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第四十七話「空腹と冒険者ギルド」


 風呂場での騒ぎから逃げ出すように、ユウリはマットとルナを連れてリビングに来た後、大きなソファの上でぐったりとしていた。

 風呂上りと言うことで、ユウリは半袖のシャツとハーフパンツという楽な格好をしている。他の二人は胸に孤高だとか、独り身万歳とか日本語で書かれた大きなシャツを着せている。

 マットは下に何も穿いていないが、ルナはユウリとは色違いのハーフパンツを穿いてもらっている。少女はユウリの頭半分くらい小さいくらいで体格が近いこともあり、間に合わせでこのような格好をして貰っていた。


「あの……ユウリ、さま」

「なに? えっと、僕のことはユウリ、でいいよ。様なんてヤだし」

「あんちゃんは優しくてすっげー強いんだ。英雄なんだぞ!」

「まってマット。僕はそんなんじゃないから!?」


 話しかけようとしてきたルナに、ユウリは慌てて変な事を吹き込もうとするマットの口を手で塞ぐ。そして改めて少女に向かい合い、若干引きつったような愛想笑いを浮かべた。


「えっと、じゃあ……ユウリ、くん?」

「うん、それならいいよ」

「あの、ユウリ、くん。あたし、あの子が、気になるの」


 少女がためらいがちに示した先を見ると、清廉で強い生命力を纏った存在があった。即ち世界樹の苗だ。今はインテリア代わりに飾っているものの、ステラがせっせと世話をしているせいか、最近更に苗の気配が一段と強くなった気がしなくもない。

 幾ら人間生まれの取替子とは言え、エルフであるルナにも何か感じるものがあったのだろう。


「あー。あれは一応僕のだけど、ステラさんが戻って来てからの方がいいかも。何時も世話をしてくれてるし、勝手に触ったら怒られるかもしれないね」

「……わかった」


 少し困ったように笑うユウリに、ルナは特に表情を動かすことなく、小さく頷いた。本当にただ気になっただけなのだろう。

 そんな時、くぅと腹が鳴った。誰のかはわからなかったが、自覚してしまえば三人とも空腹を覚えてしまうのも仕方がない事だろう。昼は余りゆっくりせずに、歩きながら干し肉とカチカチの黒パンを齧り、干し果物で口直しをした程度だったのだ。

 いくら急いであの場を離れる為だったとはいえ、少々強行軍が過ぎたと言える。


「遅くなってごめんなさい。すぐに夕飯を作るわね」


 その声に振り向くと、長い髪を後ろで一つにまとめながら、早歩きでキッチンに向かうステラが見えた。


「ステラさん、何か手伝おうか?」

「うーん。嬉しいけど、ユウリとマットはルナを見ててくれるかしら? 特にユウリはここの持ち主なんだし、アイリスと一緒に色々教えてあげて。特にトイレの使い方とか」

「う、うん。わかった」


 手伝って味見役の恩恵に与ろうかと思っての申し出だったのだが、あえなく却下されてしまった。あとアイリスには若干苦手意識がある。先程の騒ぎのせいだから仕方がない。

 そんな風に少しだけ肩を落としていると、暑そうにしている風呂上がりのヘルガがやってきた。


「はあ……すっかりのぼせてしまったよ。とりあえずアイリスの服は、私のを貸しておくことにしたからね。ユウリが買ってくれたお陰で、着替えに余裕があったのは幸運だったよ」

「あ、そうだ。ヘルガさん、ルナの服はどうしよう?」

「だったらそのまま、ユウリの服でいいんじゃないかい? ステラのじゃちょっと大き過ぎるだろうし、体格的に一番近いのはアンタだし、まだ服はあるんだろう?」

「うん。じゃあ後で他のも渡すよ」

「そうしておやり」


 苦笑しつつ、ヘルガはユウリだけでなくマットやルナの頭を軽く撫でながら、ステラの居るキッチンに水を飲みに行ってしまう。

 空きっ腹を抱えながら夕飯はまだかと、欠食児童たちがそわそわしていると、漸く体が温まったアイリスが合流する。


「あんなに大きなお風呂、しかもお湯に浸かるなんて、とても贅沢な一時でした。……ただご主人様。お願いがあるのですが……」

「えっ、な、なに!?」

「あのですね。出来ればもうちょっとこう、胸元が緩やかな衣服を頂けるとありがたいのです。ヘルガさんのはちょっと、かなり、胸がきつくてですね……」


 そう言ってアイリスは、そのはちきれんばかりの豊かな胸元を主張する。

 この件に関して言うなら、ヘルガが小さい訳ではない。一般的な女性と比べても平均くらいのボリュームなのだ。

 因みにステラは古き良き古典を知る者ならば馴染みのある、スレンダーな体型だと思っていただけると幸いである。

 そんな中でアイリスは頭二つは抜けているレベルで、胸の自己主張が激しい。苦しそうに収まった女性の象徴はとても悩ましく、純情な少年にとっては視界の暴力でしかなかった。


