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第百十八話「魔王との謁見」


 その大きな力と戦果を前に、魔王バルバシムは打ち震えていた。あれだけの魔物を前に、一人でいともたやすく撃退したユウリの実力。自分一人でも簡単には後れは取らないが、ユウリのように簡単に終わらせられたかと言うと、答えは否だ。

 ユウリが使った力の正体は不明なものの、あの技を放つ瞬間、彼自身が黄金色の光に包まれていたのは見えた。あの力を先程の自分との戦いに向けられていたなら、為す術なく負けていたのは自分の方であったのは間違いない。

 その判断が出来るからこそ、彼はこの国の王であり強者なのだ。今、魔王と呼ばれた男は、自身のプライドを打ち砕かれながらも、それでも崩れ落ちぬよう堪えていた。


「冥王め……一体何のつもりだ」


 死の山と呼ばれるグレイヴマウンテンに座する冥王が、わざわざ従者と共に自分の所に寄越してきた客人。それがあのユウリと言う名の子供なのは間違いなかった。


 亜人と言うだけで差別し、迫害する人間。か弱き心と肉体しか持たない、自分よりも立場の弱い者を生贄にして心の安寧を計る生き物。

 その愚かさ故に、最強の絶対者を頂点として支配し、統治してやらねばならぬと決意して、魔王バルバシムはここまでやって来た。しかし冥王により計画の多くは邪魔されて百年以上、一向に遅々として進まなかったのだ。

 こちらの理を説いても冥王からは、共感は得られど賛同は得られなかった。人間の軍勢を一蹴するだけの力を持ちながら、それを他者の為に揮う事は無かったのだ。

 どれほどの高い知性を持とうが、所詮はアンデッド。生者の争い事に興味関心がないと魔王も一度は諦めた。しかし自分達がいざ攻め込もうとすれば、冥王は当然のように邪魔をしてくるのである。

 その身勝手さにどちらの味方だと問えば、「争わないで欲しい」などと馬鹿げた事を言われてしまった。自分達は明日をも知れぬ中、助けを求める同胞を救い、悪逆非道を働く人間たちを誅する為に挙兵する事さえ、冥王は否を突きつけたのだ。

 険しい山々を超えて漸く辿り着いた死の大地。そこは濃い瘴気に侵され、作物もまともに実らない不毛の大地。聖剣カーテナによって、瘴気を僅かながらも浄化することで必至に生き延び、小さいながらも集落を作り上げた。しかしそれでは苦しみ抜いた末の、虚しい死を待つだけだと言うのに。

 その結果およそ百年前に、魔王は我慢を限界を超え、冥王へと単身挑んだのである。

 相手は冥王と言えど魔法士。その魔法を使わせる間もなく懐に飛び込み、聖剣カーテナを揮えば十分に勝てると踏んでの戦いであった。


 結果は惨敗。

 その時の冥王は本気でもなんでもなく、手にした杖に打ち据えられての敗北だったのだ。数多の魔法を操る魔法士に、魔法の一つも使わせることなく、接近戦で手も足も出ずに負けたのだ。

 完膚なきまでに打ち負かされた挙句、負かした本人から本気で心配され、今のようにプライドを打ち砕かれたのである。その後、死の大地の過酷さを苛立ち任せに吐き捨てるように語って聞かせたところ、冥王は暫らく思案した後、自身が唯一持っていた聖剣、死剣ミュルグレスを魔王に手渡してきた。

 聖剣カーテナと死剣ミュルグレス。二つの聖剣で、死の大地の瘴気を浄化できないか。そう語る冥王に、バルバシムは死剣ミュルグレスを受け取って渋々、引き返すほか無かったのである。

 以後、二振りの聖剣の力によって、集落周辺の土地は作物がそれなりに実る程度には浄化され、暮らしは多少安定するようになったのである。

 しかしこの地の瘴気が一向に薄まる気配は無く、常に二振りの聖剣によって浄化し続けなければ、生きていく事もままならない。結果として魔王自身は、この地を離れることは出来なくなった。聖剣を揮えるのが、彼一人しかいないのだから。

 そして暮らしが安定すれば種族によっては子も生まれ、ヒトが増える。その為に集落を広げ、畑を広げ、その繰り返しによって年輪のような城壁を備えた街が出来上がったのである。



「……これがこの国の歴史、とでも言えば気が済むか?」


 冥王の居城、祭儀の塔。その最上階にある浄化の間に聖剣を安置し終えた魔王は、ゆっくりとこちらを振り返りながら語った。

 あれからユウリ達は魔王自ら彼らを客人として認め持て成すと宣言し、一行はすんなりと魔王城へと通された。テュポーンの巨大さに誰もが恐れ戦いていたものの、ユウリ達が魔王城へと入ればすぐに小さくなって、いつも通りユウリの頭の上で寛いでいる。


「我が主どころか、百年の時を経てさえユウリ様の力を見抜けぬ負け犬風情が、随分と偉そうな口を利くものですね」

「……黙れ冥王の犬。貴様を客人と認めた覚えはないぞ!」

「これは異なことを。我が主の命はこの方々を案内し、無事に再び我が主の元へと連れ帰る事。このアルド・ビューレルを彼らから引き離したいのであれば、速やかに我が主の希望を叶える以外にありません」


