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第三話「はじめまして?」


 闇が空を埋め尽くす。光を通さぬほどの黒が自分たちの頭上を覆ったのを見て、マットは本能的に恐怖を覚えた。しかし抱えられている為、逃げ出す事も出来ない。


「テュポーン。どうしたのさ、一体」

『なーに、呼ばれた気がしてな。乗れ、ユウリ。面白いもんが見れるぞ』


 自分を抱き上げるユウリと呼ばれた年上の少年が、当たり前のように頭上の黒と会話している事に驚き、そしてよく見ると空を覆う存在が、巨大なドラゴンである事に更に驚くことになった。


「あ、ああ……あんなに大きなドラゴン……?」

「そう。僕の相棒、古竜の中でも最強の【純色の鱗カラースケイル】。ブラックドラゴンのテュポーンだ」


 驚きと本能的な恐怖に震え、自分にしがみついてくる小人であるリリルト族の少年の頭を撫でて、ユウリは誇らしげに語った。ゲーム内でも黒竜は戦闘廃人や相当運がいい者にしか従えられなかった、激レア騎獣。

 それと同等となると、同じように戦闘に特化している赤竜くらいである。それでも黒竜と比べれば、入手難度や単純なパラメータでは幾分落ちるのだ。

 傾向としては黒が特に攻撃を得意とし、赤は黒よりも攻守のバランスはいいが攻撃型。とは言え他の古竜も含め、単純に好みやバランスの問題だったりするので、高難度大規模戦闘への参加に支障はない程度の差でしかない。

 その僅かな差を気にするからこその、戦闘廃人なのだが。


「じゃ、ちょっと上昇するからちゃんと掴まってて」


 そう言ってユウリは答えも聞かずに、マントの力でゆっくりと上昇していく。彼の浮遊のマントはゆっくりと上昇や下降が出来るが、空を移動するという点においては不向きな道具である。

 横移動は歩く速度と変わらず、上下の移動もそこまで早くはない。ただその手軽さと落下時などの緊急時に、自動的に効果が発動して身を護れる事。歩く速度と同程度の移動が出来ることで、街中の移動すら面倒がるものぐさプレイヤーには、意外と人気の装備であった。



「テュポーン。あれって……?」

『ん、ああ。町か何かが襲撃され、燃えてるんだろうさ。戦かそれとも……さっきのオーガみたいのに襲われたか。まあどのみちあの町は御終いだ。今から行っても死体の山、手遅れだろうよ』


 黒竜の頭の上に乗って見えたものは、森の向こうで黒煙を上げる町のようなもの。テュポーンに手遅れだと聞かされ、ユウリは背中に冷たいものを感じる。


「手遅れって……でも」

『お前が抱えてるそのチビは、あの町から逃げ出せた奴だろう。その体の大きさから移動時間を考えて、あの町が襲撃されてから、かなりの時間が過ぎている。行くだけ無駄だ』

「……っ」


 ユウリは自身が抱えている少年に視線を向ける。どこか縋るように。行ったところでどうにもならないだろうと、判っていても。


「キミは、それでいいの!?」

「別に……いいよ」


 突き付けられたリリルトの少年の言葉に、ショックを受ける。


「っ、なんでっ」

「ニンゲンなんておれたち亜人を捕まえて、奴隷にして虐める奴らだ。亜人はカミサマに嫌われてるから、ニンゲンに反抗して、魔王の手下になるんだって。おれたちは、なにもしてないのに……っ」


 奴隷。それは平和な国、平和な暮らしを営んできたユウリには、縁のない言葉。学校の授業やゲーム、小説や漫画の中でしか知らない、空想上の存在。

 ゲーム内で、奴隷を救うミッションなどもあった。当然そう言った存在を見た経験はあるが、あくまでも架空のゲームの中のもので、またユウリ自身はついこの間までキッズフィルターが掛かっていた子供だ。

