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第三百二十四話「神と獣」


 邪の王は滅した。勇者アルベルトを始めとした聖剣使い達の尽力により、見事妖魔帝国は全滅したのである。


「そう、全滅。流石に少し予想外ではあったけれど、邪神剣が邪王を生み出すためにヒトも妖魔も魔物も喰らったせいで、綺麗さっぱり居なくなった」

「……なるほど」


 そう説明するクロトに、妖魔王と邪王の連戦により疲れ果てたテオドールは、どこか呆れたように息を吐きながら答えた。最後の最後で、ユウリによる加勢があったものの、概ね自分たちの力で敵の首魁を討ったのだ。

 少なくとも胸を張って、国に帰る事は出来るだけの成果は出した。とはいえ今回の戦争で得られるものなどそのくらいで、寧ろ今後の復興作業だのの方が大変なのは確実だ。

 特に戦場となったこの辺りの国々の被害は甚大であり、邪王が生まれる時の命を喰らう影の力は、同時にこの辺りの大地をも蝕んでいたようで、神官などが浄化して回るために、多くの人手と長い時間を要するはずである。


「えっと、クロくん。さっきの、駄目だった?」


 叱られる子供のように、身を縮めているユウリが、クロトに向かって言う。思わず手が出たとはいえ、あれは誰かが行動しなければ不味かったのは事実なのだ。


「……まあ、あれは仕方がないさ。実際に邪神剣で最後に放たれようとした一撃は、聖剣使い達だけでは対処できなかっただろう。邪神剣と名乗るだけあって、あの力は予想外だった」

「そっか。よかったー」


 そう言ってクロトも問題ないと苦笑する。ユウリはホッと胸を撫で下ろし、満面の笑みを浮かべる。


「でもあんまり戦えなくて、ちょっと不満だったかな?」

「そこは文句を言わないで貰いたいな。大体、あんな雑魚の集まりに俺達が出張ってしまったら、何もかもが台無しになる」


 クロトの言うように、この世界の危機である以上、ヒトの手に負えない問題以外は、プレイヤーが出しゃばるのはあまりよろしくない。悪魔ディアブロも数体くらいであったならば、聖剣使いだけでどうにでも出来たであろう。

 だが空を埋め尽くすほどの無数の悪魔の軍勢となれば、まさしくヒトの領域を超えた大問題である。だからこそ天空城や、プレイヤーたちの力が必要だったのだから。


「とりあえず世界樹も、これで守られたのだろう? あとはある程度の復興作業を、各自が手伝って終わりかな。まあまずは皆がゆっくりと、体を休める事の方が先だけれども」

「そうねぇ。なんというか、こうして終わると呆気ないものだと感じるけれど、ここに来るまでが大変だったものねぇ……」

「心の底から同意する。こっちも危うくユウくんたちへの援軍が、遅れるところだったし」


 ベリエス、ネクロ、レイの三人は、すっかり更地と化してしまった戦場を見ながら、漸く肩の荷が下りたと互いの健闘を称え合う。この三人は何かと前線を支える事も多かったので、仕事量は多い方だったのだ。

 次いでクロトとユナが多く、主に人々の治療や各国の調整なども含めた、雑用で動き回っている。ユウリは立場上、天空城の主として城の各機能が正常に機能しているか、眺めているしかなかったので一番暇を持て余していたと言えよう。

 この面々の中で一番自由な冒険者であったにも関わらず、最も行動に制限を掛けられていたのだから、フラストレーションが溜まってしまうのも仕方が無いのである。


「お姉ちゃん。聖剣使いの方々の治癒、終わりました」


 戦いが終わってからずっと、聖剣使い達の傷の具合などを見ながら、完璧に治療を施していたユナが彼らに合流する。


「お疲れ様。それじゃあ、そろそろ天空城に戻りましょう……え?」


 彼女を出迎えたレイが、思わず振り返って、目を丸くする。

 その異変をいち早く感じ取ったクロトは、慌てて彼女の見ている方角に視線をやると、そこには信じられない光景が広がっていた。


「なにが……起こっている?」


 その異常な光景に誰もが唖然とし、何事かと我が目を疑っていた。


 遥か西の空が、赤黒い雲に覆われている様が見える。それはこの世界を侵食するかのような、嫌な予感だけを彼らに与えるには、十分なものであった。



 邪王オルゼオンが敗れた。悪魔ディアブロを、妖魔王を、己の眷属の全てを呑み込み、新たな躰とするつもりであったのに。邪神剣グルテメーツォを憑代として操っていたというのに、それを容易く切り刻まれてしまったのである。

