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第百話「異種族の村にいこう」


 イリスの案内によって、一行は森を進んでいく。途中で二泊ほど挟んだのだが、予想外の旅が始まって流石に彼らも、それなりに焦りを覚えた。念の為ヘルガやクレストが問題ないのかとイリスに聞くと、エルフ的には特に問題が無いと返ってくる。

 里を出る前の長老の一人の言葉も、一、二年くらいオーガムの練習をして来い、くらいの意味だと聞いて、呆れるなという方が無理があるだろう。


「ウィロウにもちゃんと行き先を言ってあるし、特に心配とかされないから平気よ~?」

「流石エルフ……時間の感覚が全然違うんだな」

「外の世界はもうちょっと、みんな生き急いでるものね。寿命が短いから仕方ないけど」


 そんなイリスのエルフ目線の台詞に、クレストは深々と溜息を吐き、ステラが苦笑する。道中はこれと言ってトラブルも無く、夜はユウリの魔法の家で休むので、緊張感がまるでない。

 特にこの森はイリスとステラにとっては庭も同然であり、危険な獣や魔物といった存在は近付く事すら許さないのだ。その上幼いルナに配慮してか、とても歩きやすい道を選んで進んでくれており、これほど安心できるガイドもそうはいないだろう。

 長々と森の中を歩き続け、飽きが出てきた頃。森を抜けたのかと勘違いするほど、開かれた空間があった。


「なんだいこりゃ……村、かい?」

「ええ、今回の目的地。里のエルフ以外の人達が集まる村よ」


 一行が辿り着いたのは、森を拓いて作られた、結構な規模の集落。特に名はなく、囁きの森のエルフ達からは「異種族の村」と呼ばれている。

 彼らが村に近付くと、入り口で見張りをしていたらしい一人の獣人が、こちらに気付いて近付いてきた。若い狼の獣人の青年で、手には木を削って作ったと思わしき、簡素な槍を持っている。


「おお、なんか沢山ヒトが来たから誰かと思えば、イリスのばーちゃんか」

「あらロディ。またそんな事を言って、ボコボコにされたいみたいね。その度胸は嫌いじゃないわよ?」

「いやいやいやいや。あんた何百歳だっ……グホォ!?」


 次の瞬間、予備動作のない神速の一撃が、ロディと呼ばれた狼の獣人の腹部に直撃。掠れた呼吸音と共に、彼は崩れ落ちる。

 そのあまりの速さに、ユウリ達は目を見開いていた。イリスは鞘の付いたままの剣で、彼の腹を突いたようだ。


「嘘だろ……細身の剣とはいえ、なんて速さだ。しかも一撃の重さが、エルフのそれじゃねえ」

「悔しいけど、私の眼じゃ捉えきれなかったよ。とんでもない実力者が居たもんだ」

「凄い、僕もイリスさんと戦ってみたい!」


 前衛組が様々な反応を返す横で、ステラは大きく溜息を吐く。全く見えてない者達は、何が起きたのか分からず、首を傾げるばかりである。


「ふふっ、これでも剣術にはちょっと自信があるの。それに精霊の力を借りれば、ヒトが知覚できる速さを超えるのは、結構簡単よ?」

「でも今の、一撃の重さは少しだけ魔法が乗ってたみたいだけど、殆どイリスさんの技術のみだよね!?」

「あらユウリちゃん、よく見てるのね。あとでお姉さんと手合わせする?」

「する!」


 倒れている獣人などまるで無視するように、ユウリとイリスの二人は、剣術談議に花を咲かせ始めた。そこにクレストも加わり、他のメンバーも物珍しさに聞き耳を立て始める。

 そんな彼らの様子を、通りかかった他の村人たちがおっかなびっくり、遠巻きに見ている。そんな異様な光景が出来上がってしまっていた。


「そんなことより、これはどうするんだい。あと、ヒトが集まって来てるから、ちゃんと説明しておくれ」


 全力で話が逸れていく一行に、ヘルガは大きく溜息を吐いた。傍目にはいきなりやって来た一行が、いきなり集落の人間を襲って気絶させていると言う、どう見ても言い訳の出来ない状況である。悠長に長話などしている場合でもないし、この場所を訪れた理由の説明すらされていないのだ。


「そうよ母様。確かに四百歳って、エルフじゃまだまだ若い方だけど、お姉さんは流石に見栄を張り過ぎよ!?」

「お母さんはまだ三百九十一歳です! ステラはまだ百六十歳だからって、油断してるとすぐよ、すぐ!」


 どこまでも空気を読まない、スケールの大きい、どうでもいい事を言い合う母娘。周囲の者は一様に「違う、そうじゃない」と心の中で叫んでいた。


「ステラが百六十歳だってのも驚いたが、それよりもまずは、そこの倒れている獣人を、起こしてやらないか?」

「あ。話が終わらなさそうなので、ワタシがヒールかけちゃいますね」


 我に返ったクレストとアイリスの神官組が、先程イリスから一撃を受けて倒れた、ロディと呼ばれた獣人を助け起こす。アイリスが積極的に癒しの魔法を使っているのは、保身と自身の修行を兼ねての事だ。


