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第六十八話「信仰者」


 セタジキス王国の王都メイージュにあるローヴィス教会。やや質素な雰囲気ながらも十分立派と言える教会の大きな両開きの扉には、それぞれ聖印が飾られており、毎日のようにピカピカに磨かれている。

 内部の聖堂も掃除が行き届いており、この教会にいる者達の熱心さが伝わってくるようだった。

 聖堂を抜けると、奥には修行者たちの生活の場となっている宿舎がある。三階建ての建物で、一番上にはこの教会の責任者である司祭の部屋があった。

 司祭の部屋はふかふかの赤い絨毯が敷かれ、壁際の棚には羊皮紙のスクロールが大量に並べられている。しかし違う棚には大小さまざまな酒瓶が並んでおり、執務用のテーブルの上には葡萄酒が入った銀のグラスが置いてある。

 天上には小さなシャンデリアのようなものが下がっており、夜になると魔法の光で照らしてくれる高級品だ。部屋の主である司祭はゆったりとソファに座っており、身に着けている者は白を基調としながらも、金糸と銀糸の精緻な刺繍のしてある法衣を纏っている。

 今はその司祭の元に、旅装の男が訪ねていた。対面のソファに座っている男は無精ひげが生え、少々くたびれてはいるものの、巡礼者だとすぐに判る白を基調とした服装であった。

 どちらもがっしりとした体つきをしており、とてもよく鍛えていることが一目で分かる。彼らが聖職者でなければ、どこかの傭兵か何かだと勘違いされるかもしれない。


「……そうですか。もうすぐこちらに、お越しになられると」

「はい。ですので過去の失態を払拭するべく、必ずや今回の来訪は成功だったと、聖庁に伝えて貰わなければなりません」


 そう言うと旅装の男は木製のコップに注がれた透明な水を飲み干し、漸く人心地ついたとばかりに、息を吐いた。


「ええ。ええ。ここまで報せを持って来てくださり、感謝の念に堪えません。それにあの【剛剣】も人間です。勇者様の力を目の当たりにすれば、ローヴィス様の教えの素晴らしさを、少しは理解する事でしょう」

「まったく、そう願いたいものです」

「本当に。あの男はこちらがどれだけ心を砕いても、自身の信仰とは相容れぬの一点張り。かつてローヴィス様を神々の座へと導いたという、聖神教の三柱神様の信徒であるせいなのでしょうが、それならば尚の事、我々ローヴィス教を遠ざけるなどあってはなりません」


 ローヴィスはただ人々に神格化された存在ではなく、光を司る法と知識の神、陽光神エルードによって神々の座へと至ったとされている、古い聖者である。最も有名な三柱神の内の一柱であるエルードは、ローヴィス教にとっても一際特別な存在だ。

 法と知識を司ると言う性質上、エルードは権力者からの信仰も厚く、人間の神と言えばエルード神と聖者ローヴィスとまで言われている。

 また聖神教とは、最も古い三柱神をそれぞれ対等の存在として崇める宗派である為、他の二柱をエルードの下位としているローヴィス教とは、反りが合わないという理由もあった。

 しかし聖神教は世界最大の宗派と言っても過言ではない為、表立ってエルード以外の二柱とも、対立するような事は滅多にない。


「マクシム司祭様の言う通りです。ですが司祭様のお耳に入れなければならない、残念なお報せもございます」

「……残念な報せ、とは?」

「こちらに着いてすぐ、妙な噂を聞いたのです。「巨人殺し」が復活した、と」


 その言葉を聞いて、マクシム司祭の柔和そうな表情が一変、眉間に深いしわが刻まれる。


「それは……なるほど。ここ暫く、強力な魔物や猛獣を多数仕留めた冒険者が現れたと、風の噂で耳にしていましたが……あの獣が戻ってきていましたか」

「【剛剣】の陰に隠れて甘い汁を啜っていた、卑しい獣人の女。わざわざ戻ってくるとは、ほとぼりが冷めたとでも思っているのでしょうか」

「かつては我々も冒険者として、無辜の民の為に働くならばと見て見ぬふりをしていましたが、結局あの者の乱暴狼藉は留まる事を知らず、毎日のように多くの者が傷ついていました。これ以上の増長は、他の亜人たちを悪しき道へと誘うものと判断し、仕方なく街から追放したと言うのに……」


