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第百十話「もう一つの旅路」

本作を投稿開始してから、一年が経過しました。皆様の応援のお陰です。

これからも応援よろしくお願い致します。


 空は青く高く、見上げれば吸い込まれてしまいそうなほどに濃い蒼が、燦々と輝く太陽さえも涼し気に見せている。しかし実際にはそんなに涼しいはずも無く、徒歩で旅する旅人たちにはとても酷な暑さが襲ってくるのだ。


「あっつい……死ぬ、溶ける、太陽に焼肉にされるうぅう」


 そんな弱音を吐く赤茶けた髪色の少年を見て、一行の纏め役らしき少年が苦笑する。


「フィル、次の街までもう少しだから頑張ろう。……どこかに日陰があれば、すぐにでも休みたいとこではあるんだけれど」


 青く見える長めの髪をかき上げ、纏め役のアルベルトも恨めしそうに空を見上げた。



 勇者アルベルト一行は、現在母国であるガリオン王国への報告を済ませ、再び修行の旅に出たのである。

 彼らが所属するローヴィス教の総本山とも言える聖庁では、セタジキス王国での悪魔ディアブロとの戦いの詳細を、何度も繰り返し聞かれた。

 特にしつこかったのは帰郷に同行することになり、セタジキス王都であるメイージュから追放された元司祭、マクシムへの追及であった。苛烈と言っても良いほどの尋問に、アルベルトと神官のシャルロッテが必至に嘆願しなければ、そのまま異端審問にかけられ、どのような目に合わされていたか分からなかっただろう。

 それほどまでにアルベルトからの報告に対し、上層部は激しく動揺し、過敏になっていたのである。彼らとしては悪魔の囁きに負けた弟子を見抜けず、他所の神官の企みを手助けしたという醜聞は絶対に許し難かったのだ。

 無論、その邪悪な企みを打ち砕き、見事勇者としての務めを果たしたアルベルト達の活躍は、聖庁のお偉方にとっては非常に満足のいく結果であったのだろう。

 しかしその過程で亜人たちの力も借りていた事を話すと、絶対に口外しないよう、厳重に注意されてしまった。

 ローヴィス教の信徒は、ローヴィス教が崇拝すべき勇者は、人間達の希望であり、人間の優秀さを証明し続けなければならないのだと言う理由で。

 聖庁の態度と対応に疑問を抱くなと言う方が難しく、しかし異論を挟む事は許されなかった。

 また解放されたマクシムは、正式に神官位を剥奪され、破門。その後彼は自身を見つめ直す為、一人で旅に出ることになった。しかし彼への心配は不要であろう。教会から破門されようと、神は見捨てておらず、その奇跡は与えられたままなのだから。


 マクシムを救えず失意のまま旅に出た勇者一行の旅にも、新たな仲間が加わっていた。マクシムの付き添いであった少年レーヴィと、監視役として同行していた暗黒神の神官であるバートが加わったのである。

 これは一行を離れたマクシムたっての希望であり、二人はその意を汲んだ形での参加となった。



「勇者様の修行の旅に、他の目的があったと聞いた時は、流石に驚きました」


 そう言う暗黒神官のバートは、暑そうにはしながらも、どこか涼しげな顔で歩いている。真っ先に暑さに負けたフィルが、どこか信じられない物を見るような眼でこちらを見ているのが、少しだけ面白い。

 バートの隣では暑さに負けて、犬のように舌を出しながら歩くレーヴィがいる。

 彼はフィルの一つ下の年齢で、この一行での最年少だ。神官としてもまだまだ見習いであり、神聖魔法を授かっている訳でもない。フィルのように天性の才覚を持ち、スキルと言うヒトの限界を軽々と超える、超常の技を持つ訳でもない。

 何処にでもいる子供でしかないレーヴィは、それでも泣き言一つ言わず、重い荷物を担いで必至に食らいついてくるのを見て、早々に暑さに負けて弱音を吐いているフィルは、やはりどこか気まずそうにしていた。


「一応、極秘扱いですからね。理解しているとは思いますが、暗黒神の神官様も内密にお願いしますよ?」


 そう言って苦笑するのは、一行の最年長であり、様々な交渉事を担当するノルバロと言う名の、少々胡散臭い見た目の青年だった。


「勿論ですよ。これでも自分は暗黒神様から啓示を受けるまで、ローヴィス教の神官を目指していた身。ローヴィス様や陽光神様への敬愛を忘れるなど、あり得ません」

「ありがとう、バート」


 穏やかに笑うバートに、アルベルトが素直に礼を述べる。正直なところ、こちらの事情を理解している他の神の神官の同行は、非常に有難かった。

 悪魔との戦いで自分達の実力不足を突きつけられ、本当の意味で事態を収拾させた、ユウリと言う名の少年とその一行。あれほどの実力者が世界にはまだまだ潜んでおり、その彼らでも手を焼く存在が居るこの世界で、人間だけの力で魔王や冥王をどうにか出来るなど、アルベルトには到底思えなかった。