 ところどころ見えないもの、聞き取れない言葉。そういうものから隔離されていた。

 だからこれが現実なのだと、唐突に押し付けられるような気持ち悪さを感じている。だけど次の言葉を紡げない。どうすればいいのか、本当にゲームではないのか。


『ユウリ、前を見ろ。面白いものが見れると言ったろう?』


 呆然とするユウリに、テュポーンが空を見るように促す。


「前って……え?」


 眼前に広がる空に果てには、真昼の双月。肉眼ではっきりと判るほどの、真っ白な大きな月と赤い小さな月が、互いに寄り添うように浮かんでいた。


「え……なんで、二つ?」


 <SGO>の月は七つ。真なる月と呼ばれる中央の大きな月があり、その周りに浮かぶ六つの月は竜王がその身を変えたもの、という設定だったはずだ。


『これでもう疑う余地はないな。オレ様達の世界とは違う、全く別の異世界……の割に、どっかで見た魔物や種族が居るが。まあ、些細な事だ』


 黒い竜は呵々と笑い、とても楽しそうにしている。


「ちょ、ちょっと待ってテュポーン! 戻る方法考えるって言ったよね? あれはどうなったのさ!?」

『ん? ああ、無理だな。『ディメンション・ゲート』の魔法を使っても道が開かねえ。転移魔法自体は使えるが、この世界の中だけらしい。だから世界を超えることは不可能だ。まあ気にすんな、オレ様とお前なら異世界だろうが敵は居ねえ』

「なんだよ……どんなイベントだよコレ……」

『いい加減、覚悟を決めとけ』

「訳わかんねー!」

『まだ信じられねえのか。まあ、そのうち嫌でも理解するさ。さて、そろそろ移動するぜ? 何時ものようにお前に丁度いい大きさになってやるから、背中に移動しろ』

「……はーい」


 そう言われユウリはただ従うしかなかった。それ以上の判断が出来ないほど、少年の精神は強く揺さぶられていたのだから。



 風を切って進むは、どこまでも続く蒼天。眼下に広がるのは、見た事のない大地。

 ユウリは流れていくそれらを、テュポーンの背中から眺めながら、どうするべきか悩んでいた。

 膝の上で座っている小人の少年は、体中にあった傷をユウリの持つ魔法の薬で治してもらったからか、非常に機嫌がいい。

 またかなりの高空を移動しているため、気温も低く風圧もかなりのものになるが、それらはテュポーンが気を利かせて魔法で護ってくれているので快適だ。


「なあなあ、あんちゃん。おれたちどこ行くんだ?」


 不意に問われ、ユウリは困惑する。


「え……どこだろう?」


 ユウリは何も聞かされていない。ただ相棒である黒竜の背に乗って、移動しているだけだ。


「え……えぇ~……」


 そんなユウリの反応に、訊いた少年まで困惑の色を浮かべるのは当然である。


『行き先なんざある訳ねえだろ。オレ様達はこの世界に来たばっかだぜ? とりあえず、身を休める場所を探すくらいだな。水辺が近いと尚良し……っと、あそこなんてどうだ?』


 そう言ってテュポーンが指し示したのは、森と平野の境にある小さな泉。敵性モンスターの気配は無く、危険な動物も居ないだろうことから、安全なのは分かる。ただ、黒竜が居るというだけで、大体どこも安全だと言うのは野暮なのだろう。


「どうって言われても……別にどこだっていいんじゃない? 普通のフィールドで僕やテュポーンが対処できない敵なんて、いるわけないんだし」


 どこか投げ遣り気味にユウリが言うと、テュポーンはそれもそうだと呵々と笑う。事実、現在この黒竜が存在している地域では動ける生命体は全て、その場から遠く離れようと大移動を開始している。

 それと言うのも、最強の竜が意図的に放ち続けるプレッシャーは尋常ではなく、ユウリ達以外の全ての者に対して強烈な、恐慌状態のバッドステータスを付与しまくっているのだ。迷惑などと言うレベルの問題ではない。存在が災害そのものだと言い切れるレベルであった。


『それもそうだ。それじゃあ、一休みといこうや。降りるから気を付けろよ』


 そう言うとテュポーンが降下を開始する。


「へ? え? ちょっ、ちょぉおおおおおおおおおおおおお!?」


 ちょっとしたジェットコースターのような容赦のなさで降下していき、あっという間にどうと大地に着陸する。一応、着地の寸前に一瞬だけ勢いを殺しているのだが、それでも中々の衝撃が返ってきた。