「本当に苦しいので、どうかお願いします」

「う、うん……」


 ユウリによく見えるように胸を持ちあげる姿は、色々と危険な香りがする。思わずユウリもその場所に視線が釘付けとなってしまうのは、健全な男の子としては致し方あるまい。ただここで問題なのは、アイリス自身はとても真面目に、真剣に窮状を訴えていると言うことだ。


「……アイリス。苦しいのは本当だろうけど、それ以上はユウリが困ってるからやめときな」

「え? ああ、こういうのもご主人様はダメですかー。お坊ちゃまにしては、随分と箱入りと言うかなんというか……」

「事情なんて人それぞれだろ? いいから、そのデカイ水袋を主張するんじゃないよ」


 ヘルガに言われ、仕方なく引き下がることにしたアイリスは、そっとユウリの後ろに立って姿勢を正した。その様子から彼女は使用人のように振る舞うことに決めたらしく、それまでと違って優雅で洗練された所作である。

 彼女から目を逸らしていてその事に気付いていないユウリは、食事が出来るまでアイリスとルナを連れて、このコテージの使い方を詳しく教える為に中を案内するのであった。



 セタジキス王国、王都メイージュ。国王アレハンドロ・カサノバス・セタジキス四世が治めるこの国は、隣国フィンダート程ではないにしろ、土壌は豊かで国政も安定している。

 今代は善政を敷く事は無いが、悪政を放置する程愚かではなく、至って普通と言う評価がなされる凡庸な王だろう。

 南に広がるデムルの森は豊かな恵みを与えてくれるが、同時に強力な魔物の住処と化しており、頻繁に討伐隊を派遣している程。それによって鍛え上げられた騎士や周辺領主の兵はとても精強であり、この武力を背景に近隣諸国からの圧力を跳ね除け続け、周辺国家とは国境の小競り合い以外での大きな戦いを経験せずに済んでいる。

 政治的にはやや王権の方が強いものの、貴族側にはデムルの森で鍛え上げられた武力が有る為、余り強くも出られないといったところか。


 ここ半年ほどの魔物の被害や盗賊の類による被害報告書を眺めながら、王都メイージュにある、セタジキス王国の冒険者ギルド全体を束ねるギルドマスターのロドルフォ・サウセドは、右手で疲れた目をほぐしながら座ったまま体を伸ばした。


「やれやれ。しかし何年ぶりですかね?」


 ロドルフォがそう零すと、傍にいた秘書らしきハーフエルフの男性が、羊皮紙の書類を差し出しながら苦笑する。


「その報告書通りですと、トレアート都市国家群の情勢が不安定になってしまいそうですが、如何しますか?」

「特に何も。他国である上に、今回の騒動は一つの都市国家で起こったクーデター。上の首が挿げ替わっただけなので、その者達がそれなりに有能なら、大きな混乱はないでしょう。周辺の都市国家も今は静観している、と言ったところですか」

「よほど周到に用意してきていた、と?」

「でしょうね。何にせよ、あの一帯で大きな争いに発展せずに済んでいるのは、不幸中の幸いです」


 セタジキス王国の北方、余り肥沃とは言い難い土地にひしめくトレアート都市国家群。この地は一つの国ではなく、小さな都市国家が多数集まってできた場所である。ロドルフォが言った通り、戦の絶えぬ土地柄として周辺国家からも、ある意味で忌み嫌われている地域だ。

 それと言うのも数年から十数年ほどの頻度で起こる都市国家間の諍いと、それによって各々の都市の頭が簡単に挿げ替わる事で、コロコロ方針が変わってしまうという難儀さのせいでもある。

 特産品も無く、輸出できるほどに食料を余剰に生産できる土地柄でもないため、他国が侵略して平定したところで旨味などないに等しい。寧ろ維持管理に莫大な費用が掛かるだけで、何一つ回収できない。

 厳しく絞り上げ費用の帳尻を合わせようとすると、最終的に奴隷産業に頼らざるを得ず、ただでさえこちらに従おうとしない国民による反政府活動を誘発し、結果として大規模な反乱を引き起こすと言う、労力に対して全く釣り合わない実に難儀な土地柄なのだ。


