第三百十三話「偽装」
戦いは長期化してはいるものの、しかし確実に終わりへと近づいている。ヒトも妖魔も、どちらもが疲弊しきっているのが見て取れるほどに、戦闘はまばらになっているからだ。
「……皆、辛そうだな」
そう呟いたのは、天空城の玉座から地上の様子を見ていたユウリ。彼の傍に控えているドール・サーバントのレムリアが、少しだけ悲し気な表情を浮かべて、こちらに視線を向けている。
「妖魔の上位種が暴れてる。助けに行けたらなぁ……」
地上を見れば、上位種と呼ばれる妖魔が、満を持して戦場に出るようになったのだ。それはつまり戦いが、より過酷になる事を意味する。
ある程度はこの城の補助と、これまで教えてきたスキルや魔法で対処できるだろうが、被害が増える事は間違いない。そんな状況であっても、指を咥えて眺めていなければならないのは、ユウリにとっては何よりも耐え難い苦痛となっていた。
「……ん? 今オーガウォリアーが、魔法を使ったような……?」
ぼんやりと眺める戦場で、不意に目に留まった不自然な動き。思わずユウリは、その光景を凝視する。
普通ならば、特化型の上位種はスキルか魔法の、どちらかに偏るもの。オーガナイトのような、近衛と呼ばれる王級の側近クラスならば、そのどちらも操る事が可能ではあるが、本来ならばあり得ない状況だと言えるだろう。
だがこの世界は現実であり、魔物であっても生きている。ならば何らかの突然変異か、自身の努力の末に勝ち取ったものである可能性は、大いにあった。だからこそユウリは一旦、その事については考えない事にする。
「でも、なんか……引っかかる気がする……?」
空から戦場を見下ろす光景を映す、空中に投影されたモニターと睨めっこをするように、ユウリはただ首を傾げているのだった。
「ユウ君。相変わらず、地上に行きたそうだな?」
各地で妖魔王との戦いが、始まりそうになっていた頃。不意に入室許可を求める声を聞いて、ユウリはハッと顔を上げる。レムリアにすぐに扉を開けるように指示すると、中に入って来たクロトからの第一声がそれだった。
「クロくん! ……そりゃあ、そうだよ」
予想通りと言わんばかりのクロトの言葉に、ユウリは不満げに口を尖らせる。何時までも自分たちが引っ込んでいるのは、精神的にも非常にストレスが掛かってしまうのだ。
今すぐにでも敵陣に飛び込んで、全てを一掃したくなる程度には、彼のストレスは膨れ上がっている。
「気持ちは分かるけど、この戦も大詰めが近い。そんなに心配するほどじゃ……」
「でも、なんかこの妖魔の上位種が、随分と暴れててさ。なんかよく分からないけど、ちょっと引っかかるんだよね」
ユウリを宥めようと、クロトが口を開きかける。しかし少年はそれを遮るように、言葉を放った。
スキルを使う魔法士系の上位種、魔法を使うスキル系の上位種。そんなのが複数いるのだと、ユウリはクロトに告げる。その言葉に何かを感じたクロトが、慌てて地上を映すモニターを凝視する。
「いやいや……まさか? ……しまったっ、見落としたか!?」
「え?」
「緊急招集を! あれは……妖魔じゃない!!」
「へ!?」
急変したクロトの言葉。ユウリもすぐに気を引き締め、レムリアに城に居るプレイヤーの招集を命じた。
緊急と称してこの城のプレイヤーたちを全員集め、問題の妖魔の動きを全員で見る事にする。特に魔法に長けた者の視線は真剣であり、ピリピリと空気が張り詰めているのが分かった。
「うん、あれはおかしい。そしてクロトさんの見立て通り、化けてるわね。ユウ君のお手柄よ」
「やはり……妖魔の上位種に化けた、悪魔だ」
魔法のエキスパートであるレイに、真贋判定を頼んだところ、やはり彼女の視点でも今暴れている妖魔の上位種に、悪魔が混じっていると告げられる。
「それにしても随分と、雑な幻覚を使ってるわねぇ? 今まで気づかなかったアタシ達が、言える立場じゃないけれども」
「まさかこんな姑息な手を使ってくるなんて、悪魔の呼び名に恥じない相手ですね。許せませんわ」
