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第三百二十七話「始源の雷炎」


 赤い悪魔ディアブロは数が増え、手が付けられなくなる前に、滅ぼし尽くすしかない。しかし現在進行形で生まれ続けており、故に対処が難しい相手だ。

 無軌道に飛び立たれぬよう、既にヴリトラ達が攻撃を開始しているが、手が足りなくなるのも時間の問題である。


「これが限定世界でならばまだしも、この世界で生み出してくるのは勘弁願いたいな」


 だからこそクロトと言う存在が、境界神としての力が何よりも必要不可欠な状況でもあった。


「ま、上から許可も出てるし、さっさと『切り離す』か」


 ただただ面倒だとぼやきつつも両手の神剣を振るい、獣を中心に空を四角く切り取るような動作で、赤黒い空間全てを覆う。本来ならそんな動作さえ不要だが、あえて動いて見せるのは相手に自身が神であることを、悟らせないためでもある。


 次の瞬間、獣だけでなく獣が喰らった世界をも閉じ込めるように、切り離された世界によってそれらは確かに隔離された。獣は何らかの違和感を感じたようだが、しかし何が起きたのかを認識できないまま、相変わらずこちらを無視するように空を目指している。

 この誤認に関しては、既に行われているクロトが呼び出した最高位の天使と魔神による、総攻撃を囮にしているからこそ。


「よし、これである程度は空間が限定されたな。頼むぞヴリトラ。シュル、イグ。行くぞ」

『乗れ、クロト』

「行くぞ、イグ!」

「オッケー、シュル兄!」


 六つの神剣を携え、赤い竜の頭上に乗ったクロトが自ら、隔絶した空間の中へと飛び込んでいく。無数に蠢く赤い悪魔が、破壊衝動にのみ突き動かされて襲い掛かるが、それをただ薙ぎ払う。

 無数の雷が天地を斬り裂き、無慈悲に焼き払う。原初の炎が、その地獄を再現するかのように、天地開闢の輝きを放射する。周囲を舞う無数の魔剣が、絶え間なく降り注ぐので驚くほど隙らしい隙が見当たらない。

 仮に悪魔がクロトに近付こうとしても、即座に幼子の姿をした神剣が切り捨ててしまい、悪魔如きでは手も足も出ないのである。

 そもそもレッドドラゴンに触れる事さえ許されず、巨体に見合わぬほどの俊敏さで、ブレスを吐くことすらなく蹴散らしていくのだ。


 ものの数分程度で、赤い悪魔の数は大きく減った。こちらの攻撃の余波で、「切り離した」外にある虚無の大穴に落ちた悪魔も焼いたようだが、その程度の事は些事に過ぎない。

 しかしそれでも、悪魔の数は加速度的に増えていく。もしクロトが悪魔達に対応していなければ、この世界の空を瞬く間に覆い尽くしていた事だろう。それだけの数が既に生まれており、そしてその大半を滅ぼしているのだ。

 そんな中で獣の動きにも、漸く変化が現れたのだ。

 自分たちが囚われている事を、漸く理解したのであろう。煩わしそうに天使と魔神たちを振り払い、喰らいつこうとしながらも、しかし何時の間にか隔離された世界では、身動きも難しくなっている事に否が応でも気付かされる。