 一触即発の雰囲気と言わんばかりに、アルドを睨みつける魔王バルバシム。しかしアルド自身はどこ吹く風と、歯牙にも掛けていない。

 実際に戦えばバルバシムはアルドにさえ手足を出すどころか、何も出来ぬまま即座に殺されるだろう。残念ながら武器込みでユウリと互角に打ち合えると言うことは、そう言う世界なのであり、聖剣を揮ってすらユウリの本気を引き出せなかった時点で、魔王は圧倒的格下なのである。

 何となくそれを理解しているユウリの仲間たちは、賢明にも無言を貫いているのだが、それは優しさなどではなく、これ以上話をややこしくしない為の、打算以外の何物でもなかった。


「ちょっとアルド。気持ちは分かるけれど、アンタが喋ると話が進まないよ」

「これは失礼を。我が主に関する事で黙っている事など、従者として出来ませんでしたので」

「……ああ、うん。本当に立派な忠義者だよアンタは……」


 話が進まないので思わず止めに入ったヘルガだが、アルドの全く悪びれない態度に呆れる事しか出来なかった。しかし彼女のツッコミが効いたのか、とりあえずは静かになったので魔王も小さく息を吐いていたのを、ユウリは見逃さなかった。



「……それで、貴様らがここに来た理由は何だ?」


 好き放題愚痴混じりに語るだけ語り、漸くこちらの話を聞く気になった魔王。その態度に苦笑しつつも一応は一国の主なので、クレストが代表して説明を始めた。

 ユウリではなかったのは、単純に彼が長話に飽きてしまい、マットとルナを連れてフラフラと部屋の中を歩き回っており、それをステラが必死に捕まえているところだったからだ。


「あー。冥王様からの依頼でな。バルバシム殿と会い、この国を見て来て欲しいとの事だ。その上で可能なら、力を貸してやって欲しい、とも言われている」

「……」

「俺達の本来の目的は、世界樹の苗を植えられる土地を探す事。この瘴気に塗れた土地は、その候補の一つになるかもしれないと、依頼主に教わってやって来たんだ」


 クレストの言葉を、魔王は何も言わず静かに聞き入っている。だがその視線は冷たく、冷ややかなものであった。


「何を言うのかと思えば、つまらん。人間の戯言で余をたばかれるとでも思ったか? 世界樹などとうに失われた遺物。もう少しマシな嘘くらい用意したらどうだ」

「……まあ、それが正しい普通の反応って奴だよな」


 バルバシムの言葉と態度を、クレストは肩を竦めながら軽く受け流す。その様子が気に入らなかったのか、魔王の片眉が一瞬だけ動いた。


「これ以上言葉を交わすのは無駄なようだな。ではこの国より疾く立ち去るがいい」

「分かったわかった。一応確認だが、この国の周辺を調べるのは構わないな? 苗を植えられるようなら植えてしまいたい」

「余は立ち去れと命じている」


 取り付く島もない魔王の態度に、一行は困惑よりも小さな怒りが先に来た。するとユウリがバルバシムの前まで出て、鋭い言葉を浴びせる。


「魔王さん、僕が全然本気出さなかった事、まだ拗ねてるの?」

「……なんだと? もう一度言ってみろ小僧!」

「僕が本気出す必要が無かった事に拗ねて、そうやって意地悪するんでしょう?」

「ふざけるな! 万民を救い導く王である余が、そのような低俗な理由で貴様らを遠ざける等と、よく思い上がれたものだな! 身の程を知れ!!」


 図星を突かれたのか、本気でそう思っているのかは判断しづらかったが、魔王が激昂する程度にはユウリの言葉は効果的だったようだ。そこに畳みかけるように、冥王の従者であるアルドも一歩前に出る。


「身の程を知るべきは貴様の方でしょう、貧弱魔王。これ以上我が主の厚意に泥をかけると言うのであれば、このアルド・ビューレルが速やかにこの地を更地にして差し上げますよ?」

「わあああっ!? アルドさんは落ち着いて!?」


 流石にこの国を更地にする発言は良くない。本当に出来てしまうから問題なのだ。


『落ち着く必要など無かろう。オレ様達がわざわざ足を運んだやった上でその態度なら、このような小汚い場所、消し飛ばしてしまえ』


 これまで静観していた、テュポーンまでもが乗って来た。火に油を注ぐ、等と言う生易しいものではない。地球風に例えるなら、世界中にある核ミサイルの発射スイッチを、押すか押さないかの瀬戸際である。なんとしてもここで止めなければ、本当に魔王国は地上から消えかねない。


「グッ……」

「魔王さん、いくら僕でもこの二人は一遍には止められないからね?」


 諦めたようなユウリからトドメの一撃を食らい、魔王は渋々一行の滞在を許可する事しか出来なかった。


「くだらない見栄など張らなければ、無様を晒す事も無かったでしょうに。そろそろサル山の大将に過ぎないのだと、自分の分際というものを理解して貰いたいものですね」


 丁寧に丁寧に踏み躙るような、アルドの追撃によって、魔王は撃沈した。ぐうの音も出ないと言うヤツである。


 せめてもの救いは、この部屋に魔王バルバシムの部下が居なかった事だろう。扉の外で待っている者には筒抜けになっているだろうが。


どんどん格が落ちていく魔王。相手が悪かったので、仕方ないですね。

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