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第十話「街の中を歩こう」


 レシアーテ大陸北部にあるフィンダート王国は、大小さまざまな国がひしめくこの地域において、比較的裕福で大きな国であると言える。北側にあるロセクイル山から流れるハルワルー河から雪解け水が流れ込む、土壌豊かな土地柄でもあった。

 またロセクイル山は強力な魔物の住処でもある為、他国が山を越えて攻め入る事は事は難しく、そう言った意味でも比較的安全な国と言えるだろう。

 そのフィンダート王国の中でもロクセイル山に近く、第二都市として栄えているのが、三重の外壁に護られた街、ベルン。フィンダート王国の中でも特に交通の要衝として、交易で栄えているのが特徴だ。


「おおー。まるで新規フィールドに来たみたいだ!」


 声変わりもまだ来ていないであろうハスキーボイスではしゃいでいるのは、勇壮な鎧を身に纏った見た目が十二、三歳くらいの少年、ユウリ。実際は十五歳なのだが、体も小さく幼げな容姿をしている事もあり、知り合いからは随分と可愛がられていた。

 その隣では彼よりもずっと小さな、フード付きの外套を纏ったリリルト族という小人の少年、マットも一緒になってはしゃいでいる。

 街の中はむき出しの地面で少々埃っぽかったが、人々の顔には活気に満ちていた。並ぶ建物は三階くらいの高さがあって、多くは木製か土壁を漆喰で固めた物だ。窓ガラスなんてものは全く無いと言っていい。ゲーム中に見たレンガ造りの中世ヨーロッパ風の街並みからは、遠く離れたものだという感想が浮かぶ。


「すっげー、賑やかー! お祭りやってんのかな、ねえあんちゃん?」

「お祭りかー。だったら僕も見てみたいな。マットも見に行きたい?」

「うん!」


 街に入る直前まで怯えていた様子はなんだったのか、好奇心の塊のような種族だとはいえ、態度を百八十度ひっくり返したマットだが、ユウリも目の前の光景に夢中で気付いていないのだろう。


「ちょっと二人とも、あんまりウロチョロしないで! っていうかもう少し落ち着いて行動しなさい。迷子になっても知らないわよ!?」


 つい先ほどまで、神々しい装備に恥じないだけの雰囲気を纏っていたユウリだが、すっかりその辺の子供と変わらなくなっているのだから、同行者であるステラとしては頭が痛い。

 その神々しいはずの武具や鎧も、どことなく「背伸びした子供の冒険者の装備」という雰囲気を醸し出しているのだから、不思議なものである。


『おい、ステラ。あの馬鹿どもをちゃんと見とけよ? オレ様が出て行く訳にはいかねーからな』

「は、はい! お任せくださいテュポーン様」

『オレ様はこのまま、お前の背負い袋に入っておく。一応外の様子は窺っておくが、期待するなよ。オレ様が出るってことは、この街が消し飛ぶ事と同義と思え』


 街に入るまでにいつの間にか、彼女の背中の背嚢へと移動していた小さな黒い竜が顔を出し、フードで顔を隠したエルフの乙女に命じる。かなり物騒な事を言っているが、この小さな竜の真の姿と力を知っている為、ステラの背中に冷たいものが流れた。


「ぜっっったいに、御手を煩わせるような事はさせません!」


 テュポーンの本来の大きさを目の当たりにした時、ステラが思わず腰を抜かしたほどなのだから、そんなモノが暴れるような状況だけは、何としても阻止しなければならない。

 ある意味で悲壮な覚悟を決めた彼女とは対照的に、先を行く二人は楽しそうに大通りの喧騒へと足を進めて行った。



「で、これからどこに行くの?」

「……あのねぇ。私たちは旅を円滑に進めるために、冒険者になりに来たんでしょうが。遊びに来たんじゃないのよ?」


 はぐれてはいけないからと、マットを肩車したユウリは、隣で道を確認しているステラに尋ねる。その余りの気楽さと落ち着きの無さに頭痛を覚えるからこそ、益々自分がしっかりしないといけないという使命感が強くなっていく。


