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第二話「遭遇しました」


 相棒である古竜にして最強の黒竜テュポーンの言葉によると、少年ユウリは他所の世界──異世界とやらに迷い込んだのだと言う。余りに突拍子もない事を言われ、思考が停止すること数秒。


『おい、チビユウリ! ボサっとすんな!』

「……へ? って誰がチビだ! 置き場所に困るクソデカドラゴン!」

『いいから、油断してんじゃねえ。オレ様が動いたら、この辺一帯が無くなっちまうだろ?』

「お前……絶対面倒臭いからって理由で、僕に押し付けるつもりだな?」


 半眼で漆黒の竜を睨みつけると、少年はすぐに森の方に視線を向ける。まだ森の中だからか、姿は見えない。だがユウリの気功スキルが、はっきりとその気配を捉えている。


「またオーガか……あとは、小人種族のリリルト? それにしても随分気配が小っちゃいような……死にかけてる?」


 ユウリが感じた気配では、先程襲ってきたオーガの仲間と思われる気配が一つと、リリルトと呼ばれるゲーム内のオリジナル種族であり、子供のような容姿のマスコット的種族のものだった。

 しかし知り合いのリリルト族のキャラクターは人間の子供と同じか、それよりも小さめの体格なのだ。こちらに向かってくる気配はそれよりも更に小さい。正確に言えば生命力が元から低いのか、それとも低下しているのか。


「追いかけられてるみたいだし、助けた方が良いの?」

『ここは異界のようだし、なんの関係も無ければ、得にもならない。わざわざ助けてやる義理はないってことは認識しとけ。だから、どうするかは自分で決めろ』


 黒き竜は突き放した言い方で、ユウリの問いに答える。至高の存在である自分自身と、その隣に並び立ち、翼を預ける事を許した最高クラスの戦士。些事に構う必要はないだろう。これが今までの世界と同じであるならば。


「……テュポーン。僕、行ってくるよ。ここがどこか聞けるかもしれないし、他所の世界ってのは良く解らないけど、やっぱり困ってる人は助けなきゃね」


 そこには戸惑い、呆けていた年相応の少年の顔はない。一騎当千、万夫不当のウォーロードが姿を現す。

 黒竜は静かに笑う。


『それでいい。そうしたいんなら、行ってこい。なあに、お前が戻るまでに帰る方法でも考えておくさ』


 満足したようなその声を背に受け、少年は走り出す。強固な鎧を身に纏った身体は羽の様に軽く、踏みしめる足は大地を砕きながら、標的へと向かって行く。

 彼が走り去った後は、まるで暴風が吹き荒れた後のような様相をしていた。



 大きな丸い耳にボサボサの赤茶けた髪。深緑色の瞳の少年は、必死に森の中を駆けずり回った。まるで幼児のような体躯だが、それは彼が小人と呼ばれる種族、リリルトであるからに他ならない。

 この日、彼には一つの転機が訪れた。まだ物心つかぬ頃に自分を攫い、奴隷として虐げ、弄び、慰み者として扱われる日々は突然終わりを告げる。

 記憶にあるのは赤。血の赤。炎の赤。略奪者にして殺戮者の、欲と愉悦に満ちた瞳の赤。狂気によって凶器を振るい、狂喜に酔う。それはこの世の全てを引き裂き食い千切る、獣の如き妖魔の群れ。

 小人の少年──マットはただ運が良かっただけ。最初は自分を弄んでいた主人を目の前で殺され、小さな体のお陰でたまたまバケモノの視界に入らずに済んだ。そして主人の持っていた鍵で、幾重にも己を縛る重い鎖から解き放たれた。

 初めて手足が軽くなった瞬間だった。


 少年は服と呼べぬような襤褸切れを纏い、裸足のまま、足元を気にする事もなく走った。割れた石畳を、こと切れた肉塊を、生温い体液に濡れた地面をひたすら走った。

 リリルトは身軽で素早く、それでいて身を隠すのが上手い。小さくか弱い種族が生き残るために手に入れた、天性の才能。

それを本能で駆使することで、マットは燃え盛る町の外へと逃げ出そうとした。

 正規の門は使えない。だが町を囲う壁の小さな綻び、幼い子供だけが潜り抜けられる程度の小さな穴があったなら。

 町は既に妖魔によって大半が破壊され、町を護る外壁も例外ではなかった。偶然見つけたとても小さな穴。少し地面を掘れば幼子一人くらいはギリギリ通れる。

 必死に、犬の様に土を掘る。手指が傷つき痛もうとも、手を止めている暇など無かった。丸い大きな耳に絶えず聞こえてくるのは建物が崩れる音と、怪物の怒号と奇妙な笑い声。そして哀れな犠牲者が逃げ惑う悲鳴と、断末魔の叫び。恐怖に突き動かされ、少年は外壁の下を潜り抜けた。

