第十一話「冒険者になろう」
そんなこんなで、買い食いしたり観光のようにブラブラと街を歩いて、ユウリ達は漸く目的の場所である冒険者ギルドのある建物へと辿り着いたのだった。
外観は街の他の建物とは趣が違い、頑丈な石造りで四階建てになっている。大分うろうろして回ったので、今は昼を少し過ぎた頃合いだろうか。だというのに、ギルドへの出入りは多いように思え、盛況であることが伺える。
そんなことなど全く気にもかけず、ユウリ一行は少しも躊躇せずに、ギルドの中へと直行するのであった。
「おお、凄い。人が沢山だ」
中に入って開口一番、ユウリは思わずそう呟く。しっかりと武装した、屈強な男達があちこちにたむろしていて、少々むさ苦しい。どうやらこのギルドの中には酒場のような施設もあるらしく、食事をしている者も少なからず居るのが判る。食事処としてもかき入れ時なのだろう。
「ユウリ、ぼさっとしてたら邪魔になるわよ」
「あ、そうか」
お上りさんよろしく、珍しそうに忙しなく首を動かして中を見ていたユウリの後頭部を、ステラの掌が優しく叩く。
「人が多いから、迷子にならないようにね」
「わかった、あんちゃん!」
そう言ってユウリはマットと手を繋ぎ、親鳥について歩く雛のようにステラの後に続いて、奥へと歩いて行く。意外と若い冒険者も多く、普通にユウリよりも年下の、十歳前後の子供たちが集まったパーティも幾つか見て取れた。
種族も様々で、直立した獣のような獣人や、人間との混血である半獣人、マットと同じ小人のリリルト族もいる。他にもハーフエルフや昆虫のような翅が背中にあり、リリルトとほぼ同じ体格の小妖精、フェアリー族も僅かだが居るようだ。
だが見たところ彼らはどこか暗く、覇気がない。羽振りの良さそうな余裕を見せる冒険者も居るには居るが、ユウリにはその違和感の謎が、この世界の現実を知らない彼にはわからなかった。
またドワーフやエルフ、天使のような姿の天族や小悪魔のような姿をしている魔族の姿は見られない。他にもヴァンパイアやリザードマン、スケルトンのような特殊な人外種族も見当たらず、やはりゲームの世界とはどこか違うのだと理解する。
「受け付けはここでいいのかしら。冒険者になりたいのだけれど?」
「……女とは珍しいな。後ろのガキどももか?」
カウンターへとやって来たステラに、がっしりとした体格の中年男性が対応する。中々小綺麗にしているようだが、それでも溢れ出る野性味は隠せていない。仏頂面でこちらを品定めするような視線は、突き刺すように鋭く、マットが震えあがってユウリの背後に隠れてしまう程だ。
「ええ。わたしとユウリ、そしてマットの三人で登録したいの」
「ま、いいだろ。あとフードはこの中では脱いでおけ。冒険者になりたいのなら、種族は偽るな。どうせすぐバレる」
「……わかったわ」
そう言われ、ステラは少し逡巡した後にフードを外す。美しい金糸のような長い髪と、特徴的なエルフの長い耳が露わになる。マットも同じようにフードを外し、ボサボサの赤茶けた髪とリリルトの特徴である大きな丸い耳が外気に触れた。
「……驚いた。女の、しかもエルフとはな。まあ奴隷狩りなんかにゃ、精々気を付けるこった。その程度もあしらえないようじゃ、冒険者なんてやっていけねえ……っと。これが必要な書類だ。年齢性別種族、得意な武器を記入してくれ。魔法の有無もだ。アンタなら、引く手数多だろう。エルフは優秀な魔法士だって聞くからな」
「ありがと、でもお生憎様。パーティメンバーなら既に決まっているの」
ステラがエルフである事を明かした直後から、周囲の空気が変わっていた。それは獲物を狙うような、探るような視線。彼女の美しさに魅入られるなどと言う、安易な態度の者は殆どいなかった。
それ故にステラの言葉が聞こえた者達は、隠すことなく舌打ちしている。そこには、あまり歓迎したくない暗い感情や欲望が見え隠れしているようだ。
「後ろのガキどもか? 奴隷落ちや死にたいってんなら止めないが、俺は知らんぞ」
「ご忠告どうも。少なくとも後ろの人間の彼は、わたしよりもずっと強いから平気よ。ね?」