「それじゃあ皆は……」
呆れたように息を吐くネクロと、卑怯だと憤慨するユナ。だが仲間たちが地上で戦っているユウリとしては、気が気ではない。
「してやられた! 悪魔が大人し過ぎたのを、もっと警戒するべきだったんだ……っ!」
自分たちが強力な魔法やスキルを使えると言う事は、相手も似たような事は可能だと判断しなければならなかった。例え悪魔本人が別の姿になれる魔法を使え無くとも、魔法に特化した妖魔の上位種が、悪魔相手に魔法を施せばよいのである。
単純ながらも効果的なこの手法。普段のプレイヤー達であれば、見抜く以前の問題でしかなく、当然のように「ありえる状況」として処理していた事だろう。
しかし戦いが長期化したことで、図らずも彼らからそれらへの警戒心と、注意力を奪っていたのだ。
「……うん。再び確認したけど、間違いないわ」
ネクロが自分の従者を地上に派遣し、確認させたところ、地上の戦場に悪魔が混ざっているのは確定的となった。
彼の両脇には、報告に戻った二人の従者、アルドとレミジオが片膝をついたまま微動だにせず、ただ主の言葉を肯定している。その後ろにはネクロの世話をするべく控えている、キース・パーカーが直立不動で立っていた。
「ってことは私達も、出た方がいいってこと?」
「全員だと、何か別の想定外が起きた時に、対処できなくなります。ここはメンバーを分けるべきかと」
レイの言葉は尤もではあるが、だからと言って天空城を空っぽにする訳にはいかない。レムリアが居れば、城の機能の維持には問題がないとはいえ、プレイヤーが居なくなればその分だけ、悪魔達が奇襲を仕掛けてきた時の防衛が手薄になるのだ。
「最初から地上にはベリエスさんが行っている。となると多くてもあと二人くらい、でしょうね」
「僕は行きたい。僕の仲間を、【ユグドラシル】を守りたい!」
「私も行くわ。ベリエスさんに伝えなきゃいけないだろうし、可愛い弟子たちの応援もしたいもの」
既に一人が地上にいる以上、割ける人員にも限りがある。だからこそユウリとレイが、真っ先に地上に行くと名乗り出た。
他の仲間たちは異論はないようで、静かに彼らの言葉を聞いている。
「そうなると残るのはわたくしと、ネクロ様、そしてクロト様ですね?」
確認するようにユナがそう呟くと、しかしそれを遮るように手を挙げる者が居た。
「……俺も、地上に行かせてくれないか? 流石に自国の、俺の友人たちの危機を、放ってはいられない。出来るだけ、すぐに戻るからっ」
「クロト様……」
これまで飄々として余裕を絶やさなかった男が、必死の形相で頭を下げる。それだけで彼自身も戦えない今の状況を、歯がゆく思っていた事を容易に汲み取れる程度には、互いの事を知っているつもりだ。
「じゃあ三人とも、行ってらっしゃいな。アタシとユナちゃんが居れば、大抵の事はどうにでも出来るんだし、仮に物理で殴って来られても、皆が戻るまでの間くらいは持たせられるわよ? ねえ?」
「はっ。我が主に対して、敵の放つものが微風であろうとも、このアルドが届かせはしません」
「我が主に届き得るってことは、強敵ってことだな。いよっしっ、望むところだぁ!!」
「……己に課せられた役目とはいえ、今は戦いでのお役に立てないのは、従者としては痛恨の極みですな」
何も問題が無いと言うように、気楽に手を振るネクロを、仲間たちは驚いたような目で見つめる。しかしユナも問題ないと、しっかりと首肯しているのだ。
またネクロの従者たちも、非常にやる気に満ちている。実際彼ら一人一人も非常に強く、悪魔程度はものともしないだろう。何せアルドはベヒモスとの戦いの時に、見事にネクロの壁役を果たしきっているのである。
少なくともネクロの従者の内、二人が緊急時に戦う手筈になっているのだろう。戦闘に参加しないと言うキースが、残念そうに首を振っているものの、しかしその様子には全くの不安は感じられない。