「下手に戦が起これば、魔物が争いと血の臭いに釣られてやってきて、こちらにまで要らぬ負担を強いられます」

「あの地域の冒険者ギルドが、機能しているとは言い難いから、ですか?」

「あっちがどうであろうと、関係ありません。問題はあちらとこちらを行き来する商人などに釣られて、魔物がこの国まで入ってくる事ですからね」

「……それは」

「ただでさえデムルの森の魔物討伐に、毎日のように人手を持っていかれているのに、あちらのツケを我々が支払わされるのは、実に迷惑千万」


 頭が痛いと言わんばかりに指先で眉間をほぐしながら、ロドルフォは今後どう対処するべきか、今後起こりそうなトラブルを頭の中でピックアップしていく。

 毎日のように貴族たちは私兵を派遣して、デムルの森の魔物討伐やトレアート側から流れて来る魔物への対応に忙しい。大きな群れなどは貴族任せで問題ないが、小さな村々への被害とその対応は冒険者ギルドの領分だ。

 毎日のように国中の冒険者ギルド支部にはあちこちから、魔物退治の依頼が舞い込んで来ている。その頻度が確実に上がりそうだと言うだけで、実に頭が痛い。


「……今後起こりそうな事態を想定するにしても、全く手が足りません。今はかの【剛剣】が居るので、少々の事では問題ないでしょうが、同時多発的に【剛剣】を必要とするような魔物が複数出てきた時、仮に乗り越えたとしても、その後が続かない」

「近隣の国々を含めても、【剛剣】殿以外でゴールドプレート以上の冒険者はいませんからね。冒険者側の被害が大きくなるのは、目に見えています」

「スキル持ちも魔法持ちも少なすぎますし、今王都に滞在しているシルバープレートも少ない。そうなれば好機とばかりにローヴィス教が、こちらの足を引っ張ってくるでしょう」

「過去のあの一件は、あちらの自業自得とは言え、随分と恨みを買いましたからね……」

「若手の神官を多数失えば、恨まないはずもない」


 くだらないと言いたげに、ロドルフォは切り捨てる。それと言うのも、ロドルフォが亜人にも比較的寛容だというのが原因となったからだ。

 隣国フィンダートのベルンのように、亜人でも功績を挙げた者には、相応の地位と対価を与えている為に起こった問題でもある。


 数年前、この国の危機を救う程の功績を挙げた冒険者達が居た。その中に亜人が居たのだ。その亜人の功績は決して無下に出来るものではなく、周囲の力技で黙らせて相応の報酬と地位を与えたのである。

 それが亜人を人間の下位に置きたがるローヴィス教には面白くなく、そのせいでローヴィス教からの突き上げがきつかったのだ。

 するとその冒険者はこの国を去ってしまい、怒り心頭だったロドルフォは「だったら優秀な人間であるお前らが、この依頼を全て綺麗に片付けて見せろ」と真正面から喧嘩を売り、ローヴィス教側も実力を示そうとしたせいもあって、真っ向から対立。

 結果として半分もまともに成功せず、ローヴィス教側にかなりの被害が出てしまった。

 これによりロドルフォが「自分達の能力、適性を弁えない行為こそ、聖者ローヴィス様の教えに反する」とこき下ろしており、関係者を黙らせたのである。特に神聖魔法が使える若手の神官を数人失ってしまい、この事が原因で王都のローヴィス教は現在に至るまで大人しくせざるをえなくなってしまったのだ。

 そのため冒険者全体がローヴィス教から恨みを買ってしまっており、地味な嫌がらせが今も続いている。

 例えば冒険者が教会に赴き神聖魔法を頼むにも、他の者達よりも多額の寄付でなければ受け付けなかったり、その上で今は魔法が使える者が居ないと断ったりと、実に陰湿なやり口なのだ。

 他にも修行のために冒険者もしている神官の中には、当然ローヴィス教徒が存在している。そんな彼らを大事な奉仕や修練だからと教会に封じ込めてパーティ諸共、冒険者活動を妨害さえしている程。


 また他の古き神々が祀られた万神殿という場所もあるが、こちらはこちらで神聖魔法を授かった神官の数が、全ての神々の神官を合わせて漸くローヴィス教と同程度ということもあり、質も劣っていると言わざるを得ない。

 セタジキス王国自体、小国と言って差し支えの無い規模だ。大国の万神殿の最高司祭のように、失った四肢や眼球などの機能を再生させるほどの奇跡を授かった神官はいない。

 これはローヴィス教側も同じで、セタジキス王国の神官は全体的に能力が低いと言っていいのだ。


「有望な新人を育てている時間も無いでしょう。せめて他国から、腕利きの冒険者でも流れて来ればいいのですが……」

「それこそ無いものねだりというもの。打てる手は打ってあるのだから、じたばたせずに次の仕事に掛かりますよ」


 そう言ってロドルフォは、次の書類に目を通していく。

 きっとこのギルドマスターが何とかするのだろうと、秘書は小さく息を吐きながらいつも通り、業務に集中するのであった。


ユウリ達が向かう先に待つものは……?

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