 すると一気に最高位の天使と魔神たちは、メガセリオンから離れて十分な距離を取った。これで召喚された者たちも、巻き込まれずに済む。

 その様子を確認したクロトは、邪魔者をヴリトラ達に任せて軽やかに飛び上がり、奇跡的にも追いすがってくる悪魔どもを切り捨てながら、獣へと向かう。


「獣は獣らしく、空ではなく野山を駆け回れ。『ユニバース・クリエイション』」


 次元が歪み、空間が歪み、巨大と言っても山程度の大きさの獣は、上手く身動きが取れない中で瞬く間に、卵のような形をした黒い玉に吸い込まれてしまうはずだった。

 だが獣は、メガセリオンは、邪神ジユムバークは、しぶとく抵抗を続けている。


「チッ、やはり世界を喰らっているせいで、こちらへの結びつきが強化されて、より抵抗してくるか」


 クロトが思わず舌打ちをするが、獣から生まれた赤い悪魔ディアブロどもは、黒い卵に吸い込まれていっている。

 今はまだクロト達も巻き込まれるわけにはいかないので、可能な限り距離を取ってはいるものの、しかしこのままでは埒が明かない。


「切り離した世界ごと移動させると、この世界もただでは済まないし……これは時間が掛かるな」


 ここから先は根気のいる作業。仕方がないとクロトは息を吐きつつ、目の前の獣をどうやって押し込もうかと頭を悩ませるのであった。



 やれることは少なく、ただ無為に時間だけが過ぎていく。

 相手を異界に押し込める『ユニバース・クリエイション』を使用した以上、後はメガセリオンが内部に取り込まれるのを待つだけなのだが、相手もそれに抗おうと必死なのだ。

 特に獣の八つ目の頭となった邪神ジユムバークのせいもあり、未だにしつこくこの世界に食らいついているのである。


「……悪魔ディアブロは生まれた端からあっちに吸い込まれていくからいいが、このまま放置していると中は悪魔だらけになるから、それはそれで困るんだよな」


 無理に押し込むことも出来なくはないが、あまり近付き過ぎるとメガセリオンよりも自分たちが、先にあちらの世界に吸い込まれかねない。


「ねー、マスター。ヒマー」

「マスター……」


 人の姿となって自身を振るう、神剣であるイグとシュルもすっかりやる事が無くなり、退屈そうにクロトの方を見ている。

 赤竜のヴリトラが何とか相手を押しやろうと、離れた位置から魔法やブレスで攻撃しているものの、当然相手も反撃してくるので思うようには行かないのが現実だ。


「あの八つ目の頭さえ居なければ、こんなに面倒にはならなかったってのに……」


 忌々し気に見つめる先にはメガセリオンの中でも特異な、角も王冠も持たぬ八つ目の頭がある。邪神ジユムバークが自らの別側面アルターエゴを植え付けて一体となった姿であり、最悪自身の神核が滅びようとも生き残ろうとする浅ましい姿。


「じゃあ、ぼくらが切り落としちゃう? 切っていい?」

「あんまり近づくと、僕らが先に吸い込まれるだろ。ちょっと難しそうだなぁ」


 クロトの様子にイグとシュルは、自分自身でもある神剣イガリマと、神剣シュルシャガナを構える。しかし兄のシュルが言うように、自分たちが切り落とそうと近付けば、先に自分たちの方が限定世界に飲み込まれかねないので、危険な賭けでもあった。


 そんな二人の言葉を聞いて、クロトはふと気付いたように顔を上げる。


「……切り落とす。なるほど、あの頭を潰してみるか」


 彼がそう呟いた直後、シュルとイグの二人は慌てて、クロトから距離を取った。それは巻き込まれでもしたら、自分たちもただでは済まないのだと直感的に理解したから。

 クロトは左手の魔神剣ブラックレギオンに纏わせた、開闢焔源リットゥの炎を上下に伸ばして弓を形作る。そして右手の大神雷霆ケラウノスを纏う神聖剣ゴッドブレスごと矢として番え、足掻き続けるメガセリオンの八つ目の頭に狙いを定めた。


「さあ、こいつならどうだ? 貴様を穿つは、始源の雷炎。エンピリアンシュート!」


 気を練り上げ、魔法を含めた各種能力上昇を行い、雷と炎を纏った剣が目に見えない速さで射出された。


 轟音を響かせながら、矢は確実に獣の頭を真正面から貫く。それは新たに現れた八つ目の頭であり、この世界との結びつきを強固なものにして、限定世界への強制移動に抗っていた邪神の欠片。

