルベルトと呼ばれた若者は、仲間に無理をさせた事を申し訳なさそうに頭を下げた。


「自分らはともかく、今回は宮廷魔法士様や神官様には少々どころでなく、きつかったでしょうからね。この辺で軽く落ち着きましょうや」

「……そうですね。なんだか、急いでここに来なきゃいけない気がして、焦ってしまいました」

「フィルの坊主じゃないですが、アルベルト様が急がなきゃいけないと考えたのは、きっとローヴィス様からの啓示でしょう。その証拠に、神官様もそうするべきだと頑張ってくださったじゃないですか」

「ありがとうございます、ノルバロさん」


 休憩してはどうかと提案するノルバロに、アルベルトが真っ先に同意する。よく分からない自分の勘に頼り、メイージュまでの道のりを通常よりもずっと早いペースで進んでしまった。そのせいでパーティ全体に負担を強いた事に、罪悪感を感じるなと言うのも無理な話だろう。


「確かに辛いですが、これもローヴィス様からの試練と思えば、なんてことはありません。全ては我々が使命を果たす為に、必要な事なのですから」

「……言いたい事は分かるけど、わたくしはそんなに頑丈じゃないんだから、もう少し手加減して欲しいんだけど……」

「シャルロッテ様もディディエ姉ちゃんも、この辺で座ってなよ。ここの広場、なんか食い物も売ってるみたいだしさ。買い出しに行って来るぜ」


 そういって少年が、二人を隅にある休憩可能な場所に案内すると、シャルロッテとディディエも素直にそこに腰を下ろす。朝から休憩らしい休憩を取っていないので、かなり疲れているのだ。なのでフィルからの申し出は、素直に有難かった。


「……教会に行く前に、軽くお腹に入れておきたいのは同意するわ。お願い、フィル」

「そうですね。頼みましたよ、フィル」

「あー、この流れは自分も行かなきゃ駄目ってやつ? フィルに任せるのは……駄目だよなあ」

「だったら俺が行きます。元はと言えば俺のせいですし、ノルバロさんは二人と一緒に居てください」

「わかりました。じゃあお任せしますよ、アルベルト様」


 何かすぐに食べられそうなものを見繕うため、屋台の方に向かう二人。その後ろ姿はやんちゃな弟と、しっかり者の兄といった風にも見える。

 ノルバロは小さく息を吐いて、周囲を確認する。神官然としたシャルロッテがいる以上、安易にちょっかいを駆けて来る馬鹿は居ないだろうが、見目麗しい二人の女性がいるのだ。絶対とは言い切れない。

 ノルバロは座ることなく、女性陣の周囲を守るように歩き回っていた。



「アルベルト様、あれどうかな!?」


 フィルという少年が、キノコを中心とした具沢山のスープを売っている屋台を指差す。それを見てアルベルトも微笑み、頷いてくれた。


「いいと思うよ。粗食は大事だけれど、体を動かすには十分な量を食べるのも、大切だからね」

「ですよね! キノコとか山菜とかなら、シャルロッテ様も駄目って言わないですよね?」

「シャルロッテは別に、肉を食べるのは駄目だとは言わないけれど、バランスよく食べないと怒るからね……」

「串焼き肉も食いたいけど……やっぱり怒られるよなあ」

「そうだね。教会でも食べさせて貰えるだろうから、このスープと、パンくらいにしておこうか」


 アルベルトがそう言うと、フィルは荷物から鍋を取り出して店主に注文する。鍋にスープを入れて貰っている間、アルベルトは隣で売っているパンを購入して、フィルの所に戻ろうとした時だった。


「あ、ごめんなさい!」


 なんてことはない、単なる不注意である。振り向こうとして、後に居る相手にぶつかったのだ。どちらともなくぶつかった事への謝罪を口にするが、しかしアルベルトは運悪く購入したパンを落としてしまい、地面に散らばってしまう。


「だ、大丈夫!?」


 アルベルトとぶつかった相手は、彼がパンを落としたのを知ると、申し訳なさそうに謝罪しながら一緒にパンを拾ってくれた。その相手はアルベルトよりも、年下の少年だろうか。背は低く、見た目も幼い。