 怒り、嘆き、憎悪を吐き出しながら、邪神ジユムバークは身を隠すので精一杯であった。最早打つ手はなく、神の意に真っ向から歯向かう愚か者どもによって、全ての企ては破壊されたのだ。

 だからこそ目を疑った。

 天に立ち昇るモノを見て、己が何を呼び覚ましたのかと言う事を、漸く思い至ったのである。


 遥か海の底。重しとなっていた虚無の大穴は、長き年月の果てに消え去った。否、それを作り出したものがもう要らぬと、牢獄としての力を消し去ったたのだ。故に、ソレはゆっくりと浮上していく。

 虚無と言えども何の拘束力も持たぬ穴など、獣にとっては只の通り道でしかない。幾星霜の時を、光届かぬ水底で過ごしたのか。それは最早己が何ものであったのかさえも忘れ、しかしただ一つだけ、確かに覚えていた。


 それは己がこの閉じた世界、その全てを終わらせると言う憎悪。


 それだけが獣に残された記憶。執念。十の角と七つの頭、そして十の王冠を持つ緋色の獣。豹のようなしなやかな肉体、熊のように強靭な手足、獅子の如き強き牙を持つ口。

 獣はゆっくりと空へと昇る。鮮やかな赤は血の色そのもののようであり、滴り落ちる海水さえも赤に染まっていた。赤黒い煙や雲のようなモノが、真っ直ぐ天に向かって伸びている。

 全てを侵すように、喰らうように、獣はただ空へと上がる。この世全てを喰らい尽くさんと、呪いの言葉を吐きながら。


 世界を侵食する。それはゆっくりと、大規模に。その異形、その力を見て、姿亡き者は嗤った。あの獣に、己が欠片を打ち込もう。邪神剣の破片を。今なら邪魔は入らない。最大の好機は今なのだと。

 今持てる全ての力を注ぎ込み、邪神剣に与えた自らの別側面アルターエゴさえも捧げ、一体となる。邪神ジユムバークは自身の邪魔をしてきた、あの矮小な蒼い鎧の子供とその仲間たちを確実に滅ぼすために、この世界さえも捨てる覚悟を決めた。

 どの道、あれが解放された以上、この世界の滅びは免れない。ならば自身が生き残るためにも、あの獣は必要だった。

 誰もが赤黒い空を見上げる中、静かに邪神剣だったものは消え去り、緋色の獣のもとへと転移してくる。次々と獣の身体に突き刺さり、浸食していく。

 獣は多少嫌がるような動作はすれど、しかし振り払うような真似はせず、ただ空を昇り続けていた。



 その獣とは、黙示録の獣。ザ・ビースト、マスターテリオン等の名でも呼ばれる、第一の獣。この世界での呼び名は。


「……メガセリオン。あんなのまでこの世界に召喚され、封印されていたのか」


 茫然とした様子で、クロトが呟く。あれはこの世界に居ていい存在ではない、ゲーム中のボスと言えど、破格の力を持つ最大最強の一体であることを、彼らは知っている。

 眼前に見えているのは、ただ赤黒い空。だがこの男はこの世界における、境界神の分身でもある。神々方面から情報が入ってくるので、こういった状況では誰よりも早く正確な情報を得られるのだ。


「メガセリオンって世界級のモンスターの中でも、比較的初期の方に実装されている相手。でもアレは確か更なる高難易度イベントで、邪悪なる三位一体を構成する一柱のはず。それらがもし揃っていたのなら……私達だけでは勝つのが難しいわ」

「なんだって!?」


 相手のデータを詳細に覚えているレイが、蒼褪めた表情を見せている。彼女ほどの魔法士が勝つのが難しいと断言する相手とは、まさしく世界の終わりでしかなく、クレストもただ驚くしかない。