 眉間を撃ち抜かれ、それでもなお神聖剣は奥へと進む。炎が身の内を焦がし、雷が全身を駆け巡りながら灼き続ける。突然の強烈なダメージに、獣そのものが苦悶に呻き、暴れだす。

 これが切り離された世界の内側だったから良いものの、もしクロトが何もしないままであれば、獣が暴れた衝撃で真下の虚無の大穴ごと、海が吹き飛んでいた事だろう。


「さっさと潰れろ! 怒り狂え、大神雷霆! 地獄を創れ、開闢焔源!」


 クロトがそう叫ぶと、雷と炎は更にその勢いが増し、一見するとメガセリオンを滅ぼしそうな程の力を解放した。しかしこれでも本来の力を発揮しておらず、そしてその程度で倒せるほど、世界級の名を冠する魔物も甘くはない。

 あまりに激しく獣が暴れるので、クロトが切り離した世界が僅かに軋み出す。切り離された部分の世界は、間違いなくボロボロになってしまい、空は色を失くしつつあり、暗い空間だけになりかけていた。

 だがそれでも切り離された世界は、壊れてはいない。壊すわけにはいかない。ここが正念場だとクロトは残された魔神剣に境界神としての力を籠め、メガセリオンの動きを封じにかかる。


「もう諦めて滅びろ! ジユムバーク!」


 ぐったりとしながらも、再生と燃焼を繰り返す八つ目の頭。流石に邪神としてそれなりに力のある部類だけに、メガセリオンと言う肉体に同居する形とはいえ、身体を得た状態でのしぶとさは半端ではない。

 ここで完全に消滅してくれれば後が楽だが、クロト自身もそうなるとまでは考えていないので、一瞬でもいいから気を失って欲しいのだ。そうすればこの世界との繋がりにしがみつく事が出来なくなり、そのまま限定世界へと押しやることが出来る。

 獣は暴れ、体中から雷と炎が噴き出し続ける。やがて角も王冠も持たぬ首は再生を止め、だらんと垂れ下がるのだった。


「! 今だ、『アポート』」


 邪神の悪足掻きが消えた。それを感じ取ったクロトはすぐさま手元に、獣へ矢として撃ち込んだ神聖剣を手元に呼び戻す。そして雷と炎は、再びそれぞれの剣に宿る。

 そしてその次の瞬間、メガセリオンは漸くクロトの創り出した、限定世界へと吸い込まれていくのだった。


「……本当に、しぶとかった」


 思わずそんな言葉が漏れるくらいには、獣は長い時間この世界に留まっていたのだ。辺りは暗く、しかし遥か東の空は、薄明に染まりつつある。


「それじゃあ、もう一仕事するか」


 切り離され、獣が暴れて壊れかけた世界を、境界神としての力で修復し終えて元に戻す。かなり破壊が進んでおり、そのまま切り離した部分を戻すと、間違いなくこの世界にも悪影響が出るだろう。

 細心の注意を払いながら修復した世界を、もとの世界に馴染ませ終えて、漸くクロトは一息つくことが出来た。


「あ、やっと終わった?」

「終わったの? 早く行こうよマスター!」


 待ちくたびれてすっかり寛いでいたシュルとイグは、早くメガセリオンを追いかけようとクロトを急かす。彼が苦笑を浮かべると、彼らの背後に巨大な赤い竜と、そして天使と魔神たちが集まってくる。


『焼いている間は悪魔も生まれると同時に消滅していたが、それ以前のアレらは際限なく増えている事だろう。気を抜くなよ、クロト』

「……分かってる。中は悪魔だらけだから、まずはそちらを片付けるぞ。皆もよろしくな?」


 ヴリトラからの忠告を聞き、クロトは他の面々にも気を付けるように促す。


「それじゃあ、第二ラウンドの開始だな」


 どこか疲れたような、諦めたような様子でクロトは言い、創り出した限定世界へと突入していくのであった。 


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