第四十話「次の町を目指そう」
外はまだ暗く、漸く人々が起き出してくる頃。徐々に街は動き出していこうとしている。そんな中、とある四人組が大通りを足早に進んでいく。
全員フードの付いた外套を羽織っており、一見すると怪しい事この上ない。しかしまだ太陽が昇る前なので、外気はひんやりとしており、少し肌寒いからと言い訳は立つ。
四人は真っ直ぐこの街の南へ向かう街道に繋がる門を目指しており、武装しているところから、傭兵か冒険者である事が分かる。
「なんだか、ドキドキするね」
「ふわ~あ。おれ、まだ眠いよお」
四人の中でも背の低い二人が、そんなことを口々に言う。他の二人はどこか呆れたように、小さく溜息を吐いた。
「別に悪いことをしようってわけじゃないんだから、ユウリは堂々としてな」
「マット。外に出たら干し果物をあげるから、もう少し頑張って?」
それは二人の女性。直立した虎としか形容することの出来ない姿の女性、ヘルガは苦笑する。もう一人の女性はステラ。美しい金の髪と翠の瞳が特徴的な美女だった。
先程ユウリと呼ばれた少年は、可愛らしい笑顔を浮かべながら元気よく返事を返す。彼はこの辺では少し珍しい短い黒髪と、薄紫の瞳をしている。体つきは華奢で、背も同年代に比べれば結構小さい方だ。
そんな彼は意外にも、扱えるのかと疑われそうなほど立派な大剣を、盾と共に背負っている。しかし決して武具に負けることなく、体幹はしっかりしており、真っ直ぐに歩けているほどだ。
またマットと呼ばれた一番小さな少年は、眠い目をこすりながらも足取りはしっかりとしている。誰よりも歩くのが遅くなりそうな印象とは裏腹に、かなり足が速いようだ。
干し果物を貰えると聞いたマットも元気に返事を返し、一行は街の南門へと辿り着く。街に来た時に作った、仮の身分証を返却して通行税を払い、そのまま難なく門を通り過ぎることが出来た。
驚くほどすんなりと通れたので、やや肩透かしではあったものの、誰一人として疑問に思うことなく、無事に旅立つことに成功したのである。
「思ったよりも、すんなりと外に出られたね。何事も無くて良かったよ」
街を囲む城壁が、ある程度小さく見える程になった頃。ホッとしたように、ヘルガはフードを脱いでそんな風に言った。領主に街を出る事を勘付かれてしまっていたら、街そのものから出る事も難しかっただろう。そうなるとどうなっていたか、流石に予想がつかない。
力尽くで押し通ること自体はヘルガとユウリが居る以上、大して難しくはない。ステラの魔法の援護もあるのだから、確実性も更に高まる。
しかしそうなると、自分達がお尋ね者にされてしまいかねない。流石にそれは今後の行動に支障が出るだろうし、国外脱出まで視野に入れなければならなくなる。
そうなると隣国に逃げ込んだとしても、今度はその国でも追われる可能性が高くなるので、非常に厄介だ。
「そんな訳で、すんなりと街を出られた事が有難いのさ」
「えらいヒトに怒られると、すっげー大変だもんな」
こんな風にコソコソと出て行かざるを得なかった事を、改めてヘルガが説明する。
するとユウリだけでなく、ステラまでもが分かったような、よく分からないような表情を浮かべていたので、やはりヘルガが居なければ、彼らはどんな大騒ぎを引き起こしていたか、想像もできない。
意外にも元奴隷であるマットが、漠然とだが理解していた事は嬉しい誤算だ。ただ彼はユウリが力尽くで押し通る事を、手放しで喜びそうなところが不安材料なのだが。
「……ま、穏便に事が運んだのだから、別にいいか」
やはり人間の街の常識やそこで起こり得る、厄介事に対する意識の差はまだまだ埋めがたい。世間知らずの少年とエルフでは、それぞれ常識の基準が違うのだから、仕方ないと割り切るしかないだろう。
それを教える為にヘルガが居るし、全力でフォローするつもりだ。彼らもそれを知っているからこそ、ヘルガの判断に異を唱える事は無い。
彼らが向かうのは、もっと南の方にあるベルンよりもずっと小さな町だ。そこから西に向かい、隣国へとゆっくり向かう方がいいだろうと、ヘルガは考えている。
