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第七話「朝ご飯と話し合い」


「あんちゃーん。朝だぜー? おれハラへったー」


 そう言って体を揺さぶる小さな影に、ユウリは心地よい微睡みの底から無理矢理意識を覚醒させられた。

 眩い朝の陽ざしが、カーテンの隙間から部屋の中へ入り込み、はっきりと部屋の中を照らしているのが判る。

 声の主は腹の上に乗っているのだろう。超人的な肉体を持つ今の彼にとっては程よい重みを感じながら、そんなことを考えた。


「うぅん……あと五分……」


 寝惚けて一度は言ってみたかったセリフを口にする。その為か思考が急激に、ハッキリと動き出すのを認識せざるを得ない。

 結局五分と経たずにユウリはベッドから体を起こすと、足の上で何かがひっくり返っていた。


「うわあっ……あんちゃん、おはよー」


 視線を向けると、朝の陽ざしの様に眩しい笑顔の幼い少年……小人であるリリルト族のマットがそこに居た。彼はユウリが貸し与えたシャツの下は何も着ていないため、ひっくり返った事で服の裾がめくれて色々と大事な物が丸見えだ。

 ユウリの人生経験の中でもトップクラスに珍妙な朝だと、起き抜けの上手く機能しない頭の中でぼんやりと思う。


「……えっと、おはよう。マット」


 夢じゃなかった。段々とクリアになっていく思考が、昨日の事を思い起こさせる。


 気付いたら知らない場所にいて、たまたま危機に瀕していたマットを助けた。彼は自分が奴隷として住んでいた町がモンスターに襲われて逃げてきたところ、追ってきたオーガに襲われていたらしい。

 成り行きで彼も連れていく事になり、相棒の黒竜テュポーンと共にとある森の近くにある湖の畔で、マジックアイテムのコテージを出してその日は休んだ……という感じだったと記憶を手繰り寄せる。


「昨日の事が夢じゃないなら……」


 そして昨夜遅くにあった出来事も一緒に思い出すと、顔が真っ赤になって体温が上昇し、鼓動が早くなる。昨夜は色々な事があって、自分の許容量を超えてしまっているのだ。

 恥ずかしさのあまり、再び布団を頭から被って現実逃避をしたいと思う程度には、未熟な少年には刺激が強すぎたのである。

 そんな風にユウリが一人身悶えていると、目の前に居るマットが心配した表情でこちらを見て来るし、更に間の悪い事に部屋のドアをノックする音が聞こえてきたのだった。


「ユウリ、起きてる?」


 ドアに向こうからする声は、昨夜出会ったエルフの女性──ステラのものだ。


「お、お、起きてる!」


 気持ちの整理をする間もなく彼女の方から部屋へとやって来たせいで、ユウリは上ずった声で慌てて答えた。


「え……誰?」


 昨夜の出来事を知らないマットは、不安げな表情でユウリの背中に隠れようとし、それと同時に扉が開く。


「おはよう。台所を借りても……って、あら。えっと、その子はリリルト族?」

「え、あ……言い忘れてた。この子はマットって言って、昨日から一緒なんだ」

「そっか。わたしはステラ、エルフ族よ。昨日の夜はお世話になっていたの。よろしくねマット」


 穏やかで柔らかく自己紹介するステラに、マットは少しだけ警戒を解き「よろしく」と小さく返した。



 鍋に浮かぶ色とりどりの野菜と、その間に浮かぶ肉。くつくつと聞こえる音と共に辺りに広がる香りが、空きっ腹を刺激する。

 昨夜は夕飯替わりの果物では満足できなかったユウリは、早く食べたくて仕方が無かった。同様に隣にいるマットも朝からまともな食事が出来ると、大喜びだ。

 それを作っている本人は、少々どころでなく戸惑いながら調理している。なんせ見た事も聞いたことも無い調理器具ばかりで、時々使い方を知っている物も含まれていたのが、彼女にとってせめてもの救いであった。

 ステラは不可思議な調理器具を前に、一つ一つユウリに尋ねる事で、使い方からどのような料理に適しているかを想像し、またその便利さに舌を巻きながらも、彼女は豊富な材料を試してみたいという理由でシチューを作っていた。


