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第百七十八話「栄光」


 余りにも大きすぎるその姿に、誰も動けずにいた。あの巨大さではヒトの攻撃など、虫に刺された程度の痛痒しか与えられないだろう。

 誰もが死を覚悟する中で、ユウリはそっとステラの手を離れ、眼前の白い巨人を睨みつける。


「……テュポーン」

『ちっ、面倒なことになったじゃねーか。どうするんだ、チビユウリ?』

「一緒に、アレを倒そう。でもこの世界を傷つけちゃ駄目だよ。あいつを空の上に持っていくんだ」

『なるほどな。いいだろう、乗れ!』


 言うが早いか誰も止める暇もなく、ユウリは高く跳び上がってテュポーンの頭に乗ると、黒竜はそのまま巨大化した白い巨人、ネフィリムとぶつかり合う。

 向こうもこちらの動きを察知してか、巨大な腕を、一見すればとてもゆっくりにも見える動きで大質量の一撃を見舞って来るが、それでテュポーンが痛痒を受けるはずもない。

 無意味とばかりに相手の両腕を掴み、空中に放り投げる。


 ここまでの一連の行動だけでも、地上は中々酷いことになっていた。鎧を着た大人さえもが、空に巻き上げられそうな程の突風と、身じろぎしただけで地が震え、ひび割れていく恐怖。

 耳元では轟々と風が荒れ狂う音が聞こえ、誰もが立っている事などままならず、震える地面に両手を付けなければ己を支えることさえできないのだ。

 天災。

 まさに天災としか言いようのない状況の中、彼らは白い巨人を天高く連れ去っていった黒竜の姿を、呆然と見送るしか出来ないのであった。


 空高く持ち上げられたネフィリムは、テュポーンに抱えられるも悪足掻きとばかりに、かの竜に文字通り食らい付く。しかしネフィリム程度では黒竜の鱗を傷つける事さえ出来ず、本当にただの悪足掻きでしかなかった。

 高く、高く。

 どこまでも高く。最早自分達がどこから来たのかさえ分からなくなるほど、地上が小さく見えるところまでやって来てもまだ足りず、竜は更に宙を目指す。


『フン、そろそろいいか。そら、離してやる!』


 そう言ってテュポーンがネフィリムを放り投げ、身体を回転させながら長い尾を鞭のようにしならせ、下から上へと叩きつける。当然自らを支える事の出来ない場所で、まともに身動きの取れない巨人は、為すがまま強かに打ち付けられて宙を彷徨った。


「ここって……宇宙、だよね? こっちでもあんまり変わらないんだな」


 昨年、魔王国に現れた世界級のベヒモスを倒した時の、疑似的に作られた限定世界での戦闘を思い出す。そこでは自分達が降り立った惑星すら破壊して、最終的には宇宙空間での戦いを繰り広げたのだ。


『ここなら、色々気にする必要はねえだろ。帰りは近くまで転移すりゃいい』

「うん。そうだね」


 動き方も分からず、ただ藻掻くだけの白い巨人を他所に、一人と一匹はどこか暢気に言葉を交わす。


『さあ、さっさと終わらせるぞ!』


 黒竜は咆哮を上げると、次の瞬間黒い炎のブレスを巨人に浴びせる。更に幾つもの魔法陣を展開し、追撃のように魔法を叩き込んでいくが、驚いたことに巨人は未だ健在だ。

 既に原型と呼べる物は殆どないが、それでも不気味に蠢き、再生しつつある。これまで喰らってきたモノの命を消費しているかのような、異様な光景だった。


『チッ、世界級じゃないとはいえ、あれだけ食い散らかしただけあって、意外とタフじゃねえか。ユウリ、あとのフォローはしてやるから、さっさとトドメを刺せ!』

「わかった!」


 倒すのは簡単だが、しかし時間がかかると判断したのだろう。テュポーンに促され、ユウリは背中から光神輝剣フラガラッハを抜き放ち、大上段で構えた。

 確実に斃すのなら、最大の技を。ベヒモスをも両断した、その一撃で以って全てを終わらせる。


「……幾重にも広がる、星々の渦を断つ! グレートウォールブレイカー!!」


 この世界の一切を傷つけぬよう、細心の注意を払って神剣を振り下ろす。世界そのもの、否、宙にある星々の壁さえも断ち切る絶技が、白い巨人だったものを完全に消滅させてしまう。

 世界を、次元や空間をも断ち切る、その一撃の反動。漆黒の空間に斬り開かれた虚無。直後にテュポーンが、自身の強大な魔法で強引に穴を塞いでしまう。

 そうしなければ自分達もうっかり吸い込まれかねず、この世界がどうなってしまうか分からなかった。それ程までの反動があった事に驚きつつ、しかしテュポーンは冷静に、敵を屠った後始末に集中する。

 こうして一連の戦いは、無事に幕を下ろす。

 血振りをするように剣を振ると、太陽に照らされたフラガラッハがより一層、その輝きを増す。暫らくその場にとどまり、何事も無い事を確認すると、彼らは転移魔法でその姿を消した。