移動は徒歩と地味ではあるが、ユウリのコテージのお陰で野営の心配はせずともよく、目立たぬように町や村で補給をしながら通り過ぎて行けばいい。
ベルンは交易都市であり、ロクセイル山から流れるハルワルー河を利用した交易船などもある。このため移動手段として船も視野に入れていたのだが、すぐに船に乗れるとは限らない。
結局徒歩で移動する方が確実で、一番融通が利くから素直に歩くことにしたのだ。
しかし冒険者ギルドのグイン支部長には、かなり助けてもらった。ユウリ達が買い出しに行った昨日、彼は領主へと報告に向かったと言う。そして不死身の魔獣が打ち倒された事「だけ」を伝えて、詳しい調査と報告はまた後日にすると言う手筈になっていた。
これはヘルガたち冒険者がベルンに戻ってまだ三日目で、早々詳細な報告など出来るはずがない。ギルドとしては領主からの依頼である以上、きちんと達成されたか再度調査した上で、改めて正式に報告する義務があるからだ。
これによりユウリの存在が明るみになる前に、一行はベルンの街から出る事が可能になった。あの討伐自体、ベテランの冒険者も数多く参加している為、様々な策を弄して漸く倒せたのだと、言い包めること自体は難しくないはずだ。
随分と慌てて街から出ることになってしまったが、最初から決めていた事なので仕方がない。
昨日からどうにもおかしな気配を幾つも感じていたので、余計に過敏になっていた部分もある。一昨日の宴会によって、多少の情報が洩れている事は想定済みだ。
領主以外にも、幾つかの組織がこちらを探ろうと動きを見せていても、なんら不思議ではない。流石に動きが早すぎるとは思わなくもないが、生き馬の目を抜くのが仕事のような奴らである以上、油断は禁物だろう。
とはいえ、既に街を出た以上、追手が来ても問題はない。幾らでも隠れる手段はあるし、多少強引に突破したとしても、すぐお尋ね者にはなりにくいからだ。
そこから数分もしないところに、人の気配があった。別に人がいる事自体は不自然ではない。不自然なのはこちらを待ち構えるように、動かぬ集団がそこにあると言う事だ。
ユウリはその事を皆に伝えると、ヘルガが表情を険しくした。
「……嫌な予感がするね」
「まさか。街からはすんなり出られたのに、わざわざ待ち伏せなんてするかしら?」
「街の中で暴れると都合が悪いから、外におびき寄せたって考え方も出来るよ?」
「私もユウリの意見に一票ってとこだね。でも相手次第では、強引に突破する方が簡単か」
万が一を考えるなら、このまま進むよりも違う方向に向かうべきなのだろうが、相手もすぐに気付くだろう。先回りなんてしてくる連中だ。こちらの事を監視しているのは間違いない。
「問題は、こちらを監視しているだろう連中がどこにいるのか分からない、って事だね。下手をすると追手を振り切る事が出来ないだろうし」
『構わん、行け。街の外に出たんだ。何かあればオレ様がどうにかしてやる』
突如口を挟んできた声。ヘルガやステラがその言葉にドン引きしながらも、やるしかないと腹を括った。テュポーンに言われてしまったら、自分達に拒否権などあるはずがない。
彼らは言われるがまま、自分達を取り囲もうとしている気配を感じながら、先に進むのであった。
「して、彼奴等はちゃんとこちらに向かっているのだな?」
豪奢な絹製の服にビロードのマントをはためかせ、立派に飾り付けられた馬に跨る男は、周囲にいる部下らしき者に問う。
「はっ。もうじき姿が見える頃合いかと」
部下は恭しく一礼し、主の質問に答える。それを聞いた馬上の男──ベルン領主エルンスト・バルテルス伯爵はゆっくりと頷いた。
三十代も半ばを過ぎた頃の男性で、立派な体格と口元によく整えられた髭を生やし、腰には異国の名工が鍛えたと言う立派な片手剣を佩いている。
