第六十一話「剛剣と呼ばれた男」
絡んできた冒険者達を追い払ったクレストと呼ばれた大男は、暫しヘルガと見つめ合った後、ゆっくりと口を開いた。
「……久しぶりだな、ヘルガ。本当に、久しぶりだ」
「……そうだね。まあ、元気そうで何よりだよ」
陽によく焼けた肌。短く整えられた薄茶色の髪と、透き通るような青い瞳の大男。クレストは美男子と言うよりも筋肉達磨という方がしっくりくる男なのだが、ヘルガに向ける表情は先程の冒険者を退けた鋭いものではなく、取り残された子供のような顔をしている。
そんな彼の心の内を知ってか知らずか、ヘルガも罪悪感を滲ませたような表情で視線を逸らす。
「ヘルガ……」
「やめとくれよ。私のような恩知らずなんか気にしてないで、アンタはゴールドプレートらしく、堂々としてればいい」
「そんなつもりはっ」
「大体、アンタと会うつもりなんてなかった。居ると知っていたら、この依頼だって受けてない。今回はたまたまだ。今の私は、この子等と一緒に冒険者してる方が楽しいのさ」
「そう、か」
ヘルガの取り付くしまもない態度に、大男は目に見えて肩を落としている。ユウリ達はその様子を観劇でもしているような気持ちで、食い入るように見つめているのが残念なところだろう。
「一応、礼は言っておくよ。お陰でこの子達を巻き込まずに済んで、助かった」
「ああ、気にしなくていい。……お前が新人を育てているらしいって話は、本当なんだな。彼らを見て驚かされたよ」
「そこはお互い歳を取った、って事にしておいておくれ」
ヘルガが苦笑する。漸く笑った彼女に、クレストは目を丸くした後、少し表情が柔らかくなる。
ここに来るまでに何度か噂を聞いたヘルガの元パートナーが、目の前に居る大男である事は間違いない。ユウリ達の誰もが、この状況の行方が気になってしまうのも仕方のない事だろう。
それが恋物語的な意味でなのか、パーティ分裂の危機感を感じてなのか。どう見ても前者なのは、ヘルガとクレストの間に漂う空気感のせいなのだから、業の深い話である。
「そうだな。もう、六年にもなるのか」
「昔話をする気はないよ。仕事で来たんだ、こっちの割り当てだけさっさと決めてくれればいい」
「おいおい、無茶を言うな。一見したところ、ヘルガ以外はどうみても駆け出しのヒヨッコが大半のパーティじゃないか。特にそっちの小さいの達じゃ、この辺の魔物は危険過ぎる。ゴブリンを相手にするのとは、わけが違うんだぞ!?」
クレストの至極真っ当な主張に、ヘルガは苦虫を噛み潰したような表情になった。
クレストから見て、鎧を着た少年は隙の無い感じから、それなりの腕前なのが見て取れる。成人くらいの女性は二人いるが、片方は完全に素人。もう片方は少年同様に心得はあり、周囲に感じる奇妙な感覚から、魔法が使えるのかもしれないと見ている。
残りの小さな二人も片方はそれなりに基本が形になりつつあり、もう片方も完全な素人だ。普通に考えるなら、こんな面子でこの依頼に挑む事は、死を意味する。
ヘルガ一人ならどうとでもなるだろうが、仲間を守りながらだというのは、到底不可能であろう。
「そっちは六人パーティか。なら俺も加わろう。昔馴染みが連れている可愛い弟子を、むざむざ死なせたくはないぞ」
「余計なお世話だよ! 私らだけで十分だっ。大体アンタ、自分のパーティはどうするつもりだい!?」
「俺は一人だ。……あれからずっとな。だから気にしなくていい」
「アンタが気にならなくても、こっちは気にするんだよ!」
「意地を張るだけが冒険者じゃないと、前に教えただろ」
何が何でも、クレストの加入を阻止しようとするヘルガ。そんな二人の掛け合いはとても気安く、本当に仲の良い昔からの知人だと言うことがよくわかる。
「いえいえ、そんなことはありません。是非一緒に来てもらいましょう!」
断ろうとするヘルガの言葉に、アイリスが割って入った。どうみても、この面白い状況を楽しまずしてなんとする、と顔に書いてあるようで、他にもステラやルナまでもが似たような表情をしているのが、中々に酷い。
「そうね。わたしもアイリスに賛成だわ。折角ヘルガの昔馴染みの方がいらっしゃるのに、わたし達に気を使って厚意を無碍にするのは、気が引けてしまうもの」
「あたしも、賛成、なのです」
この瞬間、ヘルガ以外の女性陣が彼女の敵に回った。その様子を見て唖然としているのがヘルガだけでなく、ユウリとマットの二人もなのが趣深い。
「……コホンッ。彼女たちもこう言ってくれている事だし、一時的だとしても、「巨人殺し」復活と行こうじゃないか。な?」
「アンタら……後で覚えておくんだよ!?」
さりげなく肩に手を置こうとするクレストの手を払いのけながら、ヘルガは恨みがましい鋭い視線をステラ達に向ける。何故かユウリとマットも巻き込まれているが、所謂お約束と言うヤツなので諦めるしかないだろう。
「あー、俺の名はクレスト。他の奴らからは【剛剣】とも呼ばれている。曲がりなりにも、ゴールドプレートを任されている冒険者だ。ヘルガとは昔組んでいてな。冒険者としても彼女の先輩で、色々と教えたやったもんさ」
「先程は師を助けて頂き、ありがとうございます。ワタシは半獣人のアイリスと言います。ヘルガさんとの昔の事など、良ければ教えてくださいね」
「わたしは囁きの森に住まうウィロウとイリスの娘、ステラよ。ヘルガにはお世話になってるから、よろしくお願いするわ」