 そしてバート自身も、暗黒神より他者の間に立ち、その縁を繋ぐようにと啓示を受けたのだ。まさに神々の采配と言うほかなく、新たな旅の仲間として非常に心強い存在だろう。


「ノルバロはそうは言うけど、そもそも本当にあるの? その目的の物って」


 女魔法士のディディエが豊満な胸元を揺らしながら、胡散臭そうにノルバロの方を見る。その様子に肩を竦めながら、男は首を左右に振った


「そんなこと知ってたら、とっくのとうにお偉方が聖兵を派遣して、大事に聖庁の奥に飾ってますって。その在るかどうかも分からない、「聖者ローヴィス様が使ったとされる剣」を見つけるのが、この修行の旅のもう一つの目的でもあるんですから」

「……そうだね。聖剣ジョワユーズが本当に現存するのなら、なんとか探し出したいところだけれど」

「場所も不明、手掛かりもなし。闇雲に探せって、流石に無茶よ」


 苦笑するアルベルトと、呆れたように首を振るディディエ。どう考えても、無謀以外の何者でもない探し物だ。


「それでも探さねばなりません。先代の勇者ローヴィスが揮い、魔王を討ち取った聖剣無くして、我々の目的遂行など不可能なのですから」


 そう言ってシャルロッテは胸の前で手を組み、祈りの言葉を呟く。彼女の主張も理解できるが、手掛かり一つないのでは、何時までも魔王討伐が遠ざかるばかりなのだ。


「……眉唾もんの話ではありますが、遥か南のどこかの国に、複数の聖剣を所持しているらしい聖者がいる。なんて話を聞きました」

「聖者?」

「はい。数年前に現れた境界神とやらの高位神官であるらしく、その聖者に認められた者は、そいつから直接聖剣を授かっているとの事です。教会の方でも調べた結果、最低でも三人が聖剣を手にしたらしく、聖剣を譲るようにと神官を派遣して交渉したとも聞いていますが、どうにも失敗したらしいですね」


 それを聞いたアルベルトやバート、ディディエはかなり胡散臭いと、表情が言外に告げていた。

 どうにも真偽が怪しい情報で、ノルバロも半分以上ガセだと考えている。何故ならその聖者に関連する出来事の一つに、境界神の出現に際し、聖者ローヴィスも一緒に降臨したなどと言う、余りにも現実離れし過ぎた内容があったのだ。

 当然聖庁はこの事を公表どころか認めてもおらず、ノルバロも偶然耳にした時は当然の判断だと納得したほどである。


「じゃあ、すぐにそこへ行こうぜ! 勇者様ならすぐに、その聖者ってのに認めて貰えるだろ!?」

「そ、そうですよ。勇者様なら、絶対大丈夫です!」


 唯一鵜呑みにしたのは、フィルとレーヴィの年少組だったらしい。キラキラとした純粋な瞳で、聖剣を持つ聖者の存在を欠片も疑っていないのは、いっそ微笑ましいくらいだ。

 彼らの気持ちも分からなくはないし、目的も無く歩き続けるくらいなら、いっその事その聖者とやらを尋ねてみるのもいいかもしれない。そんな風にアルベルトも、気持ちが傾きかけた時だった。


「ワタシは反対ですわ。聞けばその聖者と呼ばれる不届き者は、亜人だとも聴いております。それも魔族であると」

「シャルロッテ……」

「魔王の手先による、我々を陥れるための罠である可能性の方が、よほど高いと思いますわ」


 ここにきて強烈な拒否反応を示したのが、シャルロッテである。彼女は敬虔なローヴィス教の神官であり、聖者ローヴィスより神聖魔法と言う奇跡を賜っている。だからこそ例え他所の神官が相手であっても亜人から、特に魔族から聖剣を授かるなどと言う行為は、我慢ならないようだ。


「まあまあ、神官様も落ち着いて。自分も眉唾モンの話を信じる気はありませんから、次の街でも色々と噂を調べてみますよ。いや勿論、地方の教会が報告してきたほどの事ですから、全部が全部嘘とは思えません。ですが勇者様の修行のためとはいえ、目的地までどれほど遠いか分からないのに、無謀な事は出来ませんよ」


 やんわりとシャルロッテを落ち着かせるように、ノルバロも彼女の意見に同意して見せる。それを見たバートが、苦労してそうだと内心同情していたのも、ある意味で当然の事だろう。


「自分も、ノルバロさんに賛成します。魔王側の動きも気になりますし、幾ら聖剣探索という目的はあれど、無理をして体を壊しては元も子もありません。そこで提案なのですが、聖者ローヴィスの過去の足跡を辿ってみる、というのは如何でしょう?」

「まあ! それは素晴らしい考えですわ、バートさん!」


 バートの提案に、シャルロッテがはっきりと喜色を浮かべる。

 聖者ローヴィスに関する逸話は、聖庁が公表している物だけでも非常に多い。その足跡をなぞる事で、聖剣への手がかりも見つけられそうだと、彼女は熱心に語った。


「……うん。教会からも特に目的地の指示は無かったし、バートとシャルロッテの言う通りにしようか?」


 明らかにバートに気を使われたことに気付いたアルベルトは、苦笑しながら次の目的地を定めるのであった。


毎日更新はここまでとなります。次回更新は八月二日を予定しており、またいつも通りの更新間隔となりますので、よろしくお願い致します。


また評価やお気に入り登録、感想など頂けたら幸いです。


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