 大変だった。とにかく大変だったと言うほかない。王都を目指してやってくる白い巨人の群れへの対処に気を取られていると、突如として王都の真上に巨大な黒い竜が現れ、飛び去ったのである。

 大いに混乱はしたものの、上層部の者達にはすぐにある程度の予想はついた。あくまで予想でしかなく、確定ではなかったので、不安は拭えなかったが。

 誰もが大きな不安を抱えており暴動などに発展せぬよう、冒険者ギルドなどと協力して民を落ち着かせるくらいしか、出来ることは無かった。次から次へとやってくる問題に、当然ながら関係各所の胃に穴が開いたのは言うまでもない。


 城の方も大変だった。


「やはり妾が直接、出るしかなかろう!?」


 此処にも暴走しかけた人が居たのだ。王家に伝わる魔法の鎧と聖剣プレシューズを佩いた女王マルガレータ・セーデルホルム・ルンドクヴィスト・レクス・ルグトが、自ら前線に赴くと言い始めたのだから、周囲は止めるのに必死だった。

 自らも腕に覚えがあるうえ、実際に聖剣を扱えるほどの実力があるから、余計に始末が悪い。

 王として先頭に立ち、民の不安を和らげるべきだと主張するものの、周囲は女王自らが出る時点で、後が無い事を民に知らせるだけだと何とか押し留めたのである。

 碌な事にならないから大人しく政務をしてくれ。臣下一同、誰もがそう思ったのは決して悪くない。

 実際の所、あちこちから問題の報告が来ており、それに対処したいのに一番上がこの調子なので、作業は遅々として進まず、やはり胃に穴が開いた。


 その混乱が収まり始めたのは、巨人の迎撃に出ていた鉄剣騎士団と鋼壁騎士団、双方の帰還を知らせる先触れのお陰であった。

 何故か冒険者達も混ざっていたが、そんなこともあるさと、とりあえず流す。流したい。流さなければ仕事が増える。

 巨人騒ぎの混乱のせいもあって、情報の行き違いもあり、ダンジョン攻略が終わっていた事を知ったのは、彼らを城に迎え入れた時である。ああ、胃が痛い。とは誰の言葉だったか。


 ダンジョン攻略の完了と巨人の群れの討伐。この二つが同時にやってきてしまい、更に仕事が増えたのは言うまでもない。とはいえ目下の大問題は落ち着いたので、幾分か心が穏やかだったのは良い事の筈である。そうじゃなければやってられない。

 周囲の鬼気迫る迫力に、帰還した者達は訳が分からず、しかし大人しく口をつぐんで嵐が過ぎ去るのを待つのだった。



 適当に豪奢な部屋に放り込まれ、状況が落ち着くまで軟禁。これも仕方がない。幸い、一緒にダンジョン攻略を行ったスタファンたちが自分達の世話を焼いてくれているので、退屈しなかったのは有難かった。


「なんか、みんな忙しそうだね」

「……そりゃそうだろ」


 完全に他人事なユウリの態度に、クレストが大きな溜息を零す。何も悪い事をしたわけではないとはいえ、滅茶苦茶やったのだから当然なのだ。

 まだその辺りの想像力が育っていない少年には、理解するのは難しい。

 実際スタファンたちも代わる代わる、部屋の外に出ながら情報を集めたり、仕事をしたりと忙しいようだ。

 それぞれの団長からはダンジョン攻略後に、そのまま巨人戦に加わったのだから休めと言われているものの、休んでいられる状況ではないことくらい誰もが理解している。

 それでも恩人であり功労者でもある、【ユグドラシル】の面々を放っておくわけにはいかなかったのと、万が一にも何か変なのが彼らとの接触を試み、更に余計な仕事を増やされてはたまらないのだ。


 そんな風に彼らが大人しくしていた時、部屋の扉を叩く音がした。不審に思いながら、控えていた騎士の一人が扉開けて確認すると、大慌てで来客を出迎えるのが見えて不思議に思う。

 ユウリ達もその尋常ならざる空気に椅子から腰を浮かせかけたが、それを来訪者が軽く手を上げて制する。


「……えっと?」

「非公式の場ゆえ、そのままで良い。妾はこの国を治める者。マルガレータ・セーデルホルム・ルンドクヴィスト・レクス・ルグトである。未だ国が混乱している故、簡単ではあるが其方らに労いの言葉をと思ってな」


 まさかの女王自らが、この場に登場した。鎧を纏い剣を帯び、凡そ王とはかけ離れた姿だ。流石にこれには誰もが面食らい、クレストとヘルガ、アイリスが慌てて床に膝をつく。ユウリ達もそれに倣って、大人しく膝をついた。


「ああ、よいと言うのに。……それにしても【ユグドラシル】よ。主らの此度の働き、本当に大義であった。この国全てのダンジョンを見事攻略して見せただけでなく、突如としてこの国を襲った白い巨人どもを退治するのにも、尽力したと聞いた。その並々ならぬ力と、義に篤きその行動。我が名において、必ずや報いてみせると約束しよう」