「へ!?」
急に水を向けられ、ユウリは目を白黒させながらコクコクと頷くしか出来ない。胡散臭いものを見る様に、受付の男はユウリたちにも書類を渡す。
「おら、ガキどももさっさと書け! チンタラしてんじゃねえぞ!」
「は、はい!?」
書類として渡された羊皮紙を見て、ユウリは一瞬固まる。この世界の言葉は理解でき、会話が出来た。だからこそ読み書きなど出来るのだろうかという不安が、急に押し寄せてきたのだ。
「ユウリ、大丈夫? えっと、書くのは共通語でもいいのよね?」
「おう。文字が書けないなら代筆もやっている。値段は銅貨一枚、百セタだがな」
そんな言葉を掛けられ、ユウリはいっそのこと代筆を頼もうかと思案するが、ステラがそれを制止する。
「大丈夫よ、わたしが書けるから。無理なら無理って言って?」
「えっと……あれ、読める? もしかして……」
書類をよく見ると、何故か文字が読める。そしてどう書くべきかが頭の中に浮かび上がり、自然とペンを持った手が動いていく。冒険者や商人の様に、各地を移動する者が利用するという共通語ではあったが、しっかりと文字を書くことが出来たのだ。
「……なんだ、ちゃんと共通語が書けてるじゃない。心配して損したわ」
「ねえちゃん。おれ、字とかわかんない……」
「それじゃあ、マットの分はわたしが書いてあげるわね」
「ねえちゃんありがとう!」
そんな微笑ましいやり取りがありつつ、書類を書き上げて提出する。受付の男性はそれを見て、小さく溜息を吐いた。
「さて。冒険者ってのは申請すりゃなれるなんて、優しいもんじゃねえ。登録料は一人銅貨八枚。つまり八百セタってことだ。金の数え方がたまに判らねえ田舎者もいるから、その辺も知りたかったら授業料を払いな」
そう言って受付の男はニヤニヤと笑う。こちらを試すような、そんな意地の悪い類の顔だ。
「ってことは、三人だと銀貨二枚と銅貨が四枚か。二ゴルンと四百セタって……屋台の食べ物と比べると、随分高いんだね。あっちは大体七、八セタくらいだったのに」
そんな風に零したユウリを見て、男は僅かに驚いたような表情をする。読み書きだけでなく、簡単な計算すら出来ない者が多い上に、貨幣それぞれの単位もちゃんと理解できている。
よく見れば彼の装備は良く使い込まれており、しかし傷らしい傷も無い。不思議な雰囲気を漂わせている装備は、普通のものではないのだろう。
「ああそうそう、言い忘れてたぜ。金が無い奴にはこちらが指定する依頼を、無償で達成してくることで金を免除するっつー規則もある。冒険者志望の大半はそっちを選ぶもんだが……さてどうする?」
「そうね。じゃあここはやっぱり、依頼にするのが無難かしら」
「あ、ステラさん。僕が払うよ」
受付の提案に乗ろうとしたステラを制止し、ユウリがカウンターに金を置く。きっちり銀貨二枚と銅貨四枚だ。
「ユウリ、貴方さっきから大分買い食いとかしてたのに、余裕なんてないでしょ!?」
「……え、全然。小銭入れじゃない方には、まだ沢山あるから平気だよ」
そう言ってユウリの左掌の上に、魔法の財布がどこからともなく姿を現す。それに驚くのも束の間、中からはじゃらじゃらと大量の金貨を無造作に鷲掴みして見せる。
「まだまだ一杯あるし、お金はあんまり気にしなくていいよ」
「ちょ、ちょっとユウリ!?」
「大丈夫だって。この魔法の財布は絶対に盗めない。どんなスキルを持ったシーフだって不可能だったんだ」
金貨を財布に戻すと、空気に溶ける様に財布そのものが消えてなくなる。それは周囲に衝撃となって騒めかせる結果となった。
「ま、魔法の宝物持ちかよ坊主……とんでもねえガキだな」
「そんなのいいから、お金払ったよ? だから冒険者になれるよね?」
「……ああ、問題ねえ。キッチリ銀貨二枚と銅貨四枚だ。……一応、ギルド員として忠告はしておいてやる。そんなもん見せびらかした後だ、暗い道と路地裏には気を付けろよ」
「はーい」
受付の男が頭を抱えながら忠告してくれるが、それをどれだけ本気に受け取っているのか、果たして理解できているのか。ユウリの返事はとても軽いものだった。