「あ! あんちゃん。あっちから美味しそうな匂いがする!」

「ほんとだ、お肉の串焼きだ。売ってるのかな?」

「だから、寄り道しないでって言ってるでしょ!?」


 色気より食い気、目的よりも珍しい物に気を引かれて行く二人に、今後の先行きが不安になるのも仕方がない。

 そんな時、ユウリが道行く男性とぶつかった。


「おっと、ごめんよ」


 人通りも多かったので仕方ない面はあるし、マットを肩車していたとはいえ、ユウリは微動だにもせず。男の方も大して気にしていなかったこともあって、ステラはそのまま通り過ぎようとした。


「人の物を盗ったら泥棒。だよ?」


 ユウリがそう呟いた次の瞬間、物凄い速さで男の腕を掴んで捻り上げる。


「い、いででで! な、なにしやがる!?」

「それ、さっきの門番さんが僕にくれたお釣りの袋だよね。ったく、スリなんて凄い久しぶりだから、ビックリしたよ」


 捻り上げた男の手には、通行税を支払った時にユウリが受け取った、銀貨の詰まった袋があった。それを何でもないように、ユウリはそのスリの男の熟練の業に気付いて、鮮やかに取り戻したのだ。

 それも、マットを肩車したままで。


「……私でも気付かなかったのに」

「この人、そこそこの実力なんだと思う。でもきちんと気配を消せてないから、全然大したことはないよ。本当にヤバいシーフは、姿さえ見せないもん」


 その言葉にステラとスリの男は絶句しているが、ユウリの言っている事はあくまでもゲーム内の、変態技術に磨きをかけた【シーフ】系のプレイヤーについてだ。

 ユウリを無邪気に手放しで賞賛しているのは、肩車されているマットくらいである。


「おじさん。スキル無しで中途半端な事をすると、怪我するよ? もうちょっと頑張ろうね」


 そう言ってユウリはあっさりと男から手を離し、放逐する。男は何事かとこちらを見る人々の好奇の目の中、這う這うの体で逃げ出していく。

 ややあって、事態を把握した観衆が歓声を上げて、俄かに騒がしくなるのであった。


 スリで二十年以上食ってきたこの男は、幼げな少年の言動に強い衝撃を受けて、この日を境にスリから完全に足を洗うのだが、それをユウリが知る事はない。



「あー、ビックリした。魔法の多機能鞄と魔法の財布を手に入れてからは、ずっとスリなんて会わなかったから、反応が遅れちゃったよ」

「あれのどこが反応遅れたってのよ……悪い冗談だわ」

「うんうん。おれも全然わかんなかった! あんちゃんカッコイイ!」


 あれから大騒ぎになり始めた現場から、大急ぎで離れた三人はそんな風に口々に語る。途中でちゃっかりと肉の串焼きを買って食べている辺り、大変に余裕があるようだが。


「ところで、冒険者ギルドってどこにあるんだろうね?」

「大まかな場所は街に入る時、門番に聞いておいたんだけど……さっきの騒ぎから逃げる為にあちこち移動しちゃったから、分かり辛くなっちゃったわね」


 のんびりと買い食いしながら、三人は街の中を歩いて行く。裏通りという程ではないが、大通りと比べると人は少ない。こちら側は住民が利用する店が並んでいる通りのようだ。


「っていうか、そんなに無駄遣いして大丈夫なの?」


 先程から結構な量を買い食いしては、ユウリが一人で平らげている。ステラとマットは二人で一つを分け合うくらいには、あまり食べていない。というよりはユウリ一人が食べ過ぎなのだ。

 だがユウリ自身はまだまだ余裕がある。彼自身もこんなに食べられるなんて予想外だったのだが、美味しいものを沢山食べられると、深く考えてなどいなかった。


「平気平気。最初の串焼きを買う時に、小銭が無くてお店のおじさん大変そうだったし。それにこの辺の食べ物も、けっこう美味しいよ。ステラさんが作ってくれた御飯ほどじゃないけど」