 背はフィルよりも少し高いくらいで、体つきは筋肉も無く華奢な印象を受ける。しかしぶつかった時、彼は小動もせずに、アルベルトが一方的に負けてしまったのだ。

 アルベルトは少し不思議に思ったものの、特に気にすることはなかった。ここまでの強行軍で、少し疲れが出てしまったのだろうと判断したからである。


「ごめんね。僕が気付かなかったせいで」

「いや、こっちこそ人がいることに気付かないで……パンを拾ってくれたんだね。ありがとう」

「えっと、そのパン……」

「ああ、流石にこのまま食べられはしないので、汚れたところを切り落としてから食べるよ。食べ物を粗末には出来ないからね」


 パンを手渡されたアルベルトがそう言うと、少年は驚いたように目を見開く。彼の身なりは良く、小綺麗にしている。それなりに裕福な出の少年なのだろうと、アルベルトは苦笑した。

 しかし汚れた部分を切り落とすとなると、パンの大きさは半分くらいになってしまうだろう。軽く腹に入れる程度にするつもりだったので、小さなものを売って貰ったのが裏目に出てしまった。


「僕の不注意のせいでもあるから、弁償するよ。パンは五個だよね? 同じものでいい?」


 そう言って少年は懐から財布を取り出して、パンを売る屋台の店主に同じ物を同じ数、注文する。これに驚いたのは、アルベルトの方だ。


「ええ!? ……いいのかい?」

「勿論だよ。ぶつかったのは僕も悪いんだし、気にしないで」


 購入したパンを渡しながら笑う少年の無邪気な表情を見て、アルベルトは上着の下にある首から下げた聖印を取り出し、少年の額に軽く触れさせてから口を開いた。


「俺はアルベルト。君の名前は?」

「えっと、ユウリ……だけど?」

「ユウリ。貴方の清き魂が、善き行いが結実し、より正しき道を照らしますように。偉大なる陽光の輝きによって、彼の者の歩みを護らせ給え。……君に、聖者ローヴィス様の御加護がありますように」


 目を白黒させるユウリを他所に、アルベルトは淀みなく聖句を紡いでから、両手を組んで祈りを捧げる。短い祈りだが、今のアルベルトに出来る最大級の感謝の印であった。


「聖者ローヴィスって……」

「まさか、人間なのにローヴィス教を知らないのかい!?」

「えっと、少しくらいは知ってるけど……あんまり関わった事がないから、驚いただけ」

「そっか。良かったら教会へ行く事をお勧めするよ。如何にしてローヴィス様が陽光神様によって導かれたのか、是非司祭様からお話を聞いてみて欲しい」


 ユウリの反応を見て、アルベルトが驚きの声を上げる。彼からしてみれば、人間であるユウリが陽光神の導きによって神の座まで至ったと言う聖者を知らないと言うのは、人生における大いなる損失に他ならない。

 そんなアルベルトの態度を見て、ユウリは面倒臭い気配を察知して、すぐさま取り繕う。とはいえ、嘘は言っていない。この手の話題は下手につつくと、非常に厄介なことになるのだと言うことくらいは、流石に知っている。


「アルベルト様、どうしたんですか?」


 そうこうしていると、購入したスープが入った鍋を抱えて慎重に歩く、フィルがやって来た。


「フィル、丁度いいところに。この子はユウリ。俺が不注意で彼にぶつかって自分のパンを落としてしまったのに、彼は自分にも責任があるからと言って、わざわざ新しいパンを買ってくれたんだよ」

「ええ!? そんな変人……じゃない、善人が居るんですか!?」


 後からやって来た、フィルと言う少年も目を丸くしたところを見ると、わざわざ買い直すまでする行為は普通ではないらしい。ユウリは知らないが、元居た世界でもそう違わないだろう。彼らの感覚からすると、こういうのは自己責任なのであって、他人に隙を見せた方が悪いのだ。

 安易に弁償などすれば、その善意に付け込んでとことんまで毟り取ろうとする図々しい者も、決して少なくはないと言うことをユウリは知らない。安全で豊かな日本で暮らしてきたからこその、価値観の違いであった。


「お、大袈裟だよっ」

「ユウリのように親切な人は、そうはいないよ。ちょっとお人好し過ぎて心配だし、すぐにでも教会で洗礼を受けてみて欲しいな。もしかすると、君ならローヴィス様の導きが聞けるかもしれない。そうなれば立派な神官として、より人々の役に立てるようになるんだよ」

「あ、えっと……その」


 徐々に収集がつかなくなりそうな気配が濃厚になり、ユウリは焦る。割と相手にしてはならないタイプの人種の琴線に触れたようで、どうにか切り抜けたいが焦ってしまい、思考が上手く働かないのだ。

 何故かアルベルトとフィルに左右を固められ、彼らと共に移動まで始めている始末だ。彼らの方も善意で行ってるようなので、非常に断り辛いのが実に面倒であろう。


 途方に暮れたまま、ユウリは彼らと一緒に行動するしかなかった。


出会ったのは偶然か、必然か。

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