剣の腕前は可もなく不可もなくと言ったところで、ベルンの気風上、どうしても商人的な考え方と計算が先に来てしまうきらいがある。そのためか必要以上に自身が前に出る事を好まず、体よくあちこちの民間の機関や組織に仕事を投げ、利益を上げるための目端はよく利くという評判だ。
そんな彼の眼鏡に適った人材を登用するのも得意としており、交易都市という性質を利用して、これまで多くの有能な人材を手に入れてきた。そして今回も、前途ある有望な若者を手に入れるつもりだ。
朝早くに街から出て行ったという報告には驚きもしなかったが、こんなにも早く、まるでこちらから逃げるように、慌ただしく移動しようとする標的の動きには舌を巻いている。
「噂の銀級、虎の亜人めが糸を引いているようだが……残念だったな。このベルン領主たるエルンスト・バルテルス伯爵の目は誤魔化せんぞ」
そう独り言ちて嗤う姿は、自分に酔っている事がよくわかる。しかし誰も口を挟んだりはしない。少々アレな性質はあれど、これはこれで優秀な領主なのだ。少なくとも今のベルンを維持し、富ませ続けていられる程度にはちゃんと先を見据えている。
近頃は周辺の貴族や王都からのちょっかいも少なくはないが、それはこのベルンが、フィンダート王国最大の交易都市であるからに他ならない。要はバルテルス伯爵家への嫉妬でしかないのだ。
先々代がこのベルンに立ち寄る商人たちに着目し、交易都市として発展させていったのである。現在ではフィンダート王国の第二都市とまで呼ばれる程の規模となったのは、自分達のたゆまぬ努力の成果だ。
「従順ならば、あの銀級めも取り立ててやるというのに、あの女は凶暴過ぎて手に負えん。しかし今回の少年と一緒であるならば、少しは靡くやも知れんな」
今回も目を付けた、すぐにでも人々の噂に上るであろう不可思議な少年冒険者を確保しようと、わざわざ出向いてきたのには訳がある。
それは彼が幾つかの魔法の宝物を所持している事が分かった事。そして冒険者ギルドが仕事を終えたとして持ち込んできた、不死身の魔獣の毛皮。
「確かグインらは、あの魔獣をネメアンライオンと呼んでいたか。フン、下賤な冒険者の分際で知識をひけらかすなど、品がない」
いかなる刃も通さず、あらゆる衝撃をもその内に伝える事がない、破格の存在。そんなものをどうやって倒したのか。冒険者ギルドの支部長であるグインを問い詰めれば問い詰める程、疑問は深まっていった。
冒険者らが戻って来たと言うタイミングで、すぐさまギルドに密偵を忍ばせておいて正解だったと、エルンスト伯爵は思い返す。大物を仕留めて浮かれた冒険者らは、口々に少年とそのパーティの功績を称えていたのだ。
そのまま少年のパーティの後をつけさせ、翌日の市場での出来事を報告された事で、エルンスト伯爵は早急に少年を引き入れる事を決意した。
他の組織までもが既に動きを見せていたのもあるが、決して逃してはならない、最高の獲物だと直感が告げていたのだ。必ず自身に莫大な利益を齎すと言う、確信にも似た予感がある。
「……来たか」
そして彼らは現れた。あちらも予想していたのか、少しだけ動きが硬いように思える。返答次第とは言え、悪いように扱うつもりは無い。そこまで緊張する事は無かろうにと、伯爵は思わず笑いそうになっては必死に堪えていた。
ユウリ達が進んでいくと、すぐに人の壁が見えてきた。何頭もの馬に乗った騎士と、それらを率いる偉そうな人間はとても目立っていて、思わずため息が出そうになるほどだった。
ゆっくりと彼らを取り囲むように、しかし変に威圧を与えぬように出来るだけ距離を取って、騎士たちは移動を開始する。
「シルバープレート冒険者ヘルガと、その一行で相違ないな?」
騎士を率いる偉そうな人間が、馬上からそう声を張り上げた。ヘルガ達は足を止め、相手を見据える。
「確かにそうだけど、お貴族様がこんな朝早くに、一体なんの御用だい?」
一歩前に出て、ヘルガが答える。相手の狙いが見えてはいるものの、ここは律義に返すところだろう。