 基本的に黒竜の背中には、鞍や手綱の類は一切ない。エルダー種以上のドラゴンは強大過ぎて、基本的にそれらをつけられないようになっているのだ。

 またドラゴン側がある程度いい塩梅になるよう、背中の鱗などの向きを調節すると言う器用な小技を持ってる事、ユウリ自身の肉体が非常に頑丈である事も手伝って、乗り心地は気にならない。

 ユウリがどれくらい頑丈かと言うと、最初に出会ったオーガの不意打ちを例え全裸でまともに受けても、その気にならずとも無意識に、ほぼ無傷で弾き返せるレベルである。精々「いたっ」とか言う程度で済むだろう。

 どういう訳かこの世界にやってきたユウリとテュポーンは、現在ゲームの時の能力をほぼそのまま受け継いでここにいる。その異常さをユウリがはっきりと認識するには、もう少し時間が必要だった。


「いったたたた……キ、キミは大丈夫だった?」

「だ、大丈夫……みたい」


 ユウリが守るように抱きしめていた事と、多少浮き上がったからか、装備していた浮遊のマントの効果のお陰で衝撃をかなり軽減でき、一緒に乗っていた小さな少年も運良く無傷で済んだようだ。


『おお、わりぃわりぃ。一応加減はしたつもりだったんだがな。こうやって飛ぶのも随分と久しいもんで、色々忘れてたぜ』

「わ、忘れてたじゃないだろっ!?」

『無事だったんだからそう怒るな。それよりどうだ、意外といい景色じゃねえか』


 テュポーンにそう言われてユウリが示された方を見ると、空の上からは小さな泉に見えたものは思った以上に大きく、湖と言った方が良さそうだと感じた。

 キラキラと輝く水面に、爽やかな風が吹き抜けると細波が起きる。日差しは暖かく、少し動き回れば汗ばむくらいの陽気だろう。


「……確かに綺麗な湖だなあー。魚とか獲れそう」

「魚!? 食えるの!?」


 何気ないユウリの言葉に反応したのは、リリルト族の少年。その瞳が期待に満ちているのは、単純に食欲を刺激されたからなのか。ユウリとテュポーンが、自身の憧れを体現した存在だからなのか。


「うーん……僕は生産系や採取系のアビリティ取ってないし、釣りなんてやった事も無いし……」

『魚など喰ってどうする。肉にしろ、肉に。前にオレ様に寄越したリョウリとか言う美味い肉があっただろう』

「リョウリ……料理か。って、テュポーンは食べなくても平気だろ!?」


 期待の眼差しに怯んだユウリに、肉を食わせろと喚くテュポーン。黒竜に対して食べる必要が無いとツッコミを入れたのは、ある意味で正しい。

 エンシェントドラゴンともなれば、食事や睡眠というものは一切必要が無い。生命を超越した神々に、限りなく近い存在なのだ。なので排泄もしないという、出鱈目な体をしている。

 ただ食事そのものは出来るので、かつてユウリは一時的なステータスアップを目的に、高値で取引されている料理アイテムを何度か与えた事がある。テュポーンが寄越せと言っているのは、こちらの方だ。


「料理って高いんだぞ? 大体お前を少しの間、強くするために食べさせただけなんだからな。世界級のボス戦でもないのに、調理アビリティ持ちが作った高級品なんて、食べても意味がないから駄目」


 そうばっさりと切り捨てるユウリに、黒竜は少しだけ不満そうにしながらもすぐに興味を失くし、地面に体を横たえて昼寝を始めてしまった。昼寝といってもヒトの睡眠と違って意識はあり、省エネ状態のようなものらしい。


 アビリティとは、スキルとは別に得ることが出来る才能のようなものだ。アビリティの範囲は非常に幅広く、生産系や採取系、戦闘関連やフレーバー的な意味しかない、ロールプレイ専用みたいなものまである。

 それぞれ種族ごとに取得できる数や範囲に制限があり、中には戦闘に有利なアビリティが取得不可や、逆に生産や採取などの金策に有利なアビリティが取れない種族が存在している程度には、その制限はきつい。