 苦笑しつつも、しかし堂々と女王マルガレータは言う。


「やれやれ、そろそろ顔を上げんか。さっきも言ったが、これは非公式。畏まるにはまだ早いぞ」

「……はっ。その、女王陛下のような高貴な方と、接する機会が無かったもので……」

「え? 魔王さんとか、レイ姉ちゃんも王様だったよね?」


 女王に言われて恐る恐る頭を上げて、そう告げるクレストにユウリが思わず余計な事を呟く。ばっちり場が静まり返った。恐る恐る女王の方を見れば、なにやら呆れたような、しかし意味深な微笑みが見て取れる。間違いなく聞かれただろう。


「ふむ。なかなか面白そうな冒険をしてきたようだな。その内それらもゆっくりと聞かせて貰うことにしよう。だが今はしっかりと休むが良い。もうじき王都も落ち着くであろうから、その時には盛大に祝うとしようぞ」


 にやりと笑みを浮かべた女王は、そう言って部屋を出ていく。どうやら女王一人でここまで来たらしく、それに気付いたスタファンが、慌てて騎士たちついていくように命じていた。



 王都を一周するように、華やかに進む一団。彼らの進む道には色とりどりの花弁が撒かれ、楽隊がそれを更に盛り上げる。今日の主役は王都を守護する女王直属の二つの騎士団と、全ダンジョンの攻略を成し遂げた冒険者パーティ【ユグドラシル】である。

 誰もが彼らを一目見ようと、大通りに詰め掛け、ある者は木の上に、またある者は屋根の上から覗き込もうとするほどだ。

 鉄剣騎士団団長であるカーチス・ノドと、鋼壁騎士団団長ウルツ・グーラを先頭に、二列に並んでそれぞれの騎士が勇壮な軍馬に乗ってゆっくりと進む。

 列の中央付近には八頭立ての大きな荷馬車のような、パレードフロートにはユウリ達【ユグドラシル】が、民衆に手を振って応えていた。というよりもこれが彼らの仕事である。

 本人たちは全力で嫌がっていたが、今回の主役が居ないパレードなど許されないと押し切られ、仕方なく見世物になっている状態だ。

 ただ仕方が無いからとユウリが、悪足掻きのような悪ノリをしており、普段はただの鎧のようにしか見えない、深い蒼色が特徴的な魔竜の鎧がその本領を発揮しているのだ。

 普段使いの鎧であるし皆も見慣れてはいるのだが、しかしユウリが本気の気配を纏った時には、一気にその存在感を増す。いつもの状態なら子供がちょっと背伸びをしているような、そんな微笑ましささえあるのにだ。

 今はそんなもの微塵も存在しない。歴戦の勇士としての気配を纏ったその姿は、一緒に進む軍馬さえ僅かに怯えさせ、見物人たちもその姿に畏れさえ感じていた。


「ユウリ……それ、なんとかならないか?」

「えー、たまにはいいじゃない。僕だってちょっと真面目にやれば、こんなもんなんだよって見せたいし」

「お前の思っているようなもんじゃねえよ、それは……」


 悪戯っぽく笑うユウリの隣で、クレストが僅かに顔を引きつらせながら、小さく溜息を吐いた。因みに今回、珍しくテュポーンも参加している。大きさは魔法で自由になるので、ユウリ達の更に後ろのパレードフロートに、退屈そうに乗せられているのだ。

 当然民衆はドラゴンなど見た事がないので、大興奮である。


 パレードが終われば今度は王城前の広場で、女王陛下から直接、民衆の前でお褒めの言葉を頂く事になっていた。

 ルグト王国全てのダンジョンを制し、更に王都に迫った危機さえも騎士団と共に退けた、稀代の冒険者集団。その彼らに相応しい栄誉が、今与えられようとしているのである。


「冒険者パーティ【ユグドラシル】よ。此度の働き、お前達の努力と活動は今まさに結実し、ルグト王国における最高の冒険者である事を、マルガレータ・セーデルホルム・ルンドクヴィスト・レクス・ルグトが認めるものである」


 女王マルガレータが、厳かに言葉を紡ぐ。しんと静まり返った広場では、彼女の声のみが木霊する。

 誰もが固唾を飲んで見ているその視線の先には、相棒である十メートルほどの大きさの黒い竜に跨った、一人の少年の姿があった。


「冒険者ユウリ、皆に見せてやるが良い。其方は竜を友とし、あらゆる危難を退け、そして今や万人が認める、我が国最高の冒険者となった。ここに我が国で最高の冒険者の称号、アダマンタイトプレートの所有者が誕生したのである!」


 その言葉受け、ユウリは一枚のプレートを掲げる。それはユウリの鎧と同じ、深い蒼色をしたアダマンタイト製のプレート。

 冒険者ギルドが定める最高峰であるプラチナプレートを超える、その国の王家が認めた証。


 掲げられたプレートを称えるように、民衆の大歓声は何時までもやむことは無かった。


連続更新はここまで。

次回の投稿日は3/21を予定しております。

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