「いっつつつ……すまねえ、あんたは旅の神官様かい? ったく、どうにもあの婆さ……じゃない、エルフは苦手だぜ」

「なんというか、災難でしたね。でも女性に歳の事を言うのは、誰が相手でも止めておくのが、賢い選択ですよ?」

「お、おう。……わかった」


 アイリスも多少は思うところがあったのか、ロディに忠告を送る。その笑顔が妙に迫力があったので、狼獣人の青年はただ大人しく首を縦に振るしかない。


「そんで、イリスのねーさん。今日は何しに来たんだ?」

「ああ、この子達にここを見せたいと思って来たのよ。あと幾つか差し入れをね。ついこの間来たばっかりだったから、そっちは大丈夫かもしれないけど」

「いやいや、アンタが前回来たのって何年前だよ。相変わらずエルフの感覚ってのは、わけわかんねえな」


 ロディの言う通り、エルフにとって十年二十年は、「ついこの前」でしかない。百年前など「最近」の一言で片付けられてしまうのだ。長命種族にはよくある事とはいえ、ここまでズレが大きいのは、エルフくらいなものである。

 そんな風に指摘されたイリスは、心外だと言う様に口を尖らせているが、ステラからも「流石にない」とツッコミが入った事でショックを受けた。


「ええっ!? ステラもそんな反応って、どうしてよ!?」

「短い間だけど、外の世界に行って分かったの。わたし達は気が長すぎるんだって。人間とか獣人とかって、びっくりするぐらい生き急いでるのよ。今のわたしの半分の年月も、生きられないヒトの方が多いんだから!」

「……そりゃあ、ちょっと見ないうちに新しい子がいたり、前に居た子が土に還ってたりしてて、入れ替わりが凄く激しいなー、とは思ってたけど……そこまで?」


 驚くイリスに、ステラは至極真面目な顔で頷く。ユウリはそんな二人の様子を見ながら、彼がやっていたゲームの〈スフィア・ゲート・オンライン〉、通称〈SGO〉内でのエルフは、数千年単位で生きる種族だったな、と思い出して苦笑していた。これに匹敵する寿命を持つ種族は、天使のような姿の天族と、小悪魔のような姿の魔族くらいなものである。一応、他にも幾つか例外種族は居るのだが、代表的なのはこの二つだ。


 この世界の人間の平均寿命は、乳幼児の死亡率の高さから、五十年を大きく下回る。獣人なども同様だと考えていい。更に言うなら人間は地球人の寿命と変わらないが、獣人の寿命は健康体であっても、精々六十年くらいが限界なのである。


「……コホン。そういう細かい話は、後にするとして。ここに来た目的は簡単よ。家から持ってきた物を、届けに来たの。重たいのは殆どウィロウが作った鉈とか槍とか、他にもお鍋や農具が中心よ。あとうちで育てた薬草なんかもあるの。運ぶのにユウリちゃんが居てくれて、本当に助かったわ」

「おおっ、そりゃ本当に助かるぜ。エルフの薬草は色んな病に利くし、鉄製の道具も、こっちじゃ作り方さえ分かんねえからな。鍋なんかは特に有難いってもんだ」


 強引に話を変えたイリスの言葉を聞いて、ロディが大袈裟に喜ぶ。どうやらこの集落の生活物資を、わざわざ届けに来たらしいのだ。しかしこの森のエルフの排他的な態度を考えると、ユウリ達にはどうしても不自然に映るのも道理だろう。


「母様、この事は父様も知ってるの? っていうか何時からこんなことやってたのよ。わたし全然知らないんだけど!?」

「ウィロウと一緒になる前からやってることだから、あの人も了解しているわ。最初に出会ったヒトらはもう居ないんだけど、やっとその理由が理解出来たわね……」


 イリスは運悪く森の獣や魔物、病の脅威に倒れたとしか思っていなかった。まさか寿命と短いなどとは、露ほども想像した事がなかったのだ。この集落の人々との出会いから二百年ほど過ぎて、漸く辿り着いた真実である。

 彼女がロディの方をちらと見つめると、彼もそうだと言わんばかりに何度も深く頷いている。イリスは思わず眩暈を覚えそうになった。


「じゃあちょっと来ない内に、驚くくらい大きくなってたのも……」

「普通は十五にもなりゃ、大人として扱われるもんだ」

「十五? 嘘でしょ!? そんなよちよち歩きの子を、大人と同列に扱うだなんて!?」


 大袈裟に驚くイリスに、ユウリ達も苦笑いを浮かべるしかない。こちらを遠巻きに見ている集落の人々も、ちらほらと頭を抱えているのが見えた。これまで誰一人として、彼女の感覚のズレを指摘することに成功した者が、居なかったのだろう。


「エルフってのは何時までも見た目が変わらねえし、ここの爺さん連中よりも長生きだしで、けったいな生き物だとずっと思ってたんだけど……」

「エルフからすれば、あなた達が儚すぎるのよ。いえ、花々と比べたら随分長生きだし、そういうものだと思えば、うん!」

「基準がおかしいんだよなあ」


 どうやらエルフとの認識のズレは、そう簡単に埋まるようなものではないらしい。村人たちはどこか慣れた雰囲気で、ロディも小さく息を吐いてから、気を取り直して穏やかな笑みを浮かべる。


「とりあえず、何時までもここで立ち話もなんだから、村の広場の方に行こうぜ。歓迎するよ、イリスのねーさん」


イリスも他の種族に興味が無い訳ではないのですが、自分達の常識が邪魔をして想像しきれなかった部分が大きかったんだと思います。種族ごと引き籠ってますしね。



百話に到達出来ました。思えば遠くへ来たものだ。ですがまだまだ先は長いのです。

頑張りますので、どうか評価やブックマークなどでの応援のほど、よろしくお願い致します。

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