「……凄く美味しそう」

「すっげーすっげーっ。いい匂い!」

「はいはい、もう少し待ってね。それで、あの……テュポーン様は召し上がられますか?」


 欠食児童らを宥めながら、ステラは少し不安げに視線を黒竜に向ける。テュポーンは気にしないとばかりに、今はユウリの頭の上で寛いでいた。


『フン……まあ、一舐めくらいはしてやらんでもないが、オレ様が満足する量には程遠い。構わずお前らで食え』

「テュポーン、偉そう。作って貰ってるんだから文句言うなよ」

「ちょ、ちょっとユウリ! テュポーン様に失礼な事言わないで!?」

『最強の黒竜たるオレ様に、そんな口を利けるのはお前くらいだ、ユウリ。エルフの娘を見習え』


 テュポーンの態度にユウリが何時ものようにツッコミを入れる。それに大慌てなのはステラだ。彼女の視点ではとてつもない力を秘めた小さなドラゴンが、こうして人語でコミュニケーションを取って、人間の子供と一緒に居るというのは酷く奇妙だ。

 しかも当の少年は実に気楽な調子でテュポーンに軽口をたたき、言われた方も全く気にしていない。それが余計に彼女を混乱させる原因となっていた。


「あのさ、テュポーンは僕にあんな風に畏まって言ってほしい?」

『馬鹿言え、お前にあんな態度を取られたら、気持ち悪くて鱗が剥がれ落ちるわ』

「だよね」

『カッカッ。お前は生意気なくらいで丁度いいんだよ。今のは言葉の綾って奴だ』


 そんな風に気楽なやり取りをしている一人と一匹を、ステラは何とも言えない表情で見つめている。勿論、鍋を焦がすような真似はせず、そちらへの集中力は残しているのだから、この状況下では大したものだろう。 


「ほ、ほらアナタたち。出来たからお皿とか準備しなさい!」


 なんとか思考を切り替えたステラが、二人の少年に手伝うよう指示を出す。すると腹を空かせた子供らは、大喜びで皿をテーブルに並べて行った。



 ステラが作ったシチューは色鮮やかで、柔らかく煮込まれた野菜に、種類こそわからないが獣の肉も沢山入っている。優しくも温かい香りが、自分は美味しいのだと主張しているのだ。

 また食糧庫の奥に隠れるように置いてあったパンを、ステラが偶然見つけた事で主食も確保できた。

 それはマットやステラも食べた事のないような、白くて柔らかいパンだった。簡単に噛みきれ、ほのかに甘い。シチューに浸して食べると更に柔らかくなって口の中で溶ける様になくなり、益々美味いのだ。

 あの黒竜までもが、味見程度の量とは言え『美味い』と零し、満足気に喉を鳴らしていたほどだ。


「ん~、うまーい!」


 そう言って忙しく手と口を動かしているのはマットだ。腹一杯に食べられるという事もあるが、何よりも温かい食事という物を殆ど口にしたことが無かった彼にとって、これほどのご馳走は無いのだろう。


「あ、美味しい。我ながら上出来……と言いたいけど、食糧庫にあった材料がどれも新鮮だったお陰ね。しかしここの設備は非常識過ぎて、わたしもよく作れたものだわ。火を使わない竃なんて出鱈目な物まであるし、ちゃんと作れた自分を褒めてあげたいくらい」


 食事を作ったステラの感想は主にキッチン周りの設備に関するものだった。彼女の言う通り、隣に使い方を聞ける相手がいたからとは言え、初めての道具を使い上手く出来たのだから、自画自賛したくなるのは当然だろう。