「ルナ、です。よろしくお願いします」
愛想よく挨拶を交わすヘルガ以外の女性陣は、実に強かである。自身の欲求に忠実なアイリスはともかく、ステラも珍しく自身の好奇心を優先して動いているのだ。ルナも見た目は幼いものの、この手の浮ついた話題に対する、憧れがあるのだろう。
快く受け入れてくれた彼女たちに対して、クレストもホッとしたような表情をしている。それとは対照的にヘルガは頭を抱えているが、どこか諦めたような、少し複雑な様子だった。
「ユウリです。えっと、よろしくお願いします……?」
「おれはマット! よろしくな、クレストあんちゃん!」
まだ戸惑っているユウリとは対照的に、気安く元気に挨拶をするマット。このパーティの数少ない男性陣は、クレストから見ても、まだまだ男性というカテゴリに入れるには、少し早い。
しかしよく観察してみると、腕に覚えがあるであろうユウリの身に付けている装備は、今まで見た事のないような質感と存在感を放っている。一般的なマントでぱっと見隠れているものの、見る者が見ればこの少年が普通の人間ではないと言う事が、すぐに理解できるだろう。
「ああ、よろしく。……ふうん、ユウリか。面白いな」
「えっと、なにがですか?」
「いや、ちょっとな。リリルト族はいいとしても、あのヘルガが子供とはいえ、人間の男を自分のパーティに入れているってのが、どうにも不思議でな」
「そんな事言われても……って、あっ、そうか」
「そ。人間の冒険者には、さっきみたいな輩が一定の割合で居るんだよ。亜人嫌いのヤツがな。あいつはそれで、散々苦労して来ているからさ。俺以外の人間と組んでるなんて、思いもしなかったんだ」
「あー、まあ。僕も最初は色々あった、かな」
初めてヘルガと出会った時は、一方的に力試しをさせられた。自身の実力を示したあと、自分達が余りに世間知らずであったことに不安を覚えたヘルガが、半ば押しかけるようにパーティに加わったのだ。
その事を簡単に話すと、クレストは肩を震わせながら、笑うのを堪えるのに必死になった。
「クッ、ククク……あの、あのヘルガが、世間知らずの坊主のお守りの為って……ぐほっ!?」
「……お喋りはいいから、さっさと仕事の話をしな!」
笑うクレストの腹に遠慮なしの拳を叩き込み、ヘルガが怒鳴った。不意打ちと気功を含んだボディブローは、ラメラーアーマーに身を包んだ筋肉達磨にも、十分過ぎるほどの痛打を与えたらしい。
クレストは腹を押さえて立ち上がる事も出来ないまま、暫し苦しむのであった。
自己紹介が済んでクレストが復活したころ、太陽も大きく西に傾いて来ていた。その頃には最初のパーティとは別のパーティが二つ、この場所に帰ってきており、今回の討伐依頼に参加している冒険者全員だと言う。
どちらもシルバープレートの六人パーティで、ここに居る全員を合わせると三十人にはならないが、なかなかの大人数となる。
紹介された彼らの腹の内までは分からないが、ヘルガ達に対しては先程のパーティと違って、穏やかに挨拶が済んだ。これにはクレストが自分の為に呼び寄せたパーティだと、事前に説明したのも大きかったのだろう。
在野における最高位とされるシルバープレートを超えた、国に一人いるか居ないかとも言われる、ゴールドプレート冒険者。その影響力は伊達ではないようだ。
その後は各パーティ毎に食事の用意をしたのだが、そこでまずクレストに驚かれてしまった。調理担当のステラとしては、何時ものようにちゃんとした食事を作っただけなのだが、当然それは普通ではない。
このような場所では補給もままならず、干し肉などの携帯食料を齧るだけ、ということも多いのだそうだ。確かにユウリ達もロクセイル山へ向かった時は、そんなに美味しくない食事をさっさとませるような経験をしている。
しかしユウリの持つ魔法の多機能鞄のお陰で、新鮮な肉や野菜などの持ち運びが容易であり、通常の野営だとしても十分美味しいものが作れてしまう。
パーティ全体で、つい今までの贅沢癖が出た瞬間であった。
「まあ、薪とかは元々お前らが持ってきたものだし、一緒に食わせてもらう以上、文句を言う訳ではないんだが……なあヘルガ。お前ちゃんと、新人たちに教えられてるのか?」
「……頑張ってはいたつもりなんだけどね。ちょっと、こう、何もかも台無しにされるというか、前提とか土台をひっくり返すようなモノってのが、この世にはあったんだよ」
「なんだそりゃ?」
他の冒険者も居る手前、流石に旧知の相手と言えど、ユウリの持つ数々の魔法の宝物を贅沢に利用した、王侯貴族も真っ青な生活をしているとは、口が裂けても言えるはずがない。
寧ろ話したところで信じて貰えるはずがない、そんなレベルだとも言える。そしてそんな前提があるが故に、徐々に基礎を叩き込んではいるものの、使う機会が少な過ぎてきちんと身に付けられない、と言う状況なのだ。
「なんだと言われても私も困るから、そう言うもんだと思いな」
「あのなぁ」
「いいから無駄口叩いてないで、さっさと食べて打ち合わせに行くよ!」
強引に話を打ち切ったヘルガに、クレストは驚いたような顔をしているが、それと同じくらい楽しそうな、優しい顔をしている。
そんな二人の様子を見ながら、ステラたち女性陣が実に楽しそうだったのを、ユウリとマットは見ないフリをしながら、食事に集中するのであった。




