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第百四十四話「近衛」


 大地を抉るほどの一条の光が、ダークアントの群れを呑み込んで消滅させていく。その圧倒的な力に、誰もが震え、しかしその強大な力に勝利を確信する。


「……まさか、あれ程とは」


 からからに乾いた喉から、漸くその一言を呟くことが出来た。指示を出したヴィクターでさえも、あれ程の威力の魔力砲撃とは想定していなかったのだから、仕方がないのだろう。

 しかしその一撃でもって、完全にダークアントの勢いは止まったと言える。既に大半が死滅したお陰で、後に続いてくる蟻どもはいない。

 残った相手を一気に蹴散らすには、まさに今が好機であった。


「突撃せよ! 蟻どもを殺し尽くせ!」


 そう声を張り上げて、ヴィクターは兵士たちに檄を飛ばしながら、馬を走らせていく。



「……ちょっと、やり過ぎたかな?」


 魔力を撃ち尽くし、放熱している愛槍の爆撃槍ブラストランスを見ながら、ベリエスは苦笑する。やってしまったものは仕方がない。あれだけの蟻を一掃出来たのだから、御の字であろう。

 だが彼の眼には、まだまだダークアントが残っているのが見えている。大地を抉るほどの一撃であっても、彼らの巣穴の奥底には届いていないからだ。

 しかし確実に効果はあった。慌てたようにソルジャーたちが巣穴から飛び出し、こちらへとやってくる。それならば十分な働きは出来ただろう。そう思うことにして現実逃避をしながら、ベリエスは愛馬と共に自陣へと引き返すのであった。



 抉れた大地を見ながら、ユウリは少しだけ表情を険しくする。今まで感じなかった、大地の底から今まで感じた事のない、大きな気配が出てこようとしているのが分かったからだ。


「なんか、嫌な予感がする……」


 そう小さく呟いたのを、隣にいたヘルガが耳聡く聞いていた。


「嫌な予感って、なんかまた変なのでも出てくるんじゃないだろうね?」

「えっ、えっと……僕にもよくわかんないんだけど、でも、何か大きな気配を感じてる。でも僕はこの気配が何かわからないんだ。多分、初めての感じのやつだから」


 ヘルガの問いにユウリが答えると、彼女は少しだけ難しい顔をして、小さく頭を左右に振った。


「まだ出て来ても居ない相手の事を考えても仕方がない。今は目の前の敵に集中だよ。といっても、私らはどうせ暇なんだから、怪我人をステラ達の所に運ぶのを手伝っとくれ」

「うん。わかった!」


 自分達の役割は、あくまでも後方支援。戦闘力は高いが、同時に魔法による治癒が出来る者が複数と言う、非常に稀有な立ち位置であるが故に、彼らはその役割を任されているのだ。

 実際ダークアントとの戦いは、熾烈を極めていると言う。単体から数体程度としてなら如何様にも、無傷で倒せる相手ではある。しかしそれが数十数百と絶え間なく押し寄せて来るのだ。

 幾ら手練れの兵士や熟練の冒険者と言えど、休みなく戦い続けるなど不可能に等しい。戦えば疲労し、疲労が蓄積すれば注意力も散漫になる。そんな隙を突かれて傷を負うのだ。

 ユウリとヘルガの仕事は、そうやって傷ついた冒険者達のフォローに入り、撤退支援をすることでもある。本来ならクレストもここに加わる予定だったのだが、彼はマットと共にステラ達の護衛側に回り、神官の先達としてアイリスのフォローをする役目を買って出ているのだ。

 他にもルナは、オーガムという魔法で陣地周辺を木々で防御を固めたり、ヒールポーションに似た徐々に体力や傷を癒す薬を作るなどして貢献している。


「アルベルト、そっちは大丈夫?」

「ああ、こっちはまだ大丈夫だ。それよりもう少し先にいる冒険者達が、まだ戻れてないはずだ。様子を見てくれるか!?」

「わかった。ちょっと行ってくる」


 軽く剣を振り、並み居る蟻どもを軽々と蹴散らして、ユウリはヘルガと共に、散歩にでも行くかのような足取りで、死屍累々の戦場を進んでいく。



「……なんなんですか、あの人。いえ、確かに悪魔ディアブロとの戦いでもオレとレーヴィが居るところまで吹っ飛ばされたのに、ピンピンしたまま戦いに戻って行きましたが」

「ユウリについては、あんまり気にしない方がいいよ。彼は俺なんかより、ずっと強いから」

「勇者様よりも、ですか?」

「ああ。あの悪魔を倒したのだって、本当はユウリだ。俺はその手伝いをしたに過ぎない」


 アルベルトからあの戦いの真相を聞かされたバートは、驚きはしたものの同時に納得している。突然現れた黒いドラゴンと勇者が協力してあの悪魔を退治したものの、その後数人のヒトを乗せてドラゴンが飛び去ったのを、彼はハッキリと目撃していたからだ。