「うん、凄く美味しい……! 僕は料理出来ないから、すっごく嬉しいな」


 少しホッとしたような、それでいて噛み締める様に一口一口をしっかりと味わう様に食べるユウリに、ステラは首を傾げた。


「……しかしこんなに凄い道具が揃っていて、ユウリは料理が出来ないってのも、奇妙な話よね」

「べ、別に変じゃないよ。僕は料理とか生産系には興味なかったんだし。ここにあるのは、ただのインテリアとして揃えてただけのつもりだったんだ」

「インテリアって……まあいいわ。その割には器具の使い方は知っていたじゃない」

「ずっと昔、使ってるところを見た事があったんだ。少しだけ使い方も教わったし……それだけ」


 ユウリの言葉や細かな仕草を見るに、多少の動揺はあれど嘘ではないとステラは結論付ける。ただ言えない事もあるのだろう。昨日の遅くに出会ったばかりで、そこまで話す義理も無いのは至極当然であり、彼女もそれ以上の追及はしなかった。



「それじゃあ、みんなちょっといいかしら?」


 一通り食事も済んだところで、ステラは昨夜の事について確認する為、全員を集める。食器を下げ終えたユウリが、食後のデザートにと持ってきた果物を食べながら、だが。


「……えっと、何?」

「わたしが昨日ここに着いた時、湖の向こう側の森には獣どころか、魔物や精霊たちですらその多くが姿を消してしまっていたわ。その原因を探っていたのだけれど、それが突然綺麗さっぱりと消え失せたの。ユウリとマット、貴方たちに心当たりはない?」


 彼女は真面目を装いそう言うが、食べるだけ食べて気分が良い二人の男児には、何を言っているのかさっぱりわからないといった様子であった。

 それもそのはずで、まずマットは事の意味や重大さというものが、理解出来ていない。精々、「魔物に追いかけられなくて済むから楽だなー」程度の認識である。

 そして元凶の一人であるはずのユウリなのだが、こちらもこちらでまだゲーム時代の感覚のまま。想像すら出来ておらず、「そんなこともあるのか……強敵がいるかも?」などと少し期待している節すらあった。

 このような認識の彼らが相手では話が進むはずも無く、ステラは頭を抱える。とはいえ、昨夜の段階で犯人の目星は、ほぼほぼついているのだ。

 昨日の夜、目の前でぶつけられた圧倒的なプレッシャー。その元凶。それは今、全ての生物をダメにするというクッションの上で寛ぐ、小さな黒い竜。全てを諦めたように、ステラはかの竜へと視線を向ける。


『……ああ、そりゃあアレだな。オレ様のプレッシャーのせいだろ。そこのエルフはたまたま森の騒ぎが一段落したところに出くわして、わざわざオレ様を探しに来たって事か。ご苦労な事だぜ』

「やっぱり、ですか。えっと、テュポーン様。理由をお聞かせいただいても?」

『オレ様達が一休みする場で、邪魔者にでも来られたら面倒だからな。最初っから追い払っておくのが手っ取り早くていい』

「って、テュポーンそんなことしてたのかよ。道理で昨日は泳いでて、魚が採れないと思ったんだ」

「…………あの、森の平穏と秩序を守るべきエルフとして言わせてもらいますが、今回の様に森から殆どの生命が逃げ出すような事があると、他の土地や集落に大きな被害が出てしまうでしょう」


 そこまで言って、ステラはゆっくり息を吸う。


「……特に人間の住む町などにまで被害が出た場合、同じ人間のユウリが、町を利用出来なくなる可能性が出てしまいます。我々亜人種だって、人間からあらぬ罪を被せられ、彼らから攻撃を受けないとは限らないのです。今後はどうか控えていただけますよう、御願いいたしま……す?」


 テュポーンに言いかけて、ステラの視界の端にある物が映る。そのせいで語尾が多少おかしなことになったのだが、そんなことなど些細な問題であった。

 そこに在ったのは清らかながらも、強大な生命力を宿す小さな苗木。それはエルフならば決して間違えようのない、彼らの伝承の中に謳われた、森の民全てが崇拝すべきモノ。

 その存在は今まで、自ら隠していたかのように、感じ取ることが出来なかった。だが彼女がその存在を認識した途端、黒き竜に並ぶ程の圧倒的な存在感を放つ。

 そんなものがあるはず無い。ステラはそう否定してしまいたかった。だが現実は非情にも、否定しようとすればするほど、その存在が本物であることを認めざるを得なくなってくる。


 彼女の目の前にあるソレが、世界樹であるという事実を。


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