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第百六十八話「ダンジョン攻略者」


 ザモスの街の外れ、厳重な砦に守られたダンジョンへの唯一の出入り口。何時ものように何もないかと見回りをしていた兵士が、ふとぽっかりと口を開けたダンジョンの入り口に視線を向けた時だった。


「なんだ……? 入り口が、無くなってる!?」


 思わず声を上げると、聞きつけてきた他の兵士たちも、各々が有る筈の入り口が無くなっていることに気付き、慌てふためく。上官が慌てて領主へと伝令を走らせ、どうなっているのかと調査しようと指示を出していた時に、それは起こった。

 大地が揺れる。小さく、しかし確かに揺れている。だが街の方へ目を向けても、誰もそれに気付いていないのだ。極限定的に、ダンジョンの入り口があった場所だけが震えている事に気付くのに、暫らく時間を要した。


「ダンジョンがあった周囲が、ひっ、光ってます!?」

「い、急いで離れろ!? 全員魔物の出現に備えよ!」


 前代未聞の状況に、魔物か何かが出現する前触れではないのかと、そう身構えるしかない。何が起こるのかわからないのだ。

 そんな時、兵士の一人が何かを見つける。


「ひ、ヒトです! 光の中から、ヒトが現れました!」

「どういうことだ!?」

「冒険者です。現在ダンジョンに潜っている冒険者パーティ思わしき連中が、順に現れています!」

「魔物はいるか?」

「今のところ確認できません!」

「冒険者達の様子に注視し、警戒を怠るな!」


 この砦を守る責任者を任されている獣人の男は、鼻を動かしながら空気を嗅ぐ。どうにもおかしなことばかりだが、嫌な感じはしない。獣人特有の嗅覚は、時に大きな危険さえ嗅ぎ分けられる者が、たまに現れる事があると言う。

 人間で言う直感に似たような能力であり、経験によって磨かれるものでもあると言われているが、半獣人の中にも同じ現象が現れる者もおり、詳しくは分かっていない。

 だがそれなりに当たるのだ。この手の予感染みたものは。


「……危険は、なさそうだな」


 次々と現れる冒険者見て、責任者の男は呟く。冒険者達も、誰もが困惑しているのだ。中には怪我をしている者もいて、九死に一生を得たような、そんな状態の者も居る。

 そして一際強い輝きと共に、生存が絶望視されていた、初挑戦のパーティが姿を現したのである。彼らが運よく生きていた事もだが、やはり彼らも何が起きたのか困惑しており、しかし絶対に見逃してはならない存在がそこに居るのを見つけてしまう。


「なんだあれは……トカゲの、魔物か?」


 宙に浮かぶ、翼を持ったトカゲのような小さな黒い生き物に視線を向けると、全身が総毛立つのを感じた。あれはこんなところにいていいはずがない、バケモノであると。理屈ではない本能で感じ取ったのである。




「……っ。みんな、大丈夫!?」


 漸く光が治まり、ユウリが仲間たちに声をかける。すると全員から無事だと言う声が聞こえ、とりあえずは安堵する。しかし突然自分達の周囲に沢山の気配があるので、思わず身構えてしまうのは仕方がないことだろう。

 魔法がメインの三人を庇うように、ユウリ達は素早く陣形を組む。そこまで動いた時、やっと自分達の状況が見えてきた。


「なんだいこりゃ。ここはどこだい?」

「つか、周りにいるのは冒険者、だよな?」

「えっ、どういうこと?」

「うわー、ヒトがいっぱいだ!」


 他の冒険者らしき者達も、大半がこちらに注目している。怪我をしている者がいるところは、助けてくれと声を上げており、そこで漸く、彼らは緊張を解いて自分達の今の状況を把握しようと努めるようになった。

 神官らしき者や、ヒールポーションを握った者が駆け寄って行っていく姿を見つめながら、クレスト達はやっと肩の力を抜く事が出来たのである。


「……地上に戻ってきた、みたいだな」

『最後のアレは、転移の光だろう。なるほど、オレ様達がダンジョンを攻略したから、邪魔だから放り出したって訳か』

「って、テュポーン様!? 早くこっちの背嚢に……っ」

『今更おせえ。……なるほど、ダンジョンは休眠してるな。最奥の守護者を倒され、財宝を奪われたら力尽きた、と』


 焦るステラを無視しつつ、テュポーンは今起きた現象を分析するのに忙しい。彼の感覚からしても、ここは間違いなく地上であり、自分達がダンジョンに入る前に居た、壁の中そのものだと断言できた。