「……ま、まあね。わたしの腕もだけど、素材が新鮮だったから美味しいのは当然よ」


 無邪気に笑うユウリに困惑するように、ステラは頬を僅かに赤く染める。そんな彼女の様子に気付かないまま、ユウリは手に握っていた「小銭」を見つめた。

 それは先程の銀貨と、幾つかの銅貨。銀貨は自分が持っていた金貨とほぼ同デザインの、しかし一回り小さいコインだ。

 そして銅貨なのだが、これは金貨や銀貨と比べると非常に造りが荒く、現代のコインと大昔のコインほどに技術に違いがある。

 そもそも、銅貨はデザインからして違う。そんなのが三種類もあり、銅貨、銅貨を半分に割ったような形の半銅貨、銅貨よりも小さい小銅貨となっている。

 小銅貨が一セタ、半銅貨が五十セタ、銅貨が百セタ、銀貨が千セタであり一ゴルン。金貨は先程の兵士が言ったように百ゴルンになるのだと、ステラが説明してくれた。

 そこらの屋台や店で買い食いした時も、殆どが銅貨以下での支払いを前提としており、銀貨ですらあまり使われていない。いくらユウリがそんなにお金を持っていなかったとはいえ、それでも金貨が数千万枚はあるのだ。

 この額はゲーム内でも余り持っている方ではなく、戦闘系プレイヤーだとしてもかなり少ない部類である。それでもこの世界においては相当な金持ちに分類される事を、ユウリは何となく理解した。


「そういえば、お祭りやってないね?」


 街に入る時に感じた、あの賑やかな空気。てっきり祭りの一つもやっているものと思っていたのだが、そうではないらしい。だからこそユウリは、ふとそんな言葉を零した。


「そうね。人間の街ってお祭りでも無いのに、毎日あんなに騒がしいのかしら? よく疲れないわね。夜くらいはもうちょっと静かにしてくれないと、眠れそうにないわ……」


 エルフからすれば騒がしすぎる街の喧騒に、うんざりとしているような態度でステラが言う。そんな彼女に手を引かれて歩いていたマットが、少しがっかりしたような様子を見せていた。


「お祭り……英雄の劇、見たかったなぁ」

「冒険者になって、あちこち行くんだから、そのうち見る機会もあると思うわよ?」

「ほんと!?」

「ええ。六十年くらい前に聞いた旅エルフの話だと、大きな人間の街には劇場? とかいう劇を見せる専用の建物があるらしいの。だからそう言うのを見つけたら、行ってみるのもいいかもね」

「うん!」


 がっかりして肩を落としているマットを、ステラが優しく励ます。この二人も買い食いしている間に大分仲良くなっているようで、ユウリもなんとなく嬉しくなってくる。


「劇かあ……そういや、前に皆で色んなPVやMADの撮影したりしたなぁ。あれも凄く楽しかった」


 誰にも聞こえない程に小さく、そんな独り言が零れた。


 あの頃は流行りの楽曲やゲーム内の音楽に合わせてストーリー仕立てにしたり、歌の歌詞などに合わせたイメージで時に切ない物語を、また時には熱く激しい戦闘を繰り広げたものもあったりした。

 バトルマニアであったユウリではあるが、フレンドやギルドメンバーに誘われて戦うだけではない、こういった遊び方もそれなりに経験してきている。


 あのゲームには、非常に長くて面倒な連続クエストを超えた先に習得できる、究極の特殊魔法という物がある。それは世界一つを宇宙ごとまるっと一つ作り出す、という馬鹿げたもの。魔法が使えるならクラスやレベルに関係なく取得できる、特別な魔法だった。

 そして魔法が使えない者にもそれと同じ魔法を可能にする、使い捨てのアイテムもあったのだ。

 ユウリ達はそれらを使って撮影用の空間を作り、様々な天変地異や環境を整え、時はモンスターを引っ張り込んだりして撮影していたのである。

 他にもギルドバトルや演習などにも広く利用されており、時には職人プレイヤーが色々とぶっ飛んだ変な物を作り、それを実験する為に利用されたりと、話のネタには困らないシステムであった。


 そんなかつての情景を思い浮かべながらも、ユウリの瞳には今が映っている。活気に満ち溢れた、ヒトの熱が伝わるようなこの街で、どんなことが起きるのか。どんな冒険が待ち受けているのか。思わず走り出してしまいたくなるほどに、胸が高鳴ってくる。


「そうと決まれば、やっぱり腹ごしらえだよね!」

「何が決まったっていうのよ……っていうかまだ食べるつもり!?」


 街の喧騒に負けない程に賑やかに。彼らは初めての街を大いに楽しむ。それが今は最善だと、少年は疑わなかった。


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