 アビリティを持つ者が生産したり採取した物には、特別な効果が付与されていたり、希少な素材が採れたりする。これをアビリティ無しで行うと、普通の物しか作れないし、特殊な効果もつかない。

 要は本職と素人の差のようなものとして、区別されるのだ。このアビリティも当然育てなければ意味はなく、スキルそっちのけで嵌っている人物は、自然と生産職人の道を歩む。

 戦闘系ギルドに所属していたユウリが取得しているアビリティは、当然戦闘に特化した構成となっていて、金策らしい金策はモンスターを狩って、その素材を売るくらいしか出来ない。

 他にも鉱夫の真似事も出来るが、取れるのは普通の鉱石だけで、レア素材の採取は無理だ。

 だが意外にもレアドロップの取得率は低くなく、寧ろリアルラックの方が高かかったので、ゲーム内通貨やアイテムに困った事は殆どない。

 物欲センサーと呼ばれる物が、ユウリにはあまり機能しないとさえ言われる程だったのだから、経験のある者からすれば羨ましい事この上ないだろう。

 ユウリはゲーム中はとにかく思いっきり体を動かす、というプレイスタイルだった事もあり、不便を感じていなかったのも大きい。


「……あれ? そういえばキミってなんて呼べばいいんだっけ?」


 ふと思い出し、ユウリは小さな少年に問う。彼らはお互いに、今まで自己紹介すらしてなかった事を忘れていたのである。


「おれ? おれはマットっていうんだ。あんちゃんは?」

「僕の名前はユウリ。よろしくね、マット……って、あれ?」


 不意にユウリが首を傾げると、マットもそれを見て何か気に障ったのだろうかと、少し不安げな顔をする。


「……」


 沈黙すること暫し。緩やかな風によって草原や水面を揺らす音だけが、小さく耳に響いた。


「テュ、テュポーン……」

『……なんだ、チビユウリ』


 呼ばれた黒竜は目を開け、首を起こしてユウリを見る。


「ぼ、僕……凄く重要な事に気付いたよ。そんな、嘘だよね……」

『なんだってんだ。早く言え』


 わなわなと打ち震えるユウリを他所に、相棒の黒竜はいたって平然としている。


「なんで……なんで僕たち、日本語じゃないの!? 英語でもないし、なんでこんな知らない言葉で普通に話せてるの!?」

『……何言ってんだ、コイツ』


 ユウリはようやく、自分が話している言語が日本語でないことに気付いた。これまで様々な事が立て続けに起きていた為か、精神的に落ち着く暇も無く、些細な事を見落としていたようだ。


『ったく、鈍いにも程があるだろ。お間抜けチビユウリ』

「なっ、なんだよ。お前はおかしいって思わないのかよ!?」

『言葉なんて、互いの意思が通じれば大した問題じゃねえだろ。っつーか今頃気付くとか、どんだけ暢気なんだお前は』


 そう言って黒竜は飽きたように欠伸をして、どうと首を下ろした。

 その後ユウリが何を言っても反応しなかった為、完全に無視を決め込んだのだろう。


「な、なあユウリのあんちゃん……おれ、ニホゴとかエーゴとかわかんないけど、大丈夫か?」

「……うん。ごめん。ちょっと、驚いただけだから」


 気づかわしげにこちらを見上げているマットに、なんとか笑顔で言葉を返すユウリ。

 未だに衝撃から抜けきってはいないが、これまで立て続けにショックを受けてきたお陰で耐性が付いたのか、うっかり八つ当たりするほどの動揺はしていなかった。

 そういった部分は殆ど、相棒の黒竜にぶつけてしまっていたお陰でもある。あのテュポーンがそこまで考えて、ユウリに接していたのかまではわからないが。

 ユウリはいよいよ、異世界に迷い込んでしまったという認識を、強く持たざるを得なくなってきていた。自分の保護者の様に振る舞う黒竜のテュポーン。偶然助けた小人の少年マット。

 これからどうするべきなのか、ユウリは茫然と空を見上げる事しか出来なかった。


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