「とりあえず、帰りの手間が省けたのはラッキーだった。ってことでいいんだよね?」

「そんな気楽なもんじゃないだろ、この様子だと休めるのが何時になるやら……だな」


 暢気な事を言うユウリに釘を刺すように、クレストはざわつく兵士たちを引き連れてこちらに向かってくる、偉そうなドワーフを見て、大きな溜息を吐くのであった。



 この地を治めるダンジョン侯である、ゴトフリート・テオレル・ザモス侯爵は顔中のしわを更に深くしながら、ダンジョンの方へと馬車を急がせていた。

 この国でダンジョンが最後に攻略されたのは、凡そ三十年ほど前。ルブルエのダンジョンであった。更に隣国のアトラシア帝国であるならば、たった数年前だ。だからこそゴトフリートは、ダンジョンの監視砦で起こった現象がなんであるのか、正しく理解している。


「もっと急がせろ。ダンジョン攻略者が現れたのだ、絶対に確保するぞ」


 その言葉に強い意志を込め、ゴトフリートは指示を出す。彼は直感していた。途方もない何かが、この国で起こる。そんな予感を抱いていた。



「……そこの冒険者たち。お前達が最後に転移して来たそうだな」


 ゴトフリートと名乗った領主にそう言われ、クレストは小さく首肯する。しかしゴトフリートの視線はクレストの方ではなく、ユウリに注がれていた。もっと正確に言うと、彼の頭の上に居る小さな黒竜、テュポーンに対してだ。


「我々の持つ記録が正しければ、お前達がこの街のダンジョンを攻略したことになる。相違ないか?」

「あー。最下層でゴーレム倒して、宝物庫みたいなところでお宝を手に入れた、ってのが攻略したことになるんなら、そうなる」

「うむ。ではお前達のパーティを、我が屋敷に招待しよう。確かこの国のダンジョンは、初めてだと聞いている。攻略後の手続きの為だ。嫌とは言わんよな?」


 一見して好々爺のように穏やかな口調ではあれど、ゴトフリートから滲み出ている迫力は決して逃がさないと、有無を言わせぬものがあった。

 クレストは渋い顔をしながらユウリの方を見ると、テュポーンと何かを話していたユウリがこちらに気付き、小さく頷いて見せたので、領主の申し出を了承することにする。


「ああ、分からないことだらけだから、お手柔らかにお願いするぜ。領主様」

「当然じゃ。悪いようにはせんから、安心せよ。ダンジョン攻略者、英雄の出現だ! 皆、祭りの準備を始めよ。三十年ぶりじゃ、盛大に祝うぞ!」


 破顔したゴトフリートがそう宣言すると、砦の各所からラッパのような楽器が吹き鳴らされた。それはダンジョン攻略が為された時にのみ奏でられると言う、特別な物。

 周囲の冒険者たちから困惑とどよめき、そしてダンジョン攻略者が現れた瞬間に立ち会えた歓びに湧き上がる。


「さてさて。では屋敷に向かうとするかの。これから忙しくなるぞ。儂も、其方らもな」

『オレ様に聞きたい事があるんじゃないのか、ドワーフ』

「……知恵ある竜よ、それはまた後でお願いする。上等な酒も用意する故、今は大人しくなされい」

『ほう、良い心がけだ。話が分かる奴は、嫌いじゃないぞ』

「ほっほっ。色々聞かせて貰いますぞ」


 侯爵が用意した馬車に乗りながら、そんな会話が交わされる。あのテュポーンが自分からヒトに絡んでいく姿に、一同顔をひきつらせたものの、相手も心得たもので難なくテュポーンを納得させた姿に、保護者組は背筋に冷たいものを覚えるのであった。



 侯爵の屋敷に迎えられ、体を清めて用意された服を身に付けさせられた後、豪勢な食事が振る舞われた。しかし侯爵はダンジョンの話や宝に関する事には特に触れず、彼らのこれまでの旅路の方を聞きたがっていたのが印象的であった。

 食事とちょっとした歓談がすめば、一行はゆっくり休むようにと言われる。用意された男女それぞれの部屋には、複数の使用人が待ち構えており、慣れない環境に面食らってしまうのも無理はない。