「だからと言って、彼に全部を任せるなんて出来ない。バート、右から来るぞ!」

「ハイッ!」


 仲間の死体の影から、ダークアントが襲い掛かる。その一撃をバートは蟻の下に潜るようにして回避し、全力で蹴り上げる。僅かに凹んだ甲殻と浮きあがった体を、勇者の剣が首を切裂いてその生命を刈り取った。


「怪我はないな? 次が来るぞ!」


 勇者が仲間たちに檄を飛ばし、気合を入れる。蟻の数はかなり減ったものの、それでもこの戦いの終わりはまだ見えそうになかった。



 本陣に戻ったベリエス卿は、ギュンター卿と合流し、すぐに部隊を動かし始めた。やがて自分達の出番を知らせる角笛が鳴り響き、彼らは戦場を迂回しながら丘を下っていく。

 彼らが相手にするべき敵は、近衛と呼ばれるより強大なダークアントの上位種。ダークアント・ソルジャーなのだ。

 地響きが段々と大きくなる。敵の第二派は、もうすぐそこまで迫って来ていた。


「魔銃部隊、展開! 魔術弾装填! 使用する魔術弾を間違えるなよ!」

「流石に改良型は、間に合わなかったねぇ」

「……貴様、何をしている?」


 ギュンター卿の声に合わせて、部隊が配置についていく。中央に魔銃を構える者達、左右には接近された時用に長方形の大きな盾と長槍を構えた兵士達が、ファランクスのような構えで待機している。

 そんな中、何故か隣にいるベリエス卿を、ギュンター卿がギロリと睨みつける。そんな視線を受けてもベリエス卿は飄々とした態度で、にこやかに口を開いた。


「いや、ここからはギュンター卿の仕事だろう? 私は君の護衛だよ」

「チッ、仕方が無いか。だがあの敵の数、こちらも被害は避けられんな……」

「私がもう少し前に出られるなら、ある程度は薙ぎ払えるんだけれどね」


 あれだけの攻撃で数を減らしたはずだと言うのに、こちらに向かってくる敵の数と勢いは衰えたように見えない。何かの間違いだと言いたくなるほどに、絶望的な状況だと言えるだろう。


「やめろ。それは撤退時に殿を任せる時か、本当にどうしようもない時の最終手段だ」

「勿論、わかっているとも」


 それでも冷静な態度を崩さないギュンター卿とベリエス卿は、もうじき到達するであろう近衛達をしっかりと見据えていた。


 ダークアント・ソルジャーは、通常のダークアントと比べて一回り大きく、顎や脚はダークアントの物と比べて倍は太く大きいものになっている。

 甲殻も更に硬く、各部が鋭く尖ったモノになっている為、ただの体当たりですら軽々と鉄製の鎧に穴を開けるのだ。そんなものをスキルや魔法の支援も無しに挑むのは、かなり危険な相手だと言えるだろう。

 そんなダークアント・ソルジャーが、群れで襲い掛かって来ているのである。既に一定の戦果を挙げている魔銃部隊の隊員たちでさえ、内心恐怖に震え上がり、命を捨てる覚悟さえしているのだ。


「魔物との戦いなど、大した利にもならんから嫌なんだ。そのくせこちらの消耗ばかりが大きくなる。全くもって割に合わん」

「今回は相手の性質から考えても、殲滅するしか道がないからね。本当に嫌な戦いだよ」


 戦とは外交手段の一つだ。儲からない戦いなどする意味がないし、そんな戦いに諸侯の腰は重い。それでも功名心や忠義の為に駆け付けた者も少なくはない以上、ここで新兵器である魔銃の有用性をしっかりと見せつけておくべきである。

 それこそが今回の戦いにおける、最大の目的の一つなのだから。


「さあ、十分に引きつけろ。……今だ! 前列、一斉に撃て!」


 ギュンター卿の掛け声を受けて、それぞれの指揮官たちが攻撃命令を出していく。光り輝く魔力の塊が矢の如く次々と射出され、戦いに特化した蟻の近衛たちに襲い掛かる。

 魔法とはこの世の理とはまた違った法則によって働く力。ひとたび攻撃の為に使われれば、それらはどれほど硬い鎧で固め身を守ろうともそれらを容易く貫通し、時にはすり抜け、確実に手痛い痛打となって相手に傷を負わせるのだ。