その横ではステラが急に周囲に対して、目に見えて警戒している。いつの間にかマットを抱きかかえてまでいるのだから、かなり本気のようだ。
それというのも冒険者たちの目の色が、完全に変わっていたからである。エルフの女で、魔法が使える戦力を手に入れようというモノだけでなく、より暗く欲に塗れたような視線を感じるようになった。
しかしそんなことを気にも留めないのか、ユウリは早く冒険者になりたいと、受付を急かすようにしている。それは何も知らない無知な子供だからなのか、それとも確実に大丈夫だからという自信があるからこその余裕なのか。
「一応言っておくが、相手が誰であれ街中での争い事は御法度だ。見つかったらただじゃ済まねえから気をつけな」
ただならぬ空気を察したからか、受付の男が大きな声でそんなことを言う。ユウリたちに対する牽制だろう。流石にこの三人を放り出すには、色々と危なすぎる。かといって彼らを守る必要も無ければ、何の得にもならない。
あくまでもギルドの職員として、最低限度の責務を果たす以外の意味はないのだ。
そんな事があって、ギルド内の空気が少し落ち着く。呆れたように男は溜息を吐いたが、彼の心労は中々のものだろう。カウンターの奥に居る他のギルド員たちからも、なんだか心配そうな目で見られているようだった。
因みにギルド員はほぼ、屈強な男性である。大半は引退した元冒険者だ。女性も居るには居るが、こちらも筋骨隆々の中年女性。このギルドにたむろしている冒険者たちの、母親くらいの年齢だろう。
若くて美人な看板受付嬢などを夢見る愚か者には、実に優しくない環境であると言えよう。
しかし男性職員が中心なのは至極当然で、危険な仕事や荒事をメインとする冒険者に、年若く優しく可愛らしい受付嬢など、舐められる要素しかない。セクハラパワハラモラハラ何でもありで、即辞めるか心を病むかはまだいい方。
最悪は勘違いした馬鹿に無理矢理、ギルドの外で襲われるなんてこともありえるのだ。ギルドが動くのは事が起こってからであり、他人の善性を期待するなど、阿呆のすることである。
現実は厳しいどころか、油断すればどこからでも死の足音が聞こえてくるのは、幼い孤児でさえ知っている事。
そんな世知辛い理由なので、基本的に荒事の多い場所では女性を見る事はほぼ無い。この辺りでは割と希少な、女性の冒険者も襲われる可能性は当然存在するが、彼女らも冒険者だ。返り討ちにする場合も少なくないからこそ、男どもは迂闊に手を出したりしない。
皆、割に合わないことはしないのだ。
気を取り直すように、受付の男性が咳払いをする。とりあえず仕切り直しらしい。
「ぼーけんしゃってなにするんだ?」
「……そこからかよ。まあ、説明はしてやるが、ちゃんと聞いておけよ?」
ふと疑問に思ったように、マットが口にする。こういう手合いはたまにいるので、受付の男は仕方なさそうにしていた。
「え、冒険するんでしょ? ダンジョンとか遺跡とかでモンスターやっつけて、ドロップ狙いで湧き待ちの乱獲。懐かしいなぁ」
「普通はんなことしねえし、命が幾つあっても足りやしねえ。こっちの坊主は冒険者に夢見すぎだ! ってか何が懐かしいんだ!?」
「……そうなの?」
「普通はね。わたしもそう思うわ」
今度はユウリの言葉に頭を抱える。同行者のステラも飽きれているのだから、当然だろう。
実際にこう言う手合いも何度か相手にしたことがあるが、流石に乱獲するとまで言い出す大馬鹿野郎は、見た事も聞いたことも無い。あと地味に聞き慣れない単語も多く使っており、更に不安を煽る結果となった。
「あー、話が進まねえ! 冒険者ギルドの規則や仕事の大雑把な内容とか、説明するぞ。一度しか言わんからな!」
一抹の不安が拭いきれないが、それでも彼らを拒む訳にはいかない。それが己の仕事であり、自分自身もかつて通ってきた道なのだと、受付の男性は遠い目をした。
受付の男性に一喝されて、背筋を伸ばしたユウリ達は、彼の言葉に今度こそ大人しく耳を傾けるのであった。