「我はベルンを始めとしたこの地域一帯を治めるバルテルス家が当主、エルンスト・バルテルス伯爵である。此度の不死身の魔獣討伐において、お前達が中心的役割を果たし、見事魔獣を討ち取ったと聞いている。よってその功を労う為、そして相応しい褒賞を与える為、こうやって領主自らが出向いた次第だ」
堂々とした態度から発せられた声は、早朝の空に朗々と響き渡る。領主をしているだけはあり、そこらの役者よりもずっと声が聞き取りやすく、威厳のある姿であると言えるだろう。
しかしその姿に臆すことなく、ヘルガは声を張り上げた。
「こちらは既にギルドから十分な報酬を得た。お気遣いには感謝しますが、あの魔獣は我々だけで打ち倒した訳ではない以上、褒賞とやらを受け取る訳にはいかない」
こちらも一歩も退くことなく、領主相手に堂々とした振る舞いだった。ヘルガのその姿を見て、周囲の者達から感心したような声が漏れているのが聞こえるほど。
「銀の称号を持つヘルガはそれでも良いだろう。だが、他の者達はどうだ? 特にそこの少年。貴様は此度の討伐において重要な働きをしたそうではないか。その上、一度はそこのヘルガに手合わせで勝利していると聞いている。それだけの才、冒険者などで埋もれさせておくには惜しいと言うもの。貴様がその気であるなら、仲間共々このエルンストが家臣として取り立ててやってもよいぞ?」
「え、嫌です。僕は冒険者やりたいです」
ヘルガは眼中に無いとばかりにユウリに語り掛ける伯爵だったが、当のユウリはそれを間髪入れずに断って見せた。断られる事自体は想定の内ではあったものの、流石に少しくらいは迷うだろうという先入観があった。それを一切の躊躇もなく、真っ向から嫌だと言われたのだから、思わず開いた口が塞がらない。
「僕たち、先を急ぐのでこれで失礼します。……テュポーン」
『おう。こいつらの相手をしていたら、日が暮れそうだからな。任せておけ』
ユウリの余りの無礼な口ぶりに、臣下の者が怒りを露わにしようとした瞬間、強大な気配が辺りを支配する。
それは絶対に逆らってはならないと、本能で悟らせるほどの力が、肌で直に感じ取れるほどのものだった。何が居るのか。何がそこに在るのか。誰もが恐怖に慄きながらも、彼らから目を離す事は出来ない。眼を逸らせば殺される。そう感じてしまう程のプレッシャーが、辺り一帯を覆った。
エルフの女が背負った背嚢から、小さな黒いトカゲがのそりと出てくる。そのまま宙に浮かび上がったかと思うと、黒い翼を広げて天高く舞い上がった。そして次の瞬間。
世界は闇に覆われた。
光を通さぬ漆黒の鱗。巨大過ぎる体躯。太く強靭な四肢。巨体を浮かべる長大な翼を広げれば、辺りは夜の闇に包まれたような錯覚に陥る。
決して逆らってはならぬ相手。伝説や物語の中でしか語られた事のない、最強の魔物──ドラゴン。
それが今、彼らの頭上で翼を広げているのだ。
『さあ乗れ、ユウリ。邪魔者の居ないところまで、このオレ様が連れて行ってやろう』
「勿論。みんな、僕に掴まって?」
気軽にやり取りをする両者を、幾らある程度慣れたとは言えど、ステラ達も呆然と見ているしか出来ない。ヘルガなどは今回が初めて、テュポーンの真の姿を目にしたのだ。驚き過ぎて完全に固まってしまっている。
そんなパーティメンバーを強引に自分に掴まらせて、ユウリはゆっくりと宙に浮かび上がった。彼の浮遊のマントの効果である。
「そ、空を飛んでる!?」
「……ちょっ、ちょっとユウリ! まさか貴方、テュポーン様に乗るつもり!?」
「も~っ、静かにしててよ。マットは大人しいのに」
「あんちゃんと空飛ぶの、久しぶりだな!」
意外と楽しそうに巨大な竜の背中へと消えて行った彼らを、伯爵一行は何も出来ないまま、見送るしかないのであった。
とうとう人前で真の姿を現したテュポーン。相変わらずの力押しですね。
とはいえこの世界の情報伝達速度では、ユウリ達の事が周囲に伝わるのはまだまだ先の話。
とりあえずここまでが第一章、という扱いにしようかと思います。章分けできれば。
次回の四十一話と次々回四十二話は閑話的な話を投稿して、その後で本編再開という運びになります。