寧ろその程度の事は、遂行できて当然であるとさえ言いたげな態度であった。
「ま、そういうわけだから、三人とも遠慮なく行ってきなさいな」
「ありがとうネクロさん! ユナ姉ちゃん!」
「はい。一人でも多くの方を、無事に戻してくださいね。怪我はわたくしが、必ず治しますから」
彼らの背中を押すネクロとユナに、ユウリだけでなくレイとクロトも口々に礼を言う。そしてそれぞれがすぐに転移して現場に向かうと、ユナも仕事があるからと、早々に玉座の間から退室していった。
そしてアルドとレミジオの両名も、緊急時にすぐ対応できるようにと、城の外へと向かう。
急にガランとした部屋に、ネクロはキースと共に残される。仕方がないと言うように軽く肩を竦め、さっさと椅子とテーブルを出して寛ぐことにした。
流石に玉座に座るほど厚かましくは無いが、しかしこの場に相応しい振る舞いかと言われると、疑問符は残るが。
「……さて。早々滅多なことは起きないだろうし、アタシはここで待機かしら。レムリアちゃん、異変があったら報告お願いね?」
「ユウリ様が出陣なされる以上、緊急事態であると判断しております。城の警戒レベルを最大に引き上げ、何時でも防御フィールドを展開できるよう準備しておりますので、どうぞご心配なく」
「あら~。流石、出来る従者って感じかしら?」
この場に残されているのは、城を操作するレムリアも同様であった。そんな彼女にネクロがフレンドリーに声をかけるが、相手からはただ自身の役目と義務であるからと、素っ気なく返される。
その様子を見て苦笑しつつも、ネクロは気にした様子もなく、キースの用意した茶と菓子を楽しむのであった。
光り輝く翼を羽ばたかせながら、一人の女性が空を舞う。その様子は急いでいるようであり、使命感に満ちた表情をしている。
「わたくしには、わたくしの出来る事を……!」
城の外へと向かうユナの向かう先は、普段彼女が詰めている救護室ではない。戦場を見下ろす事の出来る、浮島の先端である。
「ならば今こそ、人々を護るために力を揮う時。我が祈りよ、人々に生きるための活力を!」
戦場を見下ろしながら、ユナは空に浮いたまま、朗々と祈りの言葉を紡ぎ始める。
それは人々の生命を護る事。癒す奇跡を願う祈り。この戦場を覆い尽くしてしまうほどの、この世界のどんな大規模な儀式でさえも成し得ない、非常識な奇跡。
ユナ自身でさえすぐに何度も行使できるものではない、切り札に近い位置にある強力な神聖魔法である。本来ならこの世界の理を大きく逸脱する、神々の力に匹敵する奇跡。
だが幸いにも周囲に人目はなく。誰もユナの仕業であるとは思わないであろう。プレイヤーたちを除けば。
「皆様に届いてください。『アイン・ソフ・オウル』!」
無限の光。ただ優しく、傷ついた人々を癒し、如何なる大病、重傷であろうとも即座に癒し、そして人々に守りの加護を与える力。そして悪しき者を退ける、鋭き光。
今回はあくまでも、人々を護り癒す事を主眼としているため、悪魔達への攻撃力には期待していない。ただ今は必死に生きようとする人々を、少しでも支えられるようにとその祈りは完成し、解き放たれる。
戦場が輝く。大地にさえも祝福が与えられるように、死に瀕した兵が次々と息を吹き返し、活力を取り戻す。
彼らが確かに感じたのは、神の恩寵。魔法による守りではなく、確かに神々に護られているという確信。人々は口々に、自らが信仰する神々へ感謝と祈りの言葉を唱えながら、再び剣を取り、槍を持って立ち上がる。
本来ならこの世界の神々への、信仰さえも奪いかねない暴挙ではあったが、幸運にもそんな事にならずに済んだ。ユナの不穏な行動を察知した神々が、彼女の奇跡に乗じて、人々に自身の影をちらつかせたお陰である。
一歩間違えれば、間違いなく大惨事になっていたことは確実であった。色々な意味で。
「……ユナちゃん。やらかしたわね」
沈痛な面持ちで、ネクロは頭を抱えつつも、目の前に広がる光景を、視なかったことにするのであった。