 監視も兼ねている事は理解できるが、特に何かされる訳でもないので相手の出方がわからず、とりあえずは大人しくするほかないだろう。特にすることも無く、日が暮れてからはユウリ達はそのまますぐに寝る事にして、体を休めることにするのだった。



 翌日、爽やかな朝日と共にユウリは目覚める。

 普通なら横になるどころか、見る事さえ不可能な高級ベッドなのだが、残念ながら一行はそれ以上の贅沢を知っている。

 ユウリの持つセーフハウスカード内の施設は日本のそれを基準としている為、文明レベルが違うのだから仕方が無いと言えば仕方がないのだ。


「うぅん、よく眠れたような、そうじゃないような……」

「おはようさん。俺もなんだか体が痛いな……アレに慣れ過ぎたせいか?」

「あんちゃんたち、おはよー!」


 思ったよりも微妙な寝心地だったからか、目覚めが爽やか、というほどではない。唯一マットだけが、何時もと変わらぬ様子であった。


「皆さま、おはようございます。皆様の御召し物も洗濯が済んでおりますよ。お持ちしましたので、こちらをどうぞ」

「ど、どうもありがとうございます」

「……貴族のお屋敷だからな。面食らうのは分かる」


 洗顔から着替えさえも甲斐甲斐しく世話され、慣れない環境にユウリは困惑する。クレストも似たようなものなのだが、それを全く見せない辺り、人生経験の差と言うものだろう。

 逆に全く動揺も困惑も無く、世話をされているマットはなかなかの大物であった。因みにテュポーンは、昨夜はソファの上のクッションにいて、ユウリ達が起きてからはずっとユウリの頭の上にいる。

 一通りの準備が終わり、ユウリ達は朝食の準備が出来たとの事で、昨夜食事を摂った食堂へと案内された。中に入ると既にヘルガ達も揃っており、やはりどこか落ち着かない表情を浮かべているので、あちらも同じかと苦笑を浮かべる。


「みな揃っているな。昨夜はよく眠れたかの?」

「おはようございます、侯爵閣下。昨夜は格別のご厚情を賜り、ありがとうございます」

「うむうむ。こちらも名高い北の【剛剣】とその一行の話が聞けて、楽しませてもらった。楽にせよ」


 この手のやり取りは、主にクレストが担当する。この中で一番貴族とやり取りする経験多いのは、ゴールドプレートの彼だけなのである。アイリスも不得手ではないが、彼女の場合は冒険者としての地位が低いので、基本的に出しゃばったりはしない。

 当然ながらまだまだ子供のユウリでは到底、彼のような言葉遣いと対応は出来ないのだ。

 昨夜と同じく和やかに食事が進み、デザートまで平らげて少し時間が過ぎた頃。ゴトフリートが頃合いを見計らったように、ゆっくりと口を開いた。


「今日は冒険者ギルドの支部長と幹部連中、それに役所の役人などが来る。ダンジョンでのことについては、そこで聞かせて貰うでな。お前達が手にした宝についても、詳しく教えてもらうぞ」

「……わかりました。それらは自分だけが、参加すれば良いのですか?」


 そうクレストが返すと、ゴトフリートはゆっくりと首を左右に振る。


「残念だがそうはいかん。パーティメンバー全員で参加してもらう必要がある。勿論、ドラゴン殿にもだ」

『ま、構わんぞ。話を聞きたいと言っておきながら、全然聞いてこなかったからな』

「いやはや、お待たせして申し訳ない。急な事ゆえ、こちらにも準備と言うものが必要でしてな。どうかご容赦を」

「テュポーン、偉そうにしすぎ」

『別にいいだろう。オレ様は強い。だから偉いのだ』


 頭の上で踏ん反りかえるテュポーンに、何時ものようにユウリが呆れたように声をかける。その様子をゴトフリートは目を細めながら、しかし彼らから目を離す事はない。


「いやいや、構わん構わん。其方はユウリ、だったな。そのドラゴン殿とは気安く接していて、随分と縁深いようだ。それについても、後で聞かせてもらえるかの?」

「えっと……」

『話せるかどうかは、オレ様が決める。いいな?』

「……なるほど。承知した」


 誰もがテュポーンとゴトフリートのやり取りにハラハラしながら、しかし終始和やかに話は進むのであった。


ダンジョン攻略完了!

早速権力者に捕まったので、逃げられない!

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