 そうして彼は町からの脱出に成功した。


 そしてすぐに迫られる選択。

 人間に虐げられる亜人は、素直に街道など歩くことは難しい。ましてやマットは奴隷の身。人間に見つかればすぐに捕まり、同じことが繰り返されるのがオチだ。

 ならばどうするべきか。少年に示された選択肢は、限りなく少なく見えた。マットが選んだ道は街道を外れ、森の中に身を隠し、バケモノの居ない安全なところまで逃げる事。

 狭い世界しか知らない、まだ幼い彼が誰かに知識など与えられるはずもなく。出来るのは飼われた獣の如く、玩具の様に弄ばれる事と、理不尽で辛い折檻に耐える事だけ。

 だから知るはずなど無かった。森は恵みを齎すが、同時に危険な獣と魔物の住処なのだという事を。自分の町を襲った魔物が、この森からやって来たのだという事を。



 その妖魔は悦に浸っていた。どうやって殺そうか、どうやって喰らおうか。考えるだけで口角は上がり、笑みと涎が止まらない。

 手足を無理矢理引き千切ろうか、それとも頭からバリバリと噛み砕くべきか、はらわたを食い散らかし、痛みと恐怖を奏でる心地よい叫び声を楽しもうか。

 その妖魔、オーガと呼ばれるバケモノは、目の前のエサをゆっくりと追い詰めながら、そんなことを考えていた。邪魔する者、邪魔出来る者など居ないのだと、己の力に絶対の自信があるからこそ知っている。

 もうすぐ先回りしている仲間が、あの馬鹿で間抜けで矮小な、そして楽しい玩具に絶望を与える事だろう。そうしたらたっぷりと楽しもう。出来るだけ長く、ゆっくりと、目に耳に舌に臭いに手触りに。全てを使って楽しもう。

 そんな夢想が、オーガの頭の中を埋め尽くしていた。


 おかしいと感じたのは何時頃からか。先行しているはずの仲間のオーガが、一向に姿を現さない。自分の事にしか興味のない頭でも、それが異常だと気付くにはそう時間はかからなかった。

 目の前の獲物は未だ健気に逃げ果せようと、無駄な努力を続けている。いい加減その様子を楽しむのも飽きてきた。姿を現さない同胞の事は気になるが、そろそろ本気でこの宴を終わらせようと考えた、次の瞬間。


 森の中を暴風が駆け抜けた。


 その風は木々を揺らし、細い幹を容赦なく圧し折り、進路上にある全ての障害物を破壊して、ある一点を目指して突き進んだ。

 標的はただ一つ。その刃は敵対者へ目掛けて圧倒的な破壊と鋭さで、オーガを切裂き、貫き、破砕する。

 何が起こったのか、ただ一人を除いて誰にも何も、生命を刈り取られたオーガにすら理解出来ぬまま、全ては終わりを告げた。



「ひっ……うわっ!」


 とてつもない速さで何かが頭上を通り過ぎて、数拍の後。まるで何かに持ち上げられるかのように、ボロボロの小さな身体は風に煽られ、天高く宙を舞った。

 風に弄ばれるまま、為す術なく木の葉の様に、ただ翻弄されるしかない少年。ただ一つ運が良かったとすれば、途中で他の木々の幹や枝に身体をぶつけなかった事だろう。

 しかし今まで見た事も無い視線の高さを楽しむ余裕も無く、飛べない者は地に落ちるという世界の理に従い、落下する。地面にぶつかったらどれだけ痛いのだろう。マットの混乱する頭の隅で、そんな益体も無い事が浮かんでは過ぎて行った。


「ほいっ……と。大丈夫?」


 彼のそんな声が聞こえたのと同時に、不意に誰かに抱えられる感触。痛みはない。恐る恐る目を開くと、そこにはまだまだ幼さが残る、成人もしていないであろう年頃の少年──ユウリの顔があった。

 その身には過剰とも思える勇壮な蒼い鎧。しかし不思議と似合っている。だからか、つい見惚れてしまった。己の置かれた状況を理解せず、ただただ目の前にある光景に。


「あ……に、人間!?」


 そうだ、この少年と言っていい年頃の男は人間だ。自分たち亜人を捕らえ、奴隷として扱き使う恐ろしい種族。


「ヤダッ、帰りたくない! ニンゲンはあっち行け!」

「お、おい危ない! 暴れるなよお!?」


 突如パニックに陥ったマットがバタバタと手足を動かし、身を捩って鎧の少年の手から逃れようとする。そしてそうはさせじと、ユウリも焦った様子で彼を宥め始めるのは、ある意味自然な流れであった。