「ああ。だが幸いにしてと言うか、アレは第一の獣のみらしい。獣の背に大淫婦バビロンを乗せていないと、神々から情報が流れてきた。つまり赤い竜も、第二の獣も存在していない」

「クロト。つまりアレは、比較的初期に実装された方、と言う事でいいんだな?」

「そのはずだ。でないとこの人数で挑んでも良くて半数は死に、最悪だと相打ちで終わる。まあユナ君さえ死んでなければ、生き返れる可能性はあるが」


 勝てない。とは言わない辺り、彼らも自分たちの強さをよく理解しており、同時にその自信の出所はどこからなのかと、この世界の最高戦力たちはただ、微妙な表情を浮かべる他ないのだが。


「最悪は俺自身が、境界神として出張ってしまえば、どうにでもなる。この世界の今後を考えなければ、だが」


 そう頭の中で呟き、クロトはメガセリオンを睨みつける。だがそれは最終手段であり、現在この世界の神々も慌てて対策を練っているはずだ。彼自身としてもそうならないようにと、縋るような思いで祈っている程度にはやりたくはない。


「それでアタシ達は、どうすればいいの? こういう事を想定しての、パーティ行動の訓練だったんでしょう?」

「そうですね。世界級ともなれば、放ってはおけません。わたくし達も全力で挑まなければ、確実に世界が滅びます」


 予想外の相手を前にそれでも戦うと、ネクロとユナが息巻いている。

 しかし実際には相手は遥か彼方。相手がまともに見えている訳ではないのだ。


「……本当に、勘弁してほしいんだけどな。でもやらない訳にはいかないか」

「うん。だけどあれは、あれだけは僕たちが全員で戦わなきゃ。見て見ぬフリは出来ないよ」


 やっと戦が終わったというのに、今度は世界を終わらせるバケモノが出てきたのだから、ベリエスの言い分も理解できる。だがそれでもユウリは戦うしかないと言い、誰もが彼に同意する。


「とにかく、アレをベヒモスの時と同様に、『ユニバース・クリエイション』で限定世界に封じ込める。皆は後から合流してくれ」

「ベヒモスと同様ってことは、やっぱり完全に封じ込めは出来ないのね?」

「そういう事ですね……本当に面倒くさいったらありゃしない」


 あの時と同じだとクロトは言い、心底嫌そうに息を吐いた。ネクロもどうしようもない事を確認し、小さく首を横に振る。


「クロトさん。『ユニバース・クリエイション』なら、私も使える。二人で行った方がいい」

「位置は虚無の大穴のほぼ上空。東西どちらの大陸からでも、視認する事が出来ない場所です。逆を言えば、それほどまでにメガセリオンによる世界の破壊と浸食が、進んでいると言う事」


 相手を異界に封じ込めるだけならば、世界最高の魔法士であるレイも可能であり、だからこそ自分も行くと彼女は言う。だがその申し出を聞いたクロトの反応は、決して色よいモノとは言い難い反応だった。


「一刻の猶予もないので転移しなければならず、その上でメガセリオン自身を限定世界に押し込めるために、相手を抑え込まなければいけない。しかもベヒモスの時とは違い、メガセリオンはこの世界を浸食していて、それがかなり進んでいるんです。これを切り離すためには境界神としての力が必要で……つまり適任が、俺しかいないんですよ」


 そこまで言われてしまえば、誰もが納得するしかない。この世界には複数のプレイヤーが存在しているが、騙されるような形とはいえ、神の階梯にまで至っているのはクロトだけなのだ。

 その権能が必要である以上、誰も彼の代わりは出来ないのである。


「じゃあ僕たちは、どうすればいいのさ?」

「ユウ君たちは急いで天空城に戻って、各国の上層部へ現状を報せておいて欲しい。その後は天空城か、ユウ君の黒竜辺りで、こっちまで追いかけて来てくれれば助かる。まあ、一日くらいなら持たせて見せるから、それまでに頼むよ」

「……わかった。クロくん、絶対に無理はしないでよ?」


 ユウリの言葉にクロトはしっかりと頷き返し、そして彼は掻き消えるように転移してその場から消える。


「さあ、僕たちも急いで準備をしよう!」


 少年の言葉に誰もが頷き、慌ただしく移動を開始するのであった。


新しい章が始まってしまった……やっぱり予定は未定ですね。

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