 だからこそ魔法と言う力は強力であり、それぞれの国が魔法士を囲い、その技術と知識を秘匿するのである。

 それを疑似的に模倣する魔術は、確かに強力だった。一発一発は大したことはないものの、しかし確実にダークアント・ソルジャーに傷を負わせることに成功している。

 脚がもげ、眼が潰され、身を覆う甲殻が割れようとも、それでも近衛の進軍は止まらない。奴らは死ぬまで戦い続ける、恐ろしいバケモノだと言う事を、魔銃部隊の面々にまざまざと見せつけて来た。


「中列、前へ。構え、撃て!」


 魔銃部隊とて負けてはいない。訓練された一糸乱れぬ動きで、入れ替わり、即座に構えて次の魔術を射出する。その洗練された鮮やかな戦い方、圧倒的な殲滅力に、他の兵士や冒険者達さえも、思わず見とれてしまっていた。

 それでも足りない。それでも蟻どもの勢いは殺し切れない。数こそが力と言わんばかりに、死を恐れぬ捨て身の戦いをする相手ほど、危険で恐ろしいものはないのだ。

 更には奴らの戦い方に、変化が生まれた。仲間の死骸を盾に、後方からギ酸を飛ばして来るようになったのである。


「蟻の癖に、人間のような戦い方を!」


 こうなれば、流石に魔銃部隊とて無傷ではいられなかった。しかし混乱は小さく、傷ついた者はすぐさま仲間の手を借りて下がり、代わりの者がフォローに入る。

 そうしている間にも、再び酸の塊が降り注ごうとしたその時。次の瞬間、部隊の周りを守るように、水の膜が展開されて見事にギ酸を防いでくれたのだ。


「お待たせ。そちらのお偉いさんに言われて、フォローに来たわ」

「おや、君たちか」

「ベリエスさん。そろそろ僕たちの出番、だよね?」


 後ろを振り向けば、ユウリ達のパーティが合流しに来ている。大して驚いた風も無く、ベリエス卿もギュンター卿も、予定通りと言わんばかりに頷いて見せた。


「……ベリエス卿。こちらは卿から何も説明がないのだが、その子供を連れてあの蟻の奥へと突っ込んでいくつもりかね?」

「うん。察しが良くて助かるよ。大丈夫、彼はちょっとした切り札があるからね。今回の戦いで、十分な活躍を期待できるさ」

「それはこちらに報告する気が無い、ということだな?」

「私の事を隠したいのであれば、彼らに関しても、余り触れない方がいい。あれらの元凶をどうにかする為にもね」


 どこか悪戯が成功した子供のような表情でウインクすると、ギュンター卿は目に見えて嫌そうな顔をしながら不機嫌になる。


「また! 貴様は! こちらの計画を引っ掻き回すつもりか!?」

「だが、卿も理解しているはずだ。このままではジリ貧だ、と言うことくらいは」

「……魔銃部隊が倒すだけの数は残しておけよ」

「それはもちろん。こちらの目的は、元凶の方だからね」


 ユウリの手を引いて愛馬に乗せ、自分の前に座らせてから真面目な表情でベリエス卿が頷く。それを見たギュンター卿は諦めたように、小さく頭を振った。


「ったく。さっさと済ませてこい。あと派手な事はするなよ」

「……こっちが派手な事をせず、敵が派手な事をした場合は、不可抗力になるよね?」

「なるわけあるか!」


 そんな事を言い合う二人を無視するように、ユウリの仲間たちは戦場に飛び込むことになる少年に対して、激励の言葉を送っている。


「ユウリ、こっちは何とかするから、ちゃんと帰ってくるのよ?」

「無茶……じゃなくてあっちの騎士様が言うように、派手な事だけはするんじゃないよ?」

「すみません。怪我人の治療があるので気の利いたことは言えませんが、頑張ってください!」

「ま、こっちは俺達が居るから、蟻どもの元凶とやらをさっさと倒してこい」

「ユウリあんちゃん、終わったらお祭りに行こうね!」

「お祭り、行きたいです。早く終わらせましょう」


 好き勝手に言う仲間たちに、しかしユウリは嬉しそうに、しっかりと頷いて返す。


「じゃあみんな、行ってきます!」

「では行こうか。悪いけど、少し蟻を蹴散らしながら行くから、そこは勘弁してくれ」


 二人が跨る黄金の鬣の巨大な馬は、一声鳴くと同時に、風のように速く、ダークアント・ソルジャーを軽々と踏み潰しながら、あっという間に黒波の中を突っ切っていくのであった。


最強の二人が、こっそりと元凶を討ちに行く。果たして目立たずに目的を達成できるのか?

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