「ハナセ離せはなせー! おれはあんなとこ戻りたくないっ、いやだ嫌だイヤダァアッ!」

「まだ木より高いとこにいるんだぞ! 落ちたら大変なことになるから落ち着け!」


 現在、彼らはまだ空中にいる。ユウリの背中では風に靡くマントが淡く輝いており、マントに付与されている浮遊の魔法が働いてゆっくりと降りて行っているのだ。

 泣きじゃくりながら嫌だと懇願するマットも、これまでの疲れが出たのか、徐々に大人しくなっていく。


「お願い……だから、ゆるしてよ……もうやだよぉ」

「だから、大丈夫だよ。僕は君を虐めたりしないから。……もう怖くないから、ちゃんと掴まっててね。降りるよ」

「……?」


 ユウリの言葉を不思議に思ったマットが、涙に濡れた視線をユウリの顔とは逆の方へ向けると、そこには眼下に広がる森があった。ゆっくりと落ちて行っているものの、空を飛んでいる。


「と、飛んでる……空を!?」

「っとと、暴れるなってば。この浮遊のマントのお陰で、ちょっとだけ飛べるんだ。まあテュポーンから落ちたりすると大ダメージを受けたりするから、保険みたいなものだけど」

「???」

「よし、そのまま大人しくしててよ? オーガを倒したなら戻れ、フラガラッハ!」


 マットを抱え直してユウリがそう叫ぶと、森の奥が一瞬小さく光り、次の瞬間には物凄い勢いで一振りの大きな剣が彼の下へ飛んでくる。それを難なく掴むと、満足そうに一度剣を振って、背中の鞘に納めた。


「剣が飛んできた……まほう……伝説の剣!?」


 信じられない光景を目にしたマットが導き出した答え。それはある祭の夜、偶然見る事が出来たとある劇に出てきた、魔法と呼ばれる不可思議な力。

 魔法は選ばれた者にしか扱えず、その力は人知を超越し、様々な奇跡を可能にする。そんな魔法の中でも特に凄いのが、魔法の力を持った宝物だった。

 ひとりでに明かりを灯す燭台、遠くを見る水晶球、人や物を乗せて浮かぶ板、羽の様に身体が軽くなって速く走れる靴。悪しき力を跳ね返す指輪。それらの力を借りながら、一人の英雄が相棒の誇り高きドラゴンと共に、様々な冒険に挑んて行く。マットは生まれて初めて見た、その物語に夢中になった。

 その時初めて少年は夢を知り、夢を持った。いつかピカピカに輝く鎧を纏い、剣と盾を携え、マントを靡かせながら颯爽と竜を駆る事。それこそが、幼いマットを魅了し続ける大きくて大切な夢。

 誰にも明かすことなく、胸の内に秘めてきた未来が、今目の前にある。


「伝説? ああ、この剣は光神輝剣フラガラッハって言う、僕の最強の剣の一つだよ。元ネタがどこかの神様の剣らしいから……伝説の剣ってのも間違いじゃない、のかな?」


 ユウリのフラガラッハは、元ネタの神話にかなり近いところまで再現している、ぶっ壊れ装備の一角である。

 投げれば敵に必ず命中し、呼べば戻って来る。相手の防具に対して、低確率で防御無視の特攻能力を持つ。ダメージを与えれば確率で一定時間、如何なる方法でも回復が不可能になるなど非常に凶悪な性能を誇る。

 これでも元の伝承の出鱈目具合よりは、大分マイルドな調整がされているのだから、神話というのは恐ろしい。とはいえ、後世に創作された能力も加わっているので、厳密には原典とは別物だ。

 <SGO>で神器や神剣などと呼ばれる最高クラスの装備品は、大体どこかぶっ飛んだ性能を持っている物が多い。寧ろそれくらいでなければ、世界を破壊し尽くすようなボスとのド派手なバトルなど、出来ないからなのだが。


 マットは自分の言葉をあっさりと肯定されたことに面食らうよりも、羨望と抑えられない好奇心が先に溢れ出していた。空を飛ぶマントに、呼べば手元に飛んでくる剣。着けている鎧も不思議な感触で、魔法の鎧かもしれない。

 目の前の年上の少年は、あの劇の英雄なのだとマットは確信した。

 そうでなければ説明のつかない事が多すぎる。自分を扱き使っていた主人も町一番の金持ちだと自称していたが、あんな魔法の宝物など何一つ持っていなかった。

 でも目の前の彼は違う。あの英雄の様に誰かの窮地に駆けつけ、悪者をやっつける。様々な魔法の宝物を使い、どんな困難にも打ち勝って見せる。

 ならば本物の英雄なのか、彼に問うべきことは一つ。


「あ、あの、あの! ドラゴンはいますか!?」

「へ? ……あー、テュポーンのこと? 確かにエンシェントドラゴンだけど」


 ユウリがそう答えた瞬間。闇が空を黒く塗り潰した。


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