 当時、シルバープレートへと至ったと言う獣人の女。彼女は【剛剣】の相棒として、長い事一緒に組んでいたと言う。だが毎日のように街の者とは衝突を繰り返し、暴力沙汰は日常茶飯事であった。

 それによって傷ついた信徒も決して少なくはない。当然、当時の冒険者ギルドには再三、彼女を諫めるように抗議していたのだが、聞き届けられる事は無く。仕方なく最終手段として、自分達が動いたのだ。


「聞き及んでおります。当時の冒険者ギルドは何を考えたのか、あのような者を放置するどころか庇い立てた上、こちらを非難しただけでは飽き足らずに無理難題を押し付け、結果としてこちらの将来有望な若者を、失う結果となったのだ、と」

「ええ。ええ。あの時の事は、今思い出しても涙が止まりません。若く優秀な神官たちを死地に追いやり、失ってしまった事は間違いなく私の失態。私の責です。だからこそ、次こそは間違えません」


 マクシム司祭の瞳に、冷たい光が宿る。それは強い決意と覚悟を秘めた眼であった。


「あの獣が帰って来て再び無法を働くと言うのであれば、私自らが聖兵達の先頭に立ち、悪しき野獣を暗闇の野へと叩き落として見せましょう」




 長期の依頼から帰還して数日、ユウリ達はのんびりと過ごしていた。討伐した魔物の買取もかなりの額が出た事で、それぞれの懐も温かい。

 冒険者ギルドからもトラブルを起こさないよう、暫くは休むようにとも言われており、一行は王都を観光したいと言うユウリの提案に乗って街の中を歩き回っていた。


「つっても、今更これと言って見るところなんて、ないんだがな」

「そうだね。私が居た頃とそこまで変わってないようだし、観劇やらは趣味ではないしねぇ」


 王都で暮らすクレストと、かつて住んでいたヘルガからすれば、珍しい場所と言えるものはない。ユウリ達も物珍しそうに市場や土産物を扱う屋台を見るくらいで、完全に暇潰しの域を出ていないようだ。


「……まあ、懐が温かいからいいけれど、ユウリはそんなに食べて大丈夫なの?」

「んー。これはそこそこ美味しいよ。でもちょっと、塩辛いかなあ?」


 両手に大きな串焼きや、薄く焼いたパンのような物を抱えては次々に平らげていくユウリを見て、ステラは大きく溜息を吐いた。ユウリのおこぼれを貰っていたマットとルナは、既に満腹でギブアップしている。

 アイリスも若干呆れたような様子を見せているが、彼女は手作りのアクセサリーを売る屋台を見つけては、よく立ち止まっている。他の女性陣もアクセサリーや宝石を興味深そうに見ているのだが、購入までには至らず、屋台を冷やかしては店主に小さく舌打ちされているようだ。

 一応全員がフードを被ってはいるものの、一行はそこそこ目立つ。あちらこちらへとすぐに興味が移り、ユウリとマットが全然大人しくしていない事と、純粋に人数が多い為だろう。

 特にクレストとユウリ以外は亜人だ。直立した虎のような容姿のヘルガ以外は一見して分かり辛いものの、これだけの人数と身長差の激しい面々が揃っているのだから、普通の人間だとは決して思われはしない。


「貴族街や王城へ続く道は、壁で仕切られてて入れないからな。あと王城からも遠い、南東の区画には絶対に近付くな。亜人街から近いが、あそこはスラムで治安は良くない。スラム街の厄介な連中が中央にこないのは、川を隔てた先にあることと、亜人街が一種の防波堤みたいな役割をしてるからだ」

「ま、このメンツで街を独り歩きすることはないだろうさ。アンタと私以外は、間違いなく迷子になるだろうし」

「……全員常にひと塊ってのも問題ではあるが、今はそのほうが安心だな」


 そんなことを言っているうちに、一行は街の北東にある地区までやって来ていた。目当てはこの街の神殿。万神殿(パンテオン)と呼ばれる、この世界の多くの神々を祀る為の特殊な場所だ。


「パンテオンは先程も説明した通り、多くの神様を祀り、神々にお仕えする神官様がいらっしゃる場所です。こうやって一ヵ所に纏めているのは、神様が多すぎて神殿の乱立を防ぐため、だそうですよ」

「……ま、アイリスの嬢ちゃんの説明でも、間違ってはいない。一つ補足すると、神官が授かった奇跡、つまり神聖魔法の使い手を、一ヵ所に集めておくって意味もあるんだ」


 パンテオンの成り立ちをアイリスが説明していると、横からクレストが大事な事だからと付け加えた。


「魔法を一ヵ所に集めておくの?」

「神官様は偉いんだって聞いてるけど、なんで同じところにいるんだー?」


 こてんと首を傾げるユウリとマットを見て、ステラがくすりと笑う。ルナは不思議そうに神殿を眺めており、こちらの話は余り聞いてないようだった。


「それは神官自体がそう多くはない、ってのが理由の一つだな。こうやって一ヵ所に集めておけば、神様に助けてほしくなった時に、すぐに来れるだろう?」

「……なるほど!」

「そして神官側も一つに纏まっておけば、それなりに利点があるのさ。誰が知ってるのかすらわからないような、知られざる神ってのも居てな。そういう御方から奇跡を授かった場合、そいつだけで神官として活動しなけりゃならん。それはとても大変な事だろう?」


 ユウリ達の疑問に、意外なほどクレストがすらすらと答えていくのを見て、ステラやアイリスが目を丸くしている。アイリスはどこか納得したような節はあったが、それでも驚きは隠せなかったようだ。

 そんな中でヘルガだけは少し退屈そうにしているくらいで、特にこちらの話に加わろうとはしなかった。



「ほとんどの神様は、仲良しだからな。こうやって神官同士も仲良く集まっていた方が、お互いに助け合えるのさ。ここでは助けを求めるヒトの信仰に関係なく、全ての神々の神官から、救いの手が差し伸べられる。そういう場所なんだ」


 そう説明するクレストの姿は、普段の見慣れた戦士としての表情は無く、様々な経験を積んだ修行僧のようだとユウリは感じた。子供にもわかりやすいように噛み砕いて説明してくれているが、言葉の端々から感じる厳かな雰囲気は、嫌でも目立ってしまう。

 ゴールドプレートに至るほどの冒険者なのだから、それ相応に知識があるのは理解できる。しかしそれ以上にユウリは、何かを見落としているような気になってしまうのだった。


「随分と熱心な話し方だね。もしかしてクレストさんって、ここの神様の信者さんなの?」

「あー……うん。そうだ。そうなんだ。ちょーっとばかり熱心に祈っててな。ほら、ヘルガは俺に黙って出ていくし、心配するしで、神様に縋るしかなかったんだよ」

「なんでそこで私の名前を出すんだい!」


 何気なく尋ねたユウリに、若干の焦りを見せるクレスト。彼の言い訳に対し、ヘルガが彼の脇腹にすかさず肘鉄を入れるが、気功を正しく習得した彼がまともに喰らう訳もなく、ほぼノーダメージで受けきって見せた。

 それを見たヘルガがクレストをギロリと睨むと、クレストは「すまんすまん」と小さく両手を上げて降参して、彼女の許しを請う。


「ったく、だらだらと喋ってないで、神殿に入るならさっさと移動しなっ。ただでさえ神殿ってのは、参拝者が大勢いて込み合うんだからねっ」


 そう怒るように言ってから、ヘルガは一人でさっさと行ってしまう。ユウリ達は慌てて彼女の後を追うのであった。


またローヴィス教関係者が増えた。

そしてユウリ